131.限定精神掌握
コーネリア・リューンはごくごく平凡な家庭に生まれた平民であった。
兄弟姉妹のいない一人娘であった為に、両親の愛を一身に受けてのびのびと育っていった。
容姿は可もなく不可もなくといった凡庸な出で立ちであった。
しかしながら、彼女の住んでいた町の精霊教会にて魔法を学んでいた際に、その非凡なる才覚の片鱗が顕著となる。
僅か五歳にして初級の魔法の発動に成功という、神童と呼ぶに相応しい魔法の才を見せ始める。
この才能を埋もれさせるには惜しいと、コーネリアは両親の手から離れ、遠路遥々、人類最高峰の学び舎であるファーレンハイト王立魔法学院の門を叩く。
優秀な教師を得た事でコーネリアはさながら乾いた土に垂らされる雫の如く知識を吸収していき、在学中は常に主席の座を維持し続けるという天才児っぷりを見せ付ける。
そして学院を卒業する頃。
コーネリアは遂に上級魔法の行使達成という、選ばれた一握りの天才達のみに許される領域に至った。
神童は凡人になる事無く、天才としてその名を轟かせる事となったのだ。
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人と精霊に仇成す悪しき存在である魔族を討ち、世界全土を人の手に取り戻す為という崇高な目的の為、私は信徒として精霊教会の兵へと志願した。
魔族の総大将たる魔王率いる軍は、歴代の勇者達がてこずるだけあり流石に強者揃いである。
ファーレンハイト王率いる軍と合同で攻め込んではいるものの、戦況は一進一退であり、中々レオパルドの地に足を踏み入れる事が出来ずにいた。
しかし、現在存命の人類の中で、レオパルドの地に単独で足を踏み入れ、そして生還した者が一人だけ存在する。
アレクサンドラ・フォン・ロンバルディア。元、勇者。
十数年前、魔王直属の最大戦力たる四天王の抵抗をすり抜け、魔王と単身切り結び、殺せこそしなかったものの重傷を負わせた英雄。
当時程の実力が今は無かったとしても、彼女がいればこの膠着した戦況を打破し、レオパルドの地を全てとは言えずとも一部を切り取り、橋頭堡を築く事が出来る。
そう考え以前、打診をした事があるのだが結果は梨のつぶて。
名誉ある勇者の名と勇者の剣を王家へと返上し、時折フラフラといずこへと姿をくらまし、残りは自らの故郷であるロンバルディアにて引き篭もる日々を送っているようだ。
勇者ともあろう者が、レオパルドの地から帰って来てからは人が変わったように大人しくなってしまった。
勇ましさはなりを潜め、実力があるにも関わらず隠遁する老人となんら変わらない生活。
精霊様への感謝が足りていない。あんな女に勇者の名は相応しくない。
――私が、次の勇者として魔王を、魔族を、討ち滅ぼしてみせる。
私が招聘に応じた理由の一つにそれがある。
魔族との戦況、膠着状態が続く中、私は現在遠路遥々馬車を乗り継ぎここ、聖王都ファーレンハイトまで赴いていた。
何でも、私を名指しで教皇猊下直々に勅命が下ったという。
その為、一旦レオパルド領への侵攻の手を止め、精霊教会の総本山であるこのファーレンハイトの地まで足を運んだのだ。
精霊教会の頂点たる教皇猊下に私の名を覚えられている。
それは、私の実力が権力者達の記憶に残る程の代物であるという証明に他ならない。
精霊教会、良く掃除が行き届いたその室内を一人黙々と歩く。
道中、衛兵と目が合ったが、私の顔を確認すると敬礼と共に扉の前から退く。
観音開きの重厚な木製の扉。
この奥に教皇猊下がおらせられる。
ノックをし、返答を待った後に入室する。
薄暗い室内。
しかしながら別段見るのに不自由する程ではない。
蝋燭の明かりが室内を舐めるように照らし出しており、室内には二人の人物が存在しているのが分かった。
「遠路遥々、良く参られた。信徒コーネリア・リューンよ」
その声を聞き、即座に頭を垂れる。
一人は言うまでもない。
この精霊教会の長にして頂点。
常に柔和な笑顔を浮かべ、人類の未来を憂いて行動を続ける慈悲深き者――第78代教皇、ゲオルギウス17世猊下。
「教皇猊下の御命とあらば」
「面を上げよ、信徒コーネリア。汝の働きは我が耳にも届いている。人の世を想い、仇成す者を誅する働きを黙々と続けているようだな。賞賛に値する」
「勿体無きお言葉です」
「そんな汝の為に、今日はその働きを称えるべく、些細ではあるが褒賞を用意した――ヒュレル」
教皇猊下は隣に立っていた人物――見慣れない、若い男に視線を飛ばす。
その言葉を聞き、男はその口を開く。
「教皇猊下はお疲れの様子ですので、教皇猊下に代わってここからは私、ヒュレルが説明させて頂きます」
ヒュレルと名乗った男は、教皇猊下が奥の椅子へと腰掛けたのを見やりつつ、私の元へ歩を進める。
「実は私が最近開発に成功した術式が教皇猊下に認められまして……おっと、これは関係ない話でしたね。要点だけ話させて貰いますね。簡単に説明すると、この術式を貴方に譲りますので、ロンバルディア地方にいる輩を懲らしめてきて欲しいんですよ」
「ロンバルディア地方? 何故あのような辺境を気にするのだ?」
「……実は、ここ最近ロンバルディア地方に汚らわしい混ざりモノである半人半魔が集結しているようなのです」
「……もしや、叛乱でも企んでいるのだろうか」
「かもしれませんねぇ。ですので、大事になる前に片付けておこうと教皇猊下は考えておられるのです」
「成る程」
教皇猊下の御言葉を代わりに述べるヒュレル。
耳にまとわり付くようなねっとりとした声が、何故か妙に心地良い。
