127.研究
蒸気機関車による東西横断弾丸旅行を終えた私は、リューテシアにお使いを頼んだ。
購入に必要となるであろう充分な代金を手渡し、私は再び時を越えた。
私からすれば翌日、リューテシア達からすれば二週間後。
お目当ての代物を購入出来たとリューテシアから報告を受ける。
早速そのブツを受け取り、私は作業部屋へと篭る。
リューテシアに頼んだのは、以前グレイシアル村で産出されると聞いた私の知らない鉱石、氷魔結晶である。
何でも、氷属性との親和性は高いが、他の魔法との相性が最悪で、内部に魔力を溜め込んでいるにも関わらず、氷属性魔法以外にはその魔力を使用できないという。
――でもそれは、果たして本当なのだろうか?
この世界の住人達が気付いていないだけで、抜け道的な使用用途があったりするのではないか?
それを確かめるべく、私が知る術式の中からいくつかピックアップして氷魔結晶の魔力を利用出来ないか実験してみる。
「――――駄目だこりゃ」
結果は、全滅。
成る程、確かにリューテシアの言う通りこの氷魔結晶の魔力は氷属性魔法にしか使えないようだ。
相性的に近い立ち位置である水属性や、この世界に存在しないであろう魔法も含めて試したが、結果は同じ。
「これじゃあマジで物を冷やす位にしか使えないわねぇ……」
せめて「時」の術式の魔力として使えれば良かったのだが――
「――待てよ」
そこまで考えて、自らを制止する。
思い付いた閃きを試すべく、術式起動の為の魔法陣を用意する。
氷魔結晶の魔力をその魔法陣に流し――込めた。
大飯喰らいのその術式を起動させるべく、残っていた氷魔結晶の魔力全て魔法陣に注ぎ込む。
狙いは、あそこにポツンと置いてある作業机で良いか。
もしかしたら、と閃いたその術を口にして発動する。
「限定氷結時間!!」
術式が発動したのを確認し、即座に作業机へと駆け寄る。
小柄ではあるが私の体重全てを乗せ、その作業机に全力で蹴りをかます!
――が、作業机はその場からピクリとも動かない。
蹴った感触も、まるで大岩を蹴り付けたかのような手応えであった。
……十秒程待って、改めて作業机を片手で押してみる。
この「時」の魔法は止める時間によって魔力消費が変わる。
先程注ぎ込んだ量では、間違いなく十秒も効力は持たないのは分かっている。
確認の為力を込めると、作業机は鈍い音を立てながら、簡単にその場から移動した。
「――時間を『凍らせる』って訳ね」
成る程、そういう解釈か。
って事はこの氷魔結晶、時間停止限定で「時」の魔法に使用出来るのか。
うーん……何か出来そうでイマイチ思い付かない。
時間停止なんて普段の生活で使う事はまず無いだろうしなぁ……そもそも、私は過去に遡ったり時を止めたりするよりも、未来へ行きたいのだ。
その為の下準備としてこうしてロンバルディアの地に根ざしているんだけどね。
「ま、何に使えるかは分からないけど一応覚えておきましょうか」
少しずつでも良いから仕入れておこうか。
備えあれば憂い無し。高いから使い所は考えねばならなそうではあるが。
―――――――――――――――――――――――
「ミラお姉ちゃん、前に教わった水素爆発ってあるでしょ? ちょっと相談したい事があるんだけど……」
「……うん。アレがどうかしたの?」
「あれ、もっと破壊力を上げるにはどうしたら良いのかな?」
食事時。
純真な眼差しを私に向けつつ、リサが質問を投げ掛けてくる。
信じられない言葉を耳にし、リューテシアとルナールが二人同時に咳き込む。
「ちょっとリサ!? 貴女何言ってるの!?」
「何って、もっと爆発力を上げる方法ってあるのかなー? って思って……」
「リサ! お前あんな爆発させてるのにまだ破壊力出したいのか!?」
リューテシアとルナールが共同戦線でリサを糾弾する。
あんな爆発って、リサは一体私が見ていない場所で何をしているのだろうか?
