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154.癒しと光

「――ああそれとミラ。ルークから言伝よ、『紹介したい人がいる』ってさ。どうする? 会ってみる?」

「会う? どういう要件?」


 日頃の些細な情報交換を終え、質問を粗方答え終えた後に最後にルークからの言伝をリューテシア経由で受け取る。

 リューテシアの表情からは別に深刻そうなものは読み取れなかったので、別に重要な案件では無さそうだ。

 今は人手が増えた事や、技術的に成長している地下拠点の面々のお陰で出来る事が増えた。

 出来るようになった新しい事に専念したい現状、些細な事なら私自ら動かずとも――


「何かルークが、マッサージの上手い人を育ててみたらしいわよ」

「是非とも会いましょう。最優先で。今すぐでも良いわよ、何処にいるの?」


 よし、今すぐ会おう。

 今直ぐが無理なら時間を合わせて真っ先に会おう。

 積み上げた仕事? そんなの無視無視。遅らせて人が死ぬ訳でもなし。

 私が快適に暮らせる、というのが一番重要なのだ。


「めっちゃめちゃ食い付いて来たわね……一体あんなのの何が良いのよ」

「健康優良体で羨ましい事で。身体の弱い私はすぐに疲れが溜まるから、マッサージという身体の整備は必要不可欠なのよ」

「身体が弱い、ねえ……」


 胡乱げな視線を突き刺してくるリューテシア。

 どう見てもか弱い体付きじゃない、腕だって細いし。ほら、親指と薬指がくっ付く細さよ?

 というか、そんなデカい代物胸にぶら下げといてどうして肩が凝らないのよこの健康児。

 児って年齢でも無いか。


「分かった……なら、ルークにそう伝えておくわ」

「最優先よ。分かったわね?」

「何であんなのにそんなに食い付くのかが全く理解出来ないけど、分かった」


 リューテシアに念を押し、私は再び時を駆ける。

 しかし期待し過ぎるのも良くないだろう。

 理想と現実の落差が大きければ大きい程、人の落胆は比例して大きくなる。

 あんまり期待し過ぎないようにしよう。

 楽しみ楽しみ。肩から首に掛けてが辛くて辛くて。



―――――――――――――――――――――――



 未来へと時間跳躍し、私はリューテシアと共に大広間へと向かう。

 リューテシアはルークと私を繋いだ後、さっさと外へと出向いてしまった。

 何でも、以前提案した防衛の為の地上部分を仕上げてしまいたいらしい。


「お久し振りです、ミラさん」

「私からすれば別段そうでもないんだけど、そうね。久し振りって事にしておくわ」


 私は向こうの世界で解析された魔法科学の力で時間を跳んでいる。

 しかし私以外は全員、例外無く時の流れに流され続けている。

 どうやら魔族というのは全部が全部そうではないが、基本的には人間という種族より強靭な肉体を持つ者が多いらしい。

 寿命も長い種族が多いらしく、何でもエルフやドラゴンといった長命な魔族は稀に1000年を生きる事もある、とリューテシアから聞いた事もある。

 ルーク以外の4名――半人半魔であるリュカ、ルナール、リサもどうやらその長命な種族の血を受けているだけあり、あまり老いという変化が今の所は見られない。

 しかしながら純粋な人間であるルークは別だ。うん、ナイスミドル。

 こういうダンディなオジサマ的な風貌はさぞモテるだろうな、とは思う。


「ミラさんが以前妙に推してた、マッサージという技術なんですが……前々から渡された印刷物を頼りに、素質のある人物に指導を施しまして。何とかミラさんに見せても落胆されないだけの腕前になったと実感出来たので、紹介しようと思いまして。それで今日、足を運んだ次第です」

「その隣に立ってる、大男がそう?」

「ええそうです。ルキウスという方です」

「……どうも」


 簡潔に返答を返す、ルキウスという人物。

 筋骨隆々、という表現がピッタリな男だ。

 体格が良いというだけならリュカもそうなのだが、目の前の男の肉体は、厳しい戦いの中で磨き上げた物だ。と、その古傷の跡が雄弁に物語っていた。

 顔にもその傷が及んでおり、一番目立つ傷は、まるで両目を横断するかのように走っていた。

 牙か爪か、そうじゃないのかは分からないが。何か鋭く鋭利なモノで付けられた傷だという事は理解出来た。

 ルークの説明によると、ルキウスは元々、商隊の護衛を生業にしていた人物だという。

 魔物もそうだが、野盗からの襲撃に対応する事もあったので対人経験も豊富、つまりはマッサージに重要な肉体構造を熟知しているという事。

 数年前、魔物の攻撃を目に受けた事で視力が大幅に低下、その為本来の生業は廃業せざるを得なかったようだ。

 まだまだ働き盛りでのこの事故。途方に暮れていた所をルドルフ経由でルークが見付け、マッサージの施術師としての技術を叩き込んだそうだ。


「ソルスチル街に居ついて以来、身体を動かす仕事より机に向かう仕事の方が圧倒的に多くなってしまいまして。机仕事が増えると肩や腰に負担が掛かるようになりましてね……自分の身体を癒すという意味でも、自分自身を実験台にしながらルキウスさんには勉強して貰いました」

