150.蠢く不滅、蔑まれし英雄
聖王都の軍勢とロンバルディアの叛乱勢力が交戦している最中。
私はファーロン山脈に単身身を潜め、その戦いの成り行きを見守っていた。
貴族連中や王族が何やら戦乱を起こそうとしている様子が確認出来たので、俺も便乗させて貰う事にしたのだ。
聖王都の暗部にて、奴等の拠点に一度潜入した事があるという人物を見付けたので、色々聞き出しておいた。
何でも、その男の話を聞くによると、どうやらその地下拠点という場所には銃火器が存在しているらしい。
コーネリアを通じて軍に入れ知恵をし、銃火器という武器を所有している人物に対しての対策を講じ、その物量で押し潰そうと画策した。
何故この世界にまだ銃火器が残っていたのかは未だに不明だが、あの銃火器の出所には心当たりがあったので、別段そこは気には留めなかった。
所詮は、弾数という制限に縛られた有限の兵器。
弾薬をこれ以上生産する事は不可能だし、多少の被害は出るかもしれないが、そこまで脅威には感じてはいなかった。
問題無く押し潰せるだろう、そう考えていた。
だが、範疇という枠から突出しているという表現ですら足りないような存在によって、その目論見は完膚なきまで打ち破られた。
「何だあの代物は――!? あんな物、見た事がありませんよ!?」
単身空を飛び回り、コーネリアと単身切り結びつつも、地上にいる兵へと次々に魔法攻撃を仕掛け殲滅していく。
果てには禁呪クラスの魔法を発動させ、一撃で容易く派兵された者達を壊滅させてしまった。
アレは、科学技術――否、そんなレベルの代物ではない。
おかしい。常軌を逸している。
こんな世界に存在して良い代物ではない、何故あんな物がこの世界に存在している!?
思考が追い付かない。一体全体何が起きているのだ。
オマケとばかりに、この騒乱によって生まれるはずだった魔力が根こそぎあの巨大甲冑とでも言うべき代物に横取りされてしまった。
お陰で私の取り分は皆無だ、これでは一体何の為に騒乱の火種を起こしたのかまるで分からない。
ただ「あの男」に見付かる危険を冒しただけではないか、骨折り損とは正にこの事だ。
「アレがあの人間の持つ最大火力……だがこの程度なら、私が自ら手を下す必要も無いでしょう」
だが、タダで転んでなるものか。
戦場に立ち会った事で、その戦闘能力をこの目で見る事は出来た。
その実力も把握出来た、あの程度なら私が直接仕掛けずとも、息の掛かった配下に襲撃させれば良い。
あんな「禁呪レベル程度」ならば、私が出るまでもない。
「クフフ……! 精々一時の勝利に酔いしれていれば良い……最後に勝つのは、この俺なのだからな……!」
最早聖王都の連中に用は無い。
科学技術などという代物に頼るこのロンバルディアの地に鉄槌を下すべく、私は次の捨て駒を得るべくこの地を去るのであった。
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それは、とても空の澄んだ晴れやかな日の出来事であった。
黒い軍靴の足音が、男の目的地で止まる。
何もかもが燃え尽き、焼け野原と化したロンバルディア地方の一角。
その全容をファーロン山脈の地に立ち、俯瞰視点で望む一人の影。
背丈は高い。身の丈2m近くはありそうである。
衣服の上からでも分かる筋骨粒々のその体躯に、黒のトレンチコートを羽織り。
それに色を合わせるかのように全身を黒の装束で覆っていた。
腰の両脇に二振りの剣が鞘に収められ、またその背には巨大な剣らしき代物が背負われており、その刀身は何らかの布によって包まれていた。
とても男の物とは思えぬ、きめ細かい艶やかなセミロングの銀髪が、山肌を駆け抜ける風で靡いた。
蒼と紅の左右で色の異なる目――オッドアイと一般的に呼ばれている――で、その男は戦場となった跡地を捉える。
その顔立ちは、精巧に美を落とし込んだ、まるで彫刻のような美しさと冷たさがあった。
年齢はおよそ二十代後半程度のようにも見える。
「……一足違いか」
若い顔付きとは対照的に、深く年季を帯びた声。
同時に力強さも感じさせ、その佇まいと相俟って只者ではない強者の風格を放っていた。
「――まだ微かにだが、痕跡が感じられる。またヒュレル……いや、ナイアルが目覚めたようだな」
男は、戦場跡地を睨みつけた後、その足をファーレンハイトへと向ける。
その足取りは、真っ直ぐに聖王都ファーレンハイトへと進んでいくのであった。
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「――ここか」
日は完全に落ち、聖王都ファーレンハイトに闇の帳が降ろされた。
男はその眼前に、精霊教会の総本山を捕らえている。
聖王都には魔力によって稼動する街灯が大通りには設置されており、それ故に仮に新月の夜だったとしてもそれなりの光量を保障してくれていた。
