136.税
とうとうこのお話も投下し始めてから一年経ったか
ソルスチル街に宛がわれた、ルークの私室。
最早ミラの地下拠点よりここでの生活時間の方が長くなってしまったルークが、ルドルフより手渡された書状に目を通し、深く溜息を付く。
「――参りましたね」
そこに記されていたのは、余りにも法外な税収の額であった。
払えない訳ではないが、払えば最後、このロンバルディア地方の没落が容易に想像出来る。
ルークは自らの手持ちの私財を注ぎ込む事も考えたが、それを加えても焼け石に水なのがすぐに理解出来てしまった。
さながら遅効性の猛毒とも言うべき内容である。
「逆らえば、反逆罪……なんでしょうね」
かつて自らが味わった、過去の情景を思い浮かべ。
ルークは再び溜息を付く。
「僕では、妙案が思い付きませんね」
万策尽きた。
そう考えたルークは、自らの仕える主人の姿を思い浮かべる。
数多の不可能を可能にし、奇想天外な発想で常識をひっくり返し続けてきた、少女の姿を。
情けない限りではあるが、他に案が思い付かないルークは、久方振りにミラの居座る地下拠点へと赴く事を決めるのであった。
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時間跳躍によって未来へと飛び跳ね続けていた私は、毎回顔を付き合わせているリューテシアだけではなく、普段はソルスチル街に居を構えているルークの姿をこの地下拠点にて発見した事で、剣呑な雰囲気を感じ取る。
久し振りに会うルークと多少会話を交えた後、ルークは本題を切り出す。
ルークがルドルフから受け取ったという書状に目を通し、しばし考えを纏める。
「――金か食料を寄越せ、か。なら、食料を渡しましょうか」
ロンバルディア地方という痩せた土地に対して要求している量が余りにも法外な気がしなくもないが、全く聖王都に理が無い訳でもない。
何しろ、このロンバルディア地方はファーレンハイト領に属している一地方にしか過ぎない。
ならばファーレンハイトの法が適用されるのは道理だし、法が適用されるなら税も納めねばならないだろう。
「保存食の生産体制が軌道に乗り始めてたのが幸いね。これを活用すれば、ここ一回の支払いは何とかなるんじゃないかしら?」
「確かに保存食の量を考慮すれば支払いは出来るでしょう。ですが、一回限りです。後が続きません」
「一回乗り越えられれば充分よ。要は、このロンバルディアの地で取れる食料自給率を倍にすれば良いんでしょ?」
「簡単に言いますね。それが出来れば苦労しませんよ」
「今すぐ食料を生み出すのは少々キツいけど、それだけの時間を貰えた上で後々の生産量を上げるのなら容易いわよ。ねえ? リューテシア?」
私が笑顔を浮かべつつリューテシアに視線を向けると、声にならない悲鳴と共にリューテシアが後ずさる。
顔から急激に血の気が引いていき、みるみる真っ青になっていく。
「無理よ! もうあんな作業したくないわよ! というか出来ないわよ! それに食料を倍生み出すってミラ! 貴女一体どれだけ規模を大きくする気なの!?」
一体私が何を考えているのかを理解してしまったリューテシアは、必死に私の手から逃れようと抵抗を試みる。
そう、今回私が企んだ内容は、この地下拠点にある地下農場施設の大規模な拡大である。
降水量や日照時間といった、本来農業に置ける人の手ではどうしようもない天の采配すらを掌握した地下農場。
全ての要因を人為的に操作出来るここであらば、不作に怯える事無く、常に安定した食料を生産する事が可能である。
「必要ならば土地と魔力の許す限り何処までも、よ。それにそんなに悲観しなくても大丈夫よ、リューテシアは確かに魔法の才に秀でてるみたいだけど、幾らなんでも個人の力で出来る事と出来ない事の見分けが付かない程私は頭悪くないわよ」
「じゃあ、どうするのよ?」
