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138.巨大地下農場、開拓開始

「――揃ったわね」


 大広間にかなりギュウギュウの間隔で並んだ、募集作業員の面々を眺めて私は呟く。

 面倒くさい事は任せた、とばかりにミラに仕事を押し付けられ、また他の連中は全員仕事を抱えているので、この作業員達の先導は私がやらねばならなくなった。

 一部の作業員達が「あれって、エルフじゃないか?」「魔族……?」といった内容をヒソヒソと話しているようだが、気にせず説明を始めてしまう。


「――皆さん、今回は集まって頂き有難うございます。この地下の主は今現在留守にしていますので、代行として私、リューテシアが皆さんへと説明させて頂きます」


 因みに、見ての通りエルフで魔族です。

 そう説明を付け加えると、一部の作業員達が動揺を示す。

 一部だけである理由は、恐らく他の面々は何処かしらで私と面識を持っているからなのだろう。

 もしくは、半人半魔がいるのだから、魔族がいても不思議ではないとでも思っているのだろうか。


「魔族の下では働けない、魔族の言う事なんか聞けないというのであらば、帰りの便を用意しますのでそのまま帰って頂いても結構です。そういった人物は不和を招く原因になりますので、いなくて結構です。また、場合によっては私ではなく別の誰か……恐らく子供や半人半魔の誰かが皆さんの指導員になるかもしれませんが、そういった人物の指示も聞く気は無いというのであれば同様です。帰るなら、今の内ですよ?」


 冷たい言い方だとは思っているが、これは単にミラから渡された説明の内容を丸読みしているだけである。私の意志ではない。

 幸いな事に、動揺していた人物も周りの大半の人物が平然としていたので徐々に動揺は収まり、帰ると言い出した者は一人もいなかった。


「――分かりました。では、今日は移動時間もありもう遅いので、仕事は明日から行います。今日は最初にグループを決めた後、この地下の施設案内、その後夕食と入浴の後に就寝となります。では最初に、作業員の皆様は同じ募集要項同士で10人のグループを作り、伝達役のリーダーを決めて下さい。リーダー以外の面々は一旦皆さんが寝泊りする事になるゲストルームに案内しますので、呼ばれるまでそこでしばし休憩していて下さい」


 この地下で生活する上での集団、その集団への指示や活動を円滑化する為にいくつかのグループへ分ける。

 ある者は気の知れた者同士。またある者はあぶれた者同士でグループを構成していく。

 全員のグループとリーダーが決まったら、リーダー以外の全員を客室へ案内した。

 残った数十人のリーダーは大広間に残って貰い、このリーダーへと説明の続きを開始する。


「さて、それじゃあこの地下施設の案内をさせて頂きます。あれだけの人数だと一度に行動出来ないので、リーダーである皆さんが施設の案内を後程してあげて下さい」


 手始めに、大広間から一番近い大浴場へと案内する。

 脱衣所、そして浴場へと案内すると全員が感嘆の息を漏らす。

 ただの施設の案内なので、あまり時間は掛けていられない。

 続けて、開拓する場所となる地下農場へと案内する。

 現時点でも既に作物――主に私が植えた果物中心――が育っているのを見て、「本当にこんな場所に作物が……」と、驚いている人物もいる。

 そして無駄に大規模な……作った当初はこんなに大量に作って馬鹿じゃないのかと思ったが、今こうして大人数を招き入れた現状を考えると割と適切な数となっているトイレへと案内。

 また、食料や換えの衣服等、資材の一部を置いてある倉庫――その他、生活に必要となる部屋の数々を案内していく。


「――以上が、皆さんの生活する居住スペース、及び仕事現場となります。それ以外にも部屋がありますが、私が案内した場所以外の部屋には入らないで下さい。といっても、普段は鍵が掛かっているので力尽くで押し入ろうとでもしない限りは入る事は出来ないと思いますが」

