17.解析、改竄
再び変装を行い、宿を引き払い、もう用済みになった聖王都ファーレンハイトをルーク、リュカ、リューテシアを引き連れて後にする。
宿を出た直後、ルシフル村へと向かう馬車を捕まえ、颯爽と乗り込む。
ファーレンハイトの街中を出たのを確認して、変装を解く。
ここまで来ればもう足が付く事も無いだろう。はー、暑苦しかった。
帰りの道中は、何の波乱も無い静かな旅路であった。
原因は容易に想像が付く。
この街道に勇者が出た。
そんな情報があるのが原因だろう。野盗が全力で逃げ出す光景が脳内に簡単に浮かんでくる。
帰路の道中、休憩として野営場所にて停車中、とある植物を見付けてテンションが上がったりした事もあったが、何も無い平和な道中である。
日も沈み、馬車を停泊させられるスペースにて一夜を明かそうと足を止めている所、横から質問が飛んでくる。
「僕達は、何処へ連れて行かれるんですか?」
質問したのは、リュカであった。
不安そうな視線でこちらを真っ直ぐに見ている。
質問したのはリュカではあるが、他のルークとリューテシアも気になっているようで、こちらに目線を向ける。
まぁ事前に知って置きたいもんよね、自分の行き先位は。
「んー? ちょっと途中で寄り道するけど、最終的に行くのはロンバルディア領の北の方、鉱山跡地よ」
地名を聞いた途端、目の前の三人が急激にうろたえ始める。
この世の地獄だ、もうおしまいだとでも言いたそうな表情である。
シベリア送りとかじゃ無いんだから。そもそも竹とか生えてる時点でそこまで寒さ酷くないし。寒いけどさ。
「ま、最初は苦労するとは思うけどね。何せ拠点が無いから拠点作りから始めないといけないし。ただ、最初が終われば快適な生活を約束するわよ」
不安を和らげようと説明を補足するが、全く和らいでいる気配が無い。
折角説明したのに。
「そんな事より、早く薪を集めちゃって。そうしないと夜の暖が取れないわよ」
三人に作業に戻るように促す。
さて、その間にやろうと思ってて出来なかった事でもしましょうか。
―――――――――――――――――――――――
薪を集め終えた三人に軽い食事を取らせながら、私は紙面へと視線を落とす。
先日は疲れてて手を付けられなかったが、今回調べる事はこの奴隷契約書の中身だ。
中身と言っても表面上の文面ではない、この契約書に仕掛けられた術式の事である。
この術式、複数の術式が組み合わさって構築されているのだが、その内の一つだけが私ですら知らない術式が刻まれている。
他の術式に関しては知っている物なので、消去法でこの未知の術式が契約を強制執行させる為の物なのだという事は分かる。
それと、他にあるのは魔力を外部供給する為の物と、後は何か痛覚神経を刺激する物があるわね。
最後のは奴隷に仕置きをする為の物かしらね、随分と下らない物を仕掛けてる事で。
さて、私は他者を傷付けたり苦しめたりして喜ぶサディスト的な面は無いので、この術式に関してはサクッと書き換えちゃいますか。
とは言っても、直接消しちゃうとこの契約執行術式にまで影響及ぼしそうだなぁ。
未知の術式だし、ここには直接影響させないで、付け足しの方向で書き換えちゃおう。
痛覚神経刺激の術式に導線を接続し、その導線の先に魔力の導通先を指定する術式を追記。
これで契約者に痛みを及ぼす術式に魔力が一切通らなくなった。
次に追記するのは、転移魔法だ。
この契約書の周囲にある転移可能座標を自動設定し、魔力を流す事でそこへとテレポートさせるのだ。
先程の導通先指定の術式と導線で接続し、この転送魔法への術式へと魔力が供給されるようにする。
よし、これで完成した。
「リュカー、ちょっと良いかな?」
半人狼で童顔な少年が、私の声に反応して視線をこちらへと向ける。
食事を終えて、薪に着火して暖を取っていたリュカは即座にこちらに駆け寄って来る。
「な、何でしょうかミラ様?」
「様、ねぇ……」
様付けかぁ、私そういうのあんまり好きじゃないんだけどなぁ。
まぁそこへの言及は後で良いや、今は目の前の事を片付けちゃおう。
「ちょっと実験するから、そこでじっとしたまま立ってて」
「実験、ですか……?」
ビクリと身を小さく震わせて、不安そうな表情を浮かべるリュカ。
そんな不安そうにしないでよ、私の計算に間違いなんて無いから。
「すぐ終わるわよ」
認証の為に、自らの魔力を微量に契約書へと流し、自らの頭の中に転移先を指定する。
転移魔法は結構な量の魔力を使うので、とても自分では使えた物ではないが、この契約書には外部から魔力を供給する術式が刻んである。
必要な魔力を周囲から回収し、転移魔法が発動する。
リュカは先程まで立っていた場所から1メートル程離れた空き地へと転移した。
「――えっ?」
「良し、成功ね」
何が起きたんだとばかりに周囲をしきりに確認するリュカ。
「あの、一体何をしたんですか?」
「ちょっと貴方の奴隷契約書を書き換えたの。所で身体に痛い所とかある?」
「痛い所ですか? いえ、別に無いですけど……」
