135.ラインハルト
書き溜めがまだ吐き出し終わってないゾ!
だから3月も3日間隔投下続行だ!
「――何だこれは!!」
ロンバルディア地方の寒村、オリジナ村。
そこで村長を務めているアランの自宅の室内にて、重い衝撃音が響く。
その音はアランがテーブルに自らの手で叩き付けた事で起きた物であり、音の大きさが彼の内心に宿った憤りの強さを感じさせる。
「聖王都の腐れ貴族共が! こんな税が払える訳が無いだろう! 飢え死んで魔物のエサにでもなれと言うのか!」
アランが手にしている書状の内容には、必要箇所を抜粋すればこう書かれている。
――近々、魔族をより強く叩く為の大規模遠征軍の派兵を予定しているという。
その為に、軍資金となる金銭、または食料を徴収するとの事である。
戦争は、タダでは出来ない。
兵達の武装を整えたりする為の出費もあるが、それ以上に食料を消費する。
この世界には航空機や自動車といった、短時間で長距離を移動できる強力な移動手段が存在していない。
ミラが用いている鉄道という移動手段こそ例外ではあるが、それ以外の長距離移動手段となればこの世界では馬車が基本である。
馬車の移動速度はこれらと比べれば遥かに遅く、また生物であるが故に人間同様食料を消費して動いている。
また移動している待機時間であろうとも、人間の腹は減る物である。
ましてや進軍の際に全ての兵が馬に乗れる訳でもない。歩兵となれば歩いた分だけエネルギーを消費し、その分余計に食料が必要となる。
その為、軍を大きく動かすとなればその食料の消費速度は並ではない。
比喩でも何でもなく、文字通りの意味で山のような食料が必要となるのだ。
では、その食料は一体何処から出てくるのか?
その答えこそが、今にも引き千切りそうな程に力を込め、アランが握り締めている書状の内容である。
「払うのはこの際涙を呑もう! だが、払った対価は何なんだ!」
「ファーレンハイトの地の平穏、何だろうさ。答えは聞いてないが決まり文句過ぎて容易に予想が付くよ」
「それで民が犠牲になっていたら、何の意味も無いではないか!」
憤りを露にするアランに対し、やれやれといった口調でルドルフが答える。
「――こんな時、ラインハルト卿が御存命であれば……」
「……あのおっさんがいた頃は、今思えば本当に天国だったんだなって思うよ」
最早完全に自らもそのおっさんと呼ばれる年齢に足を踏み入れているルドルフは、今は亡き過去の英傑を偲ぶ。
アルバス・ラインハルト。
聖王都にかつてその名を知らしめた、弱者にとっての英雄の名である。
自らの財を切り詰め、貧困に喘ぐ民衆に無償で食料を提供し、自らの判断で税の軽減を行い、民の声を聞かぬ王の下へと直訴に向かい――
その行動の全てが、民衆の為を思って行動し続けた、真の意味での貴族であった人物を思う。
―――――――――――――――――――――――
既に日は落ち、空に月が浮かび始める晩。
聖王都ファーレンハイトの貴族街に走る一人の影。
その男は、真っ直ぐにある邸宅へと駆け込み、その息を整える時間も惜しいのか、ノックもせずに扉を押し開ける。
「――ラインハルト卿! 大変です!」
外見の立派さの割に、随分とスッキリしている内装の室内に焦燥に満ちた大声が飛ぶ。
男は室内を見渡し、偶然目の前に立っていた自らの主人を見付けると、急ぎその下へ馳せ参じ、頭を垂れる。
「――どうした。騒々しいぞアラン」
「非常事態故に無礼をお許し下さい、ラインハルト卿」
アランと呼ばれた、僅かに少年の面影を残している青年の姿を確認し、ラインハルト卿と呼ばれたその男は軽く叱責する。
「先程、王命が下りました……! アルバス・ラインハルト卿、謀反を企てた容疑により……捕縛の為に兵が来るとの事です……」
「――成る程。そう来たか」
「父上……」
不安そうな様子で、ラインハルト卿の足元にしがみ付くように、その小さな手が伸びる。
