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168.白い毛玉

 ロンバルディアの地に突如現れた、アイスドラゴン。

 その生物災害とでも言うべき強大な力をこの地から排除するべく、私達は討伐の旅路へと就く。

 目的地は、人類未踏峰と呼ばれている凶悪な魔物が犇き、生物を拒絶する極寒が支配する地――白霊山(はくれいざん)

 高所になれば気流の影響で常に吹雪が吹き荒れており、そびえる山頂は雲すら貫く高度になっている。

 近寄るような者はおらず、未だ誰も登頂に挑んだ事の無い、この世界における最大の僻地の一角。それが白霊山という場所である。

 ルナールの話によると、アイスドラゴンから逃亡を試みた際、この長い路線上で何度もアイスドラゴンと刃を交えたという。

 その影響で、線路上にどんな不具合が起きているか分からないので、蒸気機関車で走るのは危険だという話だ。

 なので、今回はトロッコで移動する事にした。

 無論、蒸気機関車と比べれば遅いし、線路上に異変があった際にすぐに停止出来る程度の速度に抑えるので、道中はかなり時間を取られるだろう。

 しかしそれでも徒歩で移動するよりは遥かに早い。

 道中、何度も停止する事になりつつも、白霊山へのアクセスポイントであるソルスチル街を目指す。

 直線距離で見ても魔物の活動圏外に居を構えているので、ソルスチル街と白霊山は相当距離が離れているが、それでも現状、足掛かりとなり得る場所で白霊山から一番近い場所はソルスチル街以外に存在していない。

 蒸気機関車であらば片道一日あれば到着する距離ではあるが、安全運転に加えて線路上に転がった岩塊や歪んでしまった線路、更には何故かポツンと存在していた破損した貨物車両なんかがあったせいでしばしば停止を余儀なくされ、案の定道中で夜を明かす事になった。


「そういえばミラ。今回も寝台車両で寝るの?」

「いいえ、今回はコレを使うわ」


 ものぐさスイッチ内から、蒸気機関車の牽引している車両の半分程度の大きさの()を取り出す。

 外観は長方形、外枠を強固な鉄で構築し、また外壁には断熱性の高い素材を使用し、同時に鉄筋を通しているので強度も充分。

 部屋の間取りは8畳程度とそこそこコンパクトな仕上がりとなっており、その気になれば貨物車の上に積載してそのまま運べる、移動の出来る住居。

 簡単に言うと、コンテナハウスとかプレハブ小屋とか呼ばれている物である。

 ガラスの透明度は残念ながら技術不足によりイマイチだが、一応小さいながらも窓も取り付けられており通気性も問題ない。今回は開ける事があるかどうかは微妙ではあるが。

 地下拠点に来た当初、本拠点製作の為に竹を用いて作った仮拠点、アレの強度と利便性を更に高めた代物である。

 また、魔物の襲撃も考えられるのでこと強度という一点には相当気を使っている。

 その分、ふんだんに鉄を使っているから重たいのだけれど、私が持ち運ぶ時に限り、それは問題無い。


「これがあれば野宿ではないわ」


 野宿とは、野ざらし、屋外で寝る事を言う。

 雨風しのげる室内で寝るのなら、それは野宿とは言わない。

 私は、野宿はしない。絶対にしません。


「何か作業部屋で随分とデカいのを作ってたと思ったら……こんな家を作ってたのね。でも、何で寝台車両じゃ駄目なの?」

「白霊山対策よ。強風、雪崩、気温の問題から魔物の襲撃まで全部対策しようと思ったら寝台車両の内容じゃ及第点に届かなかったから新しく作ったのよ。コレで今後は夜を明かす事にするわ」

