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157.鉄路の撤退戦~車両の戦い

「確かに鉄の塊って言えるこの蒸気機関車って奴なら強度的には下手な建物より頑丈だけどよぉ! あんな化け物相手じゃ踏み潰されたり噛み付かれたら終わりだろ!?」

「ミラの姉ちゃんが作った、ちょっとした要塞だっていうこの蒸気機関車を信じるしか無いだろ!」


 ルナールは蒸気機関車一号機、ミラがルーク達と一緒に作った、その機関室へと乗り込む。

 ドラゴンから一人でも多く、逃げ切る可能性のある速度を出せるのは現状これしか無いからだ。


「後は、こっちにドラゴンが来ない事を祈ってろ!」


 全員無事で逃げたいと、今でもルナールは考えている。

 でもそれはやっぱり不可能で、犠牲者が出るのは避けられないだろう。

 だけど、その数を少なくする事は出来るはず!

 ルークと違い、子供のような青臭さをまだ捨てきれないルナール。

 だがそれを捨てようとはせず、抱えたまま、必死に目の前の恐怖に立ち向かう。


「タイミング合わせて出発するぞ!」


 ルークの策――とも呼べない、ただの泥縄式敗走計画により矛先を二分した蒸気機関車群。

 ドラゴンを人間が討伐したという話は、無くは無い。

 だがその討伐したと伝わっているのが軒並み歴代の勇者に名を連ねる者、もしくは万を超える勇猛果敢な大軍勢。

 ソルスチル街にいるのは非戦闘員である連中が大半を占める、一万にも満たぬ人員。

 一度人の住まう地に現れれば、大災害として名を残す爪痕を残す。絶対的な捕食者。


「ルークの兄ちゃんは半分生き残れば良いって言ってたけど……そんなの嫌だ! 絶対、皆で逃げ延びてやる!!」


 ゆっくりと車輪が回りだし、住民を乗せた運命の逃避行が始まる。

 一日に満たぬ、余りにも長い。

 鉄路の撤退戦が、幕を開ける――!



―――――――――――――――――――――――



 一度人の住まう地に現れれば、大災害として名を残す爪痕を残す。絶対的な捕食者。


 その牙が、爪が。

 今、正に――ルナール達に振り下ろされようとしていた。


「こっちに来たかぁ……でもこれで、ルークの兄ちゃん達は逃げ切れるな」


 その災厄の矛先が向けられたのは、ルナールの乗り込んだ蒸気機関車であった。

 ルークの予定通り、これで少なくともネイブル村方面に乗り込んだ人々はその身の安全が保障されたに等しい。

 だがしかし当然というべきか。その皺寄せを一身に引き受ける事になったのは、ルナールの乗り込んだ蒸気機関車に乗り合わせた人々だ。


「ああ、畜生。普段は問題起こしてばっかだけど、今日程リサのあのお手製爆弾が欲しいと思った日は無いぜ……! もう全部ぶっ飛ばしてやりたいよ本当」


 後ろから徐々に近付いてくる、その恐怖の羽ばたきをその目で捉えながら、ルナールは一人ごちる。

 ルナールは考えていた。

 アレがドラゴン相手に通じるかなんて分からない。いや、恐らく駄目な確率の方が高いだろう。

 だがそれでも、そこいらの手勢を闇雲にぶつけるよりもよっぽど纏まった打撃力を与えられたはずなのだ。

 しかし今リサは、地下拠点でミラの姉ちゃんの指示で何かを作ってた。この場にはいない。

 ここにいたらどうしてたのかな。

 あんな化け物相手にして、怯えるのかな? それとも嬉々として得体の知れない爆発物を取り出すのかな?


「あわよくば、最高速度で上回ってればって思ったんだけどな……ドラゴンの能力がどれ程かなんて知る訳無いけど……見た感じ、多分、ギリギリ負けてる」


 少しでも逃亡の可能性を引き上げるべく、ルナールはドラゴンの様子を機関室から乗り出し、確認する。

 それはルナールの今まで培った魔物との戦いから来るただの勘であったが、その勘はかなりの精度で的中していた。

 ドラゴンは今、ほぼ余力の無い、その全力の殆どを飛行能力に費やして追い掛けている。

 事実、ドラゴンはその飛行能力の性能をほぼ限界ギリギリまで出しており、蒸気機関車の最高速度とその差は時速十キロ前後程度しか無かった。

 山を連想させる程の巨体が、時速百キロを超える速度で迫る。

 これで恐怖を覚えない方が圧倒的少数派であろう。

 だがもう、逃亡劇の幕は開けたのだ。

 後は閉幕の時間まで、全力で逃げ切る。

 それ以外の選択肢は、もう残されていないのだから。


 最後尾の車両から、怒声と悲鳴、魔力の反応が次々に立ち昇る。

 遂にドラゴンとの真っ向勝負が始まったのだ。

 どれだけ時間を稼げるかな。

 一時間か? 二時間か?

