145.進軍、交戦開始
ファーレンハイト王の発した王命により、集った軍勢を見て思わず笑みが零れる。
聖王都の正規軍二万、貴族の保有する私兵二万。
更に精霊教会の信徒八千、ここに更に傭兵五千が加わる。
総勢五万三千という、圧倒的な大軍勢。
魔族の巣食うレオパルドの地に攻め込む際に動員される人数と比べても、何ら遜色の無い大規模なものであった。
たかが辺境に集結した異端分子を排除するには余りにも大仰な編成だ。
何でも貴族達から伝え聞いた所、国王陛下への返答を手紙一枚で済ませた挙句、その内容も陛下を挑発する内容であり、それに激怒した為にこれ程の軍勢になったとの事だ。
旗頭として同行してくれという申し出だったが、これだけの軍勢となると私は一度たりとも剣を抜かずに終わりそうだ。
そういう意味では、少し残念ではあるが。
「コーネリア様。後続との合流完了しました、何時でも行けます」
「分かった。まだ日は高い、今日中にソルスチル街という都市部まで侵攻し、そのまま攻め落としてしまうぞ」
聖王都正規軍を率いる軍団の長からの報告を受け、進軍の合図を出す。
連中が切り開いたという平坦な道を進むに辺り、あの正体不明の鉄の車が向かってくるかもしれないというのを危惧していたが、そのような気配は無く拍子抜けであった。
そのお陰で細い山道で間延びしてしまった軍勢をこうして再び纏めなおす事も容易く行えた。
何の抵抗も無い。もしや手勢を固めてこの先の都市で篭城戦を行うつもりなのだろうか?
もしそうだとしたら、滑稽を通り越して哀れである。
これだけの軍勢を前にすれば、小細工も篭城も何の意味も持たない。
戦いとは数であり、数で上回るというのは純粋に強力な武器となる。
王命に従わぬロンバルディアの反逆者の敗北は、既に決定していた。
自らの手で武勲を挙げられないのは悩ましいが、こうして旗頭として取り上げられただけでも良しとしよう。
―――――――――――――――――――――――
北方に向けて進軍し続け、遂に肉眼で街の外壁を確認出来る距離までやってきた。
しかしその足取りは想像以上に遅い。
それもそのはずで、最前線を任せている歩兵は全員が分厚い鉄板とでも言うべき盾を構えており、その重量の為に進軍速度が落ちているのだ。
これ程の過剰な盾を用意したのには理由がある。
実はロンバルディア地方に巣食う連中の事を調べている最中、気になる情報を耳にしたのだ。
石鹸という日用雑貨を生み出した事で莫大な富を得たという人物――名前は確か、ミラという名だったはず。
その人物が蓄えているであろう財を狙い、襲撃を仕掛けたという盗賊がいたという。
結果、その盗賊集団はほぼ全滅と言っても構わない程の被害を受け返り討ちに合い、生き延びたのは片手で数えられる程だったという。
その数少ない生き残りの話によると、ミラという人物は魔法ではない摩訶不思議な杖のような代物を使い、次々に盗賊集団を射殺したそうだ。
また、その情報を共有したヒュレルという男はその武器に心当たりがあるらしく、その対策として用いたのが今回の盾だ。
何でもヒュレルによると、そのミラという人物が使っている武器は簡単に言うと物凄く良く飛び、強力な破壊力を持つ弓矢だという。
そうと分かれば、対処法も決まってくる。
徐々に街との距離が迫り、あと一息で街まで到達出来る。
そんな時、率いていた群集の中から一個の塊が突出していく。
騎馬兵を中心とした、機動力重視の傭兵団であった。
弓矢と似たようなものならば、避けて突き進めば良いという考えだろうか。
私も実際そう思っているし、ここまで鈍重で頑強な盾を用いずとも良いのではとは思っていた。
が、しかし。私の考えが間違っていた事を直後に思い知らされる。
突貫した兵の頭部が熟れたトマトの如く弾け飛び、腕が千切れ、胴体に風穴が開く。
風が弾けるような聞いた事も無いような音が響き、一分も経たずに突出した傭兵団は全壊した。
「――そうか。アレが、ヒュレルの言っていた『銃』という武器か」
成る程、理解した。
考えを改めよう、アレは想像以上に凶悪な武器だ。
攻撃に気付いてから注視したが、確かに弓矢と似たような武器だ。
飛ばしているのは鉄の弾だろうか? それを恐ろしく早い速度で射出していた。
アレを回避するのは私レベルの力量が無ければ不可能だろう、成る程、確かに防ぐしかない。
「盾を斜めに構え、進軍を続行せよ。防ぐのではなく受け流すようにしろ」
徐々に距離が迫り、銃という名の武器が今度は最前線の歩兵へと向けられる。
だが、この為に用意した鈍重な盾だけあり、あの恐ろしい破壊力を持った弾を受けても破られる事は無かった。
「――しかし不思議な武器だ。あれ程の破壊力だというのに、魔力的気配が一切感じられない……」
魔法を用いていないのに、あのような破壊力を出す手段が存在するのだろうか?
