152.賠償金と特殊希少金属
「ミラー。聖王都から賠償金が届いたってルークから報告があったわよ」
「あらそう。被害を被ったのは主にソルスチル街とストルデン村だからね、前に伝えた通り、賠償金は街の復興に全て使ってしまって構わないわよ」
何度か時間跳躍によって未来へ進んで行ったある日。
リューテシアより聖王都から賠償金到着の報を受けた。
「それと、その賠償絡みでミスリル銀とオリハルコンが手に入ったみたいだよ。こっちまで持って来たけど、こんなの一体何に使うの?」
また、「あれば良いな」程度の感覚ではあったが、希少金属であるミスリル銀及びオリハルコンを入手する事が出来た。
レオパルド領に存在しているクロノキア鉱山であらばそれなりに入手機会がある金属ではあるが、こっちだと下手な宝石より高価な代物である。
たかが数百年程度で地質的に大きな変化なんて起きる訳が無いのだからそれは間違いない。
「――これがあれば、本当の意味でこの地下拠点が自立出来るようになるのよ。その金属、私が使っても構わないよね?」
「別に良いけど、こんなの一体何に使うの? わざわざこんな特殊な金属使う位だから、普通の鉄じゃ出来ない事をやるんだろうけど……」
魔力が絡む高度な道具を作る際、頻繁に用いられる特殊金属というのがこの世界にはいくつか存在する。
最高の魔力伝導率を誇り、また与えた魔力によって自在にその形状を変える――ミスリル銀。
魔力を吸着し蓄え、放出する性質を持つ――オリハルコン。
特定条件下で強い魔法を与える事で、その魔法の性質を学習し放出し続けるようになる――ヒヒイロカネ。
魔力に対し圧倒的な絶縁性能を誇り、術式を受け付けない――アダマンタイト。
これらは私の世界でも無くてはならない代物であり、実際この特殊金属は私のフレイヤにも大量に使用されている。
「へー、この金属ってそんな効果があるのね」
「ただ魔法を使うだけだと関わる必要性が薄いからね、リューテシアが知らないのは無理ないかもしれないわね」
この魔力を吸着・放出する特性を持つオリハルコン。
その挙動をミスリル銀によって構築した魔力回路で制御する。
「――何それ?」
「原子結離炉。フレイヤ同様、高度な科学技術によって生み出された魔法科学の一つよ」
この世界に来て一度、この道具を使用した事がある。
そのせいで内部魔力が完全に枯渇してしまったが、魔力を以前の騒動の際に大量の命を吸わせる事で回復出来た。
だからもう一度だけ、これを起動する事が可能となった。
以前アレクサンドラと一緒に行動していた時はコソコソと隠れて使っていたが、もう今更隠れる必要も無いのでリューテシアの目の前でやってしまう。
この力をもう一度だけ使える、そしてこれで何を作るかというのを考えた結果、私が考え付いたのはこれである。
原子結離炉にオリハルコンとミスリル銀を投じ、機械を稼動させる。
膨大な魔力によって原子レベルまで素材を分解し、再構成していく。
そして――予定通り、ミスリル銀によって複雑な術式が構成された、正方形の立方金属体が生成された。
これを加工出来る程、この世界の技術と設備は整っていない。
作りたければ、小さな精密機械工場とも言えなくも無い原子結離炉の稼動は必要不可欠だ。
「何、これ?」
「今までは中枢部を稼動させる為の魔力貯蔵庫として、私のフレイヤの予備バッテリーを使ってたでしょ? でもこの魔力を吸着・放出する性質がある希少金属、オリハルコンならバッテリーの代替品として使えるようになるのよ」
フレイヤのバッテリーをこの地下拠点の運用に使っている限り、地下拠点は本当の意味で私から自立する事は出来ない。
このバッテリーは予備があるとはいえ、置いていく気も無いからね。
だから何とかして、この世界でバッテリーに類する代物を作り上げる必要があった。
聖王都の喧嘩を買った判断の一つにコレが絡んでいるとも、まあ言えなくも無い。
平和な手段で原子結離炉の再充填は何時になるか分からないが、血を伴う手段であればこうして容易く溜められるのだから。
「これなら、私の持ち込んだバッテリーを回収しても、誰かが付きっ切りで魔力を供給し続けなくともこの地下拠点は稼動を続けられるようになるわ。無論、魔力の貯蓄量はバッテリーより落ちるからこまめに充填しないといけないけどね」
