162.対竜砲撃戦
「ルナールさん! 配置完了したぜ!」
ミラの生み出した道具――その武器を手にした兵達は各自配置に付く。
山の中にカモフラージュするように作られた通路故に、まだドラゴンはこちらに気付いた様子は見られない。
「ひえっ……何だあの穴……!?」
覗き穴から外の様子を見た、兵の一人が息を呑む。
地上にはクレーターと言うより、最早掘削跡地とでも言った方が良さそうな巨大な穴が穿たれていた。
ルナール達が逃げ込んだ際には無かったモノであり、あれがドラゴンの攻撃によって生み出された事は疑う余地が無かった。
「お、俺達……マジで、何であんな化け物相手に逃げ切れたんだろうな……?」
「まあ、これから追い返さないといけないんだけどな!」
「ああそうだな畜生! ここまで来て死んでたまるかってんだ!」
ドラゴンとの再戦という、恐らくこの世界においては落雷が自分に当たる確率以上のレアケースと相対した兵達は無理矢理にでも気合を入れる。
「ミラの姉ちゃんが作った、コレの威力を信じるしか今は道が無い! でも数はそんなに無いから、遠距離だと攻撃手段が無い奴が使え! 魔法で遠距離攻撃が可能な奴は魔法で攻撃を加えろ!」
各自、ルナールからの指示を受け、最終確認を済ませる。
覗き穴からその砲門を、ドラゴンへと向けた。
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「ミラ……貴女一体、何を作ってるのよ?」
「そうね……しいて言うなら、愚鈍なる力に抗う反逆の牙、って所かしら?」
聖王都との戦争とも呼べぬただの虐殺が終了してから数ヶ月経った頃。
これで当分馬鹿がちょっかい出す事は無いだろう。
だが喉元過ぎれば、という奴である。
その時、私は恐らくもうこの時代にいない。
最後まで「これ」を作るか否かは悩み続けたが、あの仮想敵国を失ったファーレンハイトの様子を見て、結局作る事にした。
レオパルドという敵国が存在するのは私の知る昔と変わらぬようだが、その敵国の実体が別物になってしまっている。
私の知っていたレオパルドとファーレンハイトの闘争は科学技術VS魔法技術という恵まれぬ者と恵まれた者の対立の構図であり、同族での戦いであった。
故に犯罪者でもない限り、人間なら少なくともどちらかには受け皿としての役割が備わっていた。
だが私の知らない内にこの世界でのレオパルドは滅び、そこは魔族という人ならざる者が跋扈する世界へと変わっていた。
同族の争いではなく、異種族による対立の構図となってしまっているのだ。
これでは、人間はファーレンハイトという国に例え不満があろうとそこに居座り続ける以外の選択が存在しない。
ファーレンハイトの連中にはもう少し危機感を持って欲しいわね。
大国も怠慢で簡単に腐れ落ちるのよ?
この地下拠点には厠……つまりトイレが存在している。
地上の川に放流するという水洗の手段を取る事も考えたし、技術的に出来なくも無いのだが、その手段は取らなかった。
汲み取り式を採用し、畑の横に貯留地が隣接するように設計した。
丁度、肥溜めのようになるように。
そう私が説明すると、成る程と周りは納得する様子を見せた。
実際、農作物の肥料としての使い方もしていた。
だが、それ以外の使い方もあるのよね。
溜まった糞尿に草木を混ぜ、撹拌。
時折バクテリアの作用を空気を取り入れる事で促進し、じっくりと寝かせる。
こうする事で、この糞尿と草木と土の混合物の中にある物質が生成されていく。
熱水に溶かし、ゴミをろ過し、温度が下がる事で飽和水溶液と化した水中から析出してくる物質を掬い取り集める。
これで、目当ての代物は完成した。
これに地下の温泉から採取出来る硫黄、そして簡単に生成出来る木炭。
砕き混ぜ合わせ、出来上がった粉末こそが完成形。
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そしてその矛先が、本来想定していた聖王都にではなく、ドラゴンに向けられたのは幸運なのか不運なのか。
かつてレオパルド領にて栄え、レオパルドの民の最高戦力の一つであり、この世界から忽然と消え失せた魔法と対を成す超技術。
「目標、アイスドラゴン! 第一射、撃てえええええぇぇ!!」
――ロンバルディアの地に、銃火器の砲火が木霊する。
黒色火薬。
それは硝石、木炭、硫黄の混合物であり、以前ミラが生み出した活版印刷と並び、三大発明と呼ばれる世界に革新を起こす技術の一つである。
黒色火薬が再びこの世界に復活した事で、人々は再びその手に銃火器という強力な力を取り戻す事になった。
「――駄目だ! やっぱり効いてねえ!」
しかし、強力な武器ではあってもそれが通用するとは限らない。
ドラゴンの全身を覆う、竜鱗の強度は鋼に匹敵すると伝わっており、それだけの強度を破るだけの破壊力を、この銃火器は有していなかった。
「銃がドラゴン相手に効かないなんてのは想像出来ただろ! 初めからそれは牽制だ! お前等耳塞いで口開けろ!!」
種火を手にした痩身の男が、その火種を砲門へと近付ける。
室内を揺るがす大気の振動と共に、巨大な砲火が放たれた!
