144.自由と敗走の翼
自由を求め、少女は世界から逃げだした
世界を変える事は叶わず、敗者として落ち延びた
世界の理によって翼を折られ、神域の少女はただの小娘となる
少女は立ち上がる
そこで出会った、初めて得た大切なモノを守る為に
聖王都ファーレンハイト、その頂点たるファーレンハイト国王陛下から発せられた王命。
ロンバルディアに巣食う、叛乱分子を排し、再びこの地に平穏をもたらす。
その命に従い、国軍、貴族の私兵、教会の抱える軍勢。
更には勝ち戦に便乗しようという傭兵が加わり、総勢約五万という圧倒的な大軍勢が結成された。
手始めに、資材の停留地となっていたネイブル村を制圧し、そこよりルークやルドルフ達が切り開いた鉄道上を侵攻していく。
その後、無人となったストルデン村を占拠し、そこを足掛かりに後続と合流。
本命であるソルスチル街へとその足を伸ばしていく。
そして遂にソルスチル街目前、海岸沿い平野部まで侵攻したファーレンハイト軍。
『――ここで引き返すなら、何も言わずに見送るわ。だけど、この警告を聞いて尚前に進むのであらば――家畜以下の死を覚悟しなさい』
その軍に対し、ダメ元あわよくばの精神で魔石を用いた拡声器を用いて警告を飛ばすミラ。
しかし警告は届かず、軍は前へ進軍していく。
警告はしたが、これではいそうですか。と引き返すとはミラも考えてはいない。
そんな簡単に反転する位なら、そもそも手を振り上げていないだろう。
この警告は、ミラ自身が自らを納得させる為の儀式としての面の方が強かった。
警告を発したその直後、軍の塊から突出していく馬兵の集団。
機動力を重視した、軽装の傭兵団である。
鈍重な装備で固めた聖王都の軍を出し抜くべく、功を焦った傭兵団が前線に飛び出した。
ソルスチル街との距離はみるみる縮まっていき、その傭兵団はデッドラインを踏み越える。
――直後、傭兵団が全壊する。
ソルスチル街、魔物に対抗するべく築かれた外壁の上からミラがM2と呼ばれる重機関銃による機銃掃射を見舞ったのだ。
12.7×99mm NATO弾と呼ばれる、対物想定で運用する銃弾の嵐。
鉄の装甲を撃ち抜く為に使われている銃弾の破壊力の前では、機動力重視の軽装備の人間など戦いにすらならない。
蜂の巣のように穴だらけとなった肉人形と化し、馬諸共大地に力無く血潮を流すのであった。
だが、そんな光景を目の当たりにしても軍の歩みは止まらない。
短絡的な考えで蛮勇奮い、屍を晒した傭兵団とは違い、その後続に続く兵の装備は異様であった。
余りにも分厚い、盾というより鉄塊とでも言うべき防壁を斜めに構え、肉体強化の術を用いて鈍重な歩みながらも確実にその歩を進め、ソルスチル街までの距離を縮めて行く。
それに対しミラは銃弾を浴びせるが、その銃弾は弾かれ、鋼鉄の盾を撃ち抜くには至らない。
何処かからの入れ知恵かは分からないが、ミラの用いている銃火器という武器に対しての対策を講じてきたようである。
「M2でも抜けない盾、か――なら」
重機関銃を大人しくものぐさスイッチの亜空間内へと格納するミラ。
対策を講じられた事も、この世界へと持ち込んだ銃火器の中でも最高の威力を誇るM2が通じない事にも、ミラは特に動じた様子を見せていない。
進軍は止まらない。
やがて敵の魔法部隊の射程距離に、ミラが捉えられた。
外壁に迫る炎弾。その先には、ミラの姿がある。
着弾。立ち昇る爆煙。
爆発が外壁を弾き飛ばした。
爆風の中から、一筋の影が飛び出す。
――そこには、外壁から転落していくミラの姿があった。
―――――――――――――――――――――――
私が生まれた意味とは何なのだろう。
私はどうして、ここに生まれ落ちたのだろう。
私がまだ、籠の中の鳥だった頃に考えた事。
見えない明日、汚れていく手。
目の前にあるのは、私を殺めようとした哀れな犠牲者達。
目の前にあったソレも、私自身も。
まだ死にたくないから殺し、今日もまた生き長らえる。
あの男の掌の上、自由など無く、選択肢も無い。
途切れるのが確定している、用意されたレールの上を歩き続ける。
私は何の為に、生きているのだろう。
私の一言が肉塊を築き、私の指先が血河を生み出す。
先の見えない殺し合いを経て、ただ一人の勝者である私は前へと進んでいく。
だが、その先には決して未来は無い。
私は所詮、失敗作。「神」に至れなかった、ただの出来損ない。
代わりが生まれるまでの、代替品。
人ですらない、ただの物だ。
何時か「壊れる」明日へと向けて、何の意味も無く歩み続ける。
――なんかね、段々疲れてきちゃった。
もう、別に頑張る意味なんて無いんじゃないかな?