「……もし、入ったらどうなるんだ?」


 例えばの話なのだろうが、リーダーとなった男の一人が質問してくる。

 なので、単刀直入に答えてやる。


「最悪、死にます」


 そう答えると、何処からか静かに息を飲む音が聞こえる。


「先程案内した場所に関しては問題無いですが、それ以外の施錠されている扉の奥は主に私達やこの地下空間の主であるミラの私室や作業部屋となっています。ですので、色々見せたくない開発中の道具や、触ると危険な物なんかが置いてあるので、皆さんの安全を守る為の処置と考えておいて下さい。以上で、説明を終えます」


 各施設の案内や注意点を終えたので、ここで解散。

 後は施設の案内をリーダーを通じて全員に広めて貰う。

 各々バラバラのタイミングで移動して貰う事で、一度に案内しようとすると発生する混雑を避けようという魂胆である。

 それでも多少混むかもしれないが、身動きが取れなくなる程ではないだろう。


「あ゛ー……終わった終わった」


 こんな大事なタイミングなのにミラってばこの時間軸にいないんだもんなぁ。

 こういうのはミラ自らやれば良いのに。

 後は、客室にて食事を振舞って、風呂に入った後就寝。

 尚、雑用目的で召集した人達には明日早めに起きて朝食の準備をして貰う事を告げておく。

 明日からいよいよ本格的に作業開始、か。

 明日からはリサも手伝ってくれるって話だけど、何とかなるのかしら?

 いや、しないと駄目かぁ。

 ミラに任せた、って言われた訳だしね。

 友達の頼みだし、頑張らないとなぁ。



―――――――――――――――――――――――



 翌朝。

 まだ朝日が昇るには早い時間帯ではあるが、雑用組を起こし、朝食の準備を始める。

 たかが食事の用意ではあるが、今回雇い入れた作業員の人数は百人を悠々と超える。

 その為、調理場は戦場と化した。

 料理というより、完全に炊き出しである。

 不味い代物を作る訳にはいかないが、これだけの人数の食事を用意するとなると彩りがどうとか見栄えがどうとか、そんな些細な事を気にしている訳にはいかない。

 肉や野菜を均等に、ある程度栄養バランスを考え、時間までに調理を間に合わせる。

 手の込んだ料理ではなく手早く大量に用意できる。それが最重要だ、とミラは言っていた。

 肉と野菜だけでは栄養バランスが偏るので果物なんかも少量食事として用意する事、と注釈を入れられた。

 何でも、びたみんがどうとかひっすえいようそがなんとか、何だか良く分からない事を言っていたが。

 要は、色んな食材を使って料理を作れという事らしい。

 今日の朝食は、パン二切れ、ベーコンと玉ねぎのスープ、キャベツの塩漬けである。

 朝食からガッツリ食べると胃にもたれるので、割とアッサリ目である。

 朝食の仕込みが終わった辺りで、朝日が昇り始める頃合となる。

 ここは地下なので朝日で目覚める……という訳には行かないが、作業員の面々はどうやら体内時計がしっかりと出来上がっている人物が多く、朝日に頼らずとも勝手に起き出す人々が多かった。

 が、全員が全員そうではないので、起床時刻が来た段階で作業員達の共同部屋に入り、ホイッスルを思いっきり吹き鳴らす。

 百人を超える人数が生活する空間なので、部屋は広い。

 入り口で鳴らしただけでは部屋の奥まで音が届いていないかもしれないので、部屋の外周を周りながらホイッスルを鳴らして強制的に起こしていく。

 じ、地味に息切れが……何度も吹くと結構辛いのね、これ。

 全員を起こしたら、作業員を食堂へと案内し、先程用意した朝食を配布していく。

 列に並ばせ、配膳役の人から食事を受け取り、各々が思い思いの席へと腰掛け食事を取る。

 手間を省く為、食べ終わった食器は返却口へ各自で返却して貰う。

 食事を終えたら、いよいよ畑の拡張作業開始である。

 また、雑用係はこれから朝食の食器の片付けである。

 石鹸はここで作った物を好きなだけ使って構わないので、とにかく手早く洗っていく。

 ここでチンタラ時間を掛ける訳にはいかない。何しろこの食器を洗い終えたら間髪入れず今度は昼食の準備が待っているのだから。

 それに、作業員達の衣服の洗濯。大浴場や大広間といった各施設の掃除も待っている。

 銀貨5枚という大金を払っているのだから、濃密なスケジュールで忙しなく動き回るのは当然といえば当然だ。

 高い給金にはそれなりの理由があるのよ。

 朝食が終わった辺りでリサが起きてきたので、雑用役の指示をリサに一任して私は作業員と共に地下農場へと向かう。


 さて、私の仕事はここからが本番だ。


「――で、地面は多少深めに押し固めるのが一番の注意点ね。後でこの上に実際に作物を育てる為の土が被さる事を忘れちゃ駄目よ。天井の高さは、今ある天井と同じ高さに合わせて。それから……」


