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167.討伐の旅路へ

 地下拠点での総引き篭もり生活から一週間が過ぎた。

 その間ドラゴンの襲撃は無く、実に平和な日々が過ぎていた。

 急ピッチで進められた第二地下拠点の開拓も、その甲斐あり通路上に避難民が寝転げている状態は完全に解消されていた。

 元々、食料自給率を上げる為に更なる地下農場を切り拓く予定だったのだ。

 なので今は農場予定地に仮設の部屋を用意する事で対応している。

 危機が過ぎた後に仮設部屋を壊せばそのまま農場として活用出来るので無駄が無い。


 だが結局、そういった諸々の計画もドラゴンを倒さねば何も始まらない。

 ドラゴンを倒す為の手札は用意出来た。向かう為に必要だと思われる道具も用意した。


 後は、行くだけだ。

 

「――ただ、誰を連れて行くか、って話なのよねぇ……」


 以前私がドラゴンと交戦した際、その魔力波長データはフレイヤのデータベースに観測・記録されている。

 それを元に地表上を魔力レーダーによって探知した結果、今現在あのドラゴンは白霊山(はくれいざん)に引き篭もっているという事が事前の調査で分かっている。

 だから、あのドラゴンを討ち取るのであらば白霊山までこちらから出向かなければならない。

 そして出向くとなれば、フレイヤで移動するとその分魔力を消費してしまう。

 大陸横断の距離を進むとなると、流石に消耗が無視できないものになる。

 白霊山は人の手が及ばぬ未踏の地、凶暴な魔物も跋扈し、その厳しい環境と併せて考えれば、人類にとって魔族の蔓延るレオパルド領以上に遠い場所とも言えるかもしれない。

 そんな場所に向かうのであらば、どれだけ不測の事態が起こるか分かったものではない。

 魔力を惜しまなければフレイヤの性能で並大抵の事態は覆せる、だが魔力が無くなればフレイヤはただの置物になるのだ、それはつまり武力的な意味での私の死を意味する。

 少しでも、魔力は温存したい。

 だから、私の旅路に付き合って一緒に移動してくれる人が必要なのだ。


『白霊山のアイスドラゴンぶっ倒したいから、私と一緒に道中付いて来てくれる人、いないかしら? いるなら、駅の場所に集合してくれるかな? 無論、報酬は弾むわよ』


 駄目元の提案の答えは、なしのつぶて。

 駅に誰一人現れやしない。

 そもそも、ドラゴンから逃げ切った際に生じた被害や、ドラゴンの脅威を実際に目の当たりにし、挙句あの地上の惨状。

 これだけドラゴンの力を見せ付けられて、首を縦に振る方がどうかしているのだ。

 なのでこの回答は、分かり切っていた事だ。

 私は館内放送用の魔石を口元に持って行き、続けて述べる。


『それからリューテシアとルナールの二人は強制参戦決定だから、さっさと駅に来なさい』

「何でよ(だよ)!!!」


 息ピッタリで駅に駆け込みつつハモるリューテシアとルナール。


「リューテシアは色々魔法が使えるから便利だし、ルナールは火属性の魔法が得意みたいだから白霊山に住んでる魔物に有利に立ち回れるからね。決定済みよ」

「……拒否権は?」

「このままドラゴンに怯えたまま地下に引き篭もって、皆仲良く餓死したければ、どうぞ?」

「くっ」


 選択の余地は無い事がリューテシア自身も理解している為か、口元を歪める。

 ルナールに至っては何処か遠い目をしたまま「ごめんリサ、流石に兄ちゃん死ぬかも」と意思の伴わない言葉を口から放出していた。

 死なないわよ、多分。レールガン直撃を耐えるのを目の当たりにしてるだけに100%、とは断言出来ないが。

 少なくとも、直接ドラゴンと対峙して退治するのは私の役目だ。

 そして8割強程度には勝算を用意出来た。私は余程の事が無い限り、危ない橋は渡らない主義なのだ。


「――待ちなさい!」


 リューテシアとルナールを強制連行するべく、その手を引いていざ出発!

