143.「略奪」行為
人か、魔族か。そんな些細な事がそんなに重要なの?
友好的な相手か、害しようとする相手か。敵か味方か。重要なのは見た目じゃなくて内面なんじゃない?
王様に向けて言うような言葉じゃないのは分かってるけど、敢えて言わせて貰うわ。
私達からすれば、顔も名も知らない何処かの魔族とやらより、貴方の方が余程明確な敵にしか見えないわ。
仮にも魔族が敵だと抜かすなら、同族を虐げてる場合じゃないんじゃないかしら?
貴方達がその気なら、こっちも受けて立つわ。
「――レオパルドに攻め入る前に、足元は踏み固めておかねばならんな」
ファーレンハイトという国へ届いた返答の内容を読み終えた国王は、その書状を真っ二つに破り捨てた。
その表情は苦虫を噛み潰したような、不快感を隠しもせず露にしたものであった。
国王陛下への返答に安っぽい手紙一つで済ませるというのは侮辱にも等しいが、寧ろ相手を挑発するのが目的なので、この選択はわざとである。
本当は面と向かって口汚い挑発を入れるのが一番良いのだろうが、それをすると伝言役に命の危機があるので手紙にしたというのもあるが。
「一体誰に楯突いたのか、どうやら理解出来ていない腑抜けがいるようだな……良いだろう、やってやろうではないか」
ロンバルディア地方などという、厳冬の地とファーレンハイトという肥沃な温暖な地。
持てる者と持たざる者。
これから起こすのは戦争ではない。
数に物を言わせた、ただの略奪だ。
「食料の消費は、あれだけの食料を生み出せる地を奪い取ればどうにでもなるだろう……」
もう少し抵抗をするかと思いきや、素直に挑発に乗ってきた事で動きやすくなったとばかりに計画を詰め始めるファーレンハイト王。
不気味な笑顔を浮かべ、近い未来に得るであろう栄えた地に思いを馳せるのであった。
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あーあ、やっちゃった。
ルークを納得させて、聖王都に真正面から喧嘩吹っ掛けちゃった。
なので、これからこのロンバルディアの地が戦火に見舞われるのは確定事項となってしまった。
ルドルフは大人しく聖王都の意向に従い、ロンバルディア地方から撤収した。
無論、彼に従う部下達と共にである。
これは別に、裏切ったとかそういうのではない。
無事退けた後に、ルドルフにはまたロンバルディアとファーレンハイトを繋いで貰わねば困るのだ。
だから、ルドルフ商会という存在が聖王都に対し反旗を翻すような事態になってはならない。
国家に従順な姿勢を見せねば、聖王都との軋轢が残ってしまう。
戦争というのは、起こす前から着地点を見定めておかねばならないのだ。
――ま、私の予想通りに事が運んでしまうと、ここで起こるのは戦争なんかじゃ無いんだけどね。
それから、戦闘が発生するのは決まってしまったので、覚悟が決まっていない人々はロンバルディアから退避するよう通達を出した。
民間人が巻き込まれるのは、私としても勘弁して欲しいからね。
戦いが終わった後、また戻ってきても構わないと全員に伝え、それでも尚この地に残って戦う覚悟がある人だけを募った。
結果、居場所の無い半人半魔の人々の大半。そして聖王都の今までの所業で苦しめられてきて、一泡吹かせてやりたいという人々のみがこの地に残る事になった。
尚、元勇者様であるアレクサンドラは消息不明である。
初めから計算に入れていないので戦力が足りなくて残念、という事では無いけど。
情報を探る為にルドルフにお願いして聖王都の様子を伝えて貰ったが、聖王都やその周辺でもアレクサンドラの姿は見られないとの事だ。
味方に付ける事は出来ないが、代わりにこの様子なら敵対する事も無さそうだ。
お陰で、第一の懸念は片付いた。
勇者様を相手にしろっていうのは流石に辛いからね。
それに、恩人を切り伏せたくは無い。
リューテシア達には残った人員と共に、篭城戦の準備を進めて貰っている。
こちらは、私の策が失敗した時の保険である。
こうなる可能性も考えてなくは無かったので、戦う手段というのは前々からリュカに頼んで用意して貰っていた。
お陰でリュカも私同様、ここ最近地下に引き篭もりっ放しであったが、幸いリュカは苦にしていないようなのは助かった。
仮に私の策が失敗しても、あれだけ強固な篭城の布陣を作れれば抵抗位は出来るだろう。
地下は「時」の術式によって保護されているので、生半可な方法では物理的に破る事は不可能。