 実際に地属性魔法を使ってここまでの大きさを切り開いた私の経験と、ミラの言っていた注意点を踏まえて作業員のリーダー達へと伝えていく。

 天井を今よりも高くすると、貯水槽にぶつかってしまうのでこれ以上大きく出来ない。まぁ、木を植える事も考えて設計されてる為か現時点でも十分に高いのだが。

 これから拡張した畑に何を植えて育てるのかは不明だが、ミラに聞いた所現時点では箱庭化して温度調整をするような追加作業は考えていないとの事だ。

 なので、温度管理をする為の魔石を作る必要は無いとの事である。私としてはこれが一番助かっている。

 何かしらを植えて育てるのは確定だが、魔石による個別の温度調整が効かないので、恐らく育てるのはこの地下の地熱によって暖められた空気で育つ作物、つまり温暖な気候で育つ作物に限定されるだろう。

 寒い地域と熱い地域で育つような作物は育てられないが、それでも十分だろう。

 そういった作物をピンポイントで育てる必要性が出た時は、既に製造済みの箱庭農場を稼動させれば良いのだ。

 その場合、私が占領している果物の数々を撤去しなければならないが、仕方ないだろう。

 うん、仕方ないのよ。必要なら、涙を呑んで撤去しないと駄目だよね。駄目なんだよね? 