「リューテシアには監督になって貰うだけよ。地属性魔法で空間を押し広げて固める際の注意点なんかの教鞭を取ってくれれば良いわ。実際にやるのは、外部から雇い入れた術者で良いのよ」
「……えっと、ミラの言ってる内容だと、この地下拠点に沢山の部外者を入れる事になるみたいだけど、良いの?」
「んー、まあ好い加減頃合でしょ」
前々から何時かはそうなる日が訪れるであろう事を考えて、私は行動してきた。
私達だけで使うには余りにも巨大過ぎる大浴場やトイレ、寝室といった数々の設備は全てこういう日を想定して作ってきたのだから。
「だから、備蓄してる食糧は吐き出しちゃって構わないわ。足りなければ、私のものぐさスイッチの中に入ってる食料も放出するわ」
備えあれば憂いなし、という言葉がある。
ものぐさスイッチ内の亜空間内では物質の時間が停止するので、食料が腐敗する事が一切無い。
なので、常日頃から暇を見付けてはポイポイと食料を放り込んでいたのだ。
食料は金同様、どれだけあっても困らない代物なので無計画に貯め続けた結果、最早私達如きでは一生掛けても消費し切れない程の量となっている。
この地下拠点に数百人、数千人の人物が押し掛けたとしても、余裕を持って年単位で食わせられる程の量はある。
「……助けを求めた僕がこんな事を言うのもなんですが……ミラさん、本当に宜しいのですか?」
「別に構わないわよ。だから人員や資材の手配はルークに任せるわよ。あっ、でも一つだけお願いがあるわ」
「何でしょうか? 僕に出来る事なら何でもさせて頂きますが」
「地味に重要な事なんだけどね、聖王都の連中にこう言って欲しいのよ。『食料で支払うけれど、そっちまで馬車で食料を運ぶのは時間が掛かる。だから税が実際に届くのにタイムラグがあるのは許して欲しい』……ってね」
「――時間を稼げ、という意味で良いんですよね?」
「ええそうよ。今から即座に地下農場の拡張作業に着手して、畑としての土壌を整えて、植え付けを行っても作物は一月二月如きで収穫出来るような物じゃないわ。実際に収穫に至るまでの時間的猶予を少しでも稼ぎたいから、聖王都の連中を怒らせない程度にギリギリまで時間を稼いで欲しいわ」
金と違い、食料は非常にかさばる。
なので金と違って馬車で一度に運べる量というのは限られてくる。
その分、何度も馬車は往復しなければならないし、当然それだけ時間も掛かる。
言い訳としては、相手方も納得しなければならないだろう。
「――分かりました。では、そのように取り計らいます」
「じゃ、リューテシア。ルークを送り届けるついでに人員と資材をこっちまで運んできてくれるかしら?」
「分かった。ならリュカを連れて行くわね。今日はもう遅いから、明日朝一でも良いわよね?」
「そうね。今から押し掛けても、ルドルフさんが困るでしょうからね」
さて、これからやるべき事は決まった。
となれば、少々地下拠点のセキュリティをいじらねばなるまい。
これから多数の部外者がここへと押し寄せてくる事は決定事項となった。
魂魄簒奪術式の発動要項を調整し、また効果範囲を狭めねば、作業に来た何の罪も無い作業員達の魂を喰らってしまうだろう。
だからといって、防衛術式を全てシャットダウンする訳にもいかないが。
外部から訪れる作業員達全員が、信頼出来る人物だという保障は何処にも無いのだから。
やるべき仕事が決まった私は、一人中枢部へと向かい、セキュリティ内容の変更を始めるのであった。
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翌日。
ルークはアランとルドルフのいるオリジナ村を訪れる。
ミラと話を詰め、問題が解決出来る事を報告する為である。
「地下に、畑……」
余りにも奇想天外なミラの提案を聞いたアランは、空いた口が塞がらないという状態だ。