 というタイミングで横から待ったが掛かる。


「リューテシア。貴女がそんな命令に従う理由は無いはずですよ」

「クレイスさん!」


 待ったを掛けたのは、元四天王を名乗るクレイスというダークエルフであった。

 私の道を阻むように立ち塞がり、引き止めて来た。


「邪魔なんだけど」

「邪魔しに来ましたからね」

「何? そっちがその気なら受けて立つわよ。こっちも多数の人命が掛かってるからね」

「別に貴方がこの地でどうしようが私の知った事ではありませんが、その行動にリューテシアを巻き込まないでくれませんか」

「……それが本音ね」


 リューテシアやルナールの戦闘能力は、道中の露払いとして欲しい。

 それが無いと、貴重なフレイヤのバッテリー残量を消耗しながら道中を進まなければならない。

 そうなると、少々勝率が落ちてしまう。

 私だって出来る努力を怠って、犬死になんてオチは勘弁して貰いたいからね。


「リューテシアの居場所を護る為、でもあるんだけどね。あんな爪痕を残すような獣を放置してたら、このロンバルディア全てに影を落とす未来が簡単に予想出来るわよ」

「なら、貴方一人で行けば良いじゃないですか。自信があるのでしょう?」

「私の戦闘能力は有限なのよ。それに勝率を少しでも上げるのは戦う者としては当然の行動でしょう? だから、リューテシアに協力して貰おうかなって思ったのよ」

「……リューテシアを連れて行く位なら、私が行きましょう」

「あら、貴方が倒してくれるの? それは有難いわね、是非ともお願いするわ」


 他力本願他力本願。


「貴女も行くんですよ」

「何でよ。勇者様から聞いたわよ、貴方、元四天王なんでしょう? 相当な実力者なんだからこんなか弱い少女を引き連れてないで一人で倒して来てくれないの?」

「か弱い少女はこんな風に要塞並の洞穴を作ったりしません」


 それもそうね。


「それに、アレクサンドラさんから聞きましたよ。ここを襲ったというドラゴンは、アイスドラゴンだという話じゃないですか。だとすると、私一人では手に余るんですよ。倒しに行こうとしたという事は、何かあのドラゴンに対して有効な手札があるのでしょう?」

「そうね。用意出来たわよ」

「なら、私もそれを当てにさせて貰いましょう」

「クレイスさん、手を貸してくれるんですか?」

「……別に、人間相手に手を貸す訳ではありませんよ。野良ドラゴンの管轄は、私ではなく彼女の仕事ですからね。そちらの手助けをするだけですよ」


 ああ、一応他の要件も絡んでる訳ね。

 なら、折角だから協力して貰おうかしら?

 リューテシアの身内だというのなら、少なくともリューテシアに危険が及ぶような状態で裏切るような真似はしないだろう。


「じゃあ、クレイスとか言ったわね。貴方『も』一緒に来ると良いわ」

「……どういう事ですか?」

「リューテシアは連れて行くわ。だから、リューテシアに危険が及ばないよう、側で護ってあげて頂戴」

「私は、リューテシアを連れて行くなと言ったのですが?」

「リューテシアは貴方の事を信頼してるみたいだけど、私は貴方の事を良く知らないもの。知人、程度の相手に背中を任せるのは御免被るわね。内輪揉めしてたら全滅しかねない、という状況なら裏切らない保険として充分でしょう?」


 この男がリューテシアをとても大切に考えているというのは、普段の隠しもしない動向から容易に見て取れる。

 なら、リューテシアに危険が及ぶかもしれないという状況は抑止力として充分に働いてくれる。

 ま、言い方が悪いけど脅迫ね。


 別に、断られても構わない。

 その時は、普通にリューテシアとルナールを連れて討伐に向かうだけだ。

 そもそも勇者も元四天王も戦力として計上していないのだから、問題無いしね。


「……ごめんなさい、クレイスさん。ここにもそれなりに顔見知りはいるし、それに、ミラを放っておけないんだ。友達、だからね」


 申し訳なさそうに、リューテシアはクレイスへと告げる。

 その言葉を聞いたクレイスは、逡巡の後に諦めたように零す。


「――私は、リューテシアを最優先に動きますよ。リューテシアの身の安全を確保する為なら、遠慮無く貴女を切り捨てます。それでも良いのであらば、同行しても構いませんが」

