174.電気分解
ドラゴンの脅威は去り、再びこのロンバルディアの地に平穏が訪れた。
人々は復興に向けて精力的に活動を再開し、地表も地下も活気に満ち溢れていた。
第二地下拠点の開拓も進み、新たな農場となる地下部位も少しずつ完成に向けて進んでいる。
ここが実働を開始すれば、ロンバルディア地方の食料自給率がまた上がり、ファーレンハイトへの依存度が更に低下する。
欲を言うならば、第四位まで開拓したいわね。
現在のロンバルディア地方の総人口から計算して、現状より人口が増えないのと不漁の時期に遭遇しない条件であらば、そこまで開拓すればロンバルディア地方内の食料自給率が100%に到達する計算だ。
そうなればまぁ、聖王都も焦るんじゃないかしらね?
肥沃で広大な土地、というのが聖王都にとっての最大の強みであり、それはイコールで食料という強力な武器に直結している。
交渉に食料というカードを切れるのは、それはさぞかし強力だっただろう。何しろ、人々の生活する地でまともに農作業を行えるのはファーレンハイトしか無いのだから。
食料の供給を止めるぞ、と少し脅せば人々は従順になっただろう。何しろ、止められれば飢えるしか無いのだから。
だが、食料自給率が100%に到達してしまったならば、聖王都の持つ強力な手札は途端にゴミと化す。
食料供給止めるぞと脅されたなら、どうぞご勝手に。と、言える訳だから。
そして食料さえ何とかなるのならば、ロンバルディア地方は別段貧しい土地という訳でもない。
積雪があるので水も存在し、元々鉱山地帯だったこの場所は鉱物資源も豊富だ。
木材も針葉樹で良いのならば、レイウッド村の近隣で確保出来ている。
魚介類ならソルスチル街が漁によって中々の漁獲高を誇っている。
この地方だけで生活基盤の全てを賄えるという理想的な状況になりつつあるのだ。
選択肢の存在しない選択を強要し続けていた聖王都からしたら、たまったモノでは無いだろう。
何しろ武力による弾圧は圧倒的力によって退けられ、挙句ドラゴンまで撃退、討伐に至る程であると数字……結果として証明された。
この事実は、徐々に世界に広まるだろう。人の口に戸は立てられないからね。
そうなれば、理不尽な弾圧の存在しないロンバルディアに、今後流民が次々に流れ込むのは想像に容易い。
まあ、それを考慮する必要があるからこそ、食料自給率100%がとても遠い目標になってるんだけどね。
この現状を危機的に見る頭が聖王都に残っているならば、聖王都にも自浄作用が蘇ってくれるかもしれない。
「またミラが変な事やってる……」
後ろからリューテシアの野次が飛んでくる。
「何これ? 伝説の聖剣ごっこ?」
「まあ、ビジュアルはそれっぽくあるわね」
大半は鉄だが、表面部分の必要箇所にはミスリル銀を使用し、魔力伝導率を上げる加工を施した土台。
その土台部分には、剣が突き刺さっていた。まるで神話や御伽噺の如く。
この剣は以前、白霊山のドラゴンの巣穴にて発見したモノであり、あんな場所にある以上、持ち主は不明――恐らく限りなく死亡に近いと思われる――なので、私達の地下拠点で使わせて頂く事にした。
「後はここの回路を繋げて完成……よし、動いた」
「……何か、ガラスの中に気体が増えてきてるわね」
「これ、電気分解っていう作用なのよ」
ガラス内にある二本の電極に電気を流し、薄い水酸化ナトリウム水溶液をガラス内に入れ、この水溶液内に通電させる。
電気分解作用によってそれぞれの電極から水を分解した際に生まれる気体――水素と酸素が生成され、ガラス管内に蓄積していく。
「――って! 水素と酸素って爆発するヤツじゃない!? ミラ貴女一体何やってるのよ!?」
「そう怒る事も無いでしょ。こうする事で、生物が生きるのに必要な酸素を意図的に生み出せるようになったんだから」
そう、酸素を生み出せるようになった。
蒸気機関車の一環でピストンなんかも既に作れるようになっている訳だし、逆支弁も作れる。
