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137.人材募集

一般ぴーぽー視点のお話

 俺は、客車の座席に腰掛けた状態で約一日の鉄路の旅を困惑気味に満喫していた。

 周りを見れば、俺同様にやや挙動不審な人物が数名見受けられた。

 しかしながらこの客車に乗っている人物の大半は、どうやら既にこの蒸気機関車という乗り物に乗った経験がある人物らしく、彼等は用意された軽食をつまみつつ、軽口を交えていた。


―――――――――――――――――――――――



 ――俺は、ファーレンハイト領にある大農業都市ファーマイング、その郊外の村にて5人兄弟の末弟として生れ落ちた。

 俺の住んでいた村は余り裕福ではなく、時々何も食えない日がある程度には貧困の影が忍び寄っていた。

 兄弟の中でも俺は一番非力であり、腕も細く、力仕事では下手すれば女子供と比較される程の体たらくであった。

 しかしながら魔法の才には僅かばかりではあるが恵まれたようで、地属性の魔法であらば一般的な魔法使いにやや及ばない程度には使いこなす事が出来た。

 だが、それでも魔法使いとして生きて行けるかと言われれば否としか言えない。

 いわゆる、落ちこぼれと呼ばれる人間であった。

 なので生活の苦しい村としては当たり前の如く、口減らしの為に俺は家から放逐された。

 どうすれば良いか途方に暮れていた所、偶然にも光明足りえる情報が飛び込んできた。

 何でも、ここから遥か遠方にあるロンバルディア地方と呼ばれる場所で、新しく集落を切り開いているという。

 そこでは常に人手が不足しており、五体満足で働けるというだけで引く手数多だそうだ。

 しかしながら、そこは遠かった。

 徒歩ではとても辿り付けるとは思えないし、馬車に乗っていくならば今自分が持っている全財産を全て投じた上での片道切符であった。

 もし辿り付いたその地で、仕事が無いと言われれば野垂れ死にが確定する。

 だが、このままあてどなく彷徨っていてもいずれは路銀が尽き、やはり飢えて死ぬばかりだ。

 それに、野宿なんかしていれば下手すれば飢えた魔物に襲われ、金を使う以前に命を落としかねない。

 俺は、その新しい集落という可能性に賭け、片道切符の馬車に乗り込んだのであった。


 一月近い長旅を経て、俺はその集落という場所に辿り付いた。

 その集落の名はソルスチル街と言い、初めてその姿を目の当たりにした俺は度肝を抜かれた。

 街の規模は俺が以前、一度だけ見た事がある都市であるファーマイングと同等……いや、それ以上の規模かもしれない。

 活気に満ちており、道行く人々の表情には一切の陰りが見えなかった。

 また、もう一つ非常に驚いた事があり、それはこの街では堂々と半人半魔の人々が生活を送っていた事である。

 精霊教会の信徒達が口を揃えて忌まわしき者と呼んでいる、魔族。

 その魔族と人間の間に生まれたという、恐ろしき混血児。

 そう言い聞かせられていたので、初めてその姿を目の当たりにした時は混乱し、思わず身構えてしまった。

 だが、辺りを見渡せばその半人半魔は人込みの中でちらほらと散見され、またその存在は完全に街の光景として溶け込んでしまっているのか、行き交う人々には近くに半人半魔がいるという状況に、何の感情も見られなかった。

 人を襲うという事は無いという事だろうか? もしそうだったなら、こんな風に道行く人々は平然としていられないはずだ。

 一瞬、逃げようかと思った。

 だが、ここから逃げてどうなる?

 俺は既に、博打の掛け金を払ってしまった。

 ここから降りたら、後に残るのは文無しの我が身のみである。

 生きる為には食い物が、金が必要だ。

 そして金を稼ぐには、働かねばならない。

 背を向けたならばそこには死しか待っていない。

 なら、覚悟を決めてこの街で生きていくしか選択肢は残されてないのだ。


「――地属性魔法、地属性魔法を使える人はいないか!? 初級を使える人なら大歓迎だ! 日当銀貨5枚! 銀貨5枚出すよ!」


 仕事を探すにあたり、周囲の雇用主を探してみる。

 成る程、どうやら人手が足りていないというのは本当のようである。

 耳をすませば、同様に人手を求めている人物の声が飛び交っている。

 銀貨5枚。

 そこそこ良い宿なら、5日は宿泊出来る額であり、それが日当というのだからかなりの破格である。

 魔法を使える人物に限定しているようだが、それを踏まえても耳を疑う額である。

 もしや何らかの詐欺なのではないか? そう考えてしまうが、辺りに聞こえている日当の相場を聞いていると、どれだけ安くても銀貨1枚からのスタートであった。

 銅貨という単位は一つも聞こえてこない。という事はやはり、この街での仕事の収入は銀貨単位が当然という事なのだろう。

 その事実に驚きつつも安心したので、俺は近くにいる雇い主に話しかける。


「……あの、地属性魔法の初級程度を使えれば本当に大丈夫なんですか?」

「ん? おお! もしかしておたく、使えるのかい?」

「ええ、地属性魔法だけでいいなら。一応」

「本当かい!? いやあ、急な仕事だから人手が見付からなくて困ってたんだ! 日当は銀貨5枚だけど、それで構わないか?」

「はい! 是非お願いします!」


 覚悟を決めた俺は、こうしてソルスチル街に根を下ろすのであった。



―――――――――――――――――――――――

 


