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175.根付いた人々

モブ勢のお話

「――ってな具合で、俺達の活躍のお陰で避難民達は全員無事で逃げ切れたって訳だよ!」

「流石ガゼフさん! ドラゴンから生き延びた英雄は言葉の重みが違いますねぇ!」


 ドラゴンとの戦いから一ヶ月が過ぎ、人々の傷は徐々に癒えてくる。

 残念ながら襲撃によって亡くなった人物も少なくはないが、死者の埋葬も済み、人々は復興に向け、少しずつ日常の光景を取り戻しつつあった。

 ドラゴンを討伐した事で得た素材――竜鱗といった希少な素材をルドルフ商会が一括で引き受け、適正売価にて買い取りを行い、その貨幣をミラは受け取る。

 避難を指示したのは人命を守る為だったとはいえ、迷惑を掛けた事には違いないので、得た財貨は避難民全員に均等に分配する事にした。

 ドラゴンという凶暴で希少な素材であるが故に、その価値は非常に高く、金貨万枚単位での収益となる。

 しかしこのロンバルディア地方に住んでいる人々の総合計は既に数万人にも及んでおり、その人々全員に分配した事で一人当たりに渡る金額は精々金貨数枚という結果に終わった。

 とはいえ金は金である。そして金貨であらば一般の人々からすればそれなりに高額。

 降って沸いたような泡銭を得た事で、普段戦いを生業にしている人々は真昼間から地下拠点、その食堂にて酒盛りに勤しんでいた。


「だろー? いや、流石の俺もあの時は死を覚悟したね! だけどここで死んだら、後ろの戦えない人々はどうなるんだ! って具合に自らを鼓舞し、必死に、命を賭けて戦い抜いたんだよ!」


