170.ドラゴン征伐! 白霊山の戦い!
白霊山の斜面を、フレイヤの飛翔能力で一気に駆け上がっていく。
レーダーに映る、ドラゴンの反応が急激に近付く。
それと同時に、白霊山を登頂するにつれ、どんどん大気中の魔力濃度が高くなっていく。
魂魄簒奪術式によってその大気中の魔力を吸収し、フレイヤのエネルギーへと転換する。
結果、白霊山を登頂すればする程フレイヤのエネルギー消費量が低下し、やがて通常の行動程度ではエネルギー残量がピクリとも動かなくなった。
魔力極点の地であるならばもしかしたら、と思ったが。
この地はフレイヤ通常稼動の消費量程度ならば補えるだけの魔力濃度を有しているようだ。
そしてそれは、同時に生身の状態の人々にとっては有害に成り得るだけの濃度であるとも言える。
リューテシア達に悪影響を及ぼさないという配慮面でも、魂魄簒奪はここでは起動させ続ける以外の選択肢は無い。
――レーダー上の反応が、動く。
「気付かれた! 全員、戦闘準備!」
外の様子は、白一色。そうとしか言えなかった。
何故ならば、高度が高くなるにつれて気流が乱れ、吹き荒ぶ吹雪が視界を白く染め上げ、ホワイトアウト現象を起こしてしまっている。
その為、肉眼でドラゴンを視認するのは困難であり、私のレーダーが無ければ下手すれば先手を相手に譲る事になっていたかもしれない。
「とりあえず、ここじゃ視界が悪くて戦えないから。更に高度上げるわよ、リューテシア、風魔法での防御しっかりしときなさいよ!」
「分かってるわよ! 我を守れ、大気の隔壁! エアロウォール!」
フレイヤに搭乗している状態の私は何も問題無いのだが、他の三人は生身の状態だ。
急激な上昇で気圧が変化すれば身体に悪影響を及ぼすのは容易に想定出来る。
それを防ぐべく、リューテシアには三人を大気の影響から防御して貰う。
ドラゴンの反応が、フレイヤ後方から迫る。
ドラゴンの速度はフレイヤの機動性能と比べれば遥かに遅い。
以前、ルナールが蒸気機関車より微妙に早いと言っていたから、当然ではあるが。
しかし圧倒的速度で飛び去ってドラゴンに諦められても困るので、追い付かれそうでギリギリ追い付けない速度を保ちつつ高度を上げる。
白霊山は、地表から見た際は真っ白な雪山として見えている。
その山脈は雲を突き抜け、山頂部分は分厚い雲に覆われており地上部分からは視認する事が出来ない。
雲を抜け、その見えなかった山稜部分が、私達の目の前に現れる。
吹き付ける風に常に山岳が晒されている為か、白霊山の山頂付近は言う程真っ白な光景では無い。
雪によって覆われた白と、この山岳の元々の岩肌が露出した箇所が斑状に入り混じった地形である。
よし、この辺りなら三人を降ろしても大丈夫そうね。
ある程度安定した地形の場所を確認し、ドラゴンに対して向き直りながらその場に着地する。
「接敵までおよそ5秒! 構え!」
ものぐさスイッチを取り出し、切り札を取り出す。
そして既に準備を終えた超電磁加速砲を、ドラゴンが来るであろう正面に構える。
雲海を破り、その姿を現す。
幾百もの人々に血を流させ、このロンバルディアの地に混乱をもたらした元凶。
雲と吹雪によって塞がれていた視界が開けた時点で、既に勝負は決している。
私達を視界に捉えると同時に、ドラゴンは察するだろう。
私達から見て、ドラゴンの左側面に放たれる氷の槍。
魔族最強と伝えられる魔王に仕えたという、元四天王という男が、自らの切れる最大殺傷力として放たれたその一撃。喰らえば、例え相性の悪いアイスドラゴンと言えど無事では済まない。
更に右側面には、リューテシアの放った大地の槍に加え、リサお手製の爆弾がルナールの手によって放られた。
以前、地下拠点での戦いの際に受けたその破壊力は、あのドラゴンがアホでも無い限り嫌という程脳裏に刻まれただろう。
喰らえばどうなるかを知っているが故に、回避せざるを得ない。
そして、正面には発射態勢の超電磁加速砲を構えた私がいる。
これもまた、一撃でその竜鱗を剥ぎ取った代物だ。ドラゴンとしては何としても回避したいだろう。
今、ドラゴンは私達を追って白霊山の峰に沿うように飛んで来た。
当然、すぐ下は地面だ。
この状況で、地表の左右に同時にドラゴンにダメージを与えられるだけの一撃を放つ。
飛行の勢いが乗っているドラゴンは、この瞬間だけは後ろにも下がれない。
素直に直進した所で、私の超電磁加速砲の的になるのは明白。
故に、ドラゴンが回避行動として取れる行動は、たった一つしか無かった。
自らを害するだけの威力を感じ取り、ドラゴンは翼を更に大きく羽ばたかせ、上空へ回避するべく高度を上げる!
