171.魔力湧点の地 白霊山
山頂へは何の障害も無く辿り着いた。
白霊山には魔物が生息していない訳ではないが、このフレイヤの機動性に付いて来れる魔物はあのアイスドラゴンを含めて一匹たりとも存在していなかった。
なので、そもそもエンカウント自体滅多にしないがその数少ない遭遇が発生しても容易に振り切れた。
頂上に近付くにつれ、魔力濃度が高まっていく。
先程、アイスドラゴンと対峙する際に降り立った開けた地へと着地する。
「別に見てても良いけど、暇なだけだと思うわよ。休みたかったらそこで休んでて良いわよ」
何度も寝泊りしている家屋を設置して休めるように配慮しつつ、早速私の作業を始める。
この世界の魔力極点という場所は、何しろ初めて訪れる経験だ。
しかもこんな極限地帯、そう何度も行くような機会など無い。
折角なので、この地のデータを回収しておこう。何かの役に立つかもしれないしね。
今思えば、こんな場所に開けた安定した場所があるのは実に都合が良かった。
そのお陰で、こうやってリューテシア達の滞在スペースを設置出来る訳だしね。
「……落ち着いて改めて見ると、私達って凄い場所にいるのね……」
ルナールは子供が物珍しいモノを見付けたかのように元気に辺りを散策しているし、クレイスは家屋の中で休んでいる。もっとも、リューテシアに何かあれば即座に飛び出せるように配慮しつつの休息のようだが。
リューテシアは私の傍らに腰掛けつつ、周囲を見渡している。
「雲が私達より下にあるし、私達が立ってる場所以外、なーんにも無い……まるで、私達以外が世界から消えてしまったみたいだね」
「……そうかもしれないわね」
ここには、魔力極点という要素以外には何も見るべきモノは無い。
未だかつて誰一人として到達し得なかったこの場所は、あるがままの自然の姿を残したままであり、この世界の原初の姿に限りなく近い場所でもある。
人造物がある訳も無く、命の危険を感じる程の絶景が360度広がるばかりだ。
「それで、こんな何も無い場所に一体何の用なのよ?」
「魔力極点の観測をしようと思ってね」
フレイヤのレーダーの反応を見るに、魔力極点の中心はもう少しだけ先だ。
しかしながら余り接近し過ぎると魔力の奔流に呑まれる危険性もあるし、精神汚染も心配だ。
そもそも、今いるこの場所だって相当な高濃度の魔力に溢れている。
リューテシア達が平然としていられるのも、このフレイヤが魂魄簒奪術式によって周囲の魔力を現在進行形で吸収し続けているからなのだ。
観測に必要な動力も魔力によって稼動しているのだが、所詮はデータ集め。
通常稼動時と比べて魔力消耗量は少ない。
結果、釣り合いが取れていたバランスは崩れ、現在はここに滞在した時間と比例するようにフレイヤのバッテリー残量が回復している状態にあった。
しかし高濃度とはいえ、流石に人の魂を直に吸い上げるよりは効率に劣る。
完全回復なんて目論んだら一体何ヶ月滞在するのか分かったものではない。
まあ。行き掛けの駄賃、棚からぼた餅程度の気持ちでいよう。
魔力の流れを観測し、その量や規模、観測情報をフレイヤのデータベースと私の脳内にインプットしていく。
そして、導き出された答え。
「――そうか。ここ、魔力湧点の地なのか」
「魔力湧点?」
「世界には魔力が湧くポイント――魔力湧点と魔力が流れ込んでいく魔力流点っていう場所が存在するの。この異常な魔力量的にここが魔力極点のどっちかなのは分かってたんだけど、ここはその中でも魔力が湧き出るポイントだったって事ね」
この二箇所は、世界中の魔力が出入りする集結ポイントとなっており、それ故に高濃度の魔力溜まりとなる場所でもある。
そして魔力極点は、私がこの世界に来る際にも重要視した、次元移動の際にも重要となってくる。
魔力極点の流れは、川の流れと似ている。
流れに沿って進むなら抵抗は少ないが、流れに逆らうと非常に強いエネルギーを消費してしまう。
なので理論上、次元移動を行う際は移動元の魔力流転から突入し、移動先の魔力湧点から飛び出すのが最適解となる。