「そう、ならルークは既にマッサージの素晴らしさを身を以って体感したって訳ね。どう? マッサージって素晴らしいでしょう? 癒されるでしょう?」

「ミラさん、顔が近いです」


 おっといけない。

 力説している内に身体が乗り出してしまったようだ。


「おっと、そういえば紹介が遅れました。ルキウス、既に話しに出てますが、彼女が僕の上司でこの地下拠点の長、ミラさんです」

「……本当に子供なんだな。ボヤけてるから輪郭しか見えないが」


 ルキウスは目を細め、私を見ながらそう言った。


「僕自身もある程度マッサージに関する知識を頭に入れましたが、別にこれは目が見えなくても問題無さそうだと感じたので、視力を失って腐ってたルキウスを拾って、どうせならマッサージを学んでみないかと持ちかけたのが事の始まりです」

「どうせこの目じゃ護衛家業は廃業だ。金もくれるってなら、それも悪くないと思ってな」

「ふんふん。じゃ、折角だしルークが納得したって言うその腕前がどれ程のものか、私も実際に体験してみようかしら」

「……失礼な物言いかもしれんが、お前子供だろ。マッサージする意味無いだろう」

「子供でも凝るものは凝るのよ。是非ともやって頂きたいわ。一番辛いのは肩回りだから、そこを重点的にお願いしたいな」

「分かった……なら、準備するから少し待っててくれ」

「構わないわ」


 頭脳労働の辛さを味わったルークが、身を以って推薦してくる施術の腕前。

 そう聞いては受けざるを得ない。


 大広間、邪魔にならないよう端っこの方に椅子を出し。そこに座って待つ事数分。

 ルキウスは数本のタオルを持ってやってきた。どうやら蒸しタオルのようだ。

 まず始めに、私の首と肩を温める為に蒸しタオルが当てられた。

 恐らく、この地下で湧いている温泉を利用した物だろう。

 首から肩をタオルで覆い、その熱気で筋肉の血行が良くなっていく。

 これだけでも充分に気持ちが良い。

 充分に温まった辺りでタオルは取り除かれ、首の側面に位置する胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきんに指が添えられる。