包囲して兵糧攻めにするかもしれないが、そもそも地下には既に開拓済みの広大な畑が存在している。
水に毒を混ぜてくるかもしれないが、現状地下で用いている水は一度蒸気機関を用いて煮沸、水蒸気となったものをろ過して使用している。毒が混ざり込む余地が無い。
水を絶つ事もあるかもしれない、だがそうなったら最悪あの地下を水没させかねない豊富な温泉水源を利用する事も考えられる。
正面入り口から強行突破が一番恐ろしいのだろうが、逆にそこしかまともな入り口が無いので対策は容易だ。
遮蔽物の無い、なだらかな長い斜面。
数で勝っていても一度に押せないし、そういう状況で非常に輝く武器も用意してある。
私自ら要塞化したのだ、その堅牢さを十二分に発揮すればかなりの長期間戦い続ける事も出来るだろう。
食料が地下で入手出来るようになった現状、それこそ年単位での篭城すら可能だ。
だが、これはあくまでも保険だ。
それに、私の策が失敗した時。
それは私の死に他ならない。
……あんまり、死にたくは無いなあ。
喧嘩を吹っ掛け、私はひたすら待った。
何しろ、国力でも兵力でも、全ての面で聖王都が勝っているのだ、小細工など不要だ。
聖王都は、この地を蹂躙すべく本気で向かってくるだろう。
正面から堂々と、蹂躙すべく。
このロンバルディア地方に向かうルートは何箇所かあるが、私はソルスチル街にて待つ事にした。
ここが一番通り易い道が出来ており、兵に無理なく侵攻させられるからだ。
オリジナ村へと繋がる山道は、山越えが必要なので歩兵への負担が大きい。
グレイシアル村経由ルートは――あれは流石に考慮に入れる必要が無い。
奇策という面でもそれは流石に無い。余りにも遠回りし過ぎだからだ。
大まかな計算で、雪中踏破の労力も考えたらこちらまで到着するのに年単位必要だ、奇をてらうとかそういう問題じゃなくて、物理的に無理だ。
なので本命はこの整備した鉄道路線、意外性を突いてファーロン山道。この二つが聖王都の軍の侵攻ルートだ。
ま、もし外した時は蒸気機関車で転進して即座にファーロン山道まで向かう予定だが。
「――でも、私の予想は当たったみたいね」
闇に乗じて、といった撹乱する気配も無い。
こちらを害しようという、明確な敵意。
最早数えるのが馬鹿馬鹿しくなるような、万単位の兵が白昼堂々、こちらに向け突き進む。
予定通り、圧倒的な手勢を率いてこっちに向かってきてくれたわね。
問題ないだろうとは考えてたけど、これで第二の懸念はクリア。
「じゃ、予定通り撤収ね。私一人であの軍勢を相手するわ」
「――やっぱり、信じられない。ねえミラ、私も一緒に」
「遠慮とかそういうのじゃなくてね。リューテシア、単純に邪魔なのよ」
隣で私の身を案じて、共に戦おう。
そう言おうとしてくれたリューテシアの提案をハッキリとした意思を込めて拒絶する。
「それに、貴方には私がいない時に中枢部の術式を操作する仕事があるわ。操作方法は簡単にだけど纏めておいたし」
「でも――」
「なら言うけど、私は守る戦いってのを今まで実戦でやった事が無いのよ。知識はあってもね。私が出来る事は、ただひたすらに目の前の敵を殺し続け、血の海に沈めてやる事だけ……だから、私は貴女を守れないかもしれない。それは……嫌なの」
リューテシアを、失いたくない。
今の私は、そう考えている。
有能だから、違う。
仲間だから……それも、何だか違う気がする。
「だから最悪、このソルスチル街も捨てる判断もするかもしれないけど、それは覚悟しておいてね。じゃ、ここまで付き合ってくれて有難うね。予定通り、残った人員全員を連れて蒸気機関車で地下拠点まで移動して篭城開始、私が戻って来なかったら――いえ」
覚悟は出来た。
いや、聖王都と敵対するという判断を下した時点でそんなものは決まっていた。
奪う為ではなく――
「――必ず、戻ってくるわ。その時は……そうね、リューテシアにマッサージでもして貰いたいわね」
「……考えておくね。それじゃあ、それまでは私とミラの住処である地下拠点を守っておくわ。だから、絶対帰ってきなさいよね!」
リューテシアを見送り、蒸気機関車は黒煙を吐きながらソルスチル街を後にし、その姿を小さくしていく。
これで、味方は私の周囲からいなくなった。
孤立無援、孤軍奮闘。
私以外は、全て敵。
「――ま、後はなるようにしかならないわね」
覆水盆に返らず、賽は投げられた。
人事を尽くしたのだ、後は天命をこの手で掴み取るまでだ。
後は精々、私を侮って頂戴。
貴方達が私を甘く見れば見る程、私の勝算は上がるのだから。