実際、私の命を実験台にしてこの理論が正しい事は証明されている。
本来、理論的には私はこの世界に現れる際には白霊山から出現しなければならないはずだったのだ。
座標がズレて白霊山ではなくオリジナ村近辺に漂着した理由は不明だ。この辺は原因を究明しないといけないだろう。
「魔力極点――つまりあのアイスドラゴンは、ここで暮らしていたが故に、無尽蔵とも言えるここの魔力を吸収してあそこまで強力な魔物になったのかもしれませんね」
暇を持て余したのか、クレイスが私達のもとへと近付きそう告げた。
成る程、理屈としては在り得る話ね。
大気中の魔力を吸収するだけなら、別にドラゴンだけでなく魔法の知識と操る才能さえあれば人々も同様に行える。
但し、過剰に吸収した結果はどうなるか、言うまでも無い。
あのドラゴンももしかしたら吸収のし過ぎで廃人か狂人……人じゃないから狂ドラゴンか。そうなってたのかもしれないが、人語を解さぬしそもそも私達が討ち取ってしまったので、最早知る由は無い。
「それで。貴女のその個人的な調べ物はまだ終わらないのですか? 余り長く掛かるようなら、私はリューテシアを連れて帰らせて貰いますよ」
こんな何も無い場所、いるだけ無駄です。と、クレイスは付け加える。
私としては、結構ここで得るモノは大きかったけどね。
私のいた世界とこの世界の在り方に、差異が無い事がこれで更に証明された。
一部呼称が違ったりもするが、呼称が違うだけで原理は同じだ。
万因粒子はこの世界では魔力と呼ばれ、万因極点は魔力極点としてこの世界にも存在している。
と言う事は、ここにこうして魔力湧点があるという事は、同時にこの世界に魔力流転も存在するという証明でもある。
もしこの世界で魔力流転の地を見付ける事が出来たとしたら、何時か私のいた世界とこの世界を自由に行き来する事が出来るようになるかもしれない。
――駄目ね。
もし私の世界の人々がこの世界に来る日があるとすれば、それは――
「……調査は終わったわ。知りたかった事も大体把握出来たしね」
陰鬱な思考を停止させ、ルナールを呼び戻す。
ここから先は、考えても意味は無い。
何時かその日が来るかもしれない、ただそれだけだ。
「それじゃ、この白霊山とはここでお別れね。多分、もう二度と来る事は無いでしょうからね」
この白霊山一帯は、未踏の地であるが故に当然だが手付かずの資源があるかもしれない。
しかしここまで来る為の労力や調査の手間、それに加えて強力な魔物という命のリスクと天秤に掛けて、とても実行に傾くとは思えない。
「で。ルナールは一体何を抱えてるの?」
「お土産。白霊山に行ったからリサに持って帰ってやろうかなって」
「お土産って、ただの石じゃない」
「白霊山の石ってだけで、何か特別な感じしないか? まあ、石位しか無いからお土産になるのがこれ位しか無いってのもあるけどさ」
月の石みたいなノリね。
「なら、抱えられるだけ抱えると良いわ。帰りは、さっさと帰れるだろうからね」
「……もしかして、このフレイヤで飛んでいくの?」
「ええそうよ。ここが魔力湧点だったのが幸いだったわね。ここに滞在してたお陰で、ソルスチル街まで飛んで行ける程度にはバッテリー残量を回復出来たわ」
ここならば滞在すればするだけバッテリーを回復出来る。
調査をしている間に、それ位ならば回復出来ていた。
リューテシア達も長旅で疲れてるだろうし、帰り位は楽に行こう。
「なら、もうちょっと拾ってくるぜ!」
そう言い残し、ルナールはこの場所にある石を吟味し始める。
納得が行く品質と量を確保して風呂敷に包んだルナールが戻ってくるのを確認し、私はルナール達を抱えて白霊山を下山、その勇壮な姿を尻目に帰路へと付く。
ソルスチル街から始まり、ロンバルディア地方全土に及んだドラゴンという災厄。
その討伐が今日成され、その報告に向かうべく私達は進路をソルスチル街へと切るのであった。
ドラゴン退治、完了




