153.繋がる人々、伸び行く技術
私は今、作業部屋にいる。
ここはリュカ達が鋳造によって鉄製品を製造したり、研磨機やプレス機で鉄等を加工する場所だ。
最近、オキがやってきた事でこの作業部屋に居つく人物が一人増える事となった。
――そんな作業部屋が一面、焼け焦げていた。
大型作業機械は無事のようだが、周囲に置いてあった資材や作業台なんかが吹き飛ばされて壁際に転がっていた。
そしてそのスッキリした部屋の中央におかんむりのリューテシアと、縄で縛り上げられながら笑顔を浮かべているリサが陣取っている。
「あっ! ミラお姉ちゃん! 見て見て!」
簀巻きの如くグルグル巻きにされているので、まるでまな板の上に乗せられた鮮魚の如くビッタンビッタンとリサが跳ねてアピールしている。
何を見れば良いの? その体勢で良くそんな高さまで跳べるなとでも言えば良いの?
「凄いでしょ! 空気を操作してた時に発見したんだよ! 何か同じような空気を一箇所に集めるとこんな風に爆発するんだよ!」
リサ曰く、より強い爆発力を求め、風属性の魔法を利用して大気中の空気を凝縮していたらしい。
その際、一部の空気だけを密集させる事でより強く燃焼し――って。
「リサ……もしかして貴方、大気中の酸素を認識出来てるの……?」
「さんそ? あれって酸素だったの?」
――行けるかも。
「リサ。その感覚を利用して窒素を、可能ならアルゴンを抽出出来ないかしら? もしそれが出来れば、一つ作りたい物があるわ」
「えっ!? なになに!? 何作るのミラお姉ちゃん!」
「ちょっとミラ! 待ちなさい!」
リサを拘束している縄を解こうとした所、リューテシアに襟首掴まれてネコの如く吊り上げられる。
「ここ最近、リサの暴走っぷりには目に余るものがあるわ。反省するまでしばらくそのまま放置よ!」
「まあ反省させるのは後でも出来るから、今は私の作業を優先させても良いかしら?」
「駄目です!」
威嚇するネコの如く口を大きく開けて私を一喝してくるリューテシア。
「というか! 今度はリサに何を吹き込むつもりなのよ!?」
「新たな革命的科学技術をちょっとね」
「駄目! 絶対駄目よ! ミラ、ステイ!!」
私は犬か。
「まあまあリューテシア、落ち着いて。これが作れればより人々の生活は豊かになる事間違い無しだから」
「……爆発しない?」
「しないしない」
「なら良し」
「えー……」
大好物の食べ物を口に入れる直前で地面に取り落としてしまったかのように、リサのテンションが急激に低下していくのが表情で露骨に分かってしまった。
そんなに爆発が好きなのか。
「ただこの作業は鉄やガラスの加工も関わってくるから、リュカにも手伝って貰わないと駄目ね。所でリューテシア、リュカは何処にいるのかしら?」
「リュカなら外であの白い結晶みたいな粉みたいなのを取り出してるわよ」
「あらそう。なら、ちょっと呼びにいかないとね」
大気中の空気を操作し抽出出来る事が判明したリサ。
酸素を取り出せるのなら、少なくとも窒素に関しては余裕で取り出せるはずだ。
で、あるならばアレが作れる。
魔法とは無縁の、科学文明の光を生み出すべく私は行動を開始するのであった。
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「――ミラ。これ、機織り機……? だよね?」
「ええ、そうよ」
微妙に疑問符を浮かべているリューテシア。
断言しきれていない理由は、単純にそれがリューテシアの知る機織り機と比べ、大掛かりで複雑化しているのが原因である事は明白であった。
紡績、及び機織りを行う機材というのはこの世界にも当然存在している。
無ければ、衣服を大量に生産する事がとてもじゃないが不可能なのだから。
しかしながら、糸を紡ぐのも布を織るのもその全てが手作業で行われており、それ故にこの世界での布や衣服というのは中々に高額な代物となっている。
だが、材料も下地も存在自体はしているのだ。
私達が今回行ったのは、それに若干手を加えただけに過ぎない。
「オキさんが来てくれたのは地味に助かったわね。お陰で細かい部品を作るのも楽に済んだわ」
