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159.鉄路の撤退戦~守る為の戦い

 既に一度、正面からぶつかったらどうなるかを体験しているアイスドラゴンは、迫り来る蒸気機関車を飛翔してやり過ごす。

 何度も蒸気機関車自体への攻撃を加えているが、目に見えた結果が出ない為、アイスドラゴンは車両上にいる人間に対し攻撃を加える事に注力するようになる。

 上から叩き付ける点の攻撃ではなく、横に払うような面の攻撃を立て続けに放つ。


 車両へのダメージは、蒸気機関車の蒸気漏洩による速度低下というダメージになって現れているが、それにアイスドラゴンは気付けていない。

 傷付けたはずなのに止まっていない、血も出ていない。

 後部の車両も何度も叩き付けているのに、壊れる様子がまるで見られない。

 馬車とは違う、良く分からないが、何か異質な物体。

 これまでの状況を見て、アイスドラゴンが車両自体への攻撃には何の意味もないと考えるのは自然な流れであった。

 そして、そうアイスドラゴンが勘違い(・・・)してくれるのはルナール達にとって追い風であった。

 ここまで、先頭を走る蒸気機関車以外に大して車両本体へのダメージが入っていないのは事実だ。

 だがそこまでに車両に及んだダメージは、確実に内部へと響いていた。

 車両内から強化魔法を行使し、鉄で出来た車両の外壁を強化し、これまでの攻撃をしのぎ続けてきた。

 だがその都度術者の魔力が削られ、限界に達してダウンしていく。

 既に車両を守る術者の数は、枯渇寸前であった。


 吠え猛るアイスドラゴン。

 屋根の上に立ちはだかるルナールに対し、その豪腕を振り抜く。

 ソルスチル街の家屋を何棟も倒壊させてきたその一撃は、直撃すれば骨にまで達するダメージとなるのは確実。

 ルナールは腕を飛び上がりながら回避、それに加え交錯しながらその腕に手にした剣で斬撃を見舞う。


「っつ――! 何だよアレぇ!」


 振り払うような動作で、腕の痺れを追い出すルナール。

 直接刃を交えた事で、ドラゴンという種の有する頑強さを身を以って体験する事となった。


「欠けてくれるだけまだ巨大な石を斬ってた方がマシだぜこりゃ! かなり全力で斬り付けたのにまるで効いちゃいねえ!」


 空中で体勢を整えるべく旋回するドラゴンから視線を切らさず、嘆くルナール。


「ルナールさん! 無事ですか!?」


 痩身の男が車両内から飛び出し、ルナールの身を案じる。

 また痩身の男の後から同様に、アイスドラゴンのブレス攻撃を警戒し車内に引っ込んでしまった兵達が姿を現す。


「お前等、あんな化け物相手に良くここまで耐えてきたなぁ!」

「そりゃあ、普段からルークさんやルナールさん相手に散々しごかれてますからねぇ! あのドラゴン相手でも、時間稼ぎ位なら出来るって所を見せねえとなぁ! そうだろうお前等!」


 痩身の男の同意を求める意見に、大声で賛同を示す兵達。

 ルナールという増援が来た事で、兵達に見え始めていた疲労と諦観が吹き飛ばされる。


「だったら、悪いけどもうちょい付き合ってくれ! 今さっきレイウッドを越えた所だ! ここまでもう半分以上を超えたんだ! 蒸気機関車が復調するまで踏ん張れ!」


 凄まじく雑で強引な手段ではあるが、蒸気機関車が負ったアイスドラゴンの爪痕はルナールの手で修復されている。

 失った蒸気の圧を再び回復させられれば、また最高速度を取り戻せる。


「だからまた魔法を撃たせるなんてヘマすんなよ! フレイムランス!」


 即座に魔力を練り上げ、炎の槍を上空向けて投擲するルナール!

 上空で魔法の発動を再び行うべく旋回していたアイスドラゴンに、その槍が命中する!

