134.砂糖
地下拠点に、何時もの穏やかな時間が流れていく。
時間跳躍にて未来へ進んで行き、時折自室の寝床にてゴロゴロと寝転がっている。
自らの首に掛けられたネックレスを特に意味も無く眺めた後、再び寝床で転がる。
「――そうだ」
別段これはお礼という訳でもないけど。
リューテシアが喜びそうだし、折角だから教えてあげようかしら。
身体を起こし、地下拠点にいるであろうリューテシアの下を訪れ、彼女の興味を引きそうな製作物を作る事にした。
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「――で。私が好きそうな物って一体何を作るのよ?」
「うん。砂糖の一種を作ろうと思ってね」
この世界では、甘味は貴重品である。
甘い物というのは大抵が果物であり、痛み易い青果なのだから当然といえば当然である。
果物という取れたままの自然な甘味であらばこの世界にも普通に存在しているが、そこから一歩進んだ、加工した甘味という物は何故か見当たらなかった。
「砂糖……? って、何?」
「果物って、甘いわよね?」
「そうだね」
「果物が甘い理由は、糖分という物を含んでいるからよ。果物が甘いのではなくて、果物に含まれている糖分というものが甘さを感じさせているという事よ」
「ふむふむ」
「で、今回はその甘さの原因というのを抽出してみようという作業よ。一応、これも保存食作りの一環とも言えるわね。砂糖に加工すると水分を飛ばす事になるから、腐り辛くなるし。甘いお菓子なんかも作れるようになるわよ」
「!!」
目を見開き、純真な子供のようなキラキラとした眼差しを投げ掛けてくるリューテシア。
その目が「どうやって作るの?」と言外に要求しているのが容易に見て取れる。
「――砂糖を作るには、まず糖度を多く含んだ材料が必要よ」
主な砂糖の材料は、サトウキビ、または砂糖大根等である。
サトウキビであらば暖かい地域で、砂糖大根は寒い地域で栽培されている。
このロンバルディア地方で育てるのであらば、砂糖大根という事になるだろう。
「今回は、サトウキビを使うわ。手軽に砂糖を作れるし……ちょっと齧ってみる?」
「うん」
切り落としたサトウキビの断片をリューテシアに手渡す。
その欠片を口に加え、しゃぶるように噛み締める。
見る見るリューテシアの表情が綻び、この世の楽園を堪能しているかのような幸せに満ちた笑顔を浮かべている。
そのまま次のサトウキビに手を伸ばそうとしたので、その手を叩き落とす。
「次に、この材料を細かく砕くわ。手段は何でも良いわよ」
私は鉈や包丁等で細かく刻んでいく。
リューテシアはどうやら、風属性の魔法にてサトウキビを細かく切り刻んでいるようだ。
こうしてある程度細かくなった材料を纏めて布に包み、次は布の上からハンマーで叩いていく。
更に細かくなっていき、徐々に布から水分が滲み出してくる。
この水分はサトウキビの栄養分を含有しており、当然その中には砂糖となる糖分も含まれている。
「じゃ、この水分を容器に集めるわよ」
細かいカスが水分に含まれているので、一度容器に集めて寝かせる。
ゴミは容器の底に沈殿していくので、落ち着いた頃合で上澄み液だけを掬い取っていく。
更にその上澄み液にゆっくりと熱を通し、水分を飛ばしていく。
最初は透明だった液体が、徐々に茶褐色の液体となっていく。
かき混ぜつつ念入りに水分を飛ばしていくが、完全には水分を飛ばさない。
完全に水分が飛ぶまで加熱してしまうと、鍋に砂糖が焦げてこびり付いてしまうからである。
なので大半の水分を飛ばした後で鍋から取り出し、後は自然乾燥させていく。
粘っこく容器にこびり付いている液体をヘラ等でそぎ落として集めれば――
「――完成よ。これは黒糖っていう砂糖の一種ね」
欠片の一つをつまみ、試しに食べてみる。
ジャリジャリとした食感で、甘い。
