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139.男の性

 時間跳躍を行い、跳び越えた時間の先でリューテシアに凄い目で睨まれた。

 ああ、そういえば大量の作業員をこの地下拠点に引き込んだんだっけか。

 リューテシアから報告を受けた所、現在三日目を終えたとの事である。

 さてさて。血気盛んな稼ぎ頭が沢山集まってきた事だし、少し作業をしなければならないわね。


「リューテシア、明日からちょいとリュカと一緒にソルスチル街に行ってくるから。リサと一緒に引き続き作業をお願いね」


 リューテシアから「また逃げる気なの!?」とか言われたが、私には何から逃げているのか良く分かりません。

 そう言い含め、翌朝。

 時計製作を行っていたリュカを引き連れ、私はソルスチル街へとやってきた。

 今回、この街へやってきたのはとある職業の方々を勧誘する為である。

 リュカを連れて行くと彼の精神に悪影響を与えかねないので、勧誘は私一人で行う事にした。

 場所によっては治安が悪い場所もあるかもしれないが、魔物が相手じゃあるまいし。絡まれたとしても私一人である程度対処出来るだろう。

 以前、地下拠点を襲撃された時の様に大量に押し掛けられたら少々苦しいかもしれないが。

 ルークやルドルフが目を光らせているこの街で、そんな事は起こらないだろう。


「さて、と。ねえ、ちょっと良いかしら?」

「あらぁん? ここはお子様が来るような場所じゃないわよぉ?」


 艶やかな衣服で身を飾る、甘ったるい口調の女性へと声を掛ける。


「儲け話――になると思うかどうかは貴女の判断に任せるけど。少し提案があって来たのよ」


 お目当ての人物を見付けた私は、こうして交渉を開始するのであった。



―――――――――――――――――――――――



 交渉を終えた私はソルスチル街にて一泊し、リュカと共に再び地下拠点へと戻ってきた。

 無論、ただの交渉の足の為だけに蒸気機関車を走らせるのは非効率的なので、一緒に物資も積載した上での凱旋である。

 雑用係に蒸気機関車に積載してある物資を全て倉庫に放り込むよう指示を出し、私は次の作業をするべく行動を開始する。


「リューテシア。悪いんだけど、明日明後日だけ農場開拓の作業員の一部を拝借するわよ」

「別に、私は構わないけど。何をするの?」

「この地下に個室を増やそうと思うのよ」


 嘘は言っていない。

 興味が無いのか、リューテシアは「あっそ」と生返事を返した。

 了承も取ったので、早速明日作業開始である。


「それと、リサ。悪いんだけどリュカと一緒にソルスチル街に人を迎えに行って欲しいのよ。お願いできるかしら?」

「分かりました」

「お願いね。駅で団体さんが待ってるはずだから。女性しかいないからすぐ分かると思うわ」

「女性だけ、ですか……?」

「ええ、そうよ」


 リサも蒸気機関車の運転には慣れているようなので、リュカと二人で運転出来るだろう。

 送迎は二人に任せ、私は私の仕事を成そう。


 翌朝。

 地下農場に集まった作業員の一部をリューテシアから借り受け、早速作業を開始する。


「――さて。もしかしたらリューテシアから既に聞いてるかもしれないけど、私が一応、この地下空間の主となっているミラよ。以後、宜しくお願いするわ」


 挨拶もそこそこに、早速作業を始める。

 リュカ達が蒸気機関車でこの地下拠点に連れて来るまでに全ての作業を完遂させねばならない。


「ここに、個室を作るわ。数は、そうね……とりあえず20もあれば充分ね。今日明日で完成させないといけないから、迅速かつ丁寧な仕事でお願いするわね」


 作業員に指示を出しながら、同一規格の個室を次々に作り出していく。

 一日の作業を終え、翌日へと日が移る。

 そして一日の作業工程を終え、予定していた個室の製造が完了し、大広間へと戻る最中に作業員のリーダーが話を切り出してくる。


「――何となく気になったんだがよ。今作った個室は、一体何に使うんだ?」

「んー……そうねぇ」


 まぁ、言っちゃって良いだろう。


「私みたいな小娘にこんな話題を振られても応対に困るかもしれないんだけどさ。ぶっちゃけさ、溜まらない?」


 ピシリ、という音が聞こえそうである。

 まるで空気にヒビでも入ったかのようだ。

 作業員達が目で相談をしているのが見て取れた。


「良い年頃の若い男がさ、飲み食い位しか娯楽が無いこんな閉所に何日、何週間も押し込められて。寝泊りしてる部屋だって薄い間仕切りで申し訳程度に区切られてるだけのプライバシーもへったくれもない状況。今はまだ数日しか経ってないから我慢出来てるみたいだけど、その内絶対暴発する輩が出てくると思うのよね。性欲ってのは、抑えられない人が多いからねぇ」