「……移動式の住居という訳ですか。以前の食料やこのトロッコという乗り物といい、どういう仕組みで出し入れしてるのか不思議でならないですね」


 取り出した建物の強度を確かめるかのように、外壁を叩きながらクレイスが呟く。


「私もまだ一部しか理解出来てないけど、ミラの話だと何でも『時』の力っていうのを使ってるらしいですよ。あの地下拠点も、その力の効力で防御されてるんです」

「『時』の力……時間を操る、とでも言うのですか?」

「ええ、そうよ。魔力量の問題があるから、止めるのと加速する以外は理論上の話でしかないけれどね」

「……まあ、良いでしょう。強度はある程度把握出来ました。これならこの辺りの魔物程度では破壊出来ない程度の強度はありそうです、見張りは必要無さそうですね」


 扉を開け、一応間仕切りを置いて男女で分かれて一夜を明かす。

 ……こうやって、リューテシアの間近で寝るのも随分と久し振りね。

 暢気に笑顔を浮かべたまま眠りこけている様子を見ると、初めて会った頃のトゲトゲしい態度が嘘のようだ。


 まあ、あのトゲトゲしさを少しでもマシにさせる為に無茶な魔法の行使をさせて拠点開拓や路線の土壌開拓をさせたのだからある意味当然の結果ではあるが。


 魔力とは、命や記憶、感情等の精神エネルギーの総称だ。

 強い感情は強い魔力を生み、その強い感情をエネルギーとして用いた魔法は、当然強い出力となって放たれる。

 しかし人間は、無限に感情を生み出せる訳ではない。

 例えば強い怒りを覚えたとして、その怒りを怒りとして周囲に放出してしまった後、再び同じように怒れるか? 答えは否である。

 同じ事柄に対して何度も同じ様に怒れる人間というのは存在しない。

 人によって個人差こそあれど、何度も何度も怒っている内にその怒りのエネルギー量は減っていく。


 だから、リューテシアが丸くなったのは必然の結果と言える。

 当時抱いていた怒りという感情は、この長年の間に魔力として粗方放出し尽くしてしまったのだろう。

 怒りも悲しみも、抱えて生きるのは辛いものだ。

 可能なら、こうやって放出してしまう方が良い。

 無論、リューテシアが過去に経験した辛い出来事の記憶は消えないし、恐らく彼女もその記憶を魔力として消費するような事もしないだろう。

 それでも、今はもう心が押し潰されるような事にはならないはずだ。


「――リューテシアの苦労を減らす為にも、とりあえず目の前の問題解決、だね」


 あのドラゴンは、この地に居て貰っては困る。

 天井を仰ぎ見つつ、私はゆっくりと忍び寄るまどろみに身を委ね、意識を手放すのであった。



―――――――――――――――――――――――



 幾度と無くトロッコの走行を停止させられつつも、レイウッド村を通過し、私達はソルスチル街の地へとその足を踏み入れた。

 外壁はドラゴンの襲撃によって踏み壊され、建造物もドラゴンが暴れた影響によって相当数が破壊、倒壊してしまっていた。

 街中にはかつてあった活気は何処にも見当たらず、時折野鳥なんかの姿が散見される以外、命の気配を何も感じない有様となっていた。


「……野盗とかは、出てないのかな? 流石にドラゴンが出たってなると、誰も近付かないみたいだな」


 街中の様子を確認しながら、ルナールがポツリと漏らす。

 こういう風に放棄された街であらば野盗が現れて金目のモノを漁って逃げるような事態は容易に想像出来るが、どうやらドラゴンという脅威は想像以上にこの世界の人々にとって根強く印象付けられているようだ。

 まあ、無理も無い。あんなのに襲われたら、それこそ勇者様でもないと間違いなく命は無いでしょうからね。

 盗人でも自分の命は大事、リスクとリターンでリスクの方が大きかったのだろう。


「時間が微妙だから、今日はここで一晩過ごすわ」


 日は、まだ空の頂点にある。

 しかしここから白霊山への道は、何者の手も入っていない未開の地。

 当然だ、世界で最も過酷で危険な地に、好き好んで近付く者などいない。道が拓かれている訳が無かった。

 未開の地を進むなら、日が昇った直後の方が良い。リスクを負う時間は可能な限り少なくするべきだ。


「……酷いわね」

「うん……俺、良く逃げ切れたなって思うよ」

「本当にね」

「ミラの姉ちゃんが作ってくれた、蒸気機関車が無かったら間違いなく全滅してたなぁ……」


 崩れ落ちた外壁を見ながら、遠い目を浮かべるルナール。

 廃墟と化したソルスチル街の惨状を見ながら、リューテシアはルナールの言葉に短く同意を示していた。


「今日はここで何をしてても良いけど、明日は日の出と共に出発するから、夜更かししないようにしなさいよ」


 ルナールとリューテシアに釘を刺し、私は寝泊りする為の住居を取り出す。

 壊れてない建物もある事にはあったが、誰かが住んでいたであろう住居に無断で入るのは少し気が引けた。

 この住居を使えば良いだけなのだから、引き続きこの住居にて一夜を明かす。


 明日から、いよいよ白霊山へと進攻する事になる。

 気を引き締めねばなるまい。



―――――――――――――――――――――――



 ソルスチル街から出発する直前、再度レーダー探知によってアイスドラゴンの所在を再確認する。

 位置は変わらず、白霊山から魔力反応を検知している。


「まだ大丈夫だと思うけど、寒くなるようなら言いなさい。防寒着は予備も含めて多めに持ってきてあるからね」


 ソルスチル街の防衛上の問題で、外壁から視認出来る範囲は土地が整備されている。

 巨岩なんかは転がられているとその物陰に魔物が隠れていると対処に遅れる危険性があるからだ。

 起伏等には然程手を入れられてはいないが、それでも歩き易くはなっていた。


 まあ、私は歩かないけどね。


 薪を背負うような背負い籠を改良した、私専用の座席に腰掛けながら私達は道中を進んでいく。

 その背負い籠を背負うのは、主にルナールとクレイスである。


「何で私がこんな雑用みたいな真似を……!」

「嫌なら帰れば良いじゃない」


 ぶつくさ文句を垂れるクレイスに対し、私はバッサリと真正面から切り捨てる。

 一緒に行動するなら、荷物持ち位はして貰わなければ困る。

 そもそも、ものぐさスイッチのお陰で実質的な荷物が私一人で済んでるのだから軽いものだ。

 本来なら食料や寝泊りする為の寝袋、暖を取る為の燃料等……それを人数分なのだから合計重量が100キロを超えても不思議ではない。

 それが私一人の体重だけで済むのだから、これが軽くなくてなんだというのだ。


 私が歩けば良いって?