 このソルスチル街に来てからは何度も何度も驚かされっ放しだったが、この蒸気機関車というのにも驚いた。

 馬の力でもなく、魔法の力でもない。謎の力によって圧倒的な量の物資搬送を行い、凄まじい速度で移動する乗り物。

 同じ客車に乗っていた、この蒸気機関車には何度も乗った事があるという人物の話によると、この乗り物はなんでも科学という自然の力を利用して動いているらしい。

 この蒸気機関車という乗り物を作ったのはミラという少女で、何と当時十歳弱という子供だったそうだ。

 天才。

 そう呼ばれる類の人種だとすぐに分かった。いる所にはいるのだなぁ。

 また、天才なだけではなく資産家でもあるようだ。

 果物、甘味はこの世界では嗜好品の部類に入り、ましてや新鮮な物ともなれば栽培している農家の生まれでもない限りそんなに易々と食べられるような代物ではない。

 そんな果物の数々が、ちょっとしたつまみの感覚でこの客車内にて振舞われているのだ。

 無料だというのにも驚きだが、金を払う必要が無いと聞いたので試しに食べてみてまた驚いた。

 その果物は、かなり新鮮な風味なのである。

 これでも俺は、一応農家の生まれだ。

 育てていた作物の中には果物があったので、収穫期にはあまり形の良くない果物を食べさせて貰った事がある。

 形は良くなくとも味は市場に流通する物と何ら変わらない。

 そんな以前食べた果物と同等以上の新鮮さと濃厚な風味を持っていたのだ。

 こんな果物が、このような北国で食べられる。

 有り得ない事実に困惑した。何故なら、こんな場所まで果物を運んでいる内に果物は傷んでしまうからだ。

 だが、今口にしている果物は明らかに今朝取れたばかりとでも言うべき新鮮さを明確に物語っていた。

 つまり、この果物を取れる場所がこの近くにあるという事である。


「――パイナップルが、こんな雪国で採れる……」


 そんな馬鹿な。

 だが、今自分がこの蒸気機関車に乗っている理由と示し合わせると、おのずと答えが浮かんでくる。


 今回、俺がこの蒸気機関車に乗り込んだ理由。

 それはソルスチル街にて大々的に募集された大規模開拓に参加する為である。

 依頼主はこのソルスチル街の顔と言っても良い、ルーク・ラインハルト氏である。

 また、仕事の募集発表を行ったのはこれまたこのソルスチル街の主であり、ファーレンハイトに住まう者であらば耳にした事位はあるであろう大商会のボス、ルドルフ氏だ。

 こんなビッグネーム二人から出された仕事だけあり、その内容もまた豪華であった。

 新たな畑を切り開く為に、地属性魔法を扱える人物を大量に必要としているらしい。

 報酬は初めに耳にした時は耳を疑ったが、日当で最低金貨1枚。働きぶりによって更に追加報酬ありだとの事である。

 しかも大規模事業という事で住み込みでの働きとなるので、どんなに短くとも数日間拘束されるのは間違いなさそうだ。

 となれば最低でも金貨2枚、3枚という事になる。金貨5枚位貰えるなら、ちょっとした豪遊が許されるようなレベルだ。

 だというのに、三食寝床付き。しかも休日もあるという。

 この世の物とは思えぬ程の高待遇だが、発表している人物という存在がこの依頼の信憑性が間違いない事を指し示している。

 また、それと同時に食事や掃除の手が足りなくなるのが予想されるので、そういった雑用の仕事も同時に募集している。

 こちらは流石にここまでの高額ではないが、そのどれもが日当銀貨5枚からという、これまた破格の内容であった。

 募集している人数も百人単位というかなりの人数規模だが、こんな目玉が飛び出るような高待遇・高報酬の仕事を提示されれば飛び付かない訳が無い。

 定員割れなど発生する訳がなく、ソルスチル街全域を巻き込んだ仕事の奪い合いが始まった。

 一番壮絶なのは、特に決まった能力を要求されていなかった雑用の仕事である。

 倍率が百倍を超えるという、大騒動となってしまった。

 一日なら銀貨5枚だろうが、二日働けば金貨1枚になるのだ。当然といえば当然だろう。

 一方、どうやら地属性魔法を使える開拓の仕事は人数はいればいただけ助かるらしく、一人もあぶれる事無く内定が出たのであった。

 今日この時程、地属性魔法の才能を授けてくれた両親や精霊様に感謝を捧げた日は無かっただろう。



 ――そして、今に至る。

 馬車よりも圧倒的に早く、だというのに不気味な程揺れない車体に当初は困惑していたが、人間とは慣れる生き物である。

 この静か過ぎる走りを見せる蒸気機関車という乗り物にも慣れ、周囲を見渡す余裕が出来てきた。

 俺が乗っているこの客車にはかなりの座席が設けてあるが、流石に今回募集した人数全員が座れる程の席は無く、かなりの人数が立った状態で移動する羽目になった。

 こうして俺が座席に座れているのは、幸運だったのだろう。思わず精霊様に感謝したくなる。

