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125.グレイシアル村

 寝台車両にて一夜を明かした翌日。

 ネイブル村を出発し、私達は蒸気機関車を走らせ、再び地下拠点を目指す。

 尚、ルークはソルスチル街にてすべき仕事があるそうなのでソルスチル街にて別れる事になった。

 何でも、ルークは既にソルスチル街の顔と言っても良い程の重役となっているそうだ。そう長く街を離れる訳には行かないとの事。

 ルークに手を振りつつ、一日掛けて再び私達は地下拠点へと戻ってきた。

 もう一つの終点であるグレイシアル村は、この地下拠点から見るとソルスチル街とどっこいどっこいの距離らしい。

 流石にそんな距離は、休憩抜きでは無理だ。

 運転を続けているルナールとリサを休めつつ、炭水車への石炭と水の供給を行う。


 休息と補給が済んだ翌日。

 分岐器を切り替え、私達はオリジナ村を通過し、ルシフル村方面へと舵を切る。

 出来ていたのは遠目で確認していたが、実際に私が走るのは初めてだ。

 点検車両による走行テストは済んでいるそうなので、速度を出すのは問題無いようだ。

 思えば、最初にルシフル村を訪れる際には酷い目に遭った。

 サスペンションが付いていない酷い馬車に乗せられ、ガタガタと揺さ振られ続けた。

 あの当時を思えば、今回の旅路がなんとも気楽な物か。


「ここがルシフル村ね。蒸気機関車で走れるようになると、オリジナ村と大して距離差が無いのね」


 周りの平屋と比べ、一回り大きい館――アレクサンドラの実家も健在だ。

 ルシフル村を通過すると、そこから先は緩やかに弧を描くように線路は延びていた。

 真っ直ぐにではなく、このような路線の設置の仕方になったのは単に村の位置の都合だそうだ。


「……見所、何にも無いわね」


 牧歌的な、という表現では生温い。

 人の手が全く入っていない、原野が延々と続く。


 ――以前、オリジナ村のアランが言っていた言葉を思い出す。


『ある意味、ここは流刑地なんですよ』


 流刑地、か。

 この光景を見ていると、その表現があながち間違っていない事をしみじみと感じる。

 娯楽も無い、人もいない。魔物は沢山、国は厳しい気候故か土地の管理を半ば放棄している。

 一年の大半が寒さと雪に悩まされる日々、外部からの助けは期待出来ない。

 雪解け水という形で水源が比較的豊富な点はラーディシオン領と比べればまだマシだが、それ以外は正直、ラーディシオン領とどっこいどっこいである。

 あっちはあっちでクソ暑いからね。


「見えたわ。あそこがフュリック村よ」


 フュリック村と呼称されている集落が見えてきた。

 その集落は、オリジナ村よりも更に小さい規模である。

 住人の総数は十人いるか、という程度なのではないだろうか?


「……何でこんな場所に居を構えてるのかしら、ここの人達は」

「んー、特に私達も何も聞いてないんだけど……住んでるって事は、何かしら糧を得る手段が存在してるって事なんじゃないの?」


 リューテシアの言う通りだとは思う。

 狩猟か、採取か。手段も方法も分からないが、ここで暮らしているという事はそういう事なのだろう。


 ――蒸気機関車は淡々と、与えられた線路の上を走り続ける。

 窓ガラスの曇り具合が酷い。拭いても拭いてもすぐに曇ってしまう。

 これは後々二重窓にして結露対策した方が良さそうね。


「……この先がグレイシアル村なのよね?」

「ううん、次はファルファ村ね。終点のグレイシアル村はその次よ」

「ファルファ村ってのは、どんな場所なの?」

「……簡単に言うと、寒いわね」


 それはまた、簡潔な説明ありがとう。


「――前、ミラが例え話で言ってたけど。ずっと溶けない氷は存在しないけど、ずっと氷が溶けない場所ってのは存在したのね……」


 曇ったガラスの水滴をふき取りつつ、外を見やるリューテシア。

 

「見えたわ。あれがファルファ村よ」


 リューテシアが指し示した場所を確認する。

 そこは、前に通ったフュリック村と違ってそこそこ民家は多かった。

 平屋ばかりではあるが、建物の数だけならばオリジナ村とルシフル村を足した程度はある。

 町と呼べる程栄えている訳では無いが、村という範疇の中では大きい集落に入る。

 ファルファ村の近くにはどうやら川らしき物が存在しているようだ。

 川、と明言しない理由は、表面が完全に凍り付いていて外観だけではあれが川として機能しているのかが分からないからだ。


「近くに川があるでしょ? あの川の下にある水は凍ってないらしいから、飲み水の確保が出来るからそこそこ栄えてるみたいよ」

「ああ、アレやっぱり川なんだ」

「ただ、水汲みの度に表面の氷を砕かないといけないらしいから、水汲みは相当な重労働らしわよ」

「ふーん。水場があるとはいえ、こんな寒い場所に居を構えるなんて珍しい」

「逆に、寒過ぎるのが良いらしいわよ?」

「ん? どういう事?」

「ここ、外に氷を放置しても一年中溶けずにそのまま残る位、とんでもなく寒い地域らしいのよ。だから、獣が一切住んでないのよ。そして、エサが無いから魔物すら近寄らないみたいよ」