銃火器の火薬がこの世界に復活するという事は、それはそのまま大砲の復活をも意味する。
鉄の砲弾は風を切り、ドラゴンの側面、腹部の辺りに命中する。
速度と重量の伴ったその一撃はドラゴンの体格をもってしても容易く受け止められる訳ではなく、その場でたたらを踏む。
「ん……!? これはもしかしてドラゴン相手でも効き目があるのか!? 体勢崩したぞ!」
「よし……! 銃は駄目でも大砲なら少しは効くんだな! 俺は予定通り地下で魔力供給に徹するから、後はお前らに任せたぞ!」
「任せて下さい! ルナールさんの期待に答えてやりますよ!」
痩身の男がルナールに対しサムズアップで答え、それを見届けたルナールは通路を移動していく。
ルナール、リサ、リューテシア。
この三名は地下の中枢部に篭り、これからひたすら拠点への魔力供給に徹する予定だ。
防御壁となっている術式は魔力を消耗して動いているのだから、誰かが供給し続けなければ魔力が途切れてしまう。
そうなればドラゴンの攻撃の直撃を受ければ、地下拠点は成す術も無く崩壊する。
この三人が中枢部にて魔力供給を行うのは、これから取る作戦において必須であった。
ルナールと兵達が別れた直後、攻撃の飛んでくる方向を感知したドラゴンは、その方角へ向けて自らの吐息と共に放たれるブレス攻撃を放つ!
「頭下げろ! 攻撃よりも回避重視! 絶対に死者だけは出すな!」
地表ごと白銀世界へと塗り潰していくその攻撃は、ルナール達のいる場所まで及ぶ。
覗き穴から侵入する冷気によって覗き穴周辺は凍り付くが、その冷気は室内全体にまで及ぶ程ではない。
車両上の戦いでもそうであったように、壁面を壁にすれば回避する事は容易い。
ましてや車両を守る必要があった為に車両上で戦っていた時と比べ、今回はこの地下拠点を盾にしながら戦えるのだ。
交戦によって生じる損耗は、遥かに少なかった。
「アイスドラゴンがこっち飛んできたぞ! 撤収! 側面に回れ!」
ドラゴンの飛来を察知した兵からの指示により、速やかにその場を離れ、通路を移動する兵達。
ドラゴンの体躯を生かした爪や体当たりが先程兵達が居た場所に直撃するが、そこは既にもぬけの空。
更に言うなら、表面上の土砂こそ削れているが、肝心の室内にまでそのドラゴンの攻撃は届いていない。
時からの隔絶という方法に生み出された障壁は、例えドラゴンの力をもってしても破る事は叶わなかった。
再び側面から攻撃を加え、ドラゴンを誘導。
ドラゴンが飛来するならばその場から離れ、即座にその場から離脱。
これを繰り返し、ドラゴンに移動を強いる事で体力を消費させていく。
付け加えるならば、この篭城戦用に生み出されたこの空間は通路を高速で移動出来るよう、徒歩以外の移動手段が用意されている。
鎖によって連結されたいくつものトロッコが線路上を走る形で通路を巡回しており、これらは蒸気機関の動力によって稼動している。
これを利用する事で、長距離を一切体力を使う事無く、また負傷者が出たならば即座に後方へと下げる事が出来るようになっているのだ。
移動距離は精々数百メートル程度であり、元々体格が大きいドラゴンからすればその移動距離は些細なものだ。
しかし先程からドラゴン目掛け飛来している銃火器の火力は、ドラゴンからすれば無視するには鬱陶しく、また大砲の破壊力に至っては最早鬱陶しいではなく痛みすら覚えるものだ。