 痩身の男――ガゼフと呼ばれた男は、自らが経験した御伽噺のような英雄譚の当事者となった事で、酔いに任せて得意げに語る。

 尚、当時はヤケクソ気味にドラゴン相手に攻撃し、泣き言と文句を延々と繰り返していたのは言わぬが花である。


「ふん。あのドラゴン相手に何も出来なかった若造が得意げになるんじゃない」

「ローウェンの爺さんだって一回魔法使ってぶっ倒れてたじゃねえか!」

「ワシはその一回で相当な時間稼ぎをしたぞ。英雄ぶるならもう少し腕を磨いてからにするんじゃな」


 ローウェンと呼ばれた老人は、こちらもまた酔いで顔を赤らめながらもガゼフに対し食って掛かる。

 普段は帽子とローブで身を包んでいるが、流石に酒を飲む際には邪魔になるので上着を脱ぎ、帽子を取り脇に置いてあった。


「つーか、救世主って意味ならガゼフよりケビンの野郎の方が印象深いけどなぁ」

「俺か? よせよせ、俺は大した事してねえよ」


 動き易い軽装に身を包み、小脇に矢筒を置いた男――ケビンと呼ばれた男は英雄譚に巻き込まれるのは御免だとばかりに手を振りつつそう言ってのける。


「マーカスだって見てただろ。こっちの撃つ矢が刺さりもしねえ弾かれる一方で、石壁相手に撃ってた方がマシだって気分だったぜあのドラゴンはよぉ」

「いやいやそこじゃねえよ。不測の事態を見事その矢で打開してみせたって話じゃねえか」


 筋骨隆々といった表現がピッタリの、柔和な表情を浮かべた人の良さそうな男――マーカスはそうケビンを褒め称える。


「あの凄まじい速度で走る蒸気機関車の上から、線路を切り替えるレバーを射止めるなんて、弓をやってねえ俺でも断言出来る位の神業だと思うぞ?」

「何発か外して、矢も他所から借りた挙句の泥臭い結果だったけどな……」


 グラスに注がれた果実酒を飲み干すケビン。

 遠慮気味な口調ではあるが、その口元は笑っており、まんざらでもない様子だ。


「やっぱ英雄みてぇに百発百中とはいかねえなぁ」

「でも話じゃ確か三本か四本目位で当てたって話だろ? 充分凄腕だろ。そんなヤツに後ろ任せてるなら、俺も安心して盾構えてられるってもんだ」

「盾、ねえけどな」

「うるせぇ! あの騒動でどっかにいっちまったんだから仕方ねえだろ! お陰で新しいの手に入るまで休業だよクソッタレ!」


 他の面々は仕事上がり故か、普段の装備を脱いでこそいるが近くに置いてあるにも関わらず、マーカスのみ完全にオフの普段着である。

 あのドラゴンの襲撃以降、ガゼフ、ローウェン、ケビン、マーカスの四人は意気投合し、この地下拠点の雇いの警備として傭兵家業に勤めていた。

 前衛と後衛がしっかり別れたバランスの良い編成であり、口は悪いながらも堅実に魔物を討伐し、あのドラゴンの襲撃の際に矢面に立って行動していたという事実も相俟って、このロンバルディア地方でも指折りの実力者として頭角を現しつつあった。

 泡銭が入ったので今日は早めに仕事を切り上げ、こうして酒盛りを行っているが、彼等が真面目に精力的に活動すれば今回入った泡銭程度の金額であらば一日二日程度であっさり稼いでしまうだろう。

 そういう実力と事実があるが故に、泡銭は泡銭とアッサリ割り切りこうして豪遊しているのである。


「ふぅ~ん。まあ、確かに中々魅力的な身体付きしてるしねぇ……爺さん以外はね」

「何じゃと!? ワシはまだまだ現役じゃぞ!」

「ベッドの上でもかい?」

「無論じゃ! 何なら試してみるか!?」


 ローウェンに対しからかい口調で挑発する、赤い薄手の布に身を包んだ女性。

 蠱惑的な笑みを浮かべるその女性は、以前ミラがソルスチル街にて勧誘してきたアニータという人物である。

 敷地面積という意味では地上にあるソルスチル街には及ばないものの、その貴族も真っ青な整えられた快適な居住区画故に、ここでの生活を気に入ったアニータは完全にこの地に根を下ろしていた。

