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141.魔物掃討戦

「ストルデン村の畑ですが、アレは一度スッパリ諦めてしまいましょう」

「――では、また新たに別の畑を拓くという事ですか?」

「いいえ。あの畑は土壌を整え、ようやく畑として使えるようになった貴重な農場です。完全に捨てる気はありませんよ」

「……? どういう事ですか?」

「あの畑ですが、囮に使わせて貰います。囮にはしますが、後で必ず奪い返します」


 ルークはこれから実行する内容を伝達員へと説明する。

 ルークは、初めからこの畑を囮として使う気だったのだ。

 最初の襲撃で畑は既にかなりの被害を負っており、畑の修繕は可能だが今期の作物は最早諦めるしかない状況であった。

 ならば被害を受けていない残りの作物に固執して考えを狭めるより、畑を囮として使う事で広がる可能性を重視した。


「まずは、程々に畑を修復して下さい。どうせまた荒らされるのは想定済みなので、修復されたように見えればそれで構いません」

「柵も修復するのですか?」

「体裁を整えるのが一番の目的なので、そこもお願いします。但し――」


 ルークは、柵を補強するよう指示を出す。

 畑に柵を設置する一番の目的は、作物を荒らす害獣等を寄せ付けない為の防壁という役割である。

 なのでこの柵が魔物の進行を食い止める目的で強化したのであらば、破られては何の意味も無い。

 しかしながら、柵は魔物に破られてしまった。

 だが、これは全てルークの想定通りの結果である。

 魔物に破られる(・・・・)ように作ったのだから。


「――わざと破られるように、ですか?」

「ただ直すだけでなく、若干補強する事で対策は打ったと相手に思わせたいんです。警戒されて引っ込まれるのがこちらにとって一番嫌ですからね、相手に攻め込む理由を与えたいんです」


 統率の取れた動きをする魔物。

 非常に珍しくはあるが、一切存在していない訳ではない。

 そして魔物というのは知能的には獣と大差無い。

 いくら統率が取れているとはいえ、その動きは必ず直線的になる。

 そういった輩を欺き誘導するというのは、実に簡単であった。 


「柵を強化されたが、それでも相手の力なら破る事は可能。なのにこちらは柵を強化したという事実がある為か、常駐兵の数は何も変わらず……この状況ならば、まるで僕達が相手の力量を測り損ねて判断ミスをしているように見えませんか?」

「言われてみれば、確かにそうですね」

「相手の考えを看破し、更にその上を行けると判断した時。人だろうが魔物だろうが必ず油断が生まれます。ましてや相手は魔物、人間や魔族程警戒心や知能を持っている訳でも無いでしょうしね」


 ルークの考え通り、魔物は畑の柵を破壊し、畑の内部へと次々に侵入を果たした。

 僅かばかりの常駐兵は、成す術無しで後退してしまっている。

 魔物はますます調子付き、畑内部へ深く、それも無警戒で突入するだろう。


「油断して魔物が畑深くまで侵入してきたのを確認したら、退路を塞ぎます」


 ルークは、地属性魔法で地中に穴を開け、地中に兵を伏せさせた。

 その上で穴の上に板を敷き、空気穴だけを確保して残りは完全に土で埋め立てた。

 魔物の中には鼻が効く物もいると考え、更に兵には自らの身体に草木の汁や土を擦り付けて体臭を念入りに消させた。

 地中の兵という存在が、ルークの切り札。

 だからこそ、この切り札の存在が相手に看破される訳には行かなかったのだ。


 ただ掘り起こして、その中に人員を配置する。

 それだけしかしなかったなら、もしその光景を誰かに見られていた時、警戒されるだろう。

 だが、同時に土を掘り返し、柵を再設置するという土木作業も行っていたとしたら?

 その様子を不眠不休、常に監視し続けられるだろうか?

 出来たとしても、完全に見落とし無く警戒し続けられるだろうか?

 柵を急ピッチで建造しているのだから、そこを往来する人の数、物資の数は非常に多く、そのペースも速い。

 二十人やってきて、十八人去っていく。

 残り二人が一体何処へ行ったのか? そこまで考えて監視を続けられる者はいないのではないだろうか?