 しかし、私は遠慮なく続ける。

 面倒だから空気なんて読まない。


「今回数箇所、個室を作って貰ったのはそういう理由よ。後、連れて来たし」


 丁度タイミング良く、大広間に入った辺りで駅から響く蒸気機関車の鉄の足音。

 リュカとリサが、以前私が交渉した人物達を連れて戻ってきたのだろう。


「連れて来たって……おい……まさか……」

「うん、娼婦よ」


 有り体に言ってのける。

 今回、ルドルフやルーク達との話し合いで、私のいるこの地下、そこの農場を大幅に広げる計画が立案された。

 しかし大規模事業なので、リューテシア含む私達だけでは到底行えない作業量である。

 なので、ソルスチル街の作業員を引き連れ、一気に開拓する事になった。

 当然、作業に従事する若い男が長時間拘束される。しかもその男達は揃いも揃ってかなり高額な賃金を稼いでいる。

 閉所での作業はストレスも溜まるだろう。あとアッチもね。

 その発散目的として、彼女達に目を付けたのだ。

 リューテシアやリサ、それとついでに私もか。

 女日照りの男達の中に彼女達を無防備に放り込んでいては、何時か間違いが起こる事も有り得なくはない。

 なので、そういった事件を事前に潰す為にもこれは必要な工程なのである。


「――へぇ。ここがミラの根城って訳ねぇ。想像以上に広いし、地下とは思えない位綺麗じゃないか」

「ようこそお越し下さいました」


 派手な赤い薄布で身を包み、唇に朱を塗った蠱惑的な色香を漂わせる、正しく夜の女とでも表現すべき若い女性が大広間へとやってくる。

 ウェーブの掛かった艶やかな黒髪と、耳に付いた水晶のイヤリングを揺らしつつ堂々たる足取りで、また彼女の後ろから同様の雰囲気を漂わせた女性達。

 甘ったるい空気を周囲に振り撒きつつ、私の下へと近付いてくる。


「別に歓迎なんてして貰う必要無いさ。あたしらはあたしらの仕事をしに来ただけだからねぇ」

「丁度、皆さんに宛がう個室が完成した所です。案内させて頂きますね。作業員の皆さんは、今日で個室作成の作業は終了という事になりますので、明日以降はまたリューテシアと一緒に農場の開拓に勤めて下さい」


 作業員にそう言って別れ、私は今度はソルスチル街からやってきた娼婦達を引き連れ、来た道を取って返す。


 彼女達に提示した内容はこうである。

 地下拠点からソルスチル街への往路は無料。

 また、地下拠点で寝泊りするにあたって個室を用意するが、宿代は一切取らない。

 食事は食堂で簡単な物を作る事は出来るが、食事に関しては有料である。

 衣服の洗濯も同様で、したければ自分でするか、もしくは洗濯の作業を行っている雑用係に金銭を渡して別途やって貰えるよう依頼すれば良い。

 要は、移動と寝泊りする部屋のみ私達が負担するというだけである。

 後は、彼女達の基準に則った上で「商売」をして貰えばそれで構わない。


「――ここが個室です。一人一部屋行き渡るので、この個室で貴女達の『お仕事』をするなり、寛ぐなりお好きに過ごしてて下さい。それから、大広間から通じてる奥に大浴場もあります。男湯女湯でしっかりと区切られてるので、利用したければこちらもご自由に利用して貰って構いません」