 戦いを生業としていただけあり、その指は太く、力強さを感じさせる。

 しかしながらその力強さに任せて強引な施術をする訳ではなく、円を描くような手付きで最初はゆっくりと、徐々に力を込めて筋肉をほぐして行く。

 ちなみに首を左右に動かした時に浮かび上がってくる筋肉が胸鎖乳突筋である、どうでもいいけど。


「――ッ!? 何でこんな子供なのに……」

「……どうかしましたか?」

「これで良く今まで過ごしてたな……何処のくたびれた中年男性の肩かと思った位だぞ?」

「そんなにですか?」

「辛いって言ってたお前の倍は酷いぞ」

「そんなにですか!」


 ルキウスとルークの会話が耳に入る。

 辛いわよー、向こうの世界にいた時はずっと実験か机やPCに向き合いっぱなしの研究の毎日。

 こっちに来ても肉体労働は他人任せで私は頭脳労働ばかりだったからね。

 筋肉が凝り固まる要素しかないし。

 だから、マッサージして欲しい訳だし。

 だったら身体を動かせ、というのは無しで。こんなか弱い少女に肉体労働を強いるのは宜しくないと思うの。


「……少女だと思ってたが、ここまで酷いなら少し強めにやるぞ。もしかしたら少し痛むかもしれんが我慢しろよ」


 首筋を緩め終わった後、僧帽筋(そうぼうきん)という肩の筋肉に掌で圧を掛けて行く。

 その屈強な肉体の全体重――というのは流石に言い過ぎだが、かなりの重量を掛けて掌圧(しょうあつ)が加えられる。

 首から肩、首から肩と、流れるように手を滑らせ、筋肉をほぐす。

 清流を阻むコリという岩石を物理的に押し流し、本来の穏やかなせせらぎが蘇っていくようだ。

 その後、今度は肩口を片手で固定し、反対側に頭を傾けてゆっくりと筋肉を伸ばしはじめる。

 反対側も同様の手順で繰り返し、筋肉を伸縮させて血を流して行く。

 しっかりと筋肉が緩んだここで、ガッシリとしたその指先で指圧を加えていく。

 あー、そこそこ。効いてくるわー。

 肩甲骨、脊髄、首と下から上へ、ツボをしっかりと捉えながらグリグリと親指で押し込んでくる。

 次に下から上へ押し上げるような体勢で、首の根元を親指と人差し指で挟み、揉捏(じゅうねつ)が加えられる。

 イメージとしては、ネコの首を持って持ち上げるような感じだろうか?

 幾度となく繰り返されたであろう事を感じさせる、手馴れた手付きである。

 ルークが絶賛してる所を見ると、ルーク自身が実体験でもしたのかしら?

