172.帰路と復興
アイスドラゴンを討ち取った私達は、白霊山に存在している魔力湧点の地を観測した後、真っ直ぐに帰路に――つかなかった。
「……ねえ、この子持って帰ったら駄目かな?」
「だから駄目だって何度も言ってるじゃない!」
「この位の年齢ならもう親離れしてるか親離れ間近なはずだから親がどうこうって言うのは大丈夫。食料も定期的に魚介類を上げれば大丈夫だし、飼育の際の気温の問題についても考えがあるわ。大丈夫」
「そのエサ遣りは私に任せる気なんでしょ!?」
「失礼な。そんなに言うなら私がやるわよ」
「やっぱり私にさせる気だったんじゃない! ちゃんと自分で面倒見れないなら拾ったら駄目に決まってるでしょ!」
寄り道をして、以前見付けたアザラシの群生地へと私はやって来た。
その時、私の足元に白い毛玉が這い寄って来たのだ。
その毛玉には見覚えがあった。私が以前、餌付けをした個体であった。
どうやら私を覚えていたらしく、何か無いかと催促してきたのだ。
折角なので、再会の印として切り身をあげると、美味しそうに食べ始めた。
……やっぱりこの子、もう親はいないのかな?
「ほら見て。この白いモフモフ、可愛いと思わない?」
「可愛いか可愛くないかはこの問題とは関係ありません」
「じゃあ譲歩して私の部屋に置いとくだけで良いから」
「ミラの部屋にこの子が居座れるスペース無いじゃない」
失敬な。掃除すれば良いんでしょう?
確かに今はちょっとゴチャゴチャしてるけど、ものぐさスイッチの亜空間内に放り込めばすぐに片付く。
何時でも片付けられるから、片付けてないだけだ。
「スペース作るし、餌やりするし」
「……はぁ。勝手にすれば良いじゃない。変に執着するわね、何が気に入ったのよ」
「何となく」
説得の末、遂にリューテシアを納得させる事に成功する。
気に入った理由に関しては、私も良く分からない。
「よし、じゃあアナタの名前は今度からゴマちゃ」
「ミラ! ストップ!」
何故かリューテシアから横槍が入り、名前を考え直すよう注意されてしまう。
良い名前だと思うんだけど。何が駄目なのかしら?
「……まあ、名前は後で考えれば良いか。とりあえず、連れて帰りましょうか」
三人と一匹を加え、私達はソルスチル街へと帰還する。
とりあえず、泳ぐ場所がいるわね。
帰ったら拠点にプールでも作りましょうか。
それと、気温の対策もね。
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地下拠点へと戻った私達は、まず最初にクレイスと別れる事になった。
そもそも彼は、別にロンバルディアの住人でも何でもないからね。用が済んだから帰るという事なのだろう。
ドラゴンの討伐に成功したという報告をした所、地下拠点の人々は最初は信じられないといった表情を浮かべていた。
しかし持ち帰ったドラゴンの死体を目の当たりにした結果、驚愕の後に歓声が沸く。
一部の人の話を聞くに、ドラゴンの身体は商的な価値があるらしい。
避難の為とはいえ、地下に押し込めた人々に迷惑が掛かったのも事実なので、このドラゴンの身体はロンバルディアの人々全員に金銭として変換した後に分け与える事にした。
そして、私達が戻ってきた頃には第二地下拠点が大幅に拡充され、広大な面積となっていた。
一箇所に集合させられた結果、人手だけは唸る程あった為、どうせ地上には出られないのでその空き時間を拡張作業に充てていたようである。
リューテシアにお願いして、その一部を拝借して連れ帰ったアザラシのプールにする事にした。
「……何それ?」
「周囲の魔力を利用して、この子の周囲だけ気温を下げるのよ。これなら、暑さでバテるような事も無いわ」
「また贅沢に魔石なんて用意して、器用な事を……」
今回、アザラシの為に周囲の気温を下げる為、氷属性の術式を刻んだ魔石を用意した。
魔石は加工してストラップ状にしてあり、アザラシのヒレの部分に軽く括り付けておいた。
これなら、何処でも涼しい状態に保たれてアザラシも快適だ。
涼しくなって元気になったのか、私の与える魚を美味しそうに口にしていた。
何故か私の近くに這いより、離れようとしない。
魔石の影響でひんやりする。ちょっと冷たい。
「私にこの子の面倒見てる暇なんて無いから、ちゃんとミラが見てよね。面倒見れないなら、ちゃんと元の場所に返してきなさいよ」
「大丈夫。一緒に居る」
というか、今後時間跳躍する際はこの子と一緒に跳ぶ予定だ。
なので私が未来へと跳んでいる間に世話を頼むとか、そういう事態は発生しない。
流石にそれは、拾ってきておいて無責任過ぎるからね。
数日後、プールが出来たというのでアザラシと共に見に行く。
学校にあるようなプールであり、アザラシの為に少々水深を深くして貰った。