「風呂まであるのかい。随分といたせりつくせりだねぇ。どっかの貴族様の屋敷なんかよりよっぽど充実してるじゃあないかい? この地下はさぁ」

「褒め言葉として受け取っておきますね」

「タダで風呂を使わせて貰えるのは有難いねぇ。何せ『色々と』汚れちまうからそれをスッキリ流せるのは有難い限りさね」


 来て頂いた方々全員に個室を宛がい、個室の部屋の鍵を渡す。

 恐らく大金が動く事になるのが予想出来るので、施錠出来る部屋は必須である。

 尚、ここでは現金でしかやり取りを行わないので、契約書の類は彼女達には配布しない。

 場所も与えたし説明もした。後は彼女達の問題なので、私はさっさとリューテシア達の下へ戻るのであった。



―――――――――――――――――――――――



 リューテシアの所へ戻った所、丁度農場開拓が終わったタイミングだったようで、一汗流す為に温泉に入るとの事だ。

 折角なので、私も一緒に入る事にした。

 尚、これは余談だが。男湯と女湯はどちらも百人単位での入浴が可能な大浴場となっているが、今回ここ地下拠点を訪れた作業員達の9割以上は男である。

 なので、大衆の入浴時間となる仕事上がりのタイミングの男湯は非常にごった返す。

 混雑を緩和する為には時間帯を区切り、女湯も男湯として開放した方が良いのだろうが、そうはしないでおいた。

 私達が何時どのタイミングで入浴したくなるか分からないし、今回呼んだ商売人の方々が使いたくなるかもしれない。

 それに、時間帯で区切っても人為的ミスによって裸の男女が出くわすハプニングも起きないとも限らない。

 だったら、初めから女湯を開放するような事をしなければ良いのだ。

 男湯側はまるでイモ洗いのような状況だろうが、別に入れない訳でも無いので現状維持とする。

 今後、更に作業員が増える等で男の数が膨れ上がるようならば考えるかもしれないが、今はこのままで良いだろう。


 衣服や下着を脱ぎ、しっかりと畳んで脱衣所のカゴに収めるリューテシア。

 私は、別にカゴに入れる必要も無いのでものぐさスイッチの亜空間内に衣服を放り込んだ。

 あの良く分からない来訪者が作ったトンデモ衣服は自動的に衣服自体に洗浄が掛かる為、服自体は一切の洗濯を要求されない。

 しかし自分の身体が汗をかく事なんかは止められないので、こうして入浴するのは必要である。

 大浴場に入ると、私達同様仕事上がりの男衆が今日一日の汗を流すべく、湯浴みをしている喧騒が隣から聞こえる。

 作業員達の中に女性がいないという訳ではないが、ほぼ皆無と言っても過言ではない。

 その為、私達が入った際に女湯には他の誰もいなかった。

 リューテシアと一緒に、石鹸で身体を洗う。

 何故かリューテシアが私の髪を洗ってくれるというので、折角なので洗って貰った。

 代わりに私もリューテシアの髪を洗い、泡をしっかりとシャワーで流した後、のんびりと足を伸ばして温泉に浸かる。

 尚、私もリューテシアも髪が長いので、当然湯船を汚さぬよう入浴の際には髪をタオルで纏めている。

 湯船に浮いてる髪の毛とか掃除が大変だしね。


「――ねえ、ミラ。何かこの地下に妙にケバくて甘ったるい感じの女がやたらといたけど、貴女一体何をしてたの?」


 地下農場開拓の監督役として目を光らせている為、他の情報が耳に入ってきていないのか、リューテシアが質問する。


「ん? ああ、この間個室を作るって言ったじゃない。その個室に売春宿出張所を作ったのよ」

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 怒声に近い驚きの声と共に、リューテシアが立ち上がる。

 その勢いで彼女の豊満な胸部がたゆんと揺れる。


「馬ッッッ鹿じゃないの!!? あんな、あんな汚らしい場所をここに作るなんて!! ミラ、貴女馬鹿よ! それもとんでもない大馬鹿よ!!」

「随分言ってくれるじゃあないか」