試験運転をすべく、糸をセットした後、リュカが暫定的に取り付けたハンドルを回し始める。
その回転エネルギーが機織り機に伝わり、糸をセットした稼動部が左右に往復し、ゆっくりと糸は布と呼ばれる物へ形状を変化させていく。
「……上々ね。この出来なら、本格稼動させても構わないわね」
「ただ回転してるだけで布が出来てる……って事は、この回転させるのを水車なり蒸気機関なりで行うって事?」
「正解よリューテシア」
――即ち、蒸気機関による紡績業の機械化である。
これにより、布を作るという人の手では多大な労力と時間を要求される作業を高速で高効率化する事が可能となった。
また水車や風車ではなく蒸気機関で出来るようになれば、自然的な環境に左右される事なく、紡績工場を設置する事が可能だ。
布の大量生産が可能となれば、衣服の値段はどんどん下がり、庶民が何着も衣服を有する敷居も低くなるだろう。
衣服が増え、石鹸が出回る。
この状況が出来れば、同じ服を何日も着るという衛生的に問題のある状況を改善出来、ひいては全世界の衛生環境向上にも貢献するだろう。
不衛生な環境では健康に生きられない。身奇麗にしてこそである。
……私やリューテシアが着ている、謎の衣服は例外とする。
本当何だったのだろうかあの男は。
私の敷いた防御網を突破してる時点で、只者ではないはずなのだが。
「これとは別に、製糸の為の機械も近々完成する予定よ。機織り機の自動化よりやる事が多いからこっちはまだ未完成だけどね。元々この世界にもある産業を単に機械化してるだけだから、一からやるのと比べてすんなりこの世界に浸透していくと思うわよ」
「可愛い服とか、いっぱい出来るようになるのかな?」
「この機械で出来るようになるのは、糸を作る事と布を作る事だけよ。布から服に仕上げるのは人の手便りになるから、可愛い服になるかは作ってる人頼みになるわね」
それでも、蚕の繭なり木綿なり。
素材から糸へ、糸から布へ。
この工程を機械化できれば、素材から一気に衣服製造まで駆け抜けていけるようになるのは間違いない。
産業革命再びである。
ただ、こういう工業的機械はやる事が多くなればなる程複雑化していくので、この自動機織り機も複雑な構造をしている。
設計図は既に書き記して残してあるが、私の助言無しで完全にこの世界に定着するのはまだまだ先になりそうである。
その時が早く来る事を望みつつ、私は再びフレイヤの時間跳躍機能を利用して時を駆けるのであった。
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時間軸としては、ミラが聖王都に恫喝を仕掛けて戻ってきた直後。
再びミラが時間跳躍にて未来へと時を進めていく所を見送ったリューテシアは、地上への通用口を抜けた先、オリジナ村と地下拠点を繋ぐ路線から少し外れた竹林へと歩を進める。
炭の製造等で適度に伐採を行っている為、鬱蒼という程生い茂ってはいないが、されどどこまでも見渡せる程まばらでもない。
人の手による管理が行き届いた、そんな場所へリューテシアは訪れていた。
「――クレイスさん!」
「リューテシア。久し振りですね」
動き易さ重視の軽装で身を包んだ、整った容姿のダークエルフ。
リューテシアの家族を良く知る、人ならざる者の住まうレオパルド領を守る、最大戦力としても数えられた元四天王――クレイスの姿がそこにはあった。
彼に会う為に、リューテシアは一人この地を訪れていたのだ。
「……まさか、本当に開放するとは」
クレイスは、リューテシアの首元を見て、少し驚きながらそう呟く。
クレイスがリューテシアを初めて見付けた時は、まだミラの持つ奴隷契約書によって縛り付けられた状態であった。
しかし、それも今は昔。
ミラがリューテシアを買い上げる際に支払った、金貨五千枚をキッチリ返済し終えたリューテシアは、完全に自由の身となっていた。
「クレイスさんがいなくなった後、割とすぐに外してくれたんですよ。ミラは一貫して約束とかは厳守する人だから」
「それに、その服は……一体……何やら強力な魔力に術式が宿っているように見えますが」