 二人三人の内、一人がいなくなったなら何か思う事もあるだろう。

 だがこれだけの人数となると、大勢が来て、大勢が帰った。そんな印象しか抱かないだろう。


 柵や畑の補修というカモフラージュの工程を経て、少しずつこの兵は地中に集められたのだ。

 この畑を囮として、魔物を一網打尽にするべく。

 こうして魔物の群集の警戒をすり抜け、討伐兵達は魔物の背後を取り包囲網を敷く事に成功したのであった。


「後は、常駐兵と合流しつつ魔物を包囲殲滅します。それで全滅させられれば良し、駄目なら逃がさぬよう時間稼ぎに徹して下さい。この街から増援が駆け付けるまで魔物を釘付けに出来れば、それで勝利です」


 ――魔物討伐の為に、ルークの策で長々と地中の空間に埋められた兵達の鬱憤は正に爆発寸前であった。

 ロクに身動きの取れない、穴倉生活を強制させられていたのだから当然である。

 そして期は訪れた。その直情的な爆発力が、魔物へと一気に突き立てられる。

 数を重視している為か、一体一体の魔物の力は弱く、数で圧倒していれば兎も角。

 背後から奇襲を仕掛けた兵達に加え常駐していた兵が加わり、数の差が一気に縮まった。

 奇襲を受けた事で魔物達が混乱している事も加わり、数は討伐隊の方が半分未満という有様だが、戦況は一気に好転していくのであった。

 


―――――――――――――――――――――――



 ルークの兄ちゃんが、ストルデン村の畑を襲う魔物を倒そうとしているらしい。

 その為に、地面に掘った穴の中で何日も過ごせる忍耐力を持った兵を探していたみたいだ。

 なので、俺ことルナールはルークの兄ちゃんの言う魔物討伐隊に志願した。

 元々、ミラの姉ちゃんに拾われる前は洞穴暮らしが日常だった俺からすれば、数日程度穴の中で過ごすなんてのは苦でも何でも無かった。

 少しの期間だけ、昔の生活環境に戻るだけだと考えれば良い。

 それに穴に潜んでいる間は保存食とはいえまともな食事だって取れるのだ、どうって事は無かった。


 ストルデン村近くの畑、そこに深さ2メートル程度の穴というより塹壕を掘り、そこに入り込む。

 俺と同様、集められた兵達も少しずつ塹壕に集まっていき、その上に板を被せられ、土を軽く敷いて外から分からないようにカモフラージュする。

 魔物が襲撃を仕掛けて来るのが何時になるのかは分からないが、その時が来るまでは暇である。

 各自二週間分の食料と水を手渡されているが、魔物に話し声で気付かれない為に会話は最小限。

 特にする事が無いので、穴の中にいる間は寝てるか、筋肉や魔法の鍛錬に没頭している人が大半であり、事実俺もそうであった。


 そうして各々が思い思いに暇を潰し続ける日々の中、遂にその決行の合図が出る。

 頭上を物々しい足音が駆け抜けて行った時点で、既に中にいる兵達は武器を構え、臨戦態勢を取っていた。

 頭上を覆っていた蓋となる板を押し上げ、即座に魔物を背後から包囲し攻撃を加えていく。

 俺もそれに続くべく、炎の魔力を宿した剣を構え、魔物に向かって突撃――


「あっ! お兄ちゃん!」


 しようとした所で、その声で足を止める。


「えっ? り、リサ!? どうしてここにいるんだ!?」

「どうしてって、私も魔物を倒す為に来たんだよ」


 何を言っているんだこの人は、と言いたげに小首を傾げるリサ。


「倒すって、どうやって……」


 そこまで口にして、俺は気付いてしまった。

 リサがまるで大事な我が子を優しく抱き留めるかのように胸元に抱えている、謎の巨大なガラス瓶に。

 その瓶には並々と透明な液体が注がれており、今までのリサの所業から推測出来てしまう、その液体の正体。使用用途。


「勿論、コレを使ってだよ! 何日も何日も、私の魔力を少しずつこの中の水に溶かしてあげたとっておき(・・・・・)でね!」


 満面の笑顔を浮かべ、自慢の我が子を褒めるかのように抱えた瓶を撫でるリサ。

 そんな妹を見て、スッと頭から血が引いていくのを感じる。表情が消える。

 ――誰だ、リサをここに連れて来たのは。


「! お兄ちゃん! 危ない!」


 そんな僅かな思考停止の隙間を縫うように、俺へと向かってくる魔物。

 それを見付けたリサは、俺を守るべく自らが手にしていたガラス瓶を魔物に向けて投――


「や、やめろぉ!!」


 ――げようとしているリサを見付けてしまった事で咄嗟に上げた悲鳴は裏返っていた。

 自らに向かってきた魔物を一刀の下に切り伏せ、その刃を受けた魔物は金切り声を上げつつ地面へと倒れる。

 即座にリサを制止し、投げモーションを中断させる!


「使うなよ!? それ絶対使うなよ!? お前の分まで俺が全力で戦うから、絶対にそれ使うなよ!!?」


 俺は大丈夫だから! ほら! ほら!

 そう全身全霊でリサに向けてアピールする。


「……むぅ」


 リサは誠に不服であると言わんばかりに口を尖らせる。

 駄目なものは駄目、その危険物はしまいなさい!


