16.自己紹介
奴隷商人から三名の命を購入し、その場を後にする。
三人合計で金貨七千枚か、安い命ね。
――ま、私も人の事言えないけど。
資材の買出し含め、大分時間を取られてしまった。
もう日が暮れるので、今日はここで宿を取る事にしよう。
安宿はセキュリティ面で不安があるので、先程の貴族街に近い比較的高級そうな宿を見繕って軒先を潜る。
係員が笑顔で出迎えてくれるが、私の後ろにいる面々を視界に入れた途端、その表情が僅かに歪む。
しかし辛うじて笑顔を崩しはしなかった。それなりにプロの仕事の誇りがあるみたいね。
何で顔をしかめそうになったのか、まぁいくつか理由は浮かぶけど。
「四人が泊まれる部屋が欲しいんだが、空いてるか?」
「四人でしたら問題ありませんね、お部屋はどのランクのお部屋をご希望ですか?」
「ランク……?」
ランクねぇ。
さてこれもいくつかパターンがあるけど、十中八九部屋のグレードの事を言ってる気がするわね。
ちょっと様子見で。
「一番高い所だとどうなる?」
「一番高い部屋ですと、金貨十枚の部屋となっております」
やっぱ部屋の値段の事か。
金貨十枚ね、まぁ別に良いんじゃない?
「分かった、その部屋で頼む。一泊させて貰えるか?」
「お食事はどうなさいますか?」
「いや、食事はこっちで勝手に食べる。だから運ばなくて構わない、ルームサービスの類も結構だ」
「かしこまりました」
金貨十枚を手渡すと、係員は奥から部屋の鍵を取って来て手渡してくる。
部屋は五階にあるようなので、さっさと行く事にしよう。
ルームサービスや食事を断ったのは、単に途中で話の腰を折られたく無かったのが最大の理由だ。
別に頼んでも良かったんだけれどね。
どうやら私が泊まる部屋には魔法式によるロックが掛かる部屋のようだ。
高級宿のようだし、セキュリティ面は万全のようだ。
室内には魔法によって眩い光が満ちており、もう日も完全に沈んだというのに日中を思わせる明るさである。
「良し、入れ」
私の合図を受けて、奴隷達三人は室内へと入る。
それを確認し、私も室内へと入り、部屋の扉と鍵を閉める。
「――さて、お前達に聞きたい。私は一体、何者に見える?」
「……? すみません、それは一体どういう意味ですか?」
金髪碧眼の男が、こちらの様子を窺いながら申し訳無さそうに尋ねてくる。
ああ、説明が足りなかったか。
「性別や、種族とかそういうものだよ。分かる範囲で答えてくれれば良い」
「――そうですね、声的に男性、でも背丈が妙に小さいので、恐らくはドワーフ族の者なのではないでしょうか?」
よし、完全に勘違いしてるわね。
奴隷とはいえこの世界の住人の一人だ、その常識や見方が極端に変わる事は無い。
そんな人がそう思ったのなら、先程の奴隷商もそう見えたのだろう。
「……そう見えたなら、変装も無駄じゃなかったみたいね」
変声魔法を解除する。
あー、しんどかった。私自身、能力使うには向いてないのを無理矢理使ってるから疲労感が凄い。
魔力消費は他の人からすればショボいんだろうけど、私からすれば充分大量消費なのだから。
仮面を外し、外套を取り去る。
ちょっと蒸れたので、後ろ髪を掻き上げる。
完全に男だと思っていたのか、目の前の三人は驚いて目を見開いていた。
ただ、その直後に一人だけ物凄い反抗的な目を向けてきたけど。
「さて、自己紹介がまだだったわね。私の名前はミラ、どれ位の付き合いになるかは分からないけど、今後ともよろしくね」
「女性……しかも子供……?」
「じゃ、先ず最初に貴方達の名前を教えて貰えるかしら? 呼ぶのに困るし」
三人は目を見合わせ、誰から行く? とでも目で会話しているように見える。
先陣を切ったのは、金髪碧眼の男であった。
「なら、僕から。僕の名前はルーク・ラインハルトと言います、宜しくお願いします、ミラ様」
「ルークね、了解、じゃ、隣の貴方は?」
「えっ? えっと、その、ぼ、僕はリュカと言います、よ、宜しくお願いします!」
リュカと名乗ったのは、半人狼と奴隷商に呼ばれていた者だ。
随分と大きな身体とはうって変わって、随分中身は小心に見える。