 移動時間は丸一日とかなりの長さなので、その移動時間を利用して今回の仕事内容、その詳しい説明を受ける事となる。


「――それじゃあ、これから詳しい仕事内容の説明をさせて貰うっすよ! 皆の衆、耳を貸して頂きたいっすね!」


 これから向かうのは、ソルスチル街の顔たるルークの雇用主である、ミラという少女の自宅だそうである。

 自宅を開拓する、というのが何とも不可解ではあるが。大人しく説明を聞く事にする。

 何でも、既にミラの自宅という場所はかなりの開拓が進んでいるそうで、今回俺達が開拓するのは単に既にある畑の拡張という意味らしい。

 だが、畑を開拓するというのであらば別に地属性魔法の使い手に限定する意味は無い。

 屈強な大男であらば誰だって出来るはずである。

 そんな疑問が浮かんだが、次に受けた場所の概要を聞いて、疑問符がやや浮かんだがとりあえず納得する事になる。

 何でも、ミラという少女の自宅は地下にあるそうである。

 しかもただの地下ではない。何でも鉱山跡地を利用して自宅を作り上げたらしく、結果その少女の自宅というのは地下数百メートルもの深さに存在しているらしい。

 これじゃ、畑の開拓じゃなくて炭鉱夫だな。もしくはアリか。

 しかし、つるはしを振るう必要は無いそうなので、単純な筋力が余りにもひ弱な自分としては内心ホッとしている。

 地下深くに作るという理由で、崩落を防ぐ為に頑強に。そして広大な空間を作る為に地属性魔法の使い手を欲していたという訳である。


「――質問、良いですか?」


 俺ではない、別の座席に座っていた男が手を挙げていた。


「光の精霊の加護が届かない、地下では植物は何も育たないのではないのですか?」

「ミラという人物が、そういった絡みの問題を全て解決したそうっすよ。だから、ここにいる面々が考えなければいけないのは、地下に頑丈で巨大な空間を作り、そして畑を作り上げる事。それ以外の事は、一切気にしなくて良いそうっすよ」


 それ以外に質問はないかと、目の前の男が告げる。

 他に手を挙げる者はおらず、ならこれで、と男は仕事内容の説明を終了した。

 次に始めた説明は、地下での生活内容に関する事であった。


「――その自宅では、全ての部屋に自由に使える魔法による明かりが存在しているらしいので、ランタンとかそういう道具は一切必要ないみたいっすよ」

「全ての部屋に魔法の明かりだと!?」


 何処かの男が、驚愕の声を上げる。

 俺も声こそ上げないが、内心はかなり驚いていた。

 魔法によって光を生み出す事自体は、別段珍しい訳ではない。

 だが、全ての部屋に明かりが存在するというのは、恐らく光を生み出す魔法を使える人物がいるという訳ではないのだろう。

 それはつまり、魔法の光を生み出す何らかの道具が存在しているという事だ。

 そして、そういった魔法の力を宿した道具というのはどんな物でも非常に高額である。

 少なくとも、金貨10枚単位如きで買えるような代物は存在しない。

 そんな高額な代物が、全ての部屋にあるという。しかも、自由に使っていいと。


「あっ、でも今回来てもらった作業員の皆様が寝泊りする場所は共同部屋になるので、そこの明かりはずっと落とさないみたいっすよ。だから眩しいと寝れないって人がいたら後で個別にアイマスクを支給するっすから使うといいっすよ」


 また、何でも労働後に毎日入浴時間を設けるとの事である。

 そしてその報告は、魔法の明かりという存在以上にこの客車内の人々を驚かせた。


「風呂に入れるのか!?」

「あちらさんの御好意で、普段使っているという浴場を開放してくれるそうっす。石鹸も好きなだけ使って良いそうっすよ」

「毎日風呂に入るって……何処の貴族だよ……」


 最早呆けた溜息しか流れない車内。

 その他、細々とした生活上の注意点が説明される。

 危険な場所が存在しているので、普段鍵が掛かっている場所の先には決して入らない事。

 そんな内容が説明されていくが、余りにも常識を逸脱した説明を受けた後の為か、最早素直に頷く以外の行動を取る者がいなくなった車内。

 また、俺自身もそうなってしまっている。


「――以上で説明を終わるっす。んじゃ、地下に着くまでの残り時間は各々自由に過ごしてて欲しいっす」


 そう言うと、説明していた男は後方の車両へと扉を開けて進んでいった。

 恐らく、ここで説明した内容と同じ内容を後ろの車両に乗った面々に説明していくのだろう。


 好い加減、驚き疲れた。

 まだ到着には時間が掛かるという事なので、少し仮眠を取る事にした。

 盗まれるような代物は持っていないし、そういう意味では盗難を気にせず気楽に寝れる。

 揺れが少ないというのも、また寝るのに好都合であった。

 目を閉じると、割とすぐに俺は意識を手放すのであった。

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