当然、潰しにかかる。
しかしドラゴンがその場へ向かい攻撃を加える頃には、既に攻撃を加える兵達は移動した後である。
一回一回の移動距離は大した物ではなくとも、積み重なれば徐々にドラゴンの体力を削っていく。
持久戦だ。それにドラゴンはソルスチル街からこの地下拠点までを飛来した事により既に体力を消耗している。
但しこれに関してはこちらもかなりの痛手を負っているので、そこまで有利な条件という訳でもない。
「思いっきりあのドラゴンを揺さぶってやれ! 今はとにかく、体力を消耗させてデカい隙が出来るようにするんだ!」
今はまだ、ドラゴン相手に決定打を叩き込む隙が無い。
その隙を作るべく、兵達は拠点内を駆け回り、攻撃を打ち込み続ける。
一箇所に留まらず、周囲を飛び回る羽虫の如く移動し、ドラゴンを煽り、身体を動かさせて体力の消耗を強要する。
そして、兵達が疲弊してくるなら後ろに控えていた第二軍を投入。
銃火器と大砲によって、少ない人数でもそれなりの破壊力を出せるようになった事で、少ない兵を分割してもドラゴンに不快感や若干の痛みを覚えさせる程度には攻撃力を有している。
銃火器や大砲には飛距離の限界があるので、一定距離を取られるとドラゴンに対して攻撃が当たらなくなる事態が発生する事が考えられる。
と言うより、考える頭が無い無能ではないので、ドラゴンも実際その手段を取った。
そして遠距離から再び魔法を発動させようと行動を取ったので、その際はこちらの魔法使い達が結託し、ドラゴンに対し遠距離魔法攻撃を仕掛けた。
この行動により、ドラゴンに対し安全な距離など無いと考えさせる。
こうして銃火器の射程内にドラゴンを釘付けにし、攻撃をルーチンワークとする事で、ドラゴンに対し昼夜問わず、常に砲火を浴びせる事が出来る。
休ませない、ましてや眠らせなどさせない。
多少の不快感や痛みに耐えて身体を休ませようとその動きを止めるなら、その時こそ決定打を打ち込む好機。
ドラゴンに対し消耗戦を持ち込み、何日もの日々が過ぎていく。
例え食物連鎖の頂点に立つ最強の存在であろうとも、所詮は生物という枠から逃れた存在という訳でも無い。
休まず眠らず、無限に活動を続けられる存在ではないのだ。
こちらも少なからず攻撃回避に失敗した負傷兵が現れるが、ミラの残した地下拠点の防御網の強固さ故に、死者は一人も出ていない。
そして耐久戦を強要されたドラゴンは、徐々にその動きが鈍っていく。
動きに精彩を欠き、攻撃にも力が乗らなくなっていく。
これでドラゴンがここから撤退するのならば、それは人間達の勝利と言える。
だがしかし、しつこい事にこのドラゴンはそれでもここに攻撃を加えようと暴れ続ける。
なので、切り札が投下される。
ドラゴンに対し篭城砲撃戦を開始してから二日後。
空を舞う巨大なガラス瓶。
覗き穴から放たれたそのガラス瓶は勢い良く飛んで行き、疲弊した結果動きが鈍ったドラゴンの腹部に向けて飛来。
満面の笑顔を浮かべたリサの手で着火される。
ドラゴンが放った攻撃魔法に匹敵するような、巨大な振動と炸裂音が轟く!
大火を思わせる程の巨大な炎が巻き起こり、その爆音の中から、明らかに今までの咆哮とは違う、苦痛に歪んだ悲鳴のような声が上がる!