が、精錬が甘いのでやや苦味なんかも含んでいる。
作り方を簡単にしているので、こればかりはしょうがあるまい。
「食べてみる?」
「うん」
素直に即決したリューテシアは、完成した黒砂糖を口にする。
喜色を浮かべた後、黙々と黒糖を頬張り始める。
ボリボリとまるでハムスターの如く頬を膨らませ、あっと言う間に平らげてしまった。
「一人で全部食べたわね……」
「駄目だったの?」
「別に、良いけどさ」
本当に甘い物が好きなのね。
「この黒糖、黒砂糖とも言うわね。これを作るのはやってみて分かる通り非常に簡単なんだけど、不純物が多いから純粋な甘味にはならないのよ」
純粋な糖度の塊である白砂糖まで精製するには、真空釜や遠心分離機、非常に目の細かいフィルターなんかが必要不可欠となる。
逆止弁はもう既に作れる程度に技術レベルが上がっているので、真空釜の方は何とかなるだろう。遠心分離機も同様だ、出力は蒸気機関があればどうとでもなる。
だが、白砂糖を作れる程に目の細かいフィルターがまだこの世界で見付かっていない。
それが見付かれば、白砂糖を作る事は出来るのだが。
「――だから、非常に目の細かいフィルターを何らかの手段で生み出す、もしくは見付ける必要があるわ」
「絶対見付けてみせるわ!!」
「……凄い熱意ね。まぁ、私は別に白砂糖がこの世界にあっても無くても良いんだけどね。黒砂糖や果物でも十分甘味は足りてると思うし」
「でも、その白砂糖っていうのはもっと甘いんでしょう?」
「全体的な糖分の量が増える訳じゃないから甘味自体は変わらないわよ、単に不純物が減るから甘味を感じやすくなるだけよ。まぁ、そんなに白砂糖に興味があるなら、後で作り方を纏めておいてあげるわ」
是非とも! と、リューテシアに強い熱意と共にお願いされる。
そんなに甘い物ばかり食べてると虫歯になるわよ。
「作り方は教えたわ。折角だし普及させたいとは思うけど、どうするかはリューテシアに任せるわ」
「絶対に普及させてみせる!」
何やらリューテシアが使命感に燃え始めたので、私は再び自室に戻る事にした。
私自身は甘味なんて好きでも嫌いでも無いけど、リューテシアが喜んでくれたようなので良しとしよう。
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「ど、どうですか……み、ミラさん……?」
「……まあ、こんなもんでしょうね」
以前、リュカが試作したという歯車を用いて、いくつかの小さな振り子時計を作ってみた。
同時に動かし、数日の期間を置いて、私の持つものぐさスイッチの時計機能と比較しながら誤差の少ない物を選別する。
「二つ目のやつが一番誤差が少ないわね。他のも一日程度では大して誤差が出なさそうな程に正確だし……意外ね。リュカって、結構細かい部品を作るの得意なのかしら?」
「えっ? そ、そうなんですか?」
「力作業目的で雇用してたのに、意外な特技を持ってるものねぇ……うん。それじゃあコレで時計を作ってみましょうか」
まず、この歯車を用いて実際に振り子時計を製作する。
一つ目の時計は、私達の地下拠点においておけば良いわね。
これで誰もが正確な時刻を認識出来るようになる。
そして、一つ目が完成したなら――
「――ソルスチル街に、時計塔を作るわよ。ルドルフさんにはお世話になってるし、ちょっとした贈り物ね」
手軽に時間が分かるというのは、この世界からすれば革命的な出来事となるだろう。
ソルスチル街に設置するのは、単に一番人が集まっている場所だからである。
駅の上部に設置すれば、街の何処からでも見る事が出来るだろう。
「が、頑張ります!」
「うん。期待してるわよ、リュカ」
もうじき、時計も完成まで到達出来そうである。
リュカの意外な才能を知った、今日この頃であった。
あまーい! おいしー!
あなたはさとうもつくれるフレンズなんだね!