「こまめって、どれ位の頻度で魔力を与えれば良いの?」
「そうね、私の単純計算だとこの魔力バッテリーは私の持ってるフレイヤのバッテリーと比べて貯蓄出来る量が半分程度しか無いはずよ」
「……ねえ、ミラ。私達今まで半分も溜められた事無いんだけど」
「うん、知ってる」
これで、私という存在をこの地下拠点から切り離す事が出来た。
これにより地下拠点の全てが、この世界の物質だけで構成された状態となった。
それはつまり、知識さえしっかり伴っていればこの世界だけでこの地下拠点の環境を維持出来る状態になったという事でもある。
既に皆、私の手を離れて各々が思い思いに行動している。
リューテシアは私に代わってこの地下拠点の大部分の運行処理を。
リュカは基本的に時計製作に没頭しているようで、この世界に時計という精度を要求される機械が生まれるのも時間の問題となっている。
ルークはソルスチル街の顔役となり、聖王都やルドルフとの交渉、街でのトラブル解決等で奔走している。
ルナールは戦いの技術を高め、魔物と戦う事でここロンバルディア地方の治安維持に貢献。
リサは爆発物に興味があるせいか、リュカに任せていた作業の一部を引き継ぎ、より威力を出す方法を求めて研究を重ねている。
私という存在が、最早この世界において必須では無くなりつつあるという事だ。
もう私が、この地でするべき事はほとんど無くなったとも言える。
今すぐにこの地を去っても良いのだけれど――
リューテシアの顔を見る。
新造した魔力バッテリーをしばらく眺めた後、拠点稼動に必要な魔力を供給するべく、自らの魔力を一定量を維持しながら流し込み始めていた。
手馴れたもので、最早リミッター回路なんかに頼らずとも容易くその作業をこなしていた。
……もう少し。
もう少しだけ、ここにいても良いかも……ね。
―――――――――――――――――――――――
「……ねえ、ミラ。ちょっと良い?」
再び時間跳躍に戻ろう……そうして一回跳んだ矢先、リューテシアに呼び止められる。
その表情は好意的なものと困惑が混ざったような、なんとも言えぬ物であった。
「どうかしたの?」
「あのね、実はこの間オキさんがここの作業を手伝わせて欲しいって……今まで線路製造でお世話になってるし、どうしたものかって……」
歯に物が詰まったような口調でそう言うリューテシア。
ふーん、オキがねえ。
線路を中心とした鉄製品製造――今は確か、鉄の加工に精通した人を集めて、蒸気機関車製造に着手している最中だったはず。
確かに、オキには線路製造の件で大分お世話になっている。
「――そうね。一度顔を合わせたいから時間合わせておいて。私は一週間後に一度飛ぶわ」
「分かった、じゃあ伝えておくね」
リューテシアにオキへの伝言を頼み、私は時間跳躍にて時間を調整する。
そうした後、大広間にてオキの到着を待つ。
急ピッチで進められた大規模開拓こそ終了したものの、未だ開拓の全てが終わった訳ではない。
現在はこの地下拠点を足掛かりとし、新たな第二拠点の開拓を開始した所だ。
その為、この大広間にも作業員の往来が見受けられた。
蒸気機関車がこの地下拠点へと到着し、客車から線路製作にて世話になった人物――オキが現れる。
久し振りに直接姿を見たけど、少しだけ背が縮んだように見える。いや、私が少しだけ背が伸びたのか。
視線を周囲に泳がせた後、私の姿を見付けた事でその眼差しを固定し、私の下へ真っ直ぐに歩いてきた。
「おう、直接顔合わせるのは久し振りだな嬢ちゃん」
「そうですね。お久し振りです、オキさん。線路製造の際にはお世話になりました」
「あの程度の単調な作業なら、ジジイのシゴキに比べりゃどうって事ねえよ。良い暇潰しにもなったしな」
暇潰しというレベルではない量だったと思うのだが。
まあ過ぎた事を気にしても仕方ない。
適度に挨拶を交えた後、今回の要件へと移る。
「――随分と面白そうな物を作ってるのは前々から知ってたが、蒸気機関車って代物を作るのに携わってたら、職人としての血が目覚めちまってな。おいらも嬢ちゃん達がやってる高度な仕事に一枚噛ませちゃくれないか?」
