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176.時計塔

「――改めて見ると、壮観ね」

「こ、こんなに大きなモノだったんですね……」


 ドラゴンの襲撃により、大きな爪痕を残す事になったソルスチル街。

 その復興の為、私はリュカと共に指揮を取り、復興作業――というより、新たな建造に着手していた。

 ドラゴンが派手に暴れてくれたお陰で一気に更地が増えてしまい、折角なのでその土地を利用してここに建築する事にしたのだ。

 しかし設計上の数字でそうだと理解してはいたが、こうして実物を目の当たりにすると流石に圧倒される。


 ――デカいわね、この時計塔。


「動作も問題無いみたいね。メンテナンス作業なんかはリュカから教えてあげて頂戴」

「は、はい。わ、分かりました」


 この街を取り囲む外壁の外からでも視認出来る程の高さであり、建造物としての高さはこの世界であらば上から数えた方が早い程である。

 巨大な文字盤と針が存在感と共に時刻をソルスチル街の人々に分け隔てなく示し、当然ながら時計塔の内部は無数の歯車とガンギ車によって一定のリズムになるよう振り子が往復している。

 特定時刻で鳴らせるように仕掛けた、ソルスチル街全域に鳴り響く程の大鐘が時計盤と同じ位にその存在感を放っていた。


「これがあれば、ソルスチル街の人々も精確な時間という概念が生活に取り入れられるようになるわね」


 ソルスチル街復興のシンボルとして、この時計塔は時を刻み始めた。

 地下拠点では既に実験的に時計が設置されていたが、それ以外の場所では日の出だとか日没だとかとてもアバウトな時間概念で生活の日々を送っていたのだ。

 こうして時計が大衆にも認知される事で、より精確に的確に、なあなあではない厳格な時間概念が人々に刻まれるようになるだろう。

 ゆくゆくは庶民にも時計が浸透して欲しいわね。

 理想を言うなら小型化して欲しいけど、時計の小型化は、技術者の成長待ちね。

 そもそも時計製作って、ハンパじゃない技術レベルが必要になるし。

 ましてや小型化となれば、吐息で飛んで行ってしまうような小ささの金属部品すら用いなければならない。

 そこまで小さな部品を作る技術が、今のこの世界には存在していないのだから。


「一定時刻になると大鐘が鳴るようになってるけど、どの時刻で鳴らすかは……ルーク辺りと相談した方が良いわね」


 この時計塔は技術者育成と時計という概念をこの世界に広める為の代物ではあるが、それは私の都合の面が強い。

 作るものは作った。だが作った後にこの時計塔を使い、世話になるのはこの街の人々だ。

 大鐘を鳴らす事で、視覚ではなく聴覚で時刻を測り知る事が出来るようになる訳だが、あんまり沢山鳴らしても混乱するだろう。

 どの時刻に鳴らした方がこの街の人々にとって都合が良いのかは、この街で暮らしてる人々にしか知り得ないだろう。

 なので今現在の時計塔は、時刻を刻んではいるが大鐘の方はただの飾りと化している。

 メジャーな所だと、就業開始、昼休憩、就業終了辺りに鳴らすのが無難な所だろうが、そもそもこの街の就業開始時刻が何時なのかすら私は知らない。

 そういうのに詳しいのは、恐らくこの街に一番長く滞在しているルークだろう。

 ドラゴンの騒動も終わって、今はもうこの街に戻って来てるらしいしね。


「――そういえば、ここ最近ルークと顔合わせて無かったわね」


 私はアザラシを眺めたり一緒にゴロゴロしてたから割かしのんびりした日々だったけど、リューテシア達はかなり多忙だったみたいだし。

 普段の指示もリューテシアと打ち合わせするだけで、私自身が直接どうこうする事は無いし。

 この時計塔だって、私の見立てではリュカ一人で現場を充分取り仕切れると思っていたのだけど、リュカが不安だと言っていたので一緒にくっ付いてきただけなのだ。

 最後に顔を合わせたのは何時だったか。

 報告ついでに、折角だから顔を見せに行こうかしら。


「リュカはどうする? 一緒に行く? それとも待ってる?」

「な、なら……ぼ、僕は宿屋で待ってます……その、小さい時計っていうの、作ってみたいし……」


 今回、私達はこのソルスチル街に滞在する為に宿屋を取っている。

 復興に向けて忙しなく蒸気機関車が走り回っている現状、客車を線路上に停泊させておくと邪魔になるという判断からである。

 頻繁に蒸気機関車が走っているので、わざわざ私達の為に特別便を走らせずとも地下拠点に帰る事は出来るしね。