それとほぼ同時に、引き千切れた腕や剥落した鱗、飛び散った血液が白霊山の山頂に降り注いだ!
無論、それがアイスドラゴンのモノである事は言うまでも無い。
「言葉が通じない害獣は、駆除される運命なのよ」
ドラゴン側からすれば完全に予測不可能な謎の一撃を受け、アイスドラゴンは空中にその身体を保つ事が出来ず、白霊山に墜落する。
まさか、これを受けてもまだ息があるとはね。流石に驚きよ。
でも、これでおしまい。
「超電磁加速砲、発射」
竜鱗という鎧が完全に剥がされた傷口から、体内を抉るトドメの一撃を放つ。
その一撃は千年を超える樹齢の大木を思わせるような太い首をしっかりと捉え、頭部を吹き飛ばし、完全にアイスドラゴンの息の根を止めるのであった。
―――――――――――――――――――――――
「……えっ? 何? もう終わったのか??」
「ミラの言う事だからアイスドラゴンを倒すのは問題無いとは思ってたけど……流石に出会って5秒も経たない間に決着がつくのは想定外だったわ……」
指示通りに動いて、これで出鼻を挫いてさあ勝負だ!
……とか、ルナールやリューテシアは考えてたんでしょうね。
そもそも、私はこの最初の遭遇で少なくとも致命傷を与える気満々だったんだけどね。
あのアイスドラゴンは、そこまで馬鹿ではないというのが逆に私の作戦を磐石なモノにしてくれた。
こと今回に限っては、あのアイスドラゴンにとっての正解は左右に回避する、だったのだ。
だがあれ程の破壊力を有する魔法攻撃に爆撃、ましてや爆撃の方は以前喰らって威力を理解してしまっている。
そして理解しているが故に、上空に回避するしか無かった。
――避ける先が分かるなら、そこに罠を仕掛けるのも容易だ。
「……で。ミラ、一体貴女、何をしたの?」
「超電磁加速砲の弾を当てたのよ」
「弾を当てた……? 私には、トドメに撃ったその最後の一撃しか放たれたの確認出来てませんが?」
クレイスにも、あのドラゴンに当てた最初の攻撃を確認出来ていないようだ。
「え? でもミラ、確かその超電磁加速砲ってのは連射出来ないって言ってなかった?」
「超電磁加速砲は、クールタイムが長いから連射出来ないわよ」
そして撃っても、次弾を撃てるようになる前にドラゴンの傷口が塞がってしまうのも分かっている。
「超電磁加速砲一発じゃ、あのドラゴンの竜鱗を剥がす事は出来ても再生速度を上回れない。でも、竜鱗の下は一般的な血の流れる生体組織と何ら変わらないのは分かってるわ。竜鱗を超電磁加速砲で吹き飛ばした後なら、その体組織には普通に攻撃が通る」
「……つまり、どういう事なんだ? ミラの姉ちゃん?」
「簡単に言うと、超電磁加速砲の弾を『二発』当てたのよ」
「いや、だから! ミラ自身がこれは連続で撃てないって言ったじゃない!」
「超電磁加速砲を『撃った』のは、トドメに撃った三発目だけよ。私は、アイスドラゴンに『弾を当てた』としか言って無いわよ」
連射出来ない超電磁加速砲が、結果として連射されたこの謎。
カラクリの種は、氷魔結晶である。
時間停止には膨大な魔力を要求されるが、グレイシアル村にて産出された氷魔結晶が近々卸される予定だったらしく、それを全部接収した。
命が掛かってるのだ、文句は言わせない。
氷魔結晶は氷属性魔法以外にも、「時」の力にも使用出来る事が確認出来ているからこその方法だった。
これで地下拠点にて超電磁加速砲を事前に発射――ほぼ同時に弾に限定氷結時間を発動させる。
これにより、レールガンが放った砲弾はその場で停止するが、そのままでは効果時間が過ぎれば飛んで行ってしまう。それ以前に、これではドラゴンに当てようが無い。
なので、ものぐさスイッチの亜空間内に収納したのだ。
この亜空間内は時間が止まっている。
故にこの中にあるモノは腐敗せず、破損せず、そして発酵もしないし冷めたりもしない。
料理が冷めない、それは即ちこの中ではエネルギー量も変動しないという事を意味する。
こうして私は、レールガンの放った砲弾の持つ運動エネルギー量をそのままに収納、擬似的なレールガンの連射を再現したのであった。