考えてはみたが、その答えは私には思い付かなかった。
強力な武器だというのならば、手に入れてみたいが。
前線の魔法兵の射程に入ったのだろう。
外壁上から銃という武器で攻撃を仕掛けている人物に対し、魔法兵が炎弾を放つ。
真っ直ぐに放たれたその炎は外壁を飲み込み、爆ぜて爆風を発生させた。
「――あっけないな」
先程から動きもせず、同じ場所から攻撃し続けていればこのような結果になるのは分かりきった話だ。
だが、奇妙だな。
抵抗はあると思ってはいたが、余りにも静か過ぎる。
銃という武器は確かに強力だが、その武器を用いての攻撃はその一箇所からしか来ていない。
他の手勢は一体どうしたのだろうか? 逃げたのか? だというのに一人だけ残り抵抗している?
考えに耽って視線を切っていた内に、場の空気が変わった事に気付く。
その奇妙な気配の元に視線を向けると、先程まで存在していなかったはずの謎の存在の姿があった。
それは、まるで全身鎧で覆われた屈強な大男。
否、大男とかそんなレベルではない。
街の外壁と対比したから分かるのだが、あの巨体は最早人間の物ではない。
オーガといった魔物や魔族かと思いたくなるような巨躯。
白を基調とし、赤い塗装がアクセントとして鎧に散りばめられていた。
更にはその背中部分からは美しい陶磁器を思わせるような白い翼が広がっており、鎧の彩りと相俟ってまるで芸術品を思わせる美しさを湛えていた。
――だが、あそこに立っているのであらば、我々に敵対する意思があるという事に変わりは無い。
魔法によって鎧でも生み出したのか?
まあどちらにせよただの鎧だ、それにあれだけ重量がありそうな代物では身動きを取るのも容易ではないはず。
あんなもの、ただの的だ。
どれだけ美しい造形美の鎧だったとしても、王命、そして精霊教会の考えに賛同しないモノは全て踏み潰すのみだ。
距離が縮まり、盾兵の後ろに控えていた魔法兵が正体不明の鎧に向けて次々に魔法攻撃を放っていく。
絨毯爆撃のような密度の魔法攻撃によって、その鎧は容易く――
「――ッ!?」
思わず目を見開く。
その鎧は、鈍重な見た目からは想像も付かないような機敏な動きでその攻撃の雨を回避していく。
肉体強化の術を用いているのか? だとしても、あのようなフルプレートを身に付けた状態であそこまで軽やかに動くとは……
攻撃が当たらない事に苛立ったのか、前線は更に敵に向けて前進していき、より至近距離から攻撃を加えていく。
――その直後、巨大な魔力反応を感じ取る。
軍勢の中で巨大な土柱が上がる!
最前線の盾兵が瓦解し、それを好機と見た謎の鎧がそこへと向けて突入していく!
「……今の魔力量……一般兵には荷が重いな。相手は中々の手練れのようだ、私が直々に出る!」
無駄な犠牲を出せば、私の評価が下がってしまう。
兵達の手に負えないなら、私自ら斬って捨てるのみだ!
軍内部に喰らい付いてきたその人物を相手取るべく、私は群衆を掻き分け最前線へと赴くのであった。
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