これらが組み合わされば、酸素ボンベを作れるようになる。
「……その酸素ボンベ? っていうのは一体何なの?」
「文字通り、酸素を溜めておくタンクの事よ。使い道はいくらでもあるわよ」
例えば、火力の向上。
鉄を溶かす際、ふいごなんかを利用して火元に風を送り込むのは、より多くの酸素を送り込んで燃焼の勢いを上げる為にある。
純度100%の酸素を直接吹き掛けるのであらば、その燃焼効率はこれ以上無い高効率となるだろう。
水素ガスと酸素ガスの混合気体による、溶接作業なんかも出来るようになるわね。
また、人類の活動範囲を広げる事なんかも出来る。
魔法を使って空気の膜を作れる人……それこそルークやリューテシア辺りには恩恵が薄く感じられるが、この酸素ボンベを抱えて行けば周囲に空気が無かったり、吸い込むと危険な猛毒ガスなんかが充満している場所でも魔法に頼らず活動出来るようになる。まあ毒ガスに関しては、皮膚や粘膜から吸収されないモノ限定になるが。
以前私達が向かった白霊山も、一定高度以上になると気圧が下がり、呼吸が困難になる。
また、身近な所では水中なんかは呼吸できない場所の代表だろう。
酸素ボンベを製造すれば、水中に二時間でも三時間でも潜っている事が可能になるのだ。
まあこの用途であらば、純度100%の酸素は人体に有害なので窒素を一定量混ぜて混成ガスにする必要性があるが。
「……爆発以外にも使用用途ってあったのね」
「爆発は寧ろ、事故としての面が強いからね」
今回はこうして拾い物の剣から電力を生み出させて貰っているが、後々魔法に頼らぬ発電が行われるようになれば、この剣に頼らずとも同様の事が出来るようになる。
「おい嬢ちゃん。設計図通り、逆支弁ってヤツを作ってみたんだが、こうで良いのか?」
作業場にて鉄加工を行っていたオキが、自ら作り上げたと思われる逆支弁のパーツを持って現れる。
私の手元にその逆支弁を手渡し、ふと目に入ったであろう拾い物の剣を視界に入れ、そして二度見する。
「おい……! その剣もしかして、タケミカヅチじゃねえか!?」
その目を見開き、興奮と驚愕が混じったような口調で述べる。
台座に刺さったままの剣に近寄り、剣の峰辺りの部分を注視した後、「やっぱりか……」と呟く。
「オキさん、その剣が何なのか知ってるんですか?」
「ジジイが作った精霊剣の一つだ。確か雷の精霊の力を宿してるって話だが、初代勇者達の手に渡った後に行方不明になったって聞いたが……」
ふーん、相当な力を持ってるからさぞご大層な剣だったのだろうとは思ったけど。
こんな場所から剣の正体が判明するとは意外だったわね。
「まあ、別に私からすれば関係無いんだけどね」
十中八九、この剣の持ち主は死んでるだろうから、所有権は最初に拾った私にある。
この剣の持つ力は、平和的な利用法として運用させて貰う。
その雷の精霊とやらも、殺しに使われるより繁栄の為にその力を使われた方がきっと喜ぶだろう。
だから私の運用法は変わらない、悪いわね。
この剣には、発電機になって貰うよ。
「後はここを通じて電線を通せば、電球に光を灯せるようになるわよ。それから……これだけ強力な電力を持つのであらば、強力な磁石の製造も出来そうね」
磁石は、そろそろ生み出せるようになっておきたかった。
電磁石ではなく、半永久的な磁力を帯びた磁石だ。
それがあれば、立派なモーターを作れる。
もう一段階上の快適な生活を目指せるようになるのだ。
「この辺りに関しては、もうリューテシアに教えてあるし。リューテシアを通じてここの人に教えてあげて頂戴」
でも私直々に教えるような事ではない。
概要は既に以前説明してるからね。
なので後はリューテシア達に任せた。
私は、より発展した未来へ進むべく再び時間跳躍を行う。
「……行くのは良いけど。あのアザラシちゃんと連れて行きなさいよ」
「ええ、勿論」
当然、私一人じゃなくて一人と一匹で跳んでいくのであった。