「痛くないのね、了解」
良し、ちゃんと痛覚神経刺激の術式への魔力はカット出来てるわね。
じゃ、他二人の術式も同じように書き換えちゃいますか。
他二人の術式も同様に改ざんし、罰を与える為の術式を全て転移魔法へと変換する。
これが可能なら、もう拘束なんて要らないわよね。
「ルーク、リューテシア、リュカ。ちょっとそこで座りなさい」
立っていられると私の手が届かないので、三人に座るように指示を出す。
大人しくその場に座ったのを確認し、三人の首に掛けられた鉄の錠を鍵で外して行く。
私のした事は三人からすれば想定外な行動だったのか、不思議そうに一同こちらを見る。
「あ、まだ動かないでね。もう一つ見たい所があるから」
物理的な首輪は外したが、リュカ以外の二人には魔力的な首輪が付けられている。
その首輪に刻まれた術式を確認した所、こっちには未知の術式は無かった。
首輪にある術式はシンプルに一つだけである。
――爆破魔法だ。
首輪を取り付けられた者が魔法を発動させたのを感知すると、爆発する。とてもシンプルな魔法だ。
威力的には……手榴弾を一回りか二回り程強化した位か。
こんな物が首元で炸裂すれば、間違いなく命は無い。
主人に対し魔法で攻撃を仕掛けようとしたならば、奴隷の命は無い。そういう脅しか。
リュカに付けられず、この二人には付けられているという事は、この二人はそれなりに魔法を使えるのだろう。
まぁ、最初に狙いを付けてたリューテシアに関しては、それなりってレベルでは無いだろうけどね。
魔法を使える者はこの首輪を含めて二重に逃走出来ないようにしてるのね。
でも、私はこれから魔法を使える人にはどんどん使って貰わないといけないんだけどなぁ。
だけど今すぐこれを外すのはちょっと考え物だなぁ。
今の所手は出してこないみたいだけど、リューテシアって子が何だか凄い反抗的な視線ぶつけて来るし。
外すのは簡単だけど、外した直後にリューテシアに襲われたらたまったもんじゃ無い。
でもあの子の魔力量は使わない手は無い、というか使う為に買い上げたんだし。
だったら、制御出来る範囲に留めるしかないわね。
限定解除程度に術式を改ざんしますか。
「ルークとリューテシアはそのまま動かないでじっとしててね」
最後の首輪を手に取り、術式への追記を始める。
追記内容は、奴隷契約書からの指示を受けた場合、爆破機能を一時的にオフにするスイッチ術式だ。
この術式は取り付けられた本人の魔力を感知して起爆するので、私が魔力を流しても暴発する事は無いようだ。
という事は、契約書を通じての転移魔法発動もセーフって事ね。
これは刻む量が少ないので、比較的すぐに終わった。
「これで良し、後はこっちね」
ルークとリューテシアの二人の契約書に、首輪機能のオンオフ機能を制御する術式を書き込む。
これで、何時でも自由に首輪機能をいじれるようになった。
「とりあえずさっき外した鉄の首輪に関しては、もう付ける意味が無いから外したわ。邪魔でしょ?」
「あの、付ける意味が無いというのはどういう事ですか?」
「逃げられたら困るから、鉄の首輪で物理的に繋いであるんでしょう? さっき貴方達の奴隷契約書の術式を改ざんして、貴方達に痛みを与える術が転移術に書き換わるように追記を施したの。だから、逃げるのを阻む首輪なんていらなくなったの。逃げた所で何時でも私の元に呼び戻せるようになったからね」
ルークの質問に、先程行った術式の改ざん内容を告げる。
ルークとリューテシアの二人は、何を言っているのか理解出来ないとばかりに目を白黒させている。
リュカは何を話しているのか理解出来ないのか、頭上にクエスチョンマークを浮かべながら小首を傾げている。
「転移魔法って……そんなの、聞いた事がありませんが」
「聞いた事無い? あっそう。でもある物はあるのよ、さっきリュカに試してちゃんと問題なく動作するのも確認したし」
「さ、さっきの実験って、その為だったんですね」
「しかしそのような見た事も聞いた事も無い魔法を使えるとは、ミラ様はさぞ高名な魔術師だとお見受けしますが……」
「……んー……やっぱ駄目だ。あのさ、その様っての無しにしない?」
「え?」
「様付けで呼ばれるのなーんかしっくり来ないのよね、私の事は呼び捨て、ミラで良いわ」
「ですが――」
「ミラで良いわ、オーケー?」
「――分かりました、貴方がそれで良いのであらば」
「リュカとリューテシアもよ。前も言ったけど、私は奴隷を買ったんじゃないの、人手を買ったのよ。私と貴方達の関係は主人と奴隷じゃない、雇用主と労働者の関係よ。両者は対等でなければならないのだから、言葉遣いも立場も平等に。そうでしょう?」
意見に同意するよう求めたのだが、誰も頷いてくれない。
うーん、この世界の発想が余りにも前時代的過ぎるわね。
現代的な価値観が根付くのは時間が掛かりそうだ。
だがしかし、現実の力関係は
雇用主>>>>>>越えられない壁>>>>>>労働者
である模様。
現実は非情である。