 レイウッドまでは辿り着けるかな? オリジナ村は見えるかな? でもそこまで行けるなら、地下拠点まで逃げ延びたいな。

 そんな考えを浮かべつつも、ルナールは機関室から身を乗り出した姿勢を維持し、最後尾の戦いとドラゴンの動きを注視し続ける。

 最後尾の戦い、その攻撃を受けながらもドラゴンは更に前進していく。

 少し車体から距離を離し、そして客車に向けて横から体当たりを仕掛けてくる!

 横転させる気だ! そうルナールは判断し。


超重圧撃グラビティプレッシャー!」


 ミラが車両に仕込んだ、ちょっとした要塞を名乗るに足るだけのギミック、その一つが発動する!


 車体の重量を数十倍もの重さに引き上げ、ドラゴンの巨体に対し堂々とぶつかり合う!

 元々、巨大な魔物に側面からぶつかられた際、横転する危険を避ける為に搭載された術式である。

 ドラゴンの体重がどれ程の物かなど、この世界で量った人間など存在しないだろうが。

 それでも鉄の塊である蒸気機関車本体、牽引される車両。それを数十倍にも引き上げれば、ドラゴンの重量に匹敵するだけの重さにはなっているはず。

 少し車体が揺らいだが、ドラゴンの突進を見事この蒸気機関車は受け止めたのであった。

 まさか耐えるなんて事態を想定していなかったのだろうか。

 体勢を崩したドラゴンは失速していく。そしてその好機を逃すなとばかりに、車両上で戦っている兵達が次々に攻撃を集中させる。

 無論ダメージにはなっていないが、それでも躓いたドラゴンの背を後押しする位にはなっている。

 反撃の猛攻を受け、ドラゴンが再び体勢を立て直す頃にはドラゴンと蒸気機関車の距離をかなり稼ぐ事が出来た。


 尚、重量がそんなに上がってしまっては蒸気機関が生み出すエネルギー量では前進する事が不可能になる。

 その為、この術式は瞬間的に使用し、即座に術式は解除される。

 低下した速度を再び取り戻すべく、炉へと石炭が投じられ続ける。


「これを連発してると機関車の速度が落ちる! 張り付かせんな!」


 ルナールは車内放送の為に備えられた拡声器を利用し、車両上で戦っている兵達に指示を飛ばす。

 これは使えば使っただけ、その加重により速度が落ちてしまい、結果逃亡時間も延びる諸刃の剣。

 乱用はしたくない。


 体勢を立て直したドラゴンは、再び蒸気機関車へと迫る。

 させまいと矢継ぎ早に繰り出される魔法攻撃の嵐。

 その攻撃を全身に受けつつも、多少体勢が揺らぐ程度であり、ドラゴンの進攻は止まらない。

 また側面から体当たりする気なのだろうか?

 否。ドラゴンは更に前進を続ける。

 乗り出していた身を機関室内に引っ込めるルナール。

 その直後、機関室の側面をそのドラゴンの体躯が通過していく。

 相対速度の関係で、否応にも舐めるようにその姿を見る事になる。

 まるで金属のような光沢を放つ、その竜鱗。

 それは事実、鋼と同等以上の強度を誇り、その頑強さは最早生物が生み出すモノとは一線を画していた。

 更に前進を続けるドラゴン。

 蒸気機関車を無視し、逃げる気か?

 流石にルナールは、そこまで能天気な考えが浮かぶ程の間抜けではなかった。

 ルナールはドラゴンが取ろうとする行動を予測する。

 やがてドラゴンは充分な距離を取った後、その巨体を線路上に降ろす。

 そしてどっしりと構えたその体躯で、巨腕を振るい――


超重圧撃グラビティプレッシャー! 瞬間衝撃(フラッシュインパクト)!」


 蒸気機関車に仕掛けられた、複数の魔法を同時に発動する!

