149.ただいま
「ただいまー」
あー、めっちゃ疲れた。
本気だして働くとこうなるから嫌なのよねぇ。
地下拠点に戻り、ここ数日風呂に入れていない為痒くなった頭を掻きながら室内へと入る。
そこにはランタンを左手に持ち、ポカーンとした表情のまま凍り付いたリューテシアの姿があった。
「……どうかしたの?」
「いや……そんな何時も通りの当たり前みたいな感じで帰って来られても……」
「んー、まあこうなるだろうとは思ってたからね。別に大した事無いわよ」
五万もの敵軍の命を余す事無く魂魄簒奪術式によって蒐集。
これにより予備バッテリーや、この世界に来て早々に使用した原子結離炉を含め、その全ての魔力残量をフル充電する事が出来た。
その魔力を利用し、光学ステルス機能とゲイルスラスターによる飛行能力を用いて単身、聖王都ファーレンハイトの王城を強襲。
念入りに釘を刺した後、再び航行してロンバルディアの地へと舞い戻ってきた次第である。
「……しっかし暗いわねえ」
そうなってる原因は私だという事は理解しているので、ぼやきつつもさっさと中枢部へと向かう。
この地下拠点に存在する無数の術式は、その全てが中枢部にて管理コントロールされている。
そしてそれに必要なバッテリーとして使っていたのが、フレイヤのバッテリーである。
今回フレイヤを稼動させる為に中枢部のバッテリーを持ち出したので、地下の至る所に点っていた光源であるプロメテウスノヴァも消滅している。
そりゃ暗いに決まってるわよね。
ものぐさスイッチの亜空間内から――敵兵の命を多数喰らった事で完全回復した――フレイヤの予備バッテリーを取り出し、再び中枢部に据える。
魔力が供給され始めた事で、再び地下拠点に文明の光が点るのであった。
「……まあ、良いや。とりあえずミラ」
「何?」
「――おかえりなさい」
「うん」
負ける可能性もあった。
フレイヤが始動した段階で、あの軍勢が取ってきたいくつかの手段を最初からぶつけられていたら、私はここにはいなかっただろう。
しかし終わってみれば、予定通りの完勝だった。
だが、これで終わる訳ではない。
どれだけ圧倒的に勝利しようと、事後処理というのは容赦無く押し寄せてくるのだ。
「とりあえず……風呂ね」
だがしかし、今は大人しく羽根を伸ばすとしよう。
―――――――――――――――――――――――
「――――なに、コレ……」
点検車両を押しつつ、私達は蒸気機関車と共に無人となってしまったソルスチル街までやってきた。
道中、何度か点検車両が異常信号を発してしまったので、補修作業を行いつつノロノロと走っていた為、ここまで来るのに一週間近く掛かってしまっていた。
そんな道程を経て、無事ソルスチル街までやって来たのだが、周囲の様子を探るべく高い位置から周囲を見ようという事で外壁に登る。
高所からその惨状を見て絶句した私達の中で、長い沈黙を破ったリューテシアの言葉がコレである。
他の四人は、目を白黒させたり、開いた口が塞がらない状態であった。
ファーロン山脈側の外壁の一部が崩れ――これは相手の魔法攻撃が原因なのだが――そしてその表面が高温に晒された事によって真っ黒に変色していた。
また、蒸気機関車で乗り入れる際の出入り口となるストルデン村側の開閉箇所は、木材と鉄板を組み合わせた扉という外壁と比べて熱に弱い材質だった為か、ここが完全に焼け落ちていた。
そして、その目の前には数キロメートルにも及ぶ巨大なクレーター跡。
その爆心地に巻き込まれたソルスチル街~ストルデン村を繋ぐ路線の相当な距離が溶解、一部は霧散してしまっていた。
更にはストルデン村にも一部被害が出ており、その熱波はファーロン山脈の一部に炭の山を築き上げていた。
「コレ、ミラがやったの……?」
「ええ、そうよ。これが私とフレイヤの力よ」
リサ以外の四名の目に、動揺が浮かぶ。
リサの目だけ何故か徐々に輝きが増しているが、気にしない事にした。
私は以前、単独で戦うと決めた際にリューテシア達に私の持つ最大の力、フレイヤの説明をした。
そうでもしないと、納得してくれなさそうだったからね。
だからこうなる可能性はあると理解してくれていると思っていたのだが。
信じてくれなかったのか、はたまた信じてはいたがここまで酷いとは思わなかったのか。
「――何というか……これは……もう、ストルデン村は放棄してしまって良いような気がしますね」