 成る程、魔物の脅威から身を守る、という意味であえてとても寒い地域に居を構えたのか。

 確かに、魔物の襲撃を考慮する必要が無いというのは、無視できない大きなメリットだ。

 村の周囲には魔物に対抗する為の柵の類も見られず、このファルファ村という集落が魔物とは無縁の生活を送っているのは疑いようのない事実のようだ。


「……それと、これは私が確かめた訳じゃないんだけど、多分嘘じゃないと思う話があってね」

「……何よ、もったいぶるわね」

「何でも、このファルファ村が一番寒い時期に、コップに入った水を空に向けて撒くと氷の粒になって降って来るらしいわよ」

「――ああ。もういい。その逸話聞いただけでもう私はファルファ村の地に立つ事は無いと思うわ」


 更にリューテシアからの補足を受けると、ファルファ村には降雨が無いらしい。

 そしてそれは同時に、降雪も無いという事だ。

 理由は容易に推測出来る。

 恐らく、寒過ぎてこのファルファ村に到着する前に空気中の含有水蒸気が全部氷結して地面に落ちてしまうのだろう。

 オリジナ村やルシフル村だって普通に寒い地域なのだが、このファルファ村はレベルが違う。

 リューテシアの話も加味すると、このファルファ村は疑う余地の無い氷雪気候だ。

 この世界で一番寒いと呼ばれている地域は白霊山だという話だが、恐らく気温だけならこのファルファ村は白霊山と良い勝負が出来るレベルのはずだ。

 無論、作物なんて絶対育つ訳が無いし、ここの住人は氷の下を流れる河川、そしてそこを泳ぐ魚を獲って暮らしているのだろう。

 ただ、寒過ぎて逆に雪が降らないので、除雪の手間は他の村々と比べて楽そうではある。他所から地吹雪が吹かなければ、だが。


 ――完全に表面が凍り付いている川を越え、ファルファ村が後ろへと過ぎ去っていく。

 この先にあるのが、最後の終点であるグレイシアル村だとの事。

 川――名前をリューテシアに聞いた所、この凍り付いている川の名前はグレイシアル川だとの事。

 グレイシアル川の源流付近にある村なので、グレイシアル村という名前が付いたらしい。

 弧を描く路線は、常に左側の視界にグレイシアル川を捉え続ける。

 北上していたこの路線は、ファルファ村を境に一気に南下するとの事だ。

 なので、グレイシアル村の寒さはファルファ村程ぶっ飛んだ寒さではないとの事だ。

 とはいえ、その全土が亜寒帯~寒帯に属しているロンバルディア地方だ。全く寒くないなんて事は有り得ないのだが。


「――グレイシアル村は、何でもかなり特殊な鉱石が産出する場所らしいわね」

「特殊な鉱石、ねぇ……」

氷魔結晶(ひょうまけっしょう)、って言うらしいけど。ミラ、知ってる?」


 ……初耳ね。

 私が聞いた事が無いという事は、レオパルドが亡国になった以降に見付かった新種の鉱石という事だろうか。


「聞いた事が無いわね。どんなのかは分かるかしら?」

「何でも、見た目は綺麗な水晶らしいわよ。普通の水晶と大きく違うのは、中に魔力を蓄えているっていう点じゃないかしら?」

「――へぇ、面白そうね。魔力電池って訳ね」


 随分と興味をそそる代物だ。

 色々悪巧みを思い付くが――


「ただ、氷属性の魔法以外と相性が悪いせいでこの氷魔結晶(ひょうまけっしょう)の魔力は氷属性の魔法にしか使えないらしいけどね」


 リューテシアのその言葉で、夢を叩き壊された。

 何よそれ、大して使えないじゃない。


「……冷蔵庫や冷凍庫の電池位にしか使えないって訳ね」

「ただ、珍しい物ではあるから普通の宝石と同じか、それ以上の値で取引されてるらしいわよ」


 つまり、グレイシアル村は鉱物資源で成り立っている村という訳か。


「このグレイシアル村で採れた氷魔結晶を、山を越えた先にあるフロテア村って場所に卸してた……らしいわよ? 昔は」

「昔は?」

「昨日、グレイシアル村はファーレンハイトよりレオパルドに近いって話はしたわよね?実は――」


 リューテシアが説明を続ける。

 何でも、フロテア村は現在廃村となっているらしい。