「これは……何か良く分からないけど、特に危険性は無いから着てれば良いってミラがくれたのよ」
私も良く分からないから、あんまり言及しないで欲しいな、と付け足すリューテシア。
結局ミラ達の住まう地下拠点を訪れた、謎の男の正体は不明のままである。
「所で、わざわざこんな場所まで来るなんて。どうかしたんですか?」
「最近、このロンバルディアで騒乱が起きていると耳にしてね。リューテシアに何かあっては大変だと思って駆け付けたんです」
「わざわざ有難うございます、でもそれだったら大丈夫です。ミラが聖王都と直々に交渉して、余計なちょっかいを出せないように釘を刺してくれたみたいですから」
ミラが言うなら間違いないと、疑念の曇りを欠片も浮かべていないリューテシア。
自分よりも遥かに年下なれど、信用に足る人物だと認めている様子が見て取れた。
尚、これは余談ではあるが。
もし仮にミラが聖王都の差し向けた軍勢を退けるのに失敗した場合、丁度今頃に聖王都の軍勢はこの地下拠点に到達していただろう。
無論その場合、リューテシアを守るべくクレイスはその剣を抜いたであろう。
その座を退いたと言えど、一騎当千所か一人が万軍に匹敵すると言われる四天王という位置にその席を置いていた経歴は偽り無いものだ。
誰によってという差異こそあれど、聖王都の軍が壊滅するのは運命付けられていたのかもしれない。
「釘を刺す程度であの馬鹿共が止まるとは思えませんが……」
「ミラ曰く、具体的な数字を提示した上で言及すれば保身を考えない捨鉢な連中以外は黙らせられる、らしいですよ?」
リューテシアがミラの言葉を述べる。
ヤケクソになって突っ込んでくる、頭に血が上って言葉を聞く気が無い連中ならいざ知らず。
この世界での貴族というのは、多少の差こそあれどこの世界に住まう全人口の中でも上位に位置する圧倒的勝者である。
金持ち喧嘩せずという言葉もある。
今の地位を守り続ける限り、自分やその周りの安全は保障されるのだ。
圧倒的富を有しているにも関わらず、全てを失うリスクを犯してでも怒り狂う者などまず存在しないだろう。仮に居たとしてもそれは圧倒的少数派だ。
なので、貴族達が保身に走るのは当然の考えなのだ。
ミラは今まで通り税は納める、法にも従う。だからこれ以上余計ないちゃもんを付けてくるなという条件を突き付けた。
黙ってれば、税という果実は勝手に手元にやってくる。
ならば、これ以上突っ込んで虎の尾を踏んで余計な被害を出す必要も無い。
何処まで腐り果てても、否、腐り果てたからこそ貴族というのは保身を第一にする者達ばかりなのだ。
実益を考慮した上でも文句を言わせぬよう、飴と鞭を混ぜたミラの提案を貴族達は呑むしか無かった。
「保身に走る行動を逆手に取った訳ですか。あの歳の少女とは思えぬ考え方ですね、中身は老獪狡猾な老人か何かなのではないですか?」
「私達が知らないような知識も持ってるし、何かミラの目線は私達が見てる高さより遥か上空にあるような気はしなくもないですね」
苦笑しながら、ミラという人物の評価をそう明言するリューテシア。
「……所でクレイスさん、お姉ちゃんは見付かりましたか?」
「――! い、いや。すまない、まだ見付かってないんだ」
生き別れた姉の存在へとリューテシアが言及すると、僅かな動揺を見せながら、クレイスは現状を報告する。
残念ながら見付かっていないという報告を受けたが、リューテシアは残念ではあるが落胆といった表情を見せる事は無かった。
「私は大丈夫ですから。だからクレイスさんは自分の目的の為に頑張って下さい」
「ああ、そうだな……連れ去られた同胞の為にも、また頑張るとしようか」
その後、軽く雑談を交わした後、リューテシアとクレイスの二人はその場を後にした。
リューテシアの別れの言葉に対し後ろ手でクレイスが答え、一足踏み込むとクレイスは勢い良く中空へと跳び出して行く。
「――何時か、言わなければいけないのは分かってる……だが……」
クレイスの呟きは、勢い良く駆ける事で発した風に掻き消され、誰の耳に届く事も無く虚空へと消え去るのであった。