引きつったような笑顔が張り付いたルークが、独り言のように呟く。
「以前魔物に荒らされた畑に加えて村のこの惨状……ネイブル村まではトロッコですら一日で往復出来る距離だから、ネイブル村が出来た時点で中継点としての存在価値も低くなってますし……畑なら現在進行形で拡大を続けてる地下拠点の……ああ、やっぱり何処かに併合してしまった方が面倒が無い……」
遠い目で元ストルデン村と化しそうな半壊した村をぼんやりと見続け、ブツブツと呟き続けるルーク。
……私の所業のせいで廃村が生まれそうである。
だが仕方ない、あの兵を殲滅せねばこちらの大損害が避けられなかったのだから。
コラテラルダメージコラテラルダメージ。
「ミラお姉ちゃん、こんな凄い破壊力、一体どうやったんですか!?」
もう我慢出来ない! とばかりに私に掴み掛かるような勢いで質問してくるリサ。
「――プロメテウスノヴァっていう、この世界基準で言うなら禁呪の一種を使ったのよ」
「禁、呪……?」
「……そんなの、本当に存在したんだ……俺、てっきり御伽噺の中だけのものかと……」
「普通、使えないからね」
仮に技術があっても、主に魔力が足りない。
禁呪なんて代物を単身で振るえる者なんて、それこそ魔王や勇者と呼ばれる化け物の域、もしくはそれに順ずる者でなければ不可能だ。
一般的に天才と呼ばれる者が到達出来る領域が、上級魔法という位置なのだから。
その更に上に位置する禁呪なんて、人外の域に足を踏み入れねば扱えないだろう。
「……ねえ、ミラ。私の勘違いじゃないよね? そのプロメテウスノヴァっていう魔法、私、確かに地下拠点で聞いた覚えがあるんだけど」
「あら、良く覚えてたわねリューテシア。そうよ、地下拠点の色んな場所で明かりとして点ってるのがそのプロメテウスノヴァよ」
アレは元々、太陽の模倣を目指して生まれた代物だ。
だから地下拠点の畑にて作物に煌々と光を注いでいるのはある意味自然とも言えなくも無い。
まあ、私は出力を思いっきり落として限定化する事で蛍光灯代わりにしちゃってるけどね。
そうしないとまともに運用出来ないのが大きいけど。
「…………そんな神様みたいな力が、魔法が……ただのランタン代わりか……ごめん、ミラ。貴女の考えが私には全く理解出来ないわ」
「熱量はほぼゼロだから、暴発とかの心配はしなくても大丈夫よ。それに限定化して思いっきり魔力コスト削ってあるから一般的にも使える範囲の消費量に抑えてあるし」
「いや、私が言いたいのはそういう事じゃなくて……」
何故かうな垂れているリューテシア。
歯切れが悪いわね、スパッと言ったら良いのに。
「……では、被害状況の確認も大雑把ですが確認出来ましたし、僕はこの辺で失礼させて頂きます」
「お仕事頑張ってね、ルーク」
被害状況の大半は私が原因みたいだけどね。
手加減して討ち損じる方が問題だし、人的被害が出なかっただけ良しと考えよう。
物的損害はコラテラルダメージと割り切るべし。
「じゃ、私達も持ち場に戻りましょうか。ルナールはどうする?」
「んー……俺はちょっとここに残るぜ。外壁壊れちゃってるし扉焼けちゃってるし、魔物が来たら困るしなー」
「そう。じゃあ私達は地下拠点に撤収するわね」
ソルスチル街の惨状を見て、街の復旧が終わるまでしばしこの街に根を下ろす事を決めたルナール。
戦火に晒されたこの街も、避難すべく他所へ退避していた人々で再び賑わうのも時間の問題だろう。
邪魔させぬよう、キッチリ釘は刺した訳だからね。
こうして、言い掛かり同然の戦争は私のフレイヤの力によって聖王都の完全敗北という結末を迎えた。
最早聖王都には再びこちらに喧嘩を売る力は残っていないだろう。
何しろ、聖王都にとっての敵は私達だけではない。いや、私は別に聖王都に敵対する意志なんて無いんだけどさ。
こちらと争って疲弊してしまえば、レオパルド領に根差しているという魔族に対して弱みを見せる事になる。
聖王都の上層部は腐り切っているとしても、保身に関しては信用出来る。
権力で縛れず、物理的に攻めてくる脅威に対抗する力は残さざるを得ないだろう。
当分、こちらにちょっかいを掛ける余裕は無いだろう。
あちらが手を挙げなければ、こちらも事を構える気は無いのだ。
しばらくは、また平和な日々が過ぎて行くだろう。
だが、この時の私達は知る由もなかった。
聖王都の悪意を上回る、強大な暴力の影が忍び寄っている事を――。