頑張った所で、先にあるのは破滅のみ。
だったら、私自らの手でその幕を引いてやろう。
自由を許されない私の、一度限りの反抗。
生まれて初めて選ぶ、選択肢。
それを選び取って、死ぬつもりだった。
だが終わってみれば、私は生きてこの世界にいる。
初めて得た自由、初めて見る世界。
だが、念願だったはずの自由は、期待していた程心が躍る事は無かった。
生き長らえておきながら、私は未だ惰性で生きる生活から抜け切れなかった。
そんな時、貴女がくれた言葉。
「――放っておいたら簡単に死んじゃいそうだからね。『友達として』隣にいてあげるわよ」
その言葉を聴いた時、靄に包まれていた目の前の視界が急に開けていくような気がした。
私が本当に欲しかったモノ、本当に見たかったモノ。
あの時は全体像が掴めずにいたが、今ならハッキリと分かる。
――そうか。
私は、ただ普通に暮らしたかっただけなんだ。
友人同士、時に笑い時に泣き。
何の意味も無いような下らない世間話に熱中したり、ムキになってみたり。
呆れ顔で喧嘩の仲裁をしてみたり、相手を思いやる余り本気で怒ってみたり。
街中で買い食いをしながら、商店街で何かもの珍しい物が無いか探してみたり。
そんな、誰でも手に入れられるような日常の欠片。
私が本当に欲しかったのは、そんな下らない毎日だったのだ。
リューテシア。
貴女が言った言葉はほんの軽い気持ちだったのかもしれない。
だけど、貴女のくれた言葉は、私にとっては地獄から抜け出せる蜘蛛の糸だったのだ。
その言葉のお陰で、私は救われた。
救われた私が、今ここにいる。
生きる意味を、生きる目的を見付けられた。
「所詮、私はただの小娘。一人では何も出来ない。でも、貴方がいたから。貴方達がいてくれたから。私はこうして今、ここに立っていられる」
ごく当たり前の、「普通」を手に入れられた。
「リューテシア。貴女と私は『友達』なんだから。友達だから、助けてあげたいの」
建前なんていらない。
私は、友達が欲しかったのだ。
そして、私はそのずっと望んでいたモノを手に入れていたのだ。
大切な友達が窮している。なら、する事なんて決まっている!
「私の『翼』は、貴方と一緒なら何処までだって飛んでいける!」
外壁から滑落し、眼前に迫る地面。
リューテシア、ルーク、そしてルナールにリサ。
彼らから委ねられた魔力で、時間ギリギリまで魔力の回復は出来た。
自らの身を囮として晒し、限界ギリギリまで軍勢を引き付けた。
私達の自由を、普通の生活を奪うなら。
大切な友達を、仲間を傷付けようって言うなら。
見せてやるわよ! 私の本当の力を!!
「フレイヤ――展開!!」
ものぐさスイッチ音声認識オン、叫ぶは力の結晶!
携帯端末を掲げ、こんな声を出せたのかと、自分でも驚く程に熱の宿った声を上げた!