 私を指差しながらリューテシアが糾弾していると、乾いた音を立てながら、浴室の扉が開け放たれる。

 そこにいたのは、先程案内した娼婦の一人であった。

 そんな彼女を見た途端、うげっ、と小さく唸るリューテシア。


「じゃあその汚らしい場所とやらで暮らしてるあたしは一体何なんだい?」

「……駄目よリューテシア。身を粉にして立派に日銭を稼いでいる労働者を差別するような発言は頂けないわね」


 私はリューテシアを諌める。


「違法じゃないし、大衆の支持を得てる。そして本人も納得してるなら、何処からも後ろ指指される謂れは無いわよ」


 この三つの内、どれか一つでも欠けているというのならば問題ではあるが。

 まあ中には借金なんかで自らの意思に反して働いてるのもいるかもしれないが、そういうのは別問題という事で。


「へえ。子供かと思ったけど、ミラは中々話が分かる相手なんだねぇ」

「まぁね……えーっと、そう言えば貴女の名前を聞いてなかったわね」

「そういやそうだね。あたしはアニータって言うのさ、ミラ」


 腰に手を当て、堂々と言ってのけるアニータ。

 娼婦という、男を魅了し喜ばせる事を生業としているアニータは、女性である私から見ても中々のプロポーションであった。

 年も若く、まだ二十代前半といった所だろう。

 柔らかく曲線を帯びており、肉付きも良いが、くびれもしっかり存在しており、間違っても太っているなどとは言えない体型である。


「――初めてここに来たけど、これまたどえらい広さの風呂だねえ。あたしが以前見た貴族様の風呂がまるで手桶みたいに感じるよ」


 興味深そうに、大浴場を見渡すアニータ。


「しかも、こんな広い風呂にこんなにお湯を張って……ミラ、あんたこんな贅沢して金は大丈夫なのかい? それにこんな年でこれだけの財力……もしかしてミラ、聖王都の貴族様かなんかだったりするのかい?」

「私は何者でもないわ。ただのミラよ。それに、このお湯は地下から汲み上げてる温泉だから、別に沸かしたりとかそういう手間は踏んでないのよ。汲み上げるのもまぁ、魔力を利用した機関で動いてる訳だから燃料代は掛かってないしね」

「……寧ろ、汲み上げて外に捨てないと危ないしね」


 リューテシアの言う通りである。

 何処かの水脈と通じてると思われるここの温泉は、常に蒸気機関を稼動させて排水を続けないとその水面を徐々に上昇させ、やがてこの地下を飲み込んでしまいかねない。

 それに、硫化水素泉質なので有毒ガスも含有している為、換気も常時稼動させねばならない。

 これを魔力に頼らない、通常の蒸気機関で行おうとすれば常に膨大な燃料を消費し続けていたかもしれない。

 薪等の燃料でも魔力でも動くという、折衷式の蒸気機関にしておいた判断は正解だったようである。


「……? 良く分からないけどさ、あたしも入って良いんだろ?」

「ええ、構わないわ。ただ、入る前に身体はちゃんと洗ってね。そこの壁面に石鹸とシャワーが置いてあるから、それで身体を洗うと良いわ」

「分かったよ」


 バルブを捻れば水とお湯が出るのでそれで調整して丁度良い温度にするよう説明し、壁面に備え付けられた石鹸とシャワーを使い、身体を洗うアニータ。

 彼女は私達と違いそこまで髪は長くないので、比較的早々に身体を洗い終えて温泉にその身を浸した。


「――っはー、こりゃあ良いや。身体の芯まで温まるねえ」


 気持ち良さそうに身体を伸ばし、間延びした声を上げるアニータ。

 そんな彼女を尻目に、温泉に入ってきた途端アニータと距離を開けるリューテシア。


「……やっぱり、不潔よ」


 ポツリと漏らすリューテシア。

 その言葉は恐らく、アニータに向けての物であろう。


「そんな、好きでも何でもない、何人もの男に身体を触らせるなんて……」


 侮蔑と批判が入り混じった発言。

 かつてリューテシアが奴隷だった頃、私が買い上げねばそういった道に進む可能性もあった……いや、リューテシアの魅力的な肢体や愛らしい顔立ちを考えれば間違いなくそうなったであろう。