「ミラさん達が住んでいる地下では、地熱によって常にファーレンハイトの温暖な気候と同じ位の温度で室温が保たれています。また、これもミラさんの技術による所が大きいのですが、地下の太陽とでも言うべき光源が存在しているので、問題なく農作物を育てる事が可能です。天候という不確定要素が一片たりとも絡まないので、寧ろ一般的な畑よりも遥かに効率良く、安定した食料を生産出来ます。これから予定している開拓量と比べれば微々たる規模ですが、既に存在している地下の畑では安定して作物を収穫出来ているのは実際に僕の目でも確認済みです」
「……すげえな、ミラ」
既に何度もミラのもたらした恩恵を受け取っているルドルフは、ルークを通じてミラの考えを聞いてもアラン程の驚愕はしなかったものの、内心の驚きを隠せなかったその感想は余りにも子供じみており、語彙の乏しい物であった。
「蒸気機関車の時点でもう十分に驚いたつもりなんだがなぁ……何をどう考えれば、こんな発想に至るんだ」
「ミラさんの考えてる事は、常に一つだけみたいですよ?」
「ん? 何だそりゃ?」
「何でも、ミラさんは気楽な生活を送りたいだけらしいですね。今までミラさんが生み出した数々の代物も、全てはミラさんの生活が楽になればという考えの結果らしいです」
「気楽に、か……もう石鹸販売やらで十分金は持ってるじゃねえか。俺達からすりゃ有難い話だが、もうメイドなり雇って奥地に引き篭もってれば楽な生活なんじゃないのか?」
「それでは不十分だと、ミラさんは考えているのでしょうね。それに、小金を抱えて一代貴族となるのも他の貴族とのしがらみが生まれて、ミラさんの言う気楽な生活とは程遠いでしょうしね」
ルークとルドルフが談笑している中、ようやく思考回路が復旧したアランがゆっくりと呟く。
「――初めに出会った時は、奇妙な少女としか思ってなかったですが……まさか、これ程の力と知識を持っているとは思いもしませんでした……あのミラさんは、この地に舞い降りた女神か何かなのかもしれませんね……」
「女神、ですか……」
しばしの沈黙が室内に流れる。
その沈黙を打ち破るべく、今後の方針をルークが口に出す。
「そういう訳で、食料対策として僕達の地下拠点を更に広げる必要性が出てきました。ですのでソルスチル街にいるルドルフさんの作業員達をお借りしたいのですが、構いませんか?」
「ああ、それ位で良いなら街にいる連中全員連れて行っても構わねえよ。山も切り開き終わったし、あいつ等結構暇してるだろうしな」
「助かります。ならこれから、早速ソルスチル街で声を掛けて作業員を連れてこようと思います」
善は急げと行動を開始するルーク。
「――ルーク、と言いましたね」
そんなルークを、アランは引き止める。
「何でしょうか?」
「……貴方は、立派な主人を見付けて、仕えているのですね」
「――そうですね。ミラさんに拾われたのは、間違いなく僕の人生の中で最上の幸運なのでしょうね」
「私としても、嬉しい限りです……引き止めて申し訳ありませんでした。ルーク、さん」
「では、アランさん。また機会があればお会いしましょう」
扉の向こう側へと、ルークは姿を消す。
それを確認したアランは、ルドルフに向けて呟く。
「……本人は否定してるみたいですが、間違いなくそうなのでしょうね」
「そうだろうな。まさか、ラインハルト卿の忘れ形見に、こんな場所で出くわすとは思いもしなかったけどな」
「卿と違い、ルークさんは立派な仕えるべき相手を見付けられたみたいですね……何一つ胸を張れるような事を出来てない私ですが、ルークさんの仕えるべき相手である人物を保護出来た。ラインハルト卿に胸を張って報告できる事がようやく一つだけ出来たみたいです」
自嘲気味の笑みを浮かべたアランを見て、苦笑を浮かべるルドルフ。
しかし、何時までもこうしている訳にも行かない。
アランは聖王都への返事の書状をしたためるべく筆を動かし、ルドルフはミラの提案を実現させるべく資材の調達の為動き始めるのであった。