「うん、リュカね。宜しく。それじゃあ最後の貴女はなんて名前なのかしら?」
「……」
エルフの少女は、黙して何も語らない。
射殺すという表現がピッタリな、鋭い目付きでこちらを睨み続けてる。
「もしもーし、私の声聞こえてますかー? お名前は何て言うのかしらー?」
「……」
「うん、分かった。貴女は名前が無いのね、じゃあ名無しの権兵衛さんって呼ぶ事にするわ」
「……リューテシアよ」
軽くからかった所、とりあえず本名を聞きだす事が出来た。ちょろい。
ちょっとからかっただけで言う位なら素直に言えば良いのに。
「ルーク、リュカ、リューテシアね。とりあえずごちゃごちゃ話を始める前に――」
室内の奥にあった、テーブルの上にものぐさスイッチ内に格納した食器を何枚も並べる。
そして同様に、異空間内から先程露天やらで買い込んだ調理済みの肉類やフルーツを多数取り出し、皿へと並べた。
「飯を食いましょうか。話はその後でも良いや」
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あんな不衛生で狭苦しく暗い場所に押し込められてたから仕方ないのだろうが、
奴隷商から買い上げてきたこの三人は、酷く健康状態が悪い。
点滴でも刺してやりたくなるが、生憎この異世界にそんな物は無い。
なのでとにかく、栄養価の高い食べ物を沢山食べさせる事にした。
タンパク質豊富な肉類、そして加熱処理を施していない野菜や果実類。
加熱すると駄目な理由は、過熱するとビタミンの一部が破壊されてしまうからだ。
なので野菜や果物の類は可能な限り生齧りが理想的なのだ。
「取り敢えず、これ全部食べなさい」
「こ、こんなに豪華な食べ物……た、食べて良いんですか……?」
リュカが不安そうに尋ねてくる。これで豪華なのか、ただの露天で買った食い物なのに。
可哀想に、まともな食べ物を食わせて貰えなかったのね。
「遠慮なく食って良いわよ。但し、肉も野菜も果物も全部食べなさい。肉だけとか、野菜だけってのは認めないわよ」
腹を満たさせるのも重要だけど、今はとにかく栄養価を取らせないと。
折角買ったのに栄養足りなくて動けませんとか、栄養失調で死にましたとかシャレになってない。
リュカが食事に手を伸ばし、頬張り始める。
それを見て、ルークがやや遠慮がちに、リューテシアが警戒しながら皿へと手を伸ばし始めた。
私は買出しをしている最中、その食料を購入した露天で適当に食べたのであんまり腹は減っていない。
三人が食事に集中している間に、先程手渡された奴隷契約書なるものを確認しておきましょうか。
この奴隷契約書、纏めるとこんな感じか。
・一番最後にこの書類に触れた者の魔力を認識し、その者の魔力でのみ契約書の権限を執行可能
・一番最初にこの書類に血判を押した者が奴隷として認識されて、血液中の魔力と同質の存在に対しこの書類の効力が執行される
・破損・焼失等で失われた場合は効力は失効となる
・書類の効力執行に必要な魔力は大気中から外部供給されており、周囲に魔力が皆無でも無い限り常に動作し続ける
・契約書に追記する事で奴隷に新たな制約を課す事は出来るが、実現不可能な命令は無効になる
ふーん、成る程ね。
まぁ、追々この契約書に掛けられた術式の解析でもしますか。
今日はもう、疲れた。
奴隷契約書を再びものぐさスイッチに収納し、本日の寝床を確認する。
ベッドは四つ存在しており、丁度人数分だ。
「その飯食べ終わったらそのままにしておいて良いから、そのまま今日はそこのベッドで寝なさい。人数分足りてるし」
「……良いのですか?」
「良いの良いの。現状奴隷の立場であるあんた達がどう思ってるかは知らないけど、私の考えをこの世界の常識に当て嵌めないで欲しいわね」
布団にそのまま潜り込み、目を閉じる。
とてもふかふかだ、流石に高額な部屋だけある。
「貴方達がいた場所は、奴隷商の店だったかもしれないけど。だからといってその店で人を買っていくのは奴隷が欲しいから、と考えるのは早計ね。私は奴隷を買ったんじゃないの、人手を買ったのよ」
そう説明だけして、私は睡魔に誘われるまま意識を手放した。