初めて会う相手のはずなのに、まるで竹馬の友と再会したかのような安堵感がある。
彼の言葉は教皇猊下の御言葉。当然だが、聞かねばならぬと気持ちが入る。
「何やら見慣れぬ怪しい技術も出回っているようですし、その出自元も特定しておきたいのです。情報調査も兼ねていますので、出来れば貴方という存在を表に出さずに事に及んで欲しいのです」
「……分かった、だが流石に私一人では手に余る案件だ。手勢を用意しても構わないか?」
「ええ、是非とも用意して下さい。そこで、私の術式の出番という訳です」
「――どういう事だ?」
「では失礼して……この術式は目に刻むタイプでしてね。別に刻んだ方の目が見えなくなるという訳でも痛みがあるという訳でも無いんですが……右目と左目、どちらにしておきますか?」
術式を身体に刻む事があるというのは聞いた事がある。
やっている者はあまり見掛けないが、このヒュレルという男が用意したという術式は恐らく特殊なモノなのだろう。
教皇猊下が直々に拾い上げる程の代物、という事か。
――思わず、口元が緩む。
それ程の術式を手に出来るなら、もしかしたら私が元勇者であるあの女にも匹敵し得る力を得られるかもしれない。
「――なら、右目にしておこう」
「分かりました。では失礼しますね」
ヒュレルが私の右目に手をかざす。
一瞬、右目にほんのりと熱が宿ったような気がするが、熱いという程でもない。
かざされた手が下ろされると、私の右目の視界が本当に些細ではあるが赤みを帯びたようだ。
確かに、この程度なら視界が悪くなったと気にする程でも無いようだ。
「これは限定精神掌握という術です。その目で操りたいモノの目を見るだけで、貴女の意のままに動く兵とする事が出来ます。但し、複雑な精神をしている人間や魔族なんかには通用しません、効くのは魔物までと考えて下さい。それに、強力な魔物を従えようとすれば貴方に掛かる魔力的付加も大きくなりますので考えて使って下さいね」
「魔物を操るだと? そんな事が可能なのか?」
「ええ、可能ですとも。ロンバルディア地方の調査、それと懲らしめる方法に関しては貴女に一任します。ですが、貴女自身が表立って動かないようにして下さい。貴女は名や顔が売れているようですから、ロンバルディアの連中に顔が割れているとも限りませんからねぇ。もし、ロンバルディアの集落を襲撃するような荒事が必要となった時は、この術式を用いて魔物に襲撃させて下さい」
「……魔物に襲撃されて滅んだ、という事にしておけという事か」
魔物を本当に操れるのであらば、足が付かない隠密性はこれ以上無い方法なのは確かだ。
「察しが良くて助かりますよ。今後どうなるかは分かりませんが、今の所は貴女一人で事に及んで欲しいのです。この世から悪しき魔物や魔族を全て排する為に、ね」
「了解した。それが、教皇猊下の御命とあらば」
「では、宜しくお願い致します」
用件は済んだ。
この新たな術式というモノがどのような特徴を持っているのか、調べねばなるまい。
既に実験が進んでいるなら、この術式に関する注意点なんかは説明されるはずだ。
それが説明されて無いという事は、まだ試験段階なのだろう。
つまり、私は被験者という訳か。
――だが、それはつまりこの新しい術式を使える最初の人物という訳でもある。
思わずこぼれそうになる笑みを噛み殺し、私は教皇猊下にうやうやしく再び頭を下げ、この部屋を後にするのであった。
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「――人間に通用しないのは術式に制限を掛けてるのと使用者の魔力が足りていないのが原因なんですけどね」
コーネリア・リューンと呼ばれている人物がこの室内を去ったのを確認し、一人呟く。
「アレが精霊教会の秘蔵っ子ですか、チャチ過ぎて泣けてきますねぇ。俺の専門じゃない精神掌握ですら抵抗出来ないなんてねぇ」
実力の程は一目で看破できた。
人間の中の括りで実力者、と呼ばれる者に毛が生えた程度だ。
正直、あまり当てには出来なさそうである。
私が直々に動きたい所だが、今はまだ余り私の存在を世間に晒したくない。
――あの厄介な男に、目を付けられるかもしれませんし。
「それにしても相変わらず人間は馬鹿ばかりですねぇ。破壊神に仕える配下の一人、ヒュレルという同じ偽名を名乗っているのにまるで気付きやしないんですから」
確か破壊神と勇者の英雄譚、でしたか?
あんな八百長試合を有難がって語り継いでいる辺り、人間ってのは何処までも愚かで救いようが無いなと思いますね。
我が主がわざと負けてあげた、って事にまるで気付いてないんですから。
「既に滅んだモノとして見てしまっているんでしょうねぇ。やれやれ、世界運行を司る七神が一柱である我が主が滅びる訳が無いというのに、ねぇ?」
同意を求めてみたが、教皇は黙して語らない。
先程コーネリアに授けた劣化術式ではない、七神が一柱たる「認識」の力の片鱗、精神掌握によって私に意思を握り潰されているのだから当然ではあるが。
「主が不滅ならまた私も不滅……愚かな人間の処分は同じ愚か者に任せましょうか」
我が主が動く為にはまだまだ魔力が足りていない。
以前、俺が討たれてしまった事で我が主の魔力もかなり削れてしまった。
今度は倒されずに、事を成し遂げねば……!
バレンタインデーだと!?
真のドラゴン使いにそんな甘ったれたイベントなど不要!!
やれ! タキオンドラゴン! 世間で甘い空気振り撒いている輩に殲滅のタキオンスパイラル!!




