166.不意の来訪者
ロンバルディア地方住民総地下引き篭もり状態から一週間が過ぎた。
その間、ドラゴンの襲撃は幸い無く、ドラゴンという明確な脅威を既に目の当たりにした為か、住民達にも大きな混乱は起きていなかった。
下手に錯乱して外に出たタイミングでドラゴンが現れたら、その人は死ぬしかないからね。
だが、何時までもこの状態でいる訳にも行かない。
地下拠点を開拓するというのであらばこれ以上無い程に豊富な人手があるが、こんな無茶な状態が何ヶ月も持つ訳が無い。
そもそも、食料が圧倒的に足りないのだからいずれ飢えていくのは確定事項である。
なので早急に、目下の脅威であるドラゴンを討ち取らねばならない。
休息を取り、さてこれから準備を始めよう。
そう考えていた矢先、一人の男が地下拠点へと現れる。
群青色の髪を振り乱し、血相を変えて男は叫ぶ。
「リューテシア! リューテシアは何処だ!?」
あの男は確か、クレイスとか言ってたっけ?
魔王に仕えていた元四天王、だとか。
そういや人々が多数出入りするようになったから、中枢部等の一部区画以外はセキュリティをカットしてたわね。
なら普通に入ってこれるか。と、一人納得する。
「何だ、随分と懐かしい顔がいるな。そんなに慌てて一体何用だ」
別段地下では目立った混乱が起きていないにも関わらず、一人大声を張り上げていた為かクレイスが好奇の視線に晒される中、そんな彼を良く知る女性――元勇者、アレクサンドラがその場に歩み寄る。
そんな彼女の姿を見て、クレイスは最初は疑問符を浮かべ、次に真顔になり、何か合点がいったのか、口を開く。
「……ああ、もしかして貴女、アレクサンドラさんですか? 人間とはこの程度の年数でここまで老いてしまうのですね」
「言ってくれるな」
苦笑を浮かべるアレクサンドラ。
エルフという種族は、相当寿命が長いと以前聞いた。
と言うより、人間の方が魔族と比べて寿命が短い、と言った方が良いのかもしれない。
実際、私が淡々と未来へ向けて時間跳躍を続けた事で、ルークやオリジナ村の人々、そして勇者でさえもその時の流れは刻々とその身体に老いを刻み続けている。
だがしかし人間ではない者であるリューテシア、オキなんかは私が初めて会った時と大して姿が変わってないし、魔族の血が混ざった者であるルナールとリサに関しても子供から大人に成長はしたが、大人から中年にはなっていない。
「所で、以前ここで貴女も会った事があると思いますが、私はリューテシアというエルフの女性を探しているんですが、場所をご存知ではありませんか?」
「場所は知らん。だが血相変えて飛び込んで来た所悪いが、リューテシアなら仕事中だ」
アレクサンドラの言葉を聞いた事で、胸を撫で下ろすクレイス。
「そうか、良かった……なら、リューテシアは今何処にいる?」
「それはそこにいるミラに聞いた方が早いんじゃないか?」
話題をこっちに向けられた。というかアレクサンドラ、私に気付いてたのか。
アレクサンドラがそう口にした事により、クレイスが人混みを掻き分けながら私の下へとやってくる。
「……リューテシアは何処にいる」
「さあね。その内出てくるわよ。忙しいから大人しく待っててくれる?」
忙しいというのも、嘘ではない訳だし。
今は構っている暇は無い。
先を急ぐ為にクレイスを無視して進もうとすると、その進路上にクレイスが立ちはだかる。
「何処にいると聞いているんだ」
「人にモノ訊ねるなら相応しい態度があるんじゃないの?」
私がそう言うと、クレイスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……リューテシアは、今何処にいるのでしょうか? 教えては頂けませんか?」
「ん、今は中枢部で魔力供給中。またドラゴンの奴がちょっかい掛けて来たら防衛術式が魔力切れに追い込まれかねないからね」
「供給? なら、リューテシアはずっとそこに縛り付けられているのですか?」
「んな訳無いでしょ。中座したら術式が停止するとか欠陥も良い所じゃない。貴方、元四天王とか言ってたわね。この世界に存在する、オリハルコンっていう希少金属を知らないの?」
「――ああ、成る程。ここはアレを利用して稼動しているのですか。それなら確かに、四六時中ここに居続ける必要も無いですね」
オリハルコンの存在に言及した事で、クレイスは納得した様子を見せる。
「ではその中枢部という場所に案内して頂けませんか?」