 その後、軽く握った両拳を使い、短い間隔で手早く肩全体を叩いていく。

 ペチペチと小気味良い乾いた音が一定のリズムで刻まれる。

 叩打法(こうだほう)と呼ばれる手法だ。

 一般的にイメージされる肩叩きの手法であり、力任せに叩くのではなく、腕と手首をしならせるような感覚で叩くのがベストである。

 肩から背中、再び肩へ。

 そして、皮膚の上を滑らせるような手付き……これは、軽擦(けいさつ)ね。


「――これで、終わりだな」

「はー……良いわぁー……凄く肩が楽になったぁー……」


 真面目に学習した、というのがしっかりと伝わってきた。

 基本を押さえ、相手の状態に合わせて的確に力を加減する。

 お見事。


「ルキウスって言ったわね。この調子で技術を伸ばしていけば、貴方良い施術師になれるわよ。私が保証するわ」


 元々戦いを生業にしていた人物だけあって、身体の構造はしっかり理解してるみたいだし。

 きっとそのお陰で飲み込みが早いのだろう。


「肩こりがスッキリしたし……久々に気合入れて、アレを完成させましょうかね」


 お陰でやる気が久々に復活した。

 それじゃあ、リュカやリサにも頑張って貰って、さっさと作るとしましょうか。


 文明の光、って奴をね。



―――――――――――――――――――――――



 以前の作業場での暴発事件の際、リサが何やら大気中の特定気体――その時は酸素だったが――を集める方法を独自に編み出していた。

 好奇心という原動力の素晴らしさには感謝してもし切れない。

 私が直々に教えたのではなく勝手に編み出した、その事実はとても大切である。

 一から十まで教えずとも、二歩目三歩目を歩いてくれると実証してくれたのだから。

 さて、酸素は大気中において二番目に多い気体であり、一番多いのは窒素である。その量、実に大気の8割近い。

 つまり、大気の大半は窒素なのである。

 残りの約2割が酸素だ。まあ他にも二酸化炭素、アルゴン、ヘリウム、ネオン……エトセトラエトセトラ。

 色々大気中にその他成分が存在してるが、どいつもこいつもゼロコンマ以下の小数点の世界の話。

 尚、リサに問うた所、酸素より沢山ある気体は認識出来ているようだが、酸素より少ない気体に関しては良く分からないとの事だ。

 残念だが、どうやら現状のリサに抽出出来る気体は酸素と窒素だけのようである。


「――で、このガラス球の中をその気体だけで満たして、封じる。これで、完成よ」


 リュカがガラス球部分を、リサがその内部の気体を。

 そして技術を学びたいというオキには金具部分を担当して貰い、それは遂に完成した。


「これが、電球という道具よ。オキさん以外には以前見せた事があるけどね」


 今回作ったのは、初歩的な電球である。

 まあこれ自体は以前、私が自力で作り出してたけど。今回は作り方を教えるだけに留めた。

 これを私が一切手を出さず、この世界で生み出せた事により、人類は火に頼らず、魔法にも頼らず。年中自由に使える文明の光を手に入れる事が可能になったのだ。


「とりあえず、理論から説明していくわ。一から知っていかないと製作者としての知識が増えないからね」


 リュカ、リサ、オキの三名に電球という物を説明していく。


 電球とは、フィラメントと呼ばれる発光部位に電気が流れた際、そこに発生する熱量によって光を放つ道具である。

 内部には窒素を充填し、発熱・発光するフィラメント部位には竹を使用した。

 窒素を充填する理由は、フィラメントが燃焼してしまわない為である。

 燃焼とは、酸素と結合し酸化する現象の事を指す。この件に関しては既にリュカも以前聞いた事があるだろう。

 なので、周りに酸素があるとフィラメント部位である竹があっと言う間に酸素と結合し電流によって発生した高温によって燃焼、炭化して切れてしまう。

 何しろフィラメント部位は数千度という高温になる場所でもあるのだ、周りに酸素があったら燃えない訳が無い。

 それを避ける為に、電球内を完全に窒素で埋め尽くしたのだ。

 こうする事で、燃焼を回避し長期的に光り続ける事が可能となるのだ。

 まあ、永久ではないのだけれどね。ちょっとずつ蒸発して切れちゃうし。

 それでも、酸素がある状態で一瞬光って直ぐに切れてしまう、という事態は避けられている。


「理想を言うならフィラメント部位は竹じゃなくてタングステンにしたいんだけどね」


 一番手近にあってフィラメントとして有能だったのが竹なのだから仕方ない。

 まあタングステンはレアメタルの一種だし、融点が3000℃オーバーだから炉で溶かして加工するのも大変だけどね。


「タングステン? なんだいそりゃ?」

「金属の一種よ」

「タングステン……やっぱ聞き覚えがねえな、ジジイなら知ってんのか……?」

「タングステンは希少金属の一種よ、この世界に存在するのは確かだから、まあ色々鉱山を漁るしか無いわね。レオパルドの鉱山なら産出してたはずだけどね」


 聞き覚えの無い金属を耳にしたオキが、首を傾げていたのでタングステンに関して軽く説明をしておく。

 鉄はいっぱい出るけど希少金属に乏しいファーレンハイトの鉱山じゃ、集めるのしんどそうね。


「そういえばその電気っていうのが流れると、何で光るんですか?」

「摩擦で電気エネルギーが熱量というエネルギーに変化する事で光るのよ。この摩擦の事を電気抵抗とも言うわね」


 リサの疑問にも答えておく。

 以前リュカにチラッと説明した、原子という物がこれには関わってくる。

 電気が流れるというのは、電子というエネルギーが流れるという意味でもある。

 電子という小さな物体がこのフィラメントという部分を流れる際、フィラメント内部を沢山衝突……擦れながら流れていくのだ。

 この衝突する際に電子が持っていたエネルギーが熱・光へと変化する。これが電球が光る理屈である。

 何故ぶつかると光るのか、という疑問をリサが問い掛ける。

 原子は熱を発生させる時、同時に光も発生させるのだ。その原理を利用している。

 また、竹よりタングステンの方が良い理由は、そちらの方が電気抵抗が高い為だ。

 電気抵抗の値が高い程、フィラメントの中を沢山電子が衝突、つまり高い熱と光を出すようになる。


「以前作った、簡易モーターを使った発電機があるから、これもアレに繋げれば光るようになるわよ」

「これ自体を作るのには魔法を使ったが、完成さえすれば魔法に一切頼らずこの電球ってえモンを使えるのか」

「最終的に魔法に一切頼らず作れるようになるのが理想なんだけどね」


 それはおいおい、後世の方々に任せるとしよう。

 あくまでも私は技術の種を撒く事に徹する。

 一から十までやってたら寿命が足りない、私は所詮人間だからね。


「ただまあ、これは1個2個あっただけじゃどうしようもないんだけどね。電球は量産して並べてこそよ」

「コイツを量産か……そいつぁ、中々骨が折れそうだな。この金属部分とガラスの加工ならおいらでも出来るが、その窒素とかいう空気を集めるのは専門外だからおいらだけじゃ出来ねぇな」

「各自、何処かで有能そうな人を見付けたら勧誘して技術を教えてあげて。量産するなら人手がいるからね」


 電球にモーターによる発電機構、そして蒸気機関が組み合わされば地下での恒久的な光という作物や人々にとって一番重要な問題が解決出来る。

 魔法を使っても良いのだが、あんまり魔法に頼り過ぎると人々の負担が増えていく。

 魔力を捻出するのは人なのだ、人の負担はなるべく少ない方が良いに決まっている。



 私達の日々は、ゆっくりと上昇しながら進んでいく。

 人の手でなければ出来ない事は人がやり、技術の発展によって賄える所は自動化させ。

 何故か途絶えた技術を復旧させながら、より快適な暮らしを目指して。

 そんな事を考えながら、今日も平和だなと思うのであった。

 段々、私が口出し手出しする項目が減りつつある。

 今度辺りリューテシアに相談しつつ、数ヶ月位一気に時間跳躍でもしようかなあ。

ちなみに私は親指と小指がくっ付く細さです。

か弱い乙女ではないです。

ちゃんと食べてます。

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