 嫌よ、こんなか弱い少女に長距離行軍させるなんて何処の鬼畜よ。


 一日、二日と進むにつれて徐々に足元がぬかるみ、やがて完全に白く染まり上がっていく。

 白霊山の勢力圏内に足を踏み入れた証拠だ。

 気温もどんどん下がっていき、また、魔物の襲撃もしばしば発生するようになってきた。


 クレイスの腕前に関してだが、やはり以前見た時に感じた通り、只者ではなかった。

 見るからに凶暴そうな魔物――クレイスの話によれば、イエティやアイスゴーレムと呼ばれている魔物らしいが――鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、そもそも私達を攻撃圏内に捉える前に一刀両断の元に地に伏していった。


「すげぇ……早いし強ぇ……」

「この程度であらば、相性云々以前の問題です。こんな露払いが出来ずして、魔王様に仕える資格などありませんからね」


 本来、こういう場面でルナールとリューテシアに活躍して貰おうと考えていたのだが、クレイスが強すぎて全く出番が無い。

 まあ、彼が働いてくれている内は有り難くその実力に乗っからせて貰おう。

 無いと困るではなく、あれば便利、程度の気持ちで。


 進んでいくにつれ、足元が雪で覆われ、埋没するようになっていく。

 身動きに支障が出てきたので、ここからは全員がかんじきを履いて移動する事にする。

 尚、私を背負っていると折角履いているかんじきの効力がイマイチになるので、ここから私はソリに乗り、それを引っ張って貰いながら移動する。


 歩くのは拒否します。


 北上するにつれ、気温が低くなってきているので、この辺りはもうとっくに亜寒帯気候では無くなっているのだろう。

 その証拠に植生も変化し、最早この辺りでは木々の存在が確認出来ない。

 寒さに強いはずの針葉樹ですら既に存在せず、それが寒帯気候に突入している事を如実に物語っていた。

 ツンドラ気候か、氷雪気候のどちらかだろう。

 植生が変化した事で、当然生息している動物にも変化が現れていた。

 木々や雑草の類が無い為、それらを餌にする昆虫は生息出来ず、それに伴い昆虫を餌にする鳥も存在していない。

 だが、一切動物が生息していない訳でもない。


「……おお」


 日が傾き、水平線へと太陽が沈もうとしている。

 そんな中、私の目に飛び込んで来たのは――白い毛玉だ。

 動いてる。

 甲高い泣き声を上げながら、白いモコモコが氷原を這い回っている。

 大きさは私より二周り程度小さい。


 それは、アザラシであった。

 白い体毛に覆われており、これが保護色となって雪に溶け込む事で身を守っているのだ。

 雪上を這い回っており、時折くぐもったような高い泣き声を上げている。

 親でも捜しているのだろうか?

 しかし、この子アザラシの周囲には親らしき姿は見当たらなかった。

 狩猟中かな? しかし悪い考えも考慮すればこの子の親は魔物に襲撃されて死んでしまったという事も考えられる。

 この辺りには凶暴な魔物も生息しており、あの強靭な肉体を持つ魔物の存在を考慮すれば、このアザラシ達は食物連鎖のヒエラルキーに置いて相当下位の存在である事は疑う余地は無かった。


「ねえ。貴方、私と一緒に来ない? 食べるのには苦労させないよ」


 しゃがみ、向き合って勧誘してみるが返事は無い。

 当たり前か。

 私の事をまるで不思議なモノを見るような目で見ている。

 まあ、人間はこんな場所までやって来ないから、初めて見るのは仕方あるまい。

 それを考慮しなくとも、この年頃であらばそもそも子供なのだ、見た事が無いモノばかりだろう。


 …………持って帰りたい。


「……ねえ、リューテシア。この子持って帰ったら駄目かな?」

「駄目です!」

「……むぅ」


 一刀両断で否定されてしまった。

 白い毛玉が、私の足元を這い回っている。

 折角なので、お近付きの印にホタテでもあげてみよう。

 白い毛玉の口元に持っていくと、ヒクヒクと鼻を動かした後、ホタテをパクリと口に咥え、飲み込んだ。

 餌付け成功である。


「……ねえ、この子持って帰ったら駄目かな?」

「駄目って言ってるでしょ!」

「……むぅ」


 何故だろう。

 この子アザラシを見ていると、凄く持って帰りたくなる。

 この手で抱き上げてみたい。重いから無理だけど。


 私の力では抱かかえるのは無理な相談なので、もう一度餌付けした後、完全に日が沈むまでその白いモコモコが動き回るのを眺めているのであった。

ミラ「アザラシ……」

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