 ダメージには、やはりなってはいない。

 だが、不快そうにその身を捩る。


「さっきのブレス攻撃や魔法攻撃で確信した! あいつは氷属性のドラゴン、アイスドラゴンだ! だったら炎属性が効くはずだ! 少なくとも他の属性よりはな!」

「だとよお前等! ルナールさんに続け! 炎属性の魔法を使える奴は優先的に使え!」

「って事はやっぱりあのドラゴン、白霊山(はくれいざん)から降りてきたヤツかよ!」


 ルナールの指示に従い、炎属性偏重で魔法攻撃の弾幕を展開するルナールと兵達。

 相変わらずその攻撃は一片たりともアイスドラゴンを包む竜鱗を傷付ける事叶わないが、今まで以上に不快そうな動作を見せるようになるアイスドラゴン。

 時折、その攻撃を回避するような動作も見せるようになる。


「おい! 今ドラゴンのやつこっちの攻撃避ける様子見せなかったか!?」

「間違いねえ! ありゃ確実に避けようとしてやがる!」

「避けようとするって事は、効いてるって事だ!」


 アイスドラゴンに対し、未だに傷一つ与えられない。

 だが、その嫌がっているような動作を目の当たりにした兵達の表情に喜色が浮かぶ。

 しかしこの攻撃の雨がアイスドラゴンの逆鱗に触れたか。

 遥か高み、上空から急降下爆撃、ならぬ急降下蹴撃が放たれる!

 速度と重量がしっかりと乗せられた、その一撃が更にアイスドラゴンの前足一点に集約される。

 その一撃が最後尾、ルナール達の戦場の足場となっている貨物車両へと振り下ろされた!

 攻撃範囲自体は狭く、常にアイスドラゴンの動向に目を向け注視し続けていた兵達からすれば避けるのは容易かった。


 しかし、この一撃が遂に車両へと影響を及ぼす。


「くそっ! 車体が――」


 車両に積載した魔法は、今までルナールが操作していた。

 蒸気機関車を走らせる人員は問題無いのだが、車両積載の魔法を発動させられるだけの人員が立て続けに地に伏してしまっている。

 今現在、避難民の乗っている車両を防御し続けている状態だが、その人員も次々にダウンしているので徐々に強化魔法によってカバー出来る範囲が狭まっている。

 ドラゴンの攻撃の直撃を受け、中央から完全に圧し折れた貨物車両。

 路線と接触し、無数の火花を走らせている。

 そしてここまで簡単に破壊されてしまう現状、車両を補強するべく強化魔法を掛けていた術者も、恐らく魔力切れで倒れてしまっているのだろう。


「切り離す! 飛び移れ!」


 言い終わる前にルナールは行動に移る。

 壊れ、足手纏いとなった後尾車両の結合部を即座に両断!

 蒸気機関車の速度を落とすブレーキと化した足場を切り離し、戦場となる足場を一部失いながらも、再び蒸気機関車の速度を取り戻すべく奮闘する!