「! よーし! 魔物なんて私のこの――」

「危なあああああああああああああぁぁぁぁぁぁいい!!?」


 今度は俺じゃなく自身に対して飛び掛ってきた魔物を見付けたリサ。

 キラキラとした愛らしい笑顔を浮かべるリサは、兄の偏見を除いても男達の視線を釘付けにする魅力があった。

 少なくともその笑顔の裏にある、彼女の思惑を知らない人からすれば!


 やらせるか!

 肉体強化の術を用いてバネのように地面を蹴り、リサの前に飛び込む。

 この程度の魔物であらば、油断でもしない限り一撃で切り伏せられた。


「リサ! お前は何もしなくて良いから! 本当、マジで!!」

「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」


 未だ俺達の目の前には包囲網の中に捕らえられた大量の魔物達がいる。

 自らの手にした危険物を起爆させたくて仕方ないのか、俺に対して強い口調で文句を言うリサ。


「リサは何もしなくて良いから!」

「私のとっておきを使えば、あんな魔物簡単に倒せるはずなんだから!」

「本当! お願いだから! つーか帰れ!」

「うん! これ(・・)の実地試験をしたら帰るね!」

「そのまま帰れって言ってんだよぉ!?」


 何だよとっておきって!

 今までお前が使ってたやつはとっておきじゃなかったのかよ!?

 じゃあお前の今手に持ってるとっておきって一体どれ程の破壊力を秘めてるんだ!?


 想像するは、大惨劇。

 迫る爆炎、焼き尽くすかのような熱風。

 視界が紅蓮に染まり上がり、肌身を焼き焦がしていく。

 魔物は確かに全滅するが、その周囲にいる人々に向けて膨れ上がった灼熱が襲い掛かる光景。


 おかしいな。

 今はロンバルディア地方の季節の中でも暖かい時期なはずなのに、急に背筋に冷たいものが走るぞ。

 俺がリサを止めないと、大変な事になる気がする……違う、気がするんじゃなくて絶対そうなる。


「ルナール! 手を貸してくれ! こっちの包囲網が破られそうだ!」

「分かった! 今行くから待ってろ! いいかリサ! 絶ッッッ対にそれ使うなよ!?」


 念入りに、本当に念入りに念を押して、俺は救援を求めていた兵の場所へと駆け出す。

 応援箇所に辿り着き状況を確認すると、そこは兵が一人当たり五体もの魔物を相手取っており、防戦一方で中々数を減らせない状態だった。

 確かにこれはキツい、でもそこに俺が加われば――


「突風よ、何でもかんでも吹き飛ばせ! エアロシュート!」


 背後から、生まれた時からずっと聞き続けた、とても聞きなれた声が聞こえる。

 瞬時に頭をリサのいる場所へ向けると、何やらリサが魔法を発動したようだ。

 だが、リサの姿を確認した途端、強烈な違和感と悪寒が走る。


 ――リサ、お前さっき持ってた瓶を何処へやった?


「ルナール! 余所見してんじゃねえ!」

「わ、悪い!」


 仲間の兵に怒声を浴びせられ、我に返る。

 そうだ、ここは戦場だ。油断すれば命を失う危険な場所だ。

 視線を再び魔物の方へ向けると、その視界の右斜め上空に不穏な影。


 あれっ? 何であの瓶があんな場所に――


「ごー、よーん、さーん……」


 まるで明日のピクニックが待ち切れない子供のような、ワクワクした声色でカウントダウンを続けるリサ。

 一体何を数えているのか。

 そんなもの――


「にーい、いーち――――」

「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!??」







 ――その夜。

 ストルデン村郊外の畑を爆心地として、討伐隊を巻き込む破壊力を有した小さなキノコ雲が立ち昇った。

 翌日、日の出と共に援軍として駆け付けたソルスチル街の兵が目にした物。

 それは焼け焦げた大量の魔物の屍骸と、薙ぎ倒された畑を囲っていた柵の残骸、吹き飛ばされた作物。

 そして大きな被害こそ出ていないが、多数の負傷した討伐隊の数々。

 そんな光景を目の当たりにし、頭を抱えるルークの姿であった。

「味方に被害を出すなよ!」

「ちゃんと治せる範囲で加減したよ! 何なら私も回復魔法使うの手伝うよ! ミスして自分が焦げちゃった時に使ってたら慣れてきたし!」

「それにどうすんだよこの畑! めちゃくちゃじゃんか!?」

「ミラお姉ちゃんが言ってたよ! 焼畑農業ってのがあるって」

「ミラの姉ちゃんが言ったのは絶対こんなのじゃない!!」

「は、畑が……これを修復するのに一体どれだけ時間が掛かるのか……」

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