「別に私は無理に同行して貰う必要は無いと考えてるわよ? 嫌なら貴方はここでのんびりとしてれば良いじゃない」

「……ミラ、と言いましたね。貴女、性格悪いとか言われませんか?」

「さあ? どうだったかしらね」


 私は素直な正直者、だと思うわよ。

 少なくとも、向こうの連中と比べれば間違いなく聖人君子に名を連ねると断言出来る程度にはね。


「まあ、良いでしょう。なら私は勝手に貴方に付いて行く事にします。本当はアレクサンドラさんが保護者として同行するべきなのでしょうが、この有様ですからね」

「……私も行こう、と言いたいが……流石に、もう長旅が出来るような身体ではないのを痛感したからな。おまけに相性も悪い、足手まといにしかならなそうだから、自体するよ」


 私達の会話を聞き付けたのか、アレクサンドラが姿を現す。

 その表情からは残念でならない、という感情が十二分に感じ取れた。


「勇者様は何も気にしなくて良いわ。そもそも、貴女に頑張られちゃうと私が受けた借りを返せないからね。ここでのんびり身体を労わりながら過ごすと良いわ」

「ミラ、行くなら早くしましょう。この地下にこれだけの人数がいると、流石にファルファ村から運び入れた備蓄を加味しても一ヶ月は持たないわよ」

「分かってるわ。私の準備は出来たから、貴方達も装備を整えて来なさい。自分が一番身動きを取り易い服装であればそれだけで良いわ」

「……ドラゴンの位置は分かっているのですか?」

「フレイヤの粒子探知レーダーで捕捉済みよ。現在地は白霊山、だから登山する事になるわね」

「おまたせ、ミラ!」


 既にアイスドラゴンの所在を把握している事をクレイスに告げると、淡々と装備を整え、リューテシアとルナールが舞い戻ってきた。

 その装備は普段、活動する際に身に付けている装備であり――有り体に言うなら、ただの普段着であった。

 ルナールのみ、武器として剣を用意してきたようだが、身動きを重視している為、こちらも普段着と大して変わらない。


「それで、今ドラゴンは何処にいるの?」

「白霊山よ。じゃ、出発しましょうか」

「待ちなさい!!」


 再びクレイスから待ったの声が掛かる。

 何なのよ一体。


「白霊山がどういう場所なのか知らないのですか!」

「前人未到の未踏峰、ファルファ村並の氷雪気候で、凶暴な魔物が蔓延る地、でしょう?」

「なら何故防寒着を用意していないんですか! それに食料は!? リューテシアも含めて、貴方達全員ほぼ手ぶらじゃないですか! 自殺しに行く気ですか!?」


 リューテシアとルナールが、クレイスの発言に対し一体何を言っているのか理解出来ないといった様子で首を傾げている。

 そんな二人の様子を見たクレイスが、何故こんな簡単な事を理解していないのかと、こちらもまた首を傾げている。

 面倒臭いので、説明を省く為にクレイスの前に立ち、後ろ手でものぐさスイッチを操作する。


「……クレイスには見えないだろうけど、準備は出来てるのよ。私が言う準備ってのは、防寒着は勿論、予備の武器や道中の食料や燃料の薪、寝泊りする為の寝具や着替えを含めた旅の最中に必要な道具全ての事を言うのよ。それからこれ、お近付きの印として貴方にあげるわ」


 開いた片手に取り出した、ホタテの醤油串焼きをクレイスに手渡す。

 怪訝な顔を浮かべつつも、串焼きを頬張るクレイス。


「……初めて食べる味ですね。ホタテ、なのでしょうが……味付けに何やら知らない調味料を使ってるようですね」

「道中、腹が減ったなら言いなさい。私がいる限り、衣食住の悩みとは無縁にしてやるわよ」


 食料も、寝床も、着替えも万全。

 ドラゴンを討ち取る為の「手札」も用意した。

 さて、それじゃあ勇者様への恩返し兼、でこいち君の敵討ちに行くとしましょうか。

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