「まるでトカゲの尻尾切りだな」

「逃げ切るまで持つなら、この車体がどれだけ壊れても関係無いからな!」


 痩身の男のボヤきに対し、ルナールがそう答える。


「命は壊れたらもう治せない! でも機械は壊れたら作り直せば良い! だからお前等、これ以上死ぬなよ!」


 徐々に削られ続けた兵。

 ルナールの参戦で再び拮抗状態を取り戻し、アイスドラゴンと肉薄する。

 攻撃は何としてでも回避し、そして攻撃を加える。

 アイスドラゴンが一度全力を出せば、人である兵達は成す術も無く倒れ、車体は脆く崩れ去る。

 それは先程のブレス攻撃や、急降下攻撃によって破損した貨物車両が証明している。

 だから、彼等は攻撃を続ける。

 傷を与えられなくとも、嫌がらせをし続ける。

 全力で暴れさせれば、倒れるのが分かっているから。

 アイスドラゴンに追い掛けさせる。

 その速度で跳び続けている限り、飛ぶ事に体力を割かざるを得ないから。


 既に、乗り込んでいた護衛の兵の数は3分の1にまで減らされている。

 しかし、耐え続けた苦労は、ようやく実を結ぶ。


「……アイスドラゴンがこっちに追い付く頻度、減ってねえか?」

「違う、戻ったんだ! やっと蒸気機関車が回復したんだ!」


 兵達の一人の呟く声を耳にしたルナールは、そう確信した。

 日は既に傾き、近隣の地形を見て、現在の大まかな位置をルナールは脳裏に浮かべる。


「へ、へへ……! もしかしたら、本当に、逃げ切れるかもな……!」


 引き攣り笑いを浮かべ、そう呟くルナール。

 最高速度まで回復した。

 そして今現在の位置、ドラゴンが追い付く頻度。

 それを考えたら――


「また来やがったぞ!」


 痩身の男の怒声で我に返るルナール。

 再びその眼前に、恐怖の象徴が迫る。


「多分、後一回大きく突き飛ばせれば……逃げ切れる!」


 ルナールは、この辺りが既にオリジナ村近辺である事を悟っていた。

 オリジナ村と終点である地下拠点は、トロッコで気軽に往復出来る距離であり、目と鼻の先。

 アイスドラゴンが今まで追い付くまでの時間を考えれば、アイスドラゴンに対しもう一度大打撃を与えられば逃げ切れる公算大であった。


「何じゃ、後一回あれば良いのか?」


 貨物車両の後部、客車の最後尾付近に位置していた場所から、しわがれた老人の声が飛ぶ。


「ああ、後一回アイスドラゴンの気勢を削げれば……出来るのか爺さん?」


 ルナールの前に現れたのは、熟練の魔法使いって言えば大体こんな感じだなー、と思い浮かべられるような人物であった。

 くたびれたとんがり帽子に、捻じれた木の杖。そして全身を包む藍色のローブ。


「ワシの全力を使い果たして良いなら、恐らく一回なら行けると思うぞ」

「なら悪い爺さん、頼んだ」


 ルナールの依頼を受けたその老人は、自らの持つ魔力を全力で解放する。

 老人の周囲に、魔力の奔流が発した。


「風の精よ、我が呼び声に答えよ。大気を揺るがし、大地を引き裂く、汝の怒りを今ここに――! テンペスト!!」


 老体の魔法使いが目を見開き、放つ。持ち得る最大の風属性魔法。

 その全力が、ドラゴンの不意を突くように放たれる!

