161.篭城
「何、よ――!? この振動!?」
今まで途切れ途切れに発生していた、小さな揺れではない。
地上で何かが炸裂したかのような、爆撃を思わせる巨大な揺れ。
その場に立っていた人々はその揺れに耐え切れず、壁面に身を委ね、壁が近くに無い者は地面へと倒れ込む。
『術式規模特定――上級魔法、フリジットバーストの可能性、87%』
中枢部に刻まれた術式、それは決められた動作を行い。
記録されているミラの声で読み上げられる魔法攻撃の正体。
『第二射、着弾確認。第三射、予備動作確認。対衝撃防御』
事務的なアナウンスの直後、更なる揺れが地下拠点を襲う!
この地下拠点に対する魔法攻撃を中枢部の術式は的確に感知しており、そのアナウンスの通り、衝撃と揺れがこの地下拠点に轟いた。
『第三射、着弾確認。第四射、予備動作確認――』
鳴り止まぬ警報音、続く状況報告のアナウンス。
地下に逃げ込んで来た人々の中で、まだ余力が残っていた人々から悲鳴が上がる。
「おいおい……! まさかあのドラゴンの奴、この山を削り取る気なんじゃ……!?」
「ふざっけんなよ! 俺達は逃げ切れたはずだろォ!? 尻尾巻いて帰れってんだよぉぉ!!」
痩身の男が、天を仰ぐように嘆く。
その嘆きや動揺が他の人々にも伝わり、このままではパニックになりかねないのが容易に予測出来た。
そうなれば、二次被害が出かねない。
どうする?
ミラはいない、ミラには頼れない。
あんな生きた災害相手では、真正面から勝負を挑んでもそもそも土俵にすら上がれない。
勇者もいない、そもそもここ最近顔も見てない。
だけどこのまま手をこまねいていたら、何れこの衝撃の正体がこの地下にも及びかねない。
ミラはこの地下拠点の防御性能をかなり信用していたけど、さっきこの衝撃の正体を上級魔法と断定していた。
上級魔法。それは城や砦、軍団を相手取る際に使われるような、人の範疇で到達し得る最高峰の魔法と言っても良い。
攻城や地形破壊、集団の一掃に使われるような魔法が相手では、この地下拠点の防御性能に不安が残る。
何とかしないと。
どうにかしてあのドラゴンを追い払わないと。でも、どうやって?
何か、戦う手段は――
そこまで考え、一つだけ残っている可能性に辿り付く。
「――追い払うわ。勝てないまでも、私達にはそれが出来るだけの力があるはずよ」
「無理だ……車上の戦いで、戦闘能力のある奴がごっそりやられちまった……」
「飛んでる不安定な状態だから辛うじて勝負になってたようなもんだ! 地に足着いた状態じゃ無理だ!」
弱気が露呈し、諦観すら漂う敗残兵達。
しかしそれに対し一喝する。
「勝つんじゃないの、追い払うの。私達を食う気なら、痛い目に遭うってのを思い知らせてやるのよ」
だけど、コレを使って良いなんてミラは一言も言っていない。
既に使い方や製造法自体は享受され、量産も進んでいる。
だが肝心の使用の許可をその口で聞いていない。
でも、これ以外にあんな化け物相手に傷を与えられる手段が思い付かない。
「……ミラに確認取ろうにも今はいないし。リュカやリサ、オキさんのお陰である程度数も量も揃ってる。私の独断で使うわ、作ってるって事は使う事も想定してるはずだし」
そう、使う気が無いならミラが作る訳が無い。
使いもしない無用の長物を、あんな面倒臭がりがわざわざ手間隙掛けて作り出す訳が無いのだ。
そして使う機会というのは、きっとこんな時の為だったのだろう。
「戦った経験が無くて良い。体格良い奴を片っ端から集めて!」
コレを使うのは、極論兵ではなく一般人、それこそ最悪女子供でさえ問題ない。
使用者の筋力や魔力で威力が減衰するような代物ではないのだから。
「リューテシアお姉ちゃん! 私の『とっておき』も使って良い!? 良いよね!?」
反撃の準備、その為の指示を出している最中。
物凄くキラキラした目をこちらに向けながらリサが問い掛けてくる。
問い掛けの体をしているが、暗に「使うよ」と念押ししているだけにしか見えない。
「くっ……良いわ、全力でやりなさい。でも使うタイミングだけは言う事聞いて貰うからね!」
「やったー!!」
小躍りしつつも、「言質取ったよ! 駄目って言っても使うよ!」と言いたそうな視線を向けてくるリサ。分かり易い。
悔しいけど、リサが作るトンデモな爆発物はこと破壊力「だけ」は信頼出来る。
あの破壊力は、もう中級魔法の範疇には収まってないように見える。地上で爆発すれば容易に地形を変えてしまうアレは、下手しなくても上級魔法に匹敵しかねない。
仮に上級魔法の破壊力があるなら、あのドラゴン相手にもダメージを入れられるかもしれない。