 以前、ミラが魔物を轢き殺す際に使用した術式。

 本来は魔法を扱う戦士等が拳や武器に使用し、その衝撃力を底上げするのが一般的な使い方のこの術式。

 拳ではなく速度の乗った蒸気機関車全体にこれが乗るとなれば、その衝撃力は鉄の塊ですら小石の如く弾き飛ばす代物だ。

 飛んだ状態では体勢が安定しないので、時間を掛けてでも前に出て、真正面から打ち合おうとしたのだろう。

 だがその計画は真正面から轢いてやる事で弾き飛ばした結果、その姿を遥か後方へと消していくドラゴン。

 その有様は以前、あっさりと轢殺された魔物同様にも思えた。

 だが、勢いそのままに大地に叩き付けられたドラゴンは再び体勢を整え、その巨躯を再び舞い上がらせる。

 体勢を崩されただけであり、ドラゴンの身体には大してダメージが入った様子は見られない。


 やっぱりこんなのじゃ倒せないか。

 ルナールは小さく舌打ちする。

 その音と共に、機関室内に居た一人がその場で崩れ落ちる。


「おい! 魔法使いがぶっ倒れたぞ!?」

「もう駄目か!」


 そうなるであろう事は、ルナールも考えていた。

 車両積載魔法はその蒸気機関車の全体が鉄で構成されているという強度と重量を最大限に生かすモノであり、その破壊力と防御力はドラゴンにすら通用し得るモノである事が現在進行形で証明されている。

 だが、ドラゴンにも通用するだけの強力な魔法が、何時までも連発出来る訳が無い。

 発動に必要な魔石の魔力残量なんか、とっくに尽きていた。

 今は魔力を扱える連中を半ば強制的に魔力電池扱いで酷使し、車両を守り、走らせている状態だった。


「車両の術発動する魔力が足りねえ! 魔法使える奴を先頭車両に寄越せ!」


 再びルナールの拡声器による指示が飛ぶ!

 そして倒れた邪魔な魔法使いは後部車両に押し込むように放り出す。

 ルナール自身も酷い扱いだと思ってはいるが、命の掛かった緊急事態。

 形振り構っている余裕は無かった。


「えっ!?」


 それは、ルナールが指示を終えた直後であった。

 一番最初にその違和感を覚えたのは、運転手であった。


「おい!? 何で速度が落ちてんだ!」


 その声を耳にしたルナール。

 横を見れば、隣に併走している蒸気機関車がゆっくりと、前へと進んでいく。

 加速した? いいや違う! こっちの速度が落ちているのだ!

 車両に備えられた計器を舐めるように確認する。

 そして計器から伝えられた、致命的な情報がルナールの目に飛び込む。


「嘘――だろ……!」


 ――ボイラー内の蒸気圧を示す計器の針が、底を突きつつあった。


 その全身で嫌な悪寒を感じたルナールは、躊躇いもせずに走行中の機関室からその身を投じる!

 吹き付ける風で身体を飛ばされないよう、車体にしがみ付きながら前へ進み、そして――


「――マジかよ」


 悪寒の正体を発見する。

 それは恐らく、ドラゴンが正面から攻撃を加えた際の爪痕。

 正面から伸びるその痕跡は、蒸気機関車表面を横断するかのように走っていた。

 傷跡は蒸気を溜めておく場所に及び――そしてそこが、裂断していた。


 蒸気機関車は、その内部に膨大な蒸気を溜め込み、その蒸気が外へ逃げようとする圧力を利用し車輪を回す。

 その命とも呼べる蒸気を溜め込む場所に亀裂が入れば、溜め込むはずの蒸気はそこから外へ逃げてしまう。



 それは、蒸気機関車にとって心臓が張り裂けたのと同意義であった。



 ルナールの行動は、早かった。最早反射的なモノであった。

 隣を併走する、蒸気機関車と備え付けられた鎖で何重にも、決して砕けぬように巻き付け、連結する!


「おい!? 一体何してんだ!!」

「さっきの攻撃でこっちの心臓部が抉られた! このままだと止まっちまう! 少しで良いから牽引してくれ!」


 ルナールの凶行を目の当たりにした、並走している蒸気機関車に乗り込んでいる運転手から怒声が飛ぶ!


「無理に決まってんだろ! 一体こっちが何両編成やってると思ってんだ!」

「無理なのは俺だって知ってる! 時間を稼ぐだけで良いんだ!」


 ルナールは炭水車を通じて、客車へと辿り着く!

 避難民で寿司詰め同然の車内では身動きが取れないので、屋根伝いに移動し、搭乗口から身体を中に入れ、叫ぶ。


「何でも良い! 鉄の塊を寄越せ! 今すぐにだ! 死にたくなかったら早くしろ!!」


 ルナールの怒声に応じた、客車内の一人がそれを提示する。


「こ、これなら……」


 それは、分厚い金属製の盾であった。

 それは彼の持ち物ではなかったが、既に持ち主はドラゴンの猛攻に晒された結果、戦線を離脱してしまっていた。


「でかした!」


 ルナールはそれを強奪に近い勢いで奪い取り、蒸気機関車の元へと舞い戻る。

 再び炭水車を通じて乗り込み、ドラゴンによって傷付けられたその致命傷の元へ向かう。

 金属塊であるその盾を、引き裂かれた傷跡に押し当てる。


「バーニング・プロミネンス!」


 持ち得る最大の火力。最大の熱量。

 その全てをありったけ、盾に注ぎ込む!