「――以上よ。何か問題や疑問点があったら、逐一私に報告に来て。その都度指示を出すわ。では、開始してください」


 作業開始のホイッスルを鳴らす。

 リーダーを通じて作業員全体に指示が浸透し、私の告げた注意点を踏まえつつ各々が作業を開始する。

 さて、ここから私は作業員達への指示と監視がお仕事となる。

 普段、こういう隙間時間が出来た時は中枢部にて魔力の供給作業を行っているのだが、今回は私がこの場を離れる訳にはいかないだろう。

 なので、作業中は地下農場にて私の手帳へメモを走らせる事にした。

 この手帳は、ミラから渡された給料を使って自分用に買った物である。

 ミラは確かに様々な事を知っているが、ミラから教えて貰った事を一度で全て覚えられる程、私の頭の出来は良くは無い。

 なので、反芻(はんすう)するという意味も込めて。そしてミラが教えてくれた事を走り書きとして纏めておいたのを理解する為。

 そういった用途でこのメモ帳は活躍しているのだ。


 メモを纏めている最中、昼食の時間が訪れる。

 ホイッスルを鳴らし、昼食休憩の時間が来た事を作業員達に伝える。

 朝食同様、作業員達が一斉に食堂へと集まり、昼食を平らげていく。

 昼食を終えたら再び地下農場にて作業を開始する。

 日が昇り、そして日が傾き、水平線へと沈んでいく。

 時間が流れていき、徐々に夕食の時間も近付いてくる頃。


「リューテシアさん。俺の分担エリアの作業が終わったので確認して貰って良いですか?」

「ん、分かったわ。貴方は何処のエリアをやっていたのかしら?」


 作業班のリーダーが出来栄えを確認して欲しいとの事なので、実際に現場に向かい作業結果を確認していく。

 少し地面の掘り下げが足りていなかったが、そこを修正すればそれ以外の問題点は見当たらなかった。


「――よし、これで良いわ。なら、ちょっと早いけど貴方達の今日の仕事は終わりよ。あがって構わないわ」

「分かりました。おーい、お前等! 俺達の仕事は今日は終わりだとよ!」


 一班、また一班が与えられた区分の作業の完了報告を述べてくる。

 実際の仕上がりを私の目でチェックを入れ、手直しが必要な場所は指示を飛ばし、終わった班員から本日の作業終了と告げる。

 作業を終えた面々から大浴場へと向かい、今日一日の汗水を流していく。

 脱衣所にて新しい衣服へと着替え、一日着た衣服は雑用係が全て纏めて洗濯していく。

 入浴を終えたら、いよいよ夕食である。

 夕食はガーリックトースト、鶏肉の照り焼き、オニオンスープ、サラダ、ブドウ一房。これに希望であらば紅茶かコーヒーが付いてくるという少々豪華な内容である。

 食事を終え、後は就寝時間までは自由時間となる。

 しかしながら今日は初日なので、雇用した人員全員に渡さなければならない物がある。

 それは、給料を管理する契約書である。

 ミラが直々に考えた、改ざんが一切不可能な非常に強固な作りである契約書。

 奴隷契約書同様、この契約書自体に術式が刻まれており、実際ここに刻まれている術式は奴隷契約書に刻まれていた術式にミラの知識を加えてアレンジした物である。

 この契約書を全員に配布し、魔力を扱える者は自らの魔力を流し、魔力を扱えない者は契約書に自らの血を少量染みこませる事で魔力認証を行う。

 契約書には勤務日数とここで稼いだ賃金の総合計が自動で浮かび上がる仕組みであり、この地下拠点から作業員が帰る際にはこの契約書を破棄し、それまでに溜まっていた金銭を纏めて支払うという仕組みとなっている。

 日当計算なのに日払いではないのは、単に盗難防止の為である。

 これだけの人数全員に個別の金庫を与える事が出来なかったので、手元に纏まった金銭として残さない事で盗難を防止するという訳だ。

 契約書は魔力認証なので、本人以外では契約書と魔力的な紐付けが出来ないので、この契約書を誰かから奪ったとしても無意味である。

 また、ここで働いている最中、個人的に欲しい物があれば契約書を操作し、その時点で一部なり全額なりを払い出す事も出来るようにしている。

 その際にはここから払えと、施錠してある扉の奥にいくつか金貨の詰まった袋を、この地下拠点の運営資金としてミラが残していってくれた。

 なので、嗜好品を購入する事も可能である。酒とかその肴なんかだったりね。

 私は酒なんかより甘い物が欲しいけど。あの黒砂糖っていうのまた食べたいな。


 滞りなく、無事全員に契約書が渡る。

 後は残りの時間は自由時間とし、各々が思い思いに過ごすだけとなった。

 何やら私やリサに対し、個人的に話をしたいという男が何人も押し掛けてきたが、私達は他にも仕事があるので早々に奥へと引っ込ませて貰った。

 リサと共に施錠された扉の奥へと引っ込む。

 そして大きく溜息が二つ。

 どうやら私と同時にリサも溜息を付いたようである。


「……リサ、大丈夫?」

「リューテシアお姉ちゃんも、疲れてませんか?」

「まあ、それなりにね……初日だからする事も多いし、こんな日なのにミラはいないし……」

「ミラお姉ちゃん、もしかしてこんな日だからこそいないんじゃ……?」


 ――有り得る。

 あの面倒臭がりの女なら、「面倒臭いのは任せた」とか言って私達に押し付けてきそうである。

 というか、押し付けられたのか。

 次逢ったら文句言ってやる。


「ともかくお疲れ様。それじゃ、私達も後片付けをして、お風呂に入って寝ましょうか」

「あ、あの……私達だけでお風呂に入っても大丈夫なんですか……? い、今……沢山男の人がいますよね……?」

「ん? ああ、大丈夫よ。その辺りはちゃんとミラが対策取っててくれてるみたいだからね。内部から物理的にも魔力的にも強固なロックを掛けられるようになってるから、そういう心配は無用よ」

「そ、そうなんですか……ミラお姉ちゃん、色々考えてるんですね」


 明日も今日同様に忙しい日々になるだろう。

 今日一日の疲れは湯浴みでしっかりと流し切り、明日へ疲労を残さぬようリサと共にのんびりと入浴を堪能するのであった。

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