 そもそも、もうここは立派な街だしね。宿に泊まるという選択肢も悪くない。


「そう。でもリュカ、最近時計ばっかり作ってるわね。別に他の事をしてても良いのに、気に入ったの?」

「な、何だか……こ、このカチカチっていう音、き、聞いてると、お、落ち着くんです……」


 変わった趣味ね。

 まあ、趣味は人それぞれか。リュカが時計を気に入ったというなら何よりだ。


「なら、ルークの所の要件が済んだら私も宿に戻るから、それまで待っててくれる?」

「は、はい。わ、分かりました!」


 さて、時計塔の建造は晴れて今日で終了となった。

 その終了報告と、時報の設定をルークに相談するべく、私は久し振りにルークの居る家屋へと向かうのであった。



―――――――――――――――――――――――



 ルークが普段生活している居住区は、幸いドラゴンの襲撃を受けた区画とは離れていた為、こちらは襲撃以前の様相のままであった。

 それ故にルークが別の場所に移動したという事も無く、迷わずルークの居場所まで辿り着く事が出来た。

 階段を登り、ルークに宛がわれている最上階の部屋へと辿り着く。

 扉をノックするが、返事が無い。

 耳を澄ますと、室内で誰かが話し合っているような声が聞こえる。

 ノブを回してみると、扉が開く。施錠はされていないようだ。


「――何度も申してますが、生憎多忙なものでして」

「では何時ならば会えるのだ?」

「生憎、神出鬼没とでも言うべき行動パターンでして。それすらも分からないのですよ」


 その美青年然とした美貌は既に無く、年季を刻んだオジサマ路線へと変貌を遂げたルークが、目の前の見知らぬ男性と何やら話し合いを行っていた。

 

「……お取り込み中の所悪いけど。ノックしても返事が無かったから勝手に入らせて貰ったわよ」


 室内に入り、私が声を掛けた事でやっとこちらに気付いたのか。

 ルークともう一人の男性の視線が私へと向く。

 その時、ルークの目が僅かに驚きで見開いたような気がした。


「お取り込み中なら、後で出直すけど?」

「いやいや、私には構わなくて結構。そちらの要件を優先させてくれたまえ」


 手でジェスチャーをしつつ、目の前の男は近くにあった椅子に腰掛け、ルークと話すよう促してくる。

 とはいえ、この状況で長話をするのも失礼だろう。

 簡潔に要件を済ませてしまおう。


「――取り敢えず、ここからでも見えると思うけど。時計塔は無事完成したわ。特定時刻に鐘を鳴らせるようになってるんだけど、今はニュートラル状態になってるわ。私は普段この街にいないから、一番長く住んでるルークならどの時刻に鐘を鳴らした方がここの人々にとって都合が良いか、分かると思ってね。教えてくれれば、こっちから伝えておくけど」

「そ、そうですか……わざわざ有難う御座います。でしたら――」


 ルークからこの時間に鳴らした方が良いのではないか、という提案をいくつか聞いておく。

 やはりルークも、仕事絡みの時間帯に鳴らすのが一番良いという結論に至ったようだ。


「所でしばらく顔見せてなかったけど、元気にやってる? ドラゴンはとっちめたけど、その後始末が大変でしょ?」

「まあ、そうですね」

「こっちもこっちで大変だけど、何か困った事があったら相談に乗るわよ。ルークは私達と違ってもうそれなりに歳だし、無茶しないようにね」

「ええ、その辺は気を付けていますからご心配なく」


 他愛も無い会話を交わした後、報告も済んだのでルークの部屋を後にしようとする。

 ドアノブに手を掛けたようとした所で、背後から声が飛ぶ。


「失礼ですが、もしや貴女は、ミラという方ですかな?」

「確かに私はミラだけど」


 振り返ると、先程まで席に座して静観していた男が立ち上がり、笑顔を浮かべ、こちらに歩み寄ってくる。

 ……何故か、その背後のルークが目元を手で抑えながらあちゃー、と言いた気な表情を浮かべている。


「おお! 貴女がかの噂のミラ様であらせられましたか!」


 手振りを交えたオーバーリアクションを示したその男性は、自己紹介と共にその手を差し出してくる。


「私、聖王都ファーレンハイトの貴族街に居を構えています、アインリッヒ・フォン・シュテルンベルクと申します。以後、お見知り置きを」


 ルークと似たり寄ったりな年齢のその男性は、見事な笑顔を浮かべながらそう言ってのけた。

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