―――――――――――――――――――――――
網膜認証、指紋認証、声紋認証、魔力認証、チェック。
神造プロジェクト・タイプM、ミラ本人と断定。全アクセス権限、搭乗者へ移譲します。
汎用人型強化外装フレイヤ、スタートアップ……搭乗者との意識リンク、構築完了。
全天周囲モニター起動。モニター、チェック。
「問題無いわ」
高解像度を誇るメインカメラ及びサブカメラから送られた映像信号、そのデータを元に実像と何ら変わらない程に鮮明な映像がディスプレイに映し出される。
このロンバルディアの地を蹂躙すべく、膨れに膨れた暴虐の徒。
その全てを視界に納め、向けられた敵意に確たる意思を持って相対する。
「ファーレンハイトが眠りこけている間、レオパルドは良くも悪くも進化し続けたわよ。無能という烙印を押し、身内を切り捨て。ここではない別の世界で、人としての尊厳を踏み躙り、更なる高みを目指して。フレイヤがその進化と罪の結晶、私の力――」
待機モード、スタンバイ。待機モードから戦闘モードへ移行。
全アプリケーション起動――Warning――エネルギー残量が不足しています。
万因粒子の供給が必要です、繰り返します――
「――ま、当然よね……リューテシア達が頑張ってフレイヤのバッテリーに魔力を供給してくれたけど、平常稼動所か動くのが精一杯って程度だったからね」
完全始動には到底及ばない、微々たる粒子残量故に機体が警報を発した。
未来への時間跳躍に多少魔力を使っていたのもあるが、未来へ進むのは大した消費量ではない。
飛んでいなかったとしても、この結果に大差は無いだろう。
いや、跳ばないのも不味いか。
こうやって時間跳躍によって時を進めたから、私がこの舞台に立つ事が出来たのだ。結果論には何の意味も無い。
……移動手段とフレイヤの主兵装のみにエネルギーを搾り、アプリケーションを立ち上げる。
――ギリギリ一発行ける、ってレベルか。
ショートカットスタンバイ、アクチュエーター、オールグリーン。
ものぐさスイッチとの連動準備――接続完了。
――機動準備、完了。
エネルギー残量確認、万因粒子貯蔵量は――かなり不安ね。警告も出たままだし。
だけど、これでやるしかないのよ……!
「――ここに座るのも、一体何年振りかしら」
幾百幾千、戦いと研究と実験のみで築かれた私の過去。
思い出すのは、その全てが血塗れの記憶。
血肉とし、魂を屠り続けたその日々。
体長3メートル。全重量約3トン。
白を基調とし、ビジュアルを整えるように赤色で塗装された機体。
何も知らない者であらば、女神像と勘違いし思いの丈を吐露し、祈りを捧げる事もあるかもしれない。
あの男が目指したモノを考えれば、そうなるべくデザインされたのだろうが。
神の頂へ座するに相応しい、神々しさを落とし込めた見事な造形美。
数多の無骨な直線の中に、女性らしさを感じさせる曲線美を自然に混ぜ込んであり、背にはまるで天界の御使いが背負う、無垢なる白を固めたかのような翼型の端末。
それは例えるのであらば、機械仕掛けの天使であった。
ミスリル銀とオリハルコンによる合金素材で全身を覆われた、私がいた世界――その最先端技術の全てが集約した兵装。
美観の為にマシンスペックを落とすという愚を犯す事はせず、その機動性、戦闘能力、演算能力。
全てが製造当時のパーフェクトとなるべく作り上げられた、私の為だけに作り上げられた究極の一品。
知識はあれど、力の無い私が操るというコンセプトで生み出された、万因粒子――この世界での魔力を動力源とした外付けの暴力装置。
魔法と科学が融合した、この世界からすればオーバーテクノロジーの傑物。至高の一点物。
全知全能の神という、愚かにも神域を目指した人の欲望の結晶。
「暴力なんて理不尽は、私の理不尽で捻じ伏せる!」
――偽神の翼、失われたその輝きが蘇った瞬間であった。
汎用人型強化外装 フレイヤ。
地下拠点の各種設備を稼動させる為のバッテリーとして使わてたのはコレのバッテリーです。