しかしながら、その光は聖王都全てを照らし出す程の強さは無い。
その男の纏う黒色の衣服は闇に溶け込み、静かに目標目指して歩みだす。
その足取りは武を修めた者のようでもあり、目標を捕らえた暗殺者のようでもあり。音一つ立てる事が無かった。
この男の力をもってすれば、このようにわざわざ隠密行動をせずとも、白昼堂々真正面からの中央突破で悠々と目的を達する事は可能だ。
しかし、男はそれを望まない。
自らの行動で無意味な血を流すのは男にとっては遠慮したい事態なのだ。
無論、男の邪魔をしないのであらば、という前提が付くが。
「限定氷結時間」
精霊教会総本山全域を覆い尽くす、強大な魔法が発動する。
禁呪と呼ばれる、御伽噺でしか耳にする事がないような雲上の存在たるその代物を、男は一切の詠唱も行わず、ノータイムで発動させたのだ。
精霊教会の門を押し開け、男は目的の場所へと駆け出す。
道中、賊の侵入を阻む衛兵らしき人物が何人もいたが、誰一人としてその男の存在には気付く事は無かった。
何故ならば、彼らの時間が止まっているのだから。
教会内に存在する全ての命が時の流れから孤立し、何が起きているのかを認識する事は無い。
一片も抵抗を受ける事無く、男は目的の部屋へと辿り着き、その扉を閉める。
「ふん、ナイアルの奴は既に逃げた後か。逃げ足の速さだけは褒めてやりたくなるな」
男の背に背負われていた、巨大な大剣の柄にその手を伸ばし、男が発動していた限定氷結時間の術式は解除された。
剣を覆っていた布を取り去り、男はその刃で目の前に存在していた老骨を表情一つ動かさず突き貫くのであった。
剣を抜き、片手で刀身の血を払うように一振りする。
その一撃で致命傷を受けた老人は、低く唸り、その場で倒れ伏した。
「わ、たし、は……一体、何……を……」
「――貴様を縛っていた精神掌握は『抹消』した――せめて最期は人として、人のまま死ね」
老人はその口から夥しい血を吐きつつ、朦朧とした意識のまま言葉を口にする。
それに対し、男は淡々と事実のみを突き付ける。
「――貴方、の……名は……」
老人の受けた傷は深く、直にその命の灯が消えるのは避けられない事実であった。
また、それを男が助ける義理も無かった。
何故ならば男からすれば目の前の老人は見ず知らずの存在であり、人が一人二人死のうが、男にとってはどうでも良い出来事なのだから。
「……ルードヴィッツだ」
だが、その老人の今生の願いとも言えるその問いに対し、男はルードヴィッツという自らの名を告げた。
それは何も知らず、自らの命を操られていた老人に対する僅かな哀れみか、はたまた別の何かがあるのか。
ルードヴィッツの表情からは、何も読み取れなかった。
「ルードヴィッツ……破壊神に、与した――大、罪――」
――老人はそこまで口にし、その身体から全ての力が抜け落ちた。
最早それ以上口が動く事は無く、それ以上動く事も無いのであった。
ルードヴィッツはその部屋を後にし、闇夜を駆け抜け、そしてその姿を晦ました。
翌朝、第78代教皇ゲオルギウス17世が、何者かによって暗殺されたという訃報が聖王都全域を走り抜けた。
警備体制に不備があった訳でも無く、誰一人としてその凶行に気付けた者はいなかった。
先のロンバルディア地方での内乱の報で聖王都に動揺が走る中、立て続けに起きた精霊教会の長の逝去。
これにより、ファーレンハイト全域に先の見えぬ不安が蔓延していくのは、避けられぬ事態であった。
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ある時、人々が住まうこの世界に自らを破壊神と自称する魔神が現れた。
破壊神は自らの分身たる配下を用い、この世界にて悪逆の限りを尽くした。
やがてこの世界に救世主たる勇者が現れ、破壊神は討ち滅ぼされた――この世界に住む者が幼少の頃、枕元で幾度と無く聞いたであろう、初代勇者の英雄譚。
しかしながら、その勇者一行の道中。
破壊神の配下でもなく、操られた者でもないにも関わらず、幾度と無く刃を交えた者がいた。
その者の名は、ルードヴィッツ。
全身を黒衣で包み込んだ大男であり、炎と氷の魔剣を操っていたと言われており、破壊神に与した反逆者、世界の裏切り者とも呼ばれている。
文献によるとそういう存在がいたのは確かなのだが、破壊神とは違い、この男のみ「退けた」という単語はあれども「倒した」という文面が何処にも見付かっていない。
学者達によって未だに議論が成されているが、結局この男は倒されたのか否かという結論は出ていない。
一説によると、未だこの世で息を潜め、暗躍を続けているという説もあるが――未だその事実は、闇の中である。
はいはい次から新章ですよー。