 他の娼婦達を纏め上げ、完全にこの地の顔役と化したアニータだが、自身の女を売る事を辞めた訳ではない。


「良いよ。但し金貨五枚だよ」

「ぬぐっ……! 結構高いのぉ……」

「当然さ。悪いけどあたしは安い女じゃないからね」


 ガゼフ一行と同席し、酒を(あお)りつつも商売に余念が無い。

 アニータ達の仕事は水商売らしく、他の人々が仕事を終えて帰ってくる夜からが本番である。

 なので昼過ぎのこの時間帯は余暇の時間として利用しており、彼女達もまたこの食堂で酒を飲んでいたのだ。

 その最中ガゼフ達に誘われ、こうして一緒に杯を交わしているのが現状である。


「ローウェンのヤツ振られてやがるぜ! 爺さんなのに無理し過ぎだろ!」

「ワシは生涯現役じゃ! 今でもピンピンしとるわ!」

「そういえばアニータさーん。以前話してた私達のいる場所に温泉を引くっていう話はどうなってるんですかー?」


 口喧嘩を始めたガゼフとローウェンを尻目に、間延びしたおっとりとした口調の女性がアニータに対し質問を投げ掛けてくる。


「ああ、それなら条件付でやっても良いって話で纏まったよ」

「条件付?」

「普段何処に行ってるのかサッパリ分からないけど、偶然ミラと会う機会があってね。そこで話し付けといたよ」

「ミラって……あのドラゴンを倒したっていうあのミラですか!?」


 ウェーブの掛かった金髪の女性が、驚いたような表情を浮かべてアニータに確認を取る。


「ああそうさ。ここの切り盛りしてるのは実質はリューテシアっていうエルフの女みたいだけど、権利を現状持ってるのはあのミラって子だからねぇ」

「ほえー……アニータさんって、本当にあのミラさんと知り合いだったんですねぇー……」

「ミラ、か……名前だけは聞いてるが、あのドラゴンを仕留めるなんて、一体どんな女傑なのやら……」

「女傑? そんなガラじゃないよあの子は。見た目はあたしより遥かに小さい娘っ子だったよ」

「ああ、俺も直接見た事は無いけどルナールさんと話した時にそんな事を聞いた気がするなあ」

「……もしかして、ミラって人物は魔族か?」

「いや、本人曰く人間だって話だぞ。何十年も経ってるのに何故か子供の姿から成長しないって話だけどな」

「何時までも若々しく居られるって良いなぁー」

「いくら若くてもあたしは言っちゃ悪いけどあんなちんちくりんな身体は御免だねぇ。アレじゃ男を釣れないよ」


 ここに居る面々は、アニータ以外は直接ミラという人物を目の当たりにした人はおらず、勝手な空想でその姿を見ていた。

 膨大な知識と財産を有し、魔法と科学の両側面からアプローチを掛け、この厳冬の地を切り開き、世界有数の大都市であるソルスチル街建立の立役者、その一員となる。

 果てに攻め込んできた聖王都の数万にも及ぶ軍勢を、たった一人でほぼ壊滅状態になるまで追い込み撤退させ、風の噂では国王陛下相手に面と向かって啖呵を切ったとまで言われている。

 そして、今回のドラゴン騒動である。

 ここの実働的な意味でのトップであるリューテシア、ソルスチル街を中心に魔物の討伐に参加し、治安維持に貢献し続けているルナールと共にドラゴン討伐に向かい、それを成し遂げた。

 この二人は「私(俺)達は結果を見ればただ付いて行っただけだった」と証言しており、あのドラゴンを討伐したのは実質ミラ一人だったという話が余計にミラの実像を大きいモノに見せていた。

 そのせいで姿を知らない、殆どその姿を見せない謎めいた実像のせいで女傑だ、英雄だ、女王だ、勇者だ……大衆の間で好き放題言われていたのであった。


「……そういえば話がそれちゃいましたけど。その温泉を引く条件って何なんですか?」

「温泉をそこまで引っ張る設備の設置と維持費はこっちで持てとさ。それと風呂場の掃除もこっちでやれって話だよ」


 アニータ達はここで商売をするに当たり、大衆の浴場ではなく個人的な風呂場が欲しいと考えていた。

 仕事を終えた後にイチイチ大浴場まで向かうのが面倒であり、時間も掛かる。

 男を呼び込む合間の時間でササッと入浴を済ませ、身奇麗にする時間短縮をしたかったそうだ。


「それから、その設備を設置するとなるとそれなりにスペースを喰うらしくてね。リューテシアの指示でそれを設置するならこの地下拠点から退去して、大体の開拓が終わってる第二地下拠点の方に場所を移せってさ」

「ええー! 引越しですかぁー!? 面倒臭いなぁーもう!」


 金髪の女性は口を尖らせてブーイングを上げた。


「でもあたし達用の専用の風呂は欲しいだろう?」

「そりゃまあ、確かにそうですけど……」

「移動位なら問題無いさ。それにあたし達も数が増えて少々あそこじゃ手狭になってきた所だ。潮目だと思うんだよね」

「アニータさんが行くならー、私も付いていきますー」

「それから設備を設置したいなら、ここにいるリュカって言う半人半魔の人に交渉しろだとさ。ここで動いてる機械って代物は、大半がそのリュカって人物が関わってるらしいからね」

「リュカか……そういや、あのドラゴンを追い払った時に使った銃や大砲って武器も、ミラという人物が発案して、リュカやオキって人物が量産したモノらしいな」

「何だケビン、随分詳しいじゃねえか」

「気になって、個人的に聞いて回ったからな。あの銃って武器は、興味が湧いたからな」


 弓を用いて狩猟や魔物の討伐を行っていたケビンは、使用範囲が弓と被る銃という未知の武器に対して興味を示していた。

 弓よりも遥かに強い破壊力を有し、射程も長い銃という武器は遠距離戦法を取っているケビンからすれば無視できない要素であった。


「ドラゴンとの戦いの際は使わせて貰えなかったが、落ち着いた辺りで頼み込んで一度だけ使わせて貰ったんだ」

「ほう。使った感じはどうだったよ?」

「正直、弓と比べて一長一短だったな。破壊力に関しては間違いなく銃の圧勝だ。薄い鉄板位だったら魔力に一切頼らずとも易々と撃ち抜ける。非力でも破壊力を出せるって意味ではある意味クロスボウが近いな、そして飛距離も銃の方が長い」