「蒸気機関車製造も、私達の仕事の一環ですけど。それだけじゃ足りないのでしょうか?」
「あれの作り方なら、ほぼ理解出来た。魔力が絡んでない、単純な鉄加工の延長線だからな。後は、ここで作ってる計器とかいう精密な加工がされてる部品の方を理解出来れば、蒸気機関車をおいら一人で作り上げるのも可能かもしれねえな」
凄まじいビッグマウスだが、それを叩いているオキの表情には何の淀みも見られない。
その有り様には自らが今まで蓄積してきた知識と技術に対する、絶対的な自信を感じさせるものがあった。
「――それで、その対価として何を払う気なのですか? 仕事を教えるのは技術を教えるという事と同意義です。技術がタダではないのは、ものづくりに携わっているオキさんなら良くご存知ですよね?」
この地下拠点も、運営していくのには金が掛かる。
技術とは、それを扱う技術者にとっての飯の種だ。
それが無ければ食っていけないのだから、タダで譲れは道理が通らない。
……私個人としては別にタダでも良いのだが、建前として言っておく必要はある。
「対価は――おいらの腕だ」
その逞しい、私の胴体位はあるんじゃないかという骨太な腕を誇示しながらオキは言い切った。
「確か言ってなかったと思うが、おいらはラフトのジジイの元弟子だ」
「ラフト……? 誰それ? リューテシア、知ってる?」
聞いた事の無い人物の名前が飛び出したので、リューテシアに確認してみる。
ラフト……と小さく呟き思い耽った後、ハッとしたように目を見開くリューテシア。
「――ラフトって、まさかあの精霊剣を作ったあのラフト!?」
だからどのラフトよ。
「おう。その通りだ」
「……あんな無茶苦茶な線路製造をケロリとやってたから只者じゃないとは思ってたけど……あの伝説の人物の弟子なら、流石に納得ね……」
あっ、私が置いてけぼりにされてる。
ねえねえリューテシア。私を蔑ろにして話を勝手に進めないで。
説明を催促するべく、リューテシアの服の袖を引っ張る。
「――以前、勇者と破壊神との戦いのお話はしたわよね? 初代勇者とその仲間が、破壊神に対抗するべく精霊の力を使って生み出した魔法剣――それが精霊剣よ。そして、その精霊の力を剣という物質に変換して加工した伝説のドワーフ、それがラフトっていう人物よ」
私の知らない時代のお話か。
そりゃ知らなくても当然ね。
「ジジイのやり方とそりが合わなかったから出て行ったが、全部とは言わないが多少はあのジジイの技術を受け継いではいるつもりだ」
そのジジイと呼んでいるラフトっていう人の技術が、どれ程の物か知らないからオキの実力が不明瞭なのだが。
「……ちなみにオキさん。大陸横断出来る程の線路、どうやって作ってましたか?」
「ん? そんなもん、地属性魔法で変形させたに決まってるだろう。あの量の線路を真面目に溶鉱炉で作ってたら時間が足りねぇよ」
それはまあ、確かにそうね。
「溶鉱炉は魔法で加工してはいけない、出来ない鉄にだけ使うんだ。特にアダマンタイトは絶対に魔法で加工出来ないから溶鉱炉抜きじゃ絶対に加工不可能だからな」
……オキの作業場には、溶鉱炉があった。
だから金属をそこで溶かして加工していたのは間違いないのだろう。
ただ、それはどうやら「鉄」ではなかったようだ。
「魔法が絡まないただの鉄の加工なら……昔ジジイにやらされて、数打ちの剣程度の代物を一日で千本作らされた事があったしな」
「剣を千本って……」
絶句するリューテシア。
「――オキさん。実際にその剣を作ってはくれませんか? 私の目の前で」
「そりゃ構わないが……材料はあるのか? 流石に材料が無いと出来ないぞ?」
「材料なら、時計製作の予備として作業場に備蓄してあるはずです。それを使いましょう。リューテシア、ちょっと作業場から鉄を持って来てくれる?」
「何で私が……」
そう不満を口にしつつも、リューテシアは作業場から剣の材料を大広間へと持ち出す。
これだけあれば充分だろうという量を台車に乗せ、往来を行き来する作業員の邪魔にならぬよう端を通り、オキの目の前でその台車を停車させた。
「持って来たよ」