「……リューテシアの身内みたいだし、案内するのは良いけど、入れないわよ」
「何故?」
「何かあったらこの地下拠点が完全停止するような心臓部に関係者以外入れる訳無いでしょ。もし関係無い奴が中枢部に入ったら、即座に殺し尽くす程度には罠仕掛けてあるわよ」
「なら呼んできて貰えませんか」
「駄目。さっきも言ったけど魔力を供給しないといけないの。貴方の来訪伝えた所で、結局今日の供給予定分が溜まるまでは中枢部から出てこないわよ、こっちも人命掛かってるんだからね」
ドラゴン討伐に向かう前に、ここの地下拠点がその間に問題無く稼動するようにしておかねばならない。
地下拠点……もう既に地上部分にまで拠点の範囲が伸びているが、一応地下拠点と呼称する。
この地下拠点は「時」の力で状態を固定している為、例えあのドラゴンが相手でも魔力が続く限り崩落しない。
そして崩落しない盾があれば、従来の魔法攻撃に加え、銃火器と大砲の火力を追加すればドラゴンを撃退する事も出来ている。
だが逆に言えば、魔力が尽きれば崩落しない無敵の盾は崩れ落ちるのだ。魔力が尽きれば所詮はここもただの土くれ岩塊に覆われた穴倉にしか過ぎないのだから。
だからリューテシア、ルナール、リサの三名で常に誰かが中枢部にいる状態でローテーションを回している。
供給を止める訳には行かないのだ。
「時間が来たら出てくると思うから、それまでは待ってて貰えるかしら? せっかちは女に嫌われるわよ」
「誰がせっかちですか」
「……ああ、そういえば。所で今回は何用でここに来たのかしら? ただリューテシアに会いに来たって訳じゃ無いんでしょ?」
ま、何となく想像は付いてるけど念の為。
「――ロンバルディアでドラゴンが暴れてると聞いて、レオパルドから飛んで来たんですよ。リューテシアに何かあったら一大事ですからね。そしてやってきたら地上があんな有様じゃないですか、流石に焦りましたよ」
確かにあの惨状は焦るのも当然ね。
というかあの穴、どうしよう。
本当あの馬鹿ドラゴン、余計な事してくれて。
アレはもうクレーターよ、埋めるとかそういうレベルじゃないわよ。
ダイヤモンド鉱山かっての。
大して崩れてない場所の線路補修はともかく、あのクレーター化した場所はそのままじゃ線路を敷設出来ない。
埋め直すにしても、一体どれだけ時間が掛かるのやら。
第二地下拠点は無事だし、ここと第二地下拠点は地下で通じている。
ならいっそ、ここを復旧させる前に第二地下拠点と繋いでしまうか……?
「……本当に無事なんですよね?」
「念押さなくても、んな下らない嘘付かないわよ」
でもそうなると、第二地下拠点もここ同様かなり大幅な通路拡張が必要になるのよね。
それでもあそこを直すよりは遥かに楽ではあるが。
んー、でも現状一番最優先はあの馬鹿ドラゴンの討伐よね。
知性がある様子は見られなかったし、何もしてないのに襲ってくるなら潰すしか無い。
また襲ってきたら折角直した所で再び設備をボロボロに破壊される未来がそれこそ子供でも予想が付く。
どうせ一朝一夕で直るような状態じゃないし、やっぱり第二地下拠点に引き込むのがベターな回答よね。
「リューテシアが心配だから、すっ飛んできたって訳ね。じゃあついでだからそのままリューテシアの為にドラゴンをしばき倒してくれないかしら?」
「何故私が貴方の為にドラゴンと戦わねばならないのですか?」
「私じゃ無くてリューテシアの為よ」
「リューテシアをダシに良いように使おうとという魂胆が見え見えですね」
チッ、バレたか。
元四天王というのが事実なら、この男の戦闘能力は相当当てになるはずだ。
彼が倒してくれれば面倒な事しなくて済むから楽チンなのに。
流石にそこまでお花畑な頭では無いようだ。
「――じゃ、後は頼んだよルナール」
「了解だぜ」
そうこうクレイスという男と話をしている内に、中枢部のある奥の部屋から引継ぎを終えたリューテシアが姿を現す。
私の隣にいる男を目敏く見付けたリューテシアは、手にしていたメモ帳代わりの本をパタリと閉じてクレイスの元へと駆け寄る。
「クレイスさん! 来てたんですか?」
「ああ、丁度今来た所だ……良かった、無事だったんだなリューテシア……!」
「んじゃ、後はお二人でごゆっくり」
今の無茶な状態は長くは持たない。
少しでも早く、だがしかし確実にドラゴンを仕留められるだけの準備を済ませなければならない。
感動の再開を果たした二人をその場に置き去りにし、とっとと私は作業部屋へと向かうのであった。