「鎧袖一触、ですね……これ程にまで簡単にあのドラゴンを討ち取ってしまうとは……少々、貴女の事を甘く見過ぎていたようですね」
「あっそ。褒め言葉として受け取っておくわ」
別に、元四天王に認められた所で私の生活が豊かになる訳でもないし。
「終わった……んだよな?」
「ええ、これで片が付いたわ」
後は、帰るだけだ。
討伐した証として、皆を安心させるという目的でこのアイスドラゴンの遺体は回収していく事にした。
持ち運びは、ものぐさスイッチさえあれば問題無いしね。
直帰したい所だが、少々気になる事があるのでその用事を済ませておこう。
「ここからは私一人でもやれるし帰れるし、何ならリューテシア達は先に帰ってても良いけど、どうする?」
「どうするって、何がよ? というかミラ、まだここで何かする事があるの?」
「二つあるわね。一つは未来の可能性の排除、もう一つは単に私の好奇心ね」
リューテシア達が先に帰ってても構わないというのは私の本心だったのだが、どうやら付き合ってくれるらしい。
私が先ず最初に向かうのは、レーダー上で最初にアイスドラゴンを確認した場所である。
そこは、巨大なクレバスであった。
否、アイスドラゴンの身体がスッポリと収まってしまう程の大きさ故に、最早盆地と表現した方がしっくりくる。
外周は絶壁であり、命綱無しでは降りるのも登るのも困難であろう。
まあ、私はフレイヤの飛行能力があるから普通に飛んで着地するけどね。
ドラゴンのねぐらでは、幾つか目に留まるモノが散見出来た。
その中でも、一番目立つモノ――
「――ん?」
「これ、ドラゴンの卵?」
巨大な卵と言えばダチョウの卵を連想するが、この卵はそれより遥かに大きい。
私の背丈より大きく、リューテシアの身長と同じ程の大きさがある。
というか卵があるって事はあのドラゴン、メスだったのか。
ま、その可能性があるからこそ、ここに来た訳だが。
「残しておくと禍根の元になるわ。砕いた方が後世の為よ」
「えっ……」
フラガラッハを抜き、目の前を卵を粉砕するべく構える。
「な、何もそこまでしなくても――」
「駄目よ。育って孵化すれば、いずれ成長した時にまたソルスチル街を襲うのが想定出来るわ」
卵を庇おうとするリューテシアの意見を問答無用で切り捨てる。
事実、母親と思われるあのアイスドラゴンは街を襲い、人々を襲った。
前例があるのなら、禍根は全て断ち切らねばならない。
話して分かる相手なら説得という手段もあるが、対話が不可能な害獣相手では駆除以外の選択肢は存在していない。
「――ならそれは、こちらで引き取らせて貰います」
リューテシアに対しての助け舟なのか、はたまた別の意図があるのか。
その真意は分からないが、横からクレイスが割って入る。
「そもそも、ドラゴンを統括するのは竜将の役割ですからね。統括から漏れている野良ドラゴンの管理は彼女の役割です。ですから、その卵はレオパルド領にて引き取ります。孵化した直後の子供の状態なら、調教も楽でしょうしね。ミラ、それなら貴女は文句は無いでしょう?」
「……その結果、ロンバルディアに牙が向かなければ私はそれで構わないわ」
「牙が向くか否かはそちらの出方次第ですがね。魔族に危害が加えられるような事をすれば、こちらも黙ってはいません。ですが、そうでない限りはこのドラゴンがこの地を襲う事は無いよう、私から竜将に言い含めておきましょう」
「……そうね。それなら、私は文句は無いわ」
隣国が馬鹿やってちょっかい掛けてくるならこちらも手出ししなければならない、という意見に関しては私も尤もだと思うしね。
仮にこのロンバルディアの人々があからさまに馬鹿な所業をやらかして、結果滅ぼされるなら私も容赦無く見捨てるし。
「文句は無いけど、こんな卵どうやって運ぶ気よ?」
見ての通り、このドラゴンの卵は人の大きさ程もある。
しかも、卵故に当然ながらワレモノなので、衝撃厳禁だ。
魔物に襲撃される危険性があるこの白霊山近隣、しかもこの氷雪気候が容赦無く生命の灯を削り取る極限地帯。
加えて下山ともなれば、この卵がこのまま無事にレオパルド領まで運び終える可能性はゼロと言って良いだろう。