水辺を見付けた事で、そのプールにアザラシは飛び込む。
久し振りの水場故か、気持ち良さそうに何十分も泳ぎ回っていた。
何となく、で思わず拾ってきてしまったけど。
拾った以上、ちゃんと快適な生活を保障するわよ。
結局、今日一日は水を得た魚状態で活動するアザラシを眺めている内に終了するのであった。
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「――ここの穴は、埋めるより寧ろ逆に形を整えながら広げてしまった方が手間が無い気がするわね」
「広げてどうするよの?」
「資材置き場とかそういう目的の空間にしてしまえば良いんじゃない? 人が増えて、倉庫も手狭になってきたでしょ?」
「そりゃ確かにそうだけど……あそこ潰れたら、蒸気機関車が走るスペースが無いじゃない。どうするのよ?」
「そもそも、あんな馬鹿デカい穴埋め戻して元通りにする作業に労力割く位なら、別ルートを作り直した方が手間掛からないのよね。路線を曲げて、蒸気機関車は第二地下拠点に繋がるように改築。その後地下を通って第二地下拠点から私達のいるここの駅まで繋がるようにする」
「……これまた、随分時間が掛かりそうな案ね」
「時間なら、私は気にしないわ」
「そりゃミラは未来に跳んで来てるから気にならないでしょうけどね……」
ドラゴンを倒した事で、再びこのロンバルディアの地に平穏が訪れた。
避難民は再び元々の居住地へと帰っていったが、この地に定住するようになった人々も多数存在した。
主に寒村に居を構えていた人や、ソルスチル街に住んでいたがドラゴンの襲来によって家を破壊された人などである。
地表部分に家屋を作りたいという申告があったらしいので、リューテシアを通じてこちらの指定した場所であらば建てても構わないと伝えておいた。
地表部分の街道となる場所や路線を敷く予定の場所に建てられては困るので、その配慮である。
無論、こんな場所では地表部分では農作を行う事は出来ず、精々近くの滝や川で魚を取る位しか出来ない。
なので彼等は、この場所を守る衛兵や、第二地下拠点の開拓民としての生活を選んだようだ。
元々、この地は鉱山であったが故に、第二地下拠点でも鉱脈は少しではあるが見付かっている。
鉄道を初めとした、私がここで再現した産物は鉄食い虫ばかりなので、ここから鉄鉱石が産出されるなら少しは足しになるだろう。
この地での生活の快適さはまぁ、快適だけどね。
地表部分は確かに寒いし積雪もあるが、この地に湧いている温泉の影響の為か野生動物も魔物もほぼ存在していない。いたとしても迷い込んだのかな? と思う程度の数だ。
地下に降りれば季節や土地を無視してあらゆる気候の作物を育てられる農場があるし、温泉も常に無料開放している。
オマケとばかりに、この地はこの世界で恐れられているドラゴンという生物災害にすらある程度対抗出来るという事実が証明されてしまい、こと防衛能力に関してはこの世界でも三本の指に入る程度の堅牢さである。
魔物という、物理的に命の危険が迫る可能性があるこの世界の住民にとって、「安全」という保障は何よりも変え難い重みを持っているのだろう。
ぼったくる気も無いので、この地の地表部分の土地権利は程々の価格で分譲している。
以前、この鉱山一帯の権利を一括で購入しているので、流石にタダでやる、という訳には行かないが。
地下で栽培している作物も、まあ、施設の維持費用なんかが加算されているので微妙に高くはあるが、それでも世界各地の作物を産地直送で得られるというなら安いものだと私は考えている。
今は、ソルスチル街を始めとしたドラゴン襲撃による爪痕の復興で大忙しだが。
ソルスチル街のあの有様だと、住処を失った人は相当な数になるはずだ。
持ち家を失ったのなら、いっそ心機一転とばかりに住処をここに移す人々も増えるかもしれない。
なので、リューテシアにはこの土地の地表部分の中で分譲しても構わない区画を地図を交えて説明しておいた。
「流石にもう、これ以上の面倒事は御免よ」
「ドラゴン襲来なんて、雷に打たれたような事故と考えるしかないわね」
「そんな雷みたいな天災に対しても対策してるんだから、ミラって本当徹底してるわね」
「私は安心して快適な生活を送りたいだけだからね。そこは徹底するわよ」
大衆の手には負えない災害は去った。
後は、またこの地の人々に委ねておけば自然と復興していくだろう。
なので、私は私にしか出来ない事をするとしよう。
更に地下での生活を快適にするべく、私は再び地下拠点にて引き篭もるのであった。
アザラシ「名前はまだ無い」
アザラシの名前、何にしようか……
名前はまだ決まってないけど、次から最終章に入ります
それが終われば後はエピローグのみです
多分200話ピッタリで終われそう、な気がする