「アッハハハハハハ!! ねえお兄ちゃん! 今の爆発見てくれた!? 凄いよね!」
「うわーお……前より更に破壊力増してる……」
「周囲の魔力も取り込んで更に爆発力を増やすようにしてみたの! ミラのお姉ちゃんが教えてくれたんだけどね――」
リサが饒舌に自らが育て上げた「とっておき」に対する薀蓄を語り出すが、ルナールはそれを無視し、覗き窓から外の様子を伺う。
「すっげ……あのドラゴンの外皮が剥がれてる……」
無論、すぐに治ってしまう程度の傷ではあるが。
ドラゴンは桁外れの寿命や生命力を持ち、あれだけ強固な竜鱗に覆われているというのに、その竜鱗を突破して傷を与えたとしてもすぐにその傷を癒してしまう。
それでもロクにダメージを与えられず、死に物狂いで逃げ続けたルナールからすれば、目に見えるダメージが与えられているというのは衝撃的だっただろう。
「――じゃなくて! チャンスだ!! あの傷口に攻撃を集中しろ!!」
ルナールの怒声に近い命令が拠点内を走り、銃火器と魔法による一斉射撃がドラゴンに対して放たれる!
強固な竜鱗に覆われていた最中はロクにダメージを与えられなかったが、鱗の下は別だ。
攻撃を弾く鎧を剥がす事に成功した事で、目に見えてドラゴンに対してダメージを蓄積させていく。
この攻撃に参加していた人々は、初めてドラゴンの悲鳴というものを耳にするのであった。
ここにきて初めて手痛いダメージを受けたドラゴンは、疲労も重なった事により遂にその背を人々に向ける。
その背中は徐々に地下拠点から離れていき、その姿が点となり消えていく。
これだけしても、あのドラゴンはとても殺せはしないだろう。ドラゴンの傷がどれ程で癒えるのかは知らないが、それでも疲労と傷を完全に癒すには一週間程度は掛かると思われる。
だがそれでも、このドラゴンの行動の意味する事は大きい。
「おい……アイスドラゴンが尻尾巻いて逃げていくぞ!?」
ドラゴンの敗走。
勇者でもない、ただの人々が。
寡兵でドラゴンという天災に等しい存在を退けた、歴史上初めての出来事であった。
始めは思考が停止していた人々だが、頭の処理が追い付いて来た事で次々に歓喜の声を挙げ始める。
「やったぜ! ざまあみろ!!」
「もう二度と来んな! 馬鹿野郎!!」
「野郎かどうか分からねえだろ! クソアマかもしれねえぞ!?」
「良いんだよ細けえ事はよぉ!」
逃げるだけしか出来なかった存在に対し、初めて抗う事が出来たのだ。
歴史を変えた場面に相対すれば、こうなるのも当然である。
そして、その決定打となった一撃を放った英雄に対して人々は群がる。
「すげえぜリサの姉御! それもっとねえのか!?」
「うーん、ごめんね。沢山魔力が必要だから、私だとあれ一つしか作れないの」
「今度是非作り方を教えて下さい!」
「うん! 良いよ!」
リサは元々、容姿が美人の部類に該当する為、ちょくちょく男に言い寄られる事態は発生していた。
だが今は、それとは違う意味で人々に取り囲まれている。
ドラゴンにすら通用する程の、必殺とも言える破壊力を目の当たりにした事で、リサに対して色気や色欲ではなく、兵としての羨望のような眼差しが注がれていく。
また、リューテシアに糾弾されようとも決して止めなかった、我が子のように技術と魔力を注ぎ込んだ爆発物が褒め称えられた事で、リサもまた気分が高揚して見知らぬ男性相手でも普通に会話を続けている。
そんな今回の戦いにおけるMVPとも言えるリサを、リューテシアとルナールはそれぞれ苦笑を浮かべ、二人とも別の感情を抱いた状態で見続けるのであった。
リューテシア(あんな危険物に対し理解者が出来てしまった……! これは不味い! リサの暴走が加速しかねない!)
ルナール(お前等人の妹に粉掛けてんじゃねえよ! 何馴れ馴れしく手握ってんだよ! そしてリサも何笑ってんだよ!)