「竜将……ドラグノフさんに後で連絡を付けて、取りに来させます。ええ、行かせますとも。無理矢理にでも」
何か違和感がある言い方ではあるが、このドラゴンの卵の処分はクレイスという男がやってくれるようだ。
リューテシアが信頼してるみたいだし、まあ任せれば良いか。
ヘマするようなら、今度こそ容赦無く叩き割るけど。
「後は……この謎の魔力反応の元ね」
このドラゴンの巣穴から、フレイヤのレーダーに感知された強い魔力反応を感じる。
その反応の強さは、先程のアイスドラゴンと同等……いや、それ以上かもしれない。
ただ、ピクリとも座標が動いていないので生物ではないだろうが。
「これと……あと、これか」
レーダーの反応は二つあり、その二つはどちらも武器であった。
一つは、二本の木の枝を捻ったように絡み合わせ、その先を刺突出来るように削っただけ以外に加工らしい加工がされていない無骨な槍である。
木製――とどのつまり、ただの木の槍である。
だが、ただの木の槍ではない事はこの魔力反応が如実に物語っている。
また、もう一つは非常に繊細な細工があしらわれた両刃剣であった。
刃渡り的にロングソードの部類に入るだろう。ここにどれだけ放置されていたのかは知らないが、その刀身からは錆といった年月の経過を一切感じられない。
槍の方は何やら未知の魔力反応を示しているが、こちらの剣は既存の属性のようだ。
強い雷の魔力を帯びており、こちらも通常の武器とは一線を画しているのは明白であった。
「何だそれ? 武器か?」
「触らないでルナール」
不用意に手を伸ばしたルナールから、武器を遠ざける。
「この武器、あんまりにも魔力が強過ぎるわ。下手に触ると、精神汚染を引き起こしかねない程にね」
武器に限らず、特定の物質に強い魔力が宿る現象は私の世界では一般的に知られている。
魔力が宿るのは人為的にも自然的にも発生し得る、珍しくも何とも無い現象だ。
元々魔力が一切無い代物でも、長い間使い続けたり、そのモノに持ち主の強い執着なんかがあった場合、その思いがそのモノに宿る。
残留思念、なんかがその一例である。
この魔力が強いという事は、それだけそのモノが強い感情や意思なんかを宿しているという事だ。
それに負けないだけの強い精神力を持つ者か、相性の良い人物でない限り、その思念は持ち主の精神を蝕み、犯す。
最悪、精神が崩壊して廃人となったり、性格が豹変したり、その思念に自らの身体を乗っ取られたりもする。
強い魔力を宿した武器というのは確かに強力だが、持ち主を選ぶ面もあり、安易に扱うのは危険なのだ。
「……ミラの姉ちゃんは、大丈夫なのか?」
「フレイヤは精神汚染に対して絶縁性があるからね。この程度なら問題ないわ」
私の生身で触ったら、どうなるかは分からないけど。
「それ、どうする訳?」
「持って帰りましょう。強い魔力を宿す品は確かに危険でもあるけど、それだけ強力だし、使い道もあるわ」
事実、この剣に関しては既に使い道を思い付いた。
槍に関しては検討中だけどね。
「それでミラの姉ちゃん、残りの一つは何なんだ?」
思わぬ収穫があったが、ロンバルディアの未来を考慮した行動は終わった。
ルナールが気にしてるのは、残りの一つ。
即ち、単に私の好奇心を満たす為のものだ。
これは別に、リューテシア達にもロンバルディアの人々にも関係無い。
「だから、先に帰ってても良いわよ」
「ここまで来たんだから、最後まで付き合うわよ」
……という、リューテシアの言葉もあり、私の好奇心に付き合って貰う事にした。
先程から登ったり降りたりしているが、この白霊山が魔力極点であるが故に、フレイヤのエネルギー損耗がさして発生しないので苦ではない。
寧ろ苦があるとすれば、大気から身体を防御しているリューテシアだろうが。
幸い彼女には疲労が見えていないので問題無さそうだ。
「なら、もう少しだけ時間を貰おうかしら。私のわがままに付き合わせる形になるけどね」
目的地は、白霊山――その山頂、魔力極点。
その観測を行うべく、私達はフレイヤで雪山を駆けるのであった。
サックリ。