「ありがとうリューテシア。ここの材料を好きに使っても構いません、試しにその剣とやらを作って貰えませんか?」
「そうかい。なら――」
オキは手近な鉄塊を一つ手に取ると、それなりに重いだろうそのインゴットを片手で容易く持ち上げる。
まるで剣を握るかのような持ち方で、腕を水平に伸ばし、目線と鉄塊の高さを併せ――目元が僅かに動く。
直後、オキの手にしていた鉄塊はその姿を変えていく。
細長く、中心は肉厚に、されどその両端は薄く研ぎ澄まされ。
また握っていた箇所は、複雑な意匠を刻み込まれた宝剣を思わせる柄へと変形する。
その流れに淀みは見当たらず、息をするかのように自然に。
またこれだけの作業を一切の詠唱を用いず、容易くやってのけた。
「――まあまあだな。こんなモンでどうだい?」
出来上がったその剣を手の内で回転させ、柄の方を私に向けて手渡してくるオキ。
重い。
いや、元が鉄の塊なんだから当然なんだけどさ。質量は変わってない訳だし。
「――この剣、使ってみても良いかしら?」
「材料はそっちのだし、そりゃ構わねえが……そんな細腕で使えるのか?」
「……ちょっと待ってて貰えるかしら」
オキに断りを入れ、私はオキがほんの一呼吸程度で作り上げた剣を手にし、一度作業部屋へと入るのであった。
―――――――――――――――――――――――
「剣技・爪竜」
中空へ放った鉄パイプに対し、先程オキが作り出した剣を用いて剣術を放つ。
一太刀。鉄パイプは容易く両断される。
二太刀。まだ切れる。
三太刀。刃毀れが発生。
四太刀――ここまで、みたいね。
オキがあの数秒で作り上げた剣は、四度目を振り抜いた所で剣としての役目を終えた。
先程切り裂いた鉄パイプはオキに渡した鉄と同質の材料を用いている物だ。
同じ材質の剣で同じ材質の物をこれだけ切れるのであらば、剣としては大した物である。
「――本当に、動くのね。その鎧みたいなやつ」
鉄パイプを放り投げてくれたリューテシアが、私の方を見ながら、感心しているのか驚いているのか良く分からない微妙な表情を向ける。
展開していたフレイヤをものぐさスイッチに格納する。
「予備バッテリーを含めて魔力が完全に回復出来たからね」
「あのバッテリーをどうやって――――」
そこまで口にして、僅かに目を見開き、口を噤むリューテシア。
「――所で、その剣の使い勝手はどうなの? 剣の事は良く分からないんだけど」
「そうね。最高、とは言わないけどかなりの出来だと思うわ」
会話内容の方向転換がやや強引な気がするが、リューテシアの話題に乗ってあげる。
どうやってあのバッテリー残量を満たしたか、と言いたかったのだろう。
そして、どうやって回復させたかも同時に気付いてしまったのだろう。
リューテシアには既に中枢部に仕掛けられている術式の操作方法をある程度教えてあり、その中には当然魂魄簒奪の術式も存在している。
大気中の魔力はおろか、生命そのものを吸い上げ魔力へと変換する、邪悪と言われても不思議ではない術式。
中々に聡いリューテシアの事だ、私が以前の騒動で殺害した万を超える人々の命をこのフレイヤに注ぎ込んだという事実にも気付いたのだろう。
「……あの腕を借りられるのは、中々に魅力的ね」
これだけの切れ味の剣を、容易く作って見せた。
薄く、鋭い切れ味。それはミリ単位未満という精密さを生み出し、操る術を持っているという事に他ならない。
「私達の作業を手伝ってくれるなら、中枢部以外は全部素通しでも良いかもしれないわね。あの実力は大した物だわ」
「良いの?」
「良いわよ。じゃあ折角だから、リューテシアに中枢部で新たな魔力を認証させる方法を教えてあげるわね」
オキの提案を受け入れる事にした私は、一度大広間に戻り、オキから魔力の情報を得て、その情報を中枢部へと登録させた。
するのは勿論、リューテシアである。
脂汗を流しながら、必死の形相で中枢部を操作するリューテシア。
まだまだ不慣れではあるが、慣れて貰わないと困る。
中枢部の術式を理解し、扱える人物が一人でもこの世界に存在しないと、この中枢部がブラックボックス、ロストテクノロジー化してしまう。
それでは私をこの地から切り離せなくなってしまう。だから頑張ってね、リューテシア。