最近引き篭もって未来へ跳躍ばかりしてたので外の事情に疎いので話から置いていかれている気がする。
「だって、今の水素爆発だと一回で魔物を倒せないし……」
「その一回でほぼ瀕死なんだけどね……」
「俺の近くで使うの止めてくれれば、俺はそれだけで良いのに」
「だから一回でしっかり魔物を倒したいの。ミラお姉ちゃん、そういう理由で破壊力を上げたいんだけど……」
「そうね。手っ取り早いのは水素と酸素の量――つまり水の量を増やす事だけど、その分魔力量も必要だし、この方法は力量という限界があるわ。それに、基本的にただ爆発するだけじゃ、その爆発エネルギーは大気中に拡散して破壊力というエネルギーを効率良く伝えられないの。一番爆発の破壊力が上がるのは、閉所での爆発よ。狭い場所では爆発によって瞬間的に発生したエネルギーが逃げる場所が無いから、破壊力がその場所に集中して注がれるのよ。だから、何らかの方法――戦う場所を選んだり、魔法によって狭い空間を作れれば現状のままで破壊力を上げられるわ」
「ふむふむ……」
「それと、物理的な意味で破壊力を上げるというならこの爆発に異物を混ぜるのが有効ね。爆風に乗せて石ころや鉄片を飛ばせば、殺傷力が桁違いに上がるわよ。ただ、この方法を取るなら周囲に破片が無差別に飛ぶから、距離を取って周りに味方がいない状況下で使わないと仲間が死傷しかねないから気を付けてね」
「ミラ!? 貴女リサに何て事を教えてるの!?」
悲鳴を上げつつ私に掴みかかってくるリューテシア。
知りたいと言ったから、ただ教えてあげたのに何をそんなに慌ててるのやら。
リサが抱いたこういう好奇心と向上心は密接な関係にある。
技術発展を考えるならこういう考えは大切にしてあげるべきなのだから、見守ってあげれば良いのに。
「……ミラの姉ちゃんが頭良いのは知ってたけど、リサにそんな事教えないで欲しかったな……」
「――よし! ご馳走様でした! ありがとうミラお姉ちゃん! 早速試してみるね!」
「やめなさいリサ!? 確保よルナール!」
「任せろリューテシアの姉ちゃん!!」
好奇心に任せて作業部屋に向かおうとしたリサをルナールが拿捕する。
地面に組み伏せられ、逃げようともがくリサ。
しかしルークを師として剣を習っている為、ルナールにはリサに無い細く引き締まった筋力が備わっている。
戦士としての体格が備わっているルナールから、リサが逃げ出す事は不可能であった。
「お兄ちゃん! あの破壊力が更に上がれば魔物なんて怖がらなくて良くなるんだよ! どうして邪魔するの!?」
「魔物が怖くなくなる代わりにリサが怖くなるんだよ! もう今のままで充分じゃんか! 何でもっと破壊力上げようとするんだよ!?」
「だって……何か物足りないし」
「物足りないって何だよ!? 近くで爆破される俺の身にもなれよ!?」
ルナールとリサが兄妹喧嘩を繰り広げる。
仲が良いわね。
私にはそういう兄弟姉妹がいないから、良く分からないわ。
……いや。一応、姉達がいたといえばいたのか。
結局形にならず、軒並み殺処分という形で始末されてしまったが。
「じゃ、私はまた未来に飛ぶ事にするわ。後はよろしくね」
「何逃げようとしてんのよ! リサに余計な事吹き込んだ責任取りなさいよ!」
逃げるつもりでは無かったのだが、リューテシアにその場で腕を掴まれ捕らえられてしまう。
二人は一体リサの何を恐れているのやら。