 徐々に鉄塊であった盾がその形状を保てる、限界を超える。

 熱せられたバターの如く盾はとろけだす。

 

「穴が開いたなら、塞げば良いんだろ!」


 やがてその盾はしっかりとドラゴンの爪痕を覆い隠し、完全に溶接された。


 傷跡は、蒸気機関車にとっての心臓部を抉っていた。

 生物であれば絶命も同然であった。

 だが、蒸気機関車は生物ではない。ただの機械だ。

 開いた風穴にまるでアップリケを縫い付けるかのような、余りにも雑な修復。

 しかしそれでも、機関としての形を成してさえいれば再び稼動してくれる。

 痛みも何も無い、機械だからこそ許される強引な運用。正に機械の最大の利点である。


「やっぱり無茶だ! この編成の馬力で牽引なんて出来る訳が無いんだ! どんどん速度が落ちてる! このままじゃ両方止まっちまう!」

「穴は塞いだ! 良いからそのまま石炭くべ続けてろ! ルークの兄ちゃんは半分生き残れば良いって言ってたけど、俺は嫌だ! どっちも見捨てない!」


 何十両もの車両の荷重で悲鳴を上げる鎖を見て、更に追加で鎖を巻き付け補強するルナール。

 機関室の悲鳴をルナールは一喝し、自らの決意を踏み固める。


 蒸気機関車は、一から稼動状態に持っていく為には数時間という膨大な準備時間を要求される。

 それは石炭を燃え上がらせ、ボイラーに熱を伝え、水が温まり、水蒸気となってボイラー内部に蓄積されるまでの総合計時間なのだ。これはどうしても短縮出来ない、構造上必須の時間。

 だが今は、火が完全に落とされた状態からスタートしてる訳じゃない。

 既にボイラーは完全に温まってるし、最大出力状態は維持出来てる。

 傷口は塞いだ。だから、また蒸気が溜まるだけの時間を稼ぐんだ!

 蒸気が溜まれば、まだこの蒸気機関車は走ってくれる!


「ファイヤーボール!」


 焼け石に水を承知の上で、ルナールは炭水車に積載されている、水の部分へ向けて炎弾を撃ち込む!

 着弾した事でその炎は積載された水を加熱させ、水は熱湯へとその姿を変える。

 こうすれば、配管を伝う水に熱を伝える時間を少し位は短縮出来るはず!


「――時間は、俺が作ってくる!」


 全員で助かる! その為だったら何でもしてやる!

 覚悟を決めたルナールは、所持していた剣を抜き放ち。

 徐々に失速している蒸気機関車の屋根を伝い、後尾へ向けて駆け出すのであった。



―――――――――――――――――――――――



「もうそろそろレイウッド村が近くなってくるはずだ、警笛を鳴らしまくれ! 住人はソルスチル街の連中と比べれば少ないがむざむざ食わせる訳にも行かないだろ、異常事態だって事を伝えるんだ!」

「ルナールの兄ちゃんが、誰も見捨てないって言ったからな。あの村に矛先が向かってくれれば、ってのは無しの方向だ!」


 ルナールが機関室を去った後。

 機関士と機関助士の会話である。

 明らかに異常な回数と分かるよう、何度も執拗に警笛を鳴らす機関士。


「気付いて森の中に身を隠してくれれば、ドラゴンの矛先が向かわなくて済む……気付かない鈍い奴は知らん! 捨て置け!」


 逃げたか、目視で確認している余裕は無い。

 

「良し――! 圧が回復してきた! 速度も上がって来たぞ!」


 機関助士が歓喜の声を上げる。

 ルナールの考えた、咄嗟の応急処置が実を結んだ。

 ドラゴンの攻撃によって発生した損傷部位は塞がり、ボイラー内の蒸気圧も再び復活しつつあった。

 そして、まだドラゴンの攻撃によって車両が停止させられる事態にもなっていない。


「レイウッドを超えたぞ!」


 まだ止まっていない。

 まだ走れている、逃げ続けられている。

 馬と違い、蒸気機関車は疲れを知らない。

 まだまだ最高速度を維持出来る。


「このまま地下拠点まで逃げ切れ! あの穴倉まで走り抜ければ、あのドラゴンはもう手出し出来ないはずだ!」


 迫るのは、天災と呼ばれ畏怖され続けた。

 人々にとっての絶対的な死の象徴。

 だというのに、機関室の中にはもしかしたら、という希望の芽が生まれつつあった。

絶対に逃げ切ってやる!

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