 そんな境遇に我が身を晒す可能性があったリューテシアは、そういった性的な物に忌避感があったとしても不思議ではないだろう。


「――どうしてそれが駄目なんだい?」

「えっ?」

「別に良いじゃないか、女が男をとっかえひっかえしてもさぁ。男だって女を何人もこまして時には捨ててるじゃないか。なら、あたしもそうして一体何が悪いんだい?」

「で、でもお金を払って、そういう事をするなんて……」

「可愛らしい発想だねえ。いや、子供っぽいとも言うのかねぇ? 少し潔癖過ぎやしないかい?」

「……リューテシアは元奴隷だからね。だからそういう行為に抵抗があるんでしょう」

「元奴隷? ああ……だから魔族なのにこんな所にいるのか」


 腑に落ちた、とでも言いたげな表情を浮かべるアニータ。

 ソルスチル街には半人半魔の人々は増えつつあるが、それでも純粋な魔族というのはこの辺りにはリューテシアしかいない。

 もしかしたら奴隷とかの中にはいるのかもしれないが、少なくとも私は見た事が無い。


「そんな訳で、リューテシアは初心なのよ。だからあんまりからかわないでね」

「へぇ、そうかい。なんだったらリューテシア、あたしが男を悦ばすテクを色々教えてあげようかい? 将来役に立つわよ」

「ゑっ!? い、いらないし聞きたくないわよそんなの!!」


 全力でアニータの提案を拒否するリューテシア。

 驚きの余り声が裏返ってしまっている。


「もう! ミラ、何でこんな女を私達の場所に入れたのよ!」

「何でって言ってもねぇ。これは私やリューテシア、リサの身を案じてやった事なのよ?」

「えっ?」


 閉鎖空間で周りは男だらけ。

 プライバシーもろくに確保できていないタコ部屋同然の共同生活。

 そんな状況では性欲を発散する事が出来ないから、溜め込むしかない。

 溜めに溜めて、その性欲の捌け口として私達に矛先を向けられたらたまったものではない。

 食欲、睡眠欲、性欲。人間の三大欲求と呼ばれるこの欲望は、抑えようと思っても抑えられるものではないのだから。

 人によっては性欲が枯れているような人もいるかもしれないが、そんなのは極少数だろう。

 人は食わず寝ずでは生きていけない。そんな生物として当たり前の欲求と同格として存在している程に性欲というのは強い感情なのだ。


 それだけに、強い魔力の源にもなるんだけどね。

 残念ながら私は感情に乏しいからそういった感情を魔力として運用出来ないのだけれど。


 だから、溜まったならそういった性欲の捌け口がそこにありますよ、と。

 ガス抜きの場所を用意する事でリューテシア達に間違っても危害が向かないようにするのだ。


「……むぅ」


 私の説明を受け、納得は出来ないが理解はした、とばかりに頷くリューテシア。


「ミラ、あんた結構色々考えた上であたし達を呼んだんだねぇ。初めに声を掛けられた時は一体何事かと思ったけど、そこまで考えてたのかい」

「そうですね。ですからそういった事情があるので、男共に求められて金も払うというのに仕事をする気が無いというのなら残念ですが、そういう方にはソルスチル街に帰って貰います。貴女方が普段街でやってる仕事をここでも出来るように、間借りさせているという考えていて下さい。働かないのなら居ても邪魔なだけですので」

「……肝に銘じておくよ。所で、生理が重くて動けないとかそういう時は、帰った方が良いのかい?」

「別にそこまで目くじら立てる気は無いです、それは単に体調不良なのですからそういう日はここで休んでても構いませんよ。ただ、あんまりにも酷いようなら回復魔法を使える人に見て貰った方が良いでしょうけどね。要は、怠け者に食わせる飯も貸す場所も無いというだけですよ」

「分かった。一緒に来た連中にもそう言って置くよ」


 さて、そろそろ上がるか。

 そう言い残し、風呂場から立ち去ろうとするアニータ。


「早い奴ならそろそろ男共も飯を食い終わるだろうしねぇ。ミラがこうして場所を貸してくれてるんだ、あたし等もあたし等の『仕事』をしなきゃねえ」


 右手を上下に動かす仕草をしながらクスリ、と不敵な笑みを浮かべてアニータは扉の奥へと消えていった。

 さてあの手の動きは一体何の意味を持ってるのかしら、分からないわねー。


「――リューテシアもそろそろ上がった方が良いんじゃない?」

「まあ、そうね。そろそろのぼせちゃうだろうしね」

「それもあるけど。今まで稼いだ金銭の一部を引き出したいっていう男が今日から沢山出てくるかもしれないわよ?」

「えっ?」


 しばしの沈黙の後、私が何を言いたいのかを悟ったリューテシア。


「嫌よ! 何で私があんな女達の仕事とやらの手伝いをしないといけないのよ!!」

「別に私はそんな事言ってないわよ? 金が必要になる理由も、もしかしたら酒なんかを飲みたいからって理由かもしれないじゃない。決め付けは良くないわよ」


 そう、酒が飲みたいだけかもしれない。

 果物を食べたいだけかもしれない。

 小腹を満たす為に軽食を取りたいだけかもしれない。

 決して、女を買う為に金を引き出すのではない、うん。そう言う事だ。

 リューテシアをそう説得し、またリューテシア自身も自らをそう納得させた上で、私はリューテシアを笑顔で送り出すのであった。

下品だと? 不潔だと?

狭い空間内で美女と一緒に押し込められても間違いなんか絶対起こさない! と断言出来る人だけ石を投げなさい。


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