―――――――――――――――――――――――
「――使い方は以上、説明して実演した通り。これ自体がそのままあのドラゴン相手に通用するとは思ってないけど、そこいらの適当な武器を使うよりは遥かに攻撃力がある事だけは間違いないわ。何より、使用者の技量で威力が変わらないのが何より大きいわ。だから普段戦いに身を置いてない人でも戦力として数えられるからね」
地下で実演を交え、生き延びた戦闘要員、そして避難民から募った有志に対しこの道具の説明を終える。
その間、ドラゴンの攻撃は続いている。
このまま良いように暴れさせ続ければ、恐らく三日、早ければ二日でこの地下拠点に直接打撃を与え得るだろう。
でも、間違いなく一日位なら何もせずともあの攻撃は防げる。
深さというアドバンテージはそれだけ大きいのだから。
「山の中の洞窟にしか外見は見えないけど、もうこの地下は下手な城砦よりよっぽど強固な作りになってるの。それこそ、ソルスチル街より余程ね」
避難してきた人々の話によると、あのドラゴンの前ではソルスチル街に備えられていた防御陣地は何の役にも立たなかったらしい。
だがここはそんなドラゴンに対し、いとも容易く瓦解するような醜態を晒してはおらず、現在進行形でドラゴンの攻撃を防ぎ続けていた。
「そこの通路を通って、地上部まで移動。ドラゴンに対して攻撃を仕掛けるわ」
「ドラゴンの奴が俺達に気付いて攻撃してくるんじゃないのか」
「地上部までの通路はミラが直々に組み上げた術式で特殊な防御が成されてるわ。覗き窓の部分には無いからそこからだけ攻撃が飛んでくる危険性はあるけど、少なくとも根元から壊れるような事はまず有り得ないわ。ここの施設の魔力が尽きない限り、この地下拠点は物理的な破壊はほぼ不可能と考えて良い。だから洞穴に身を隠している限り、あのドラゴンからの攻撃が当たる可能性はゼロと言っても良いわ」
ミラの使っている「時」の力とでも言うべき代物。
徹底したコスト削減によって、私達でも運用に耐え得る性能に落とし込められたそれは、言うなれば「状態の時間停止」だ。
この地下拠点全域を薄い皮膜の如く覆ったそれは、外部からのエネルギーによって姿を変える事は無い。つまり時間が停止しているのだ。
どれだけ強い衝撃で叩こうとも、形を歪める事は無い。
絶対に壊れない物、なんてものはこの世に存在し得ないだろうが、この地下拠点に仕掛けられた術式は魔力が尽きぬ限りという条件付でそれを可能にしている。
仮に私があのドラゴンと同じだけの力量と魔力を有していたとしても、ここを陥落させるのは消耗戦以外では不可能だと断言出来る。
また、耐えるだけの魔力も中枢部にはたんまりと溜まっている。
私達でまた一から溜め直しする必要があるってのが不愉快極まりないけど、やるしかないだろう。
それとこの地下拠点、防御性能に特化しているから攻撃手段は皆無なので、攻撃自体は私達の手でやるしかない。
「穴倉に身を隠しながら、ドラゴンから離れた位置で攻撃。ドラゴンが寄ってくるなら、位置取りを変えて再び遠距離から攻撃。基本的にこれを繰り返して行くわ」
ファーレンハイトの侵攻によって将来を危惧したミラの指示により、地上に新設した塹壕。
山の中をくり貫いて作られたそれは完全に山の風景と同化しており、丁度蒸気機関車が普段通行している入り口を、弧を描くような形で高みから一望出来るようになっている。
以前ミラから聞いた話によると、これは鶴翼の陣と呼ばれる陣形の一種が形状としては近いらしい。
ただ地形という動かないモノを盾にしている都合上、退却する敵を追う事は出来ないので包囲殲滅は不可能だとの事。
今回は相手が逃げてくれれば勝利なので、この辺は気にならないか。
そしてこの陣形だと、ミラが用意したこの道具も真価を発揮し易い……気がする。
もしかしたらそこまで考えて、こういう構造で建築するようミラは指示を出していたのかもしれないけど。
「リュカ、それとオキさん。数はどれ位用意出来てるんですか?」
「確か300はあったはずだ」
「そ、それ位だった……気がする……」
「成る程、心許ないわね」
あんな化け物相手にするなら、それこそ四桁は欲しかったけど。
今すぐ増やすなんて事は出来ない以上、今ある分で戦うしかないか。
ソルスチル街、そしてルナール達を襲った、想定を上回る余りにも巨大な生物災害。
ドラゴンという生態系の頂点に対し、リューテシアは決断する。
ミラの残したその力を最大限に活用し、ドラゴンを相手取り篭城戦を仕掛けるのであった。