それは少年であり、年齢はおよそ10歳前後であろう人物であった。
「――ルーク」
ルークと呼んだ、自らの実子に対し柔和な笑顔を浮かべつつ。
ラインハルト卿はルークと目線を合わせるようにしゃがみ込み、静かに、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「私のわがままで、お前には迷惑を掛けてしまうな。まずは謝らせて欲しい、すまない」
「父上は悪くないです! 父上がした事は、立派な事だと思います!」
「……そうか。そう言ってくれると、多少なりとも救われた気がするよ」
後悔と諦めが半々で混ざったような、弱々しい言葉を吐くラインハルト卿。
一度目を伏せ、自らの過去を振り返りながら、言葉を続ける。
「……私は、どうやら仕えるべき主を見誤ったようだ。だがルーク、もしお前に次があるのならば。お前の仕える主人が、情けや良識を備えた人物である事を祈るよ」
最後に、愛息子であるルークの姿をしっかりと目に焼き付けるよう、強くその瞳で見据える。
覚悟を決めたのか、ラインハルト卿はその場から立ち上がると、アランへと向き直る。
「アラン。今まで私に仕えてくれた事、感謝する。今日を持ってお前には暇を与える事にする。ご苦労であった」
「ラインハルト卿……!」
アランは砕けんばかりに歯を食いしばり、その握り拳に力が篭る。
そして何の為に自らが息を切らせてここまで掛けて来たのか、その理由を口にする。
「――ここから逃げましょう! ルドルフ商会の長に掛け合って、馬車を手配してあります! それに乗って今から王都を脱すれば、追っ手を振り切れるはずです!」
「……そうか、ありがとう。だが、私は逃げる気は無いよ」
何故! と、声を荒げるアランに対し自らの考えと思いを告げるラインハルト卿。
「お前やルドルフの力を借りては、迷惑を掛けてしまうだろう。それにあの男の事だ、既に逃がさぬよう包囲網位は作ってあるだろう。とても逃げ切れるとは思えんよ。なら、せめて貴族らしく。最後まで堂々としていようじゃあないか。例えその先に待つのが、死であったとしてもね」
「……生きていてこそ、ではないですか……!」
「何の因果か、私は貴族として生れ落ちた。なら、貴族としての責務は果たさねばならない。自らの責任から逃げてまで、生に齧り付こうとは思わんよ」
「――ラインハルト卿。貴方は……大馬鹿です……!」
「かも、知れないな」
今まで、お世話になりました。
そう、心の底からの礼を述べると、アランは力尽きた敗残兵のような足取りで、邸宅を去っていった。
アランが去った後。
ラインハルト卿の邸宅の扉が荒々しく叩かれる。
小間使いやメイドといった人物を全て解雇している為、主人たるラインハルト卿自らが扉を開けて出迎えた。
「――アルバス・ラインハルト卿だな。謀反を企てた容疑により、王より逮捕状が出ている。同行して貰おうか」
「分かった。今すぐ向かおうか」
王よりの書状を持参した兵の命令に従い、ラインハルト卿は実に堂々とした足取りで、兵の用意した馬車へと乗り込んだ。
この日より数え、一週間後。
ラインハルト家に対しお家取り潰しが行われ、なけなしの私財は全て王家に接収された。
家長たるアルバス・ラインハルトには内乱罪が適用され、国家の基盤を揺るがす危険思想の持ち主として、斬首刑に処された。
しかしながらアルバス・ラインハルトの必死の懇願と王の温情により、一人息子であるルーク・ラインハルトは貴族としての地位を剥奪された上での放逐となり、死刑を免れたのであった。
ジャンジャジャーン!
今明かされる衝撃の真実ゥ!!
ルーク・ラインハルトはこうしてルークとなった
ルークがどう足掻いてもファーレンハイトにて大成する事は無いというのはこういう理由である
国家の基盤を揺るがす=てめー何俺より人望集めてんだよボケ、である