 姿勢を制御する翼に直撃した事でドラゴンは空中で体勢を崩す。

 蒸気機関車に攻撃を加える為に高度を落としていた事も重なり、崩した体勢を立て直す前に地面へと墜落。

 勢いそのままに大地を滑り、隕石の如き軌跡をロンバルディアの大地に刻み込むのであった。


「うおおおおおぉぉぉ! じいさんすげえええぇぇぇ!!」


 ただ体勢を崩して墜落させただけであり、アイスドラゴン自体にはやはりダメージを受けている様子は見られない。

 だがしかし、何十人もの集団で攻撃を浴びせ続けて達成させた事を、この老人はただ一人でやってのけたのだ。

 実感が伴っているが故に、その賞賛の声は大きかった。


「あ、もう無理じゃげふっ」

「すげえけどもう弾切れか!」

「凄いけどそこで寝られると邪魔だ! 誰か丁重に客車にぶん投げとけ!」


 しかし、温存を考えない出力で魔法を放ったが故に、その老人は膝を付く。

 今まで車両を守り続けた魔法使い同様、その老人は客車の中に放り投げられるのであった。


「名前知らないけどじいさん良くやった! あれならかなり逃亡距離稼げるぞ!」

「これなら逃げ切れ――」


 兵の一人が、凍り付く。

 その兵は、ここまでアイスドラゴンに対し何度も弓を放ち続けた狩人であった。

 そして、獲物を捉える目の鋭さを持つが故に、その緊急事態に真っ先に気付いてしまった。


「おい……嘘だろ……!? ふざっけんな……ッ! 何でこんな時に!」

「何だよ! どうした!?」


 オリジナ村まで到着し、ここからは分岐点となる。

 カーブする事で終点である地下拠点へと向かうルート。

 そして直進する事でもう一つの終点であるグレイシアル村へと向かうルートである。


 レールは今、直進(・・)するルートになっていた。


「レールが! このままだと曲がらないで直進しちまう! あのままだとグレイシアル村方面だ!」

「そういや……確か次の蒸気機関車運行予定はグレイシアル村の氷魔結晶(ひょうまけっしょう)搬出だったはず……」

「このままもう一日逃亡劇なんて不可能に決まってんだろ! 何人やられたと思ってんだ!!」

「計算なんか出来ない馬鹿な俺でも分かるよ! 地下に逃げ込めなきゃ全滅だ!」


 レールという、蒸気機関車にとって抗えぬ最大の壁にぶち当たり、パニックになる残存兵。

 ボロボロになりつつ、ようやくここまで来たのだ。

 これ以上はもう、無理だ。


「一度機関車を止めて、切り替えないと――」

「無理に決まってんだろうが! 止まったらドラゴンの餌決定だ!」


 車両上が混乱に包まれ、ルナールさえも思考が停止する中。

 一人だけ冷静に行動する者がいた。

 それは、最初に分岐点を目撃した狩人であった。

 狩人はその愛用の弓を構え、アイスドラゴンとは関係無い明後日の方向へ向けて矢を放つ。


「おい! 矢を寄越せ! もう無ぇんだよ!!」


 矢筒が空になってしまった狩人は、矢を残している他の人物から奪い取るように矢を受け取る。


瞬間衝撃(フラッシュインパクト)(アロー)!」


 再び無関係の方向へ向けて矢を放つ。

 否、それは無関係では無かった。


「くそっ! 向かい風で軌道がズレた! もう一本寄越せ!」


 三度目――それは目的の場所まで届かず、失速し地に堕ちる。


「駄目だ! まだ飛距離が足りねえ!」


 更にもう一本、矢を受け取る。

 狩人が狙う先――そこにあるのは、路線の分岐レバー。


瞬間衝撃(フラッシュインパクト)――疾風矢(ウィンドアロー)!」


 初撃、二撃目、三度目を外すも、四回目で遂にその矢は大気の壁を貫き――分岐操作レバーを射止める!

 衝突した際に発生する衝撃力を増幅した矢を受け、分岐機が横薙ぎに倒される。

 ポイント切り替えが発生し、進路はグレイシアル村から地下拠点へと切り替わった!


「当たったぞ今畜生!!」

「良くやった!! 後で一杯奢ってやる!!」

「一杯と言わず十杯飲ませろ! もう二度とゴメンだこんな逃亡劇!」

「酒だけじゃなくて肉も寄越せよな!」

「そんだけ軽口言えるなら上出来だ! 後もう少しだ! 持ち堪えろ!! ここまで来て死ぬんじゃねえぞ!!」


 狩人の報告は混乱を沈め、再び兵達に歓声が沸く!

 その間も蒸気機関車はその鉄の足音を弱める事無く、地下拠点へと向けて走り続ける!

 もうすぐ、日が暮れる。そして遂に、地下拠点が目視でも確認出来る距離まで近付きつつあった。

 接近を知らせるべく、警笛を鳴らす蒸気機関車。

 警笛を何度も何度も執拗に鳴らし続けた事で、地下拠点に駐留していた人員が異常に気付く。

 蒸気機関車を受け入れるべく正門が開け放たれる!

 そして今まで幾度と無く執拗に追いすがり続けたドラゴンもまた、その背後から迫る!

 再び追い縋ったアイスドラゴンは、何人もの兵達を傷付け、殺めてきたその豪腕が振り抜かれる!

 そしてその豪腕は狙いから少し上へズレて虚空を掠め――


 少なくない犠牲者をソルスチル街、そして機関車上の戦いで出しつつも、ここまで走り抜けた。

 開かれた救いの穴に向け、蒸気機関車は速度を緩める事無く全速力で飛び込むのであった!

 アイスドラゴンが大地を叩くも、その衝撃が蒸気機関車に届く事は無く。


「チクショウ! 敢えて言ってやるよ! 覚えてやがれこの腐れトカゲ!!」


 痩身の男は、散々苦しめられたアイスドラゴンに対し中指を天目掛け突き立てる!

 夕暮れの大地に、アイスドラゴンの憤怒に満ちた咆哮が木霊するのであった。


「もう二度とドラゴンなんかと戦わねえよ!」

「普通一度目で死ぬんだから二度目なんか無いんだよ!」

「それもそうだな! 何で生きてんだよ俺達!?」

「信じられねえ! マジで逃げ切っちまったよ!!」


 ――合計死傷者数、176名。


 それは余りにも多く、しかしドラゴンが大都市を襲撃した事を考えればまるで奇跡とも呼べるような、歴史に名を残す程の少なさであった。



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