「……それだけ聞くと、弓より銃って武器の方が強くないか?」

「それがそうでもない。第一に次弾を用意する時間が長過ぎる。弓を引くのと違って、弾を込める作業は別の人にやって貰えるっていう変わった利点もあるが、その場合だと二人一組で動く前提になるし、銃も複数用意する必要がある。嵩張るし、邪魔だ。そしてこれ以上に、現状だと余りにも無視出来ない欠点が見えちまってな」

「何か重大な欠陥でもあるのか?」

「……命中率がな、悪いんだ。至近距離ならともかく、ある程度距離が離れると途端に的から狙いが逸れやがる。弾には矢羽が付いてないから軌道が安定しないんだ、アレだと例えば俺達の面子で行くなら、ガゼフが魔物と取っ組み合いになったとしよう。それを援護しようと俺が銃を撃ったら、軌道が逸れて魔物じゃなくてガゼフに当たっちまうのが簡単に想像出来ちまって、な」

「おおう……それは流石に勘弁してくれ……」

「あの銃って武器は、ド素人でも扱えて、子供でも常に一定の破壊力を出せる。但し弾込め役が一緒に居て、目の前には敵しかいないから流れ弾の危険も無いっていう状況下のみで弓を完璧に上回るんだ。俺達みたいに不意を魔物に突かれて乱戦になる危険性があったり、魔物と肉薄するのが基本的な流れに組み込まれていると使い物にならねえな。……現状、はな」


 そこで講釈を一度中断し、グラスの酒で口を湿らせようとするケビン。

 しかし手にした所で自分のグラスが空だった事に気付く。


「どうぞー」

「ん? ああ、済まないな」


 おっとり口調の女性に酒を注がれ、ケビンは礼を述べつつその酒を口に含み、喉を鳴らす。


「――生憎俺は技術者じゃないから分からないが、もし仮にあの銃って武器の次弾の装填速度を早くする術と、命中精度を大幅に高める手段が用意出来たなら……俺は、弓を捨てて銃に乗り換えるかもしれないな」


 酔ってはいるものの、真面目な表情でそう判断を下すケビン。


「まあ、それが何時になるのかは分からんがな」


 ケビンは知らないが、ミラがものぐさスイッチ内に格納し、この世界に持ち込んだ銃火器はケビンの述べた条件を完璧に満たしていた。

 しかし現代技術の粋を集め生み出された銃火器は、まだこの世界で再現する手段を見付けられていない。

 ケビンの条件を満たした銃がこの世界に現れるのは、まだまだ時間が必要であった。


「――何だ? どうかしたのか?」


 酒を飲んでいる途中、先程酒を注いでくれたおっとり口調の女性が微笑を浮かべながらじっとこちらを見ている事に気付くケビン。


「んー? 仕事に真面目に取り組んでる男の人ってー、何だか格好良いなーって。ケビンさんって言いましたよねー。私、この後仕事なんですけどー、もしケビンさんが良ければご一緒しませんかー? ケビンさんだったら、私、いろいろサービスしちゃいますよー?」


 彼女ののんびりとした性格故か、緊張感が緩むおっとりとした口調を保ちつつ、目を細めつつ女性はそうケビンに告げる。

 その発言を聞き、咳き込むケビン。


「この野郎! 澄ました顔して俺等を差し置いて女引っ掛けやがって! 弓だけじゃなくてそっちも百発百中か!?」

「うるせーぞガゼフ! 何上手い事言ったみてーな顔してんだ殴るぞテメェ!」

「――っと、ちょいと長居し過ぎたみたいだね。悪いね、あたし達はこれから準備があるからこれでお暇させて貰うよ」


 地下拠点、その一部に実験的に設置された時計を見て、時間が少々オーバーしている事に気付いたアニータ。

 引き連れた女性陣に切り上げるよう指示を出し、仕事場に戻るべく準備を始める。


「何じゃ、もうこんな時間か。若い女子といると時間が経つのは早いもんじゃのう」

「ジジクセー発言だなぁ」

「何じゃと」


 再びガゼフとローウェンの間に対立の火花が起こりそうなのを尻目に、アニータ達は食堂を後にする。

 夕食時が近いが、まだ仕事上がりのゴールデンタイムには少し早い。

 そんな微妙な食堂内に、ガゼフ達の喧騒の声が木霊するのであった。

ケビンはこの後女の子と遊びにイキました

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