 理由は、数十年前にこのフロテア村を四天王が率いる魔族の群れが襲撃、村の住人を一人残らず拉致してしまったらしい。

 住人の安否は不明であり、状況からして生存は絶望的との事。

 そんな訳で、氷魔結晶を卸していた窓口であるフロテア村が無くなってしまった事で、グレイシアル村は困っていたとの事だ。


「――で、そんな状況下でアレクサンドラって言ったっけ? 元勇者様が線路敷設の打診をしたらしくて。グレイシアル村の人達は快諾してくれたってのがこの線路の敷設の経緯らしいわよ」

「ふぅん。成る程ねぇ……それなら、無理の無い線路延長計画ではあるわね」


 恐らく、線路敷設によって一番助かっているのはこのグレイシアル村だと思われる。

 自給自足のファルファ村と比べて、グレイシアル村の産業は鉱物資源がメインだ。

 掘り起こした鉱石を他所へ売り飛ばすという行程を経て、やっと糧に変える事が出来るのだ。

 グレイシアル村の人からすれば、アレクサンドラの打診は垂涎だったに違いない。

 氷魔結晶が高額で売れるというなら、線路の敷設費用もいくばくは負担してくれたのだろう。


「――見えたわ。あそこが最後の終点、グレイシアル村よ」


 ソルスチル街と大差無い距離を走り抜けた結果、もう空は夕暮れになりつつあった。

 ファーロン山脈の麓に位置する、グレイシアル村。

 集落としてはかなり大きく、村と名乗っているがもうグレイシアル町と名前を改めても良いのではないかと思える程に栄えている。

 家屋の数から推測して……住人は百人行くか行かないか、って所かしら?

 村の中央に主要通路と思わしき大きな道が存在しており、山に穿たれた洞穴の入り口へと繋がっている。

 あそこが氷魔結晶の採掘地だと思われる。

 その主要通路に群がるように、数十棟の家屋が立ち並んでいた。


 村が近付くにつれ、少しずつ蒸気機関車の速度が落ちていく。

 完全に日が沈む前に蒸気機関車は完全に停車し、グレイシアル駅にてその足を止めるのであった。


「で、グレイシアル駅に到着ーっと」


 車両から降り、外で大きく伸びをするリューテシア。

 私も座りっ放しの蒸気機関車旅で身体がカチコチになってしまったので、リューテシアの後に続き身体を外で伸ばす。


「結構栄えてるのね、グレイシアル村って場所は」

「一応、ここでしか産出が確認されてない氷魔結晶って武器があるからね。辺境なのは変わりないけど、唯一無二を持ってる村ならこれ位は普通なんじゃない?」

「ま、そうかもしれないわね」


 レオパルド領が人間の持ち物だった時も、クロノキア鉱山地帯は強力な手札だったという記録が残っている。

 金銀宝石、ミスリルにオリハルコン。

 嗜好品から実用品まで幅広い鉱石が産出されていたクロノキア鉱山には非常にお世話になっていたみたいだしね。

 まぁ、あんまりにも魅力的な鉱山だったから、それを狙っていたファーレンハイトの馬鹿が何度も何度もちょっかい掛けて来たっていう記録も同時に残ってる訳だけど。

 何はともあれ、代替の利かない切り札を持っているというのはそれだけで他者にないアドバンテージだというのは間違いないだろう。


「――それにしてもまぁ。よくもここまで線路を延ばしたわね」

「ソルスチル街の作業員達を借りてはいたけど、こっち方面はルドルフさんは援助してないみたいよ。だから、元勇者様の私財とグレイシアル村の援助だけで敷設されたらしいわよ」


 勇者様は元勇者様になっても人々にとっての勇者様で在り続けたのだなぁ。

 私財を切り崩してでもこの凍土に線路を張り巡らせるとは、感動物である。


「――ま、線路があっても走る車両が無きゃ意味は無いんだけどね。この線路を勝手に使わせて貰ってるけど、こっちも搬送能力を貸してる訳だから、おあいこって事で良いわよね」


 現状特に利用用途は思い付かないが、このグレイシアル村と線路が繋がっているというのは今後何かの役に立つかもしれない。

 ルシフル村~ファルファ村に関しては知らない、興味無い。


 東側同様、この西側ルートも蒸気機関車による弾丸旅行ではあったが一通り見て回れた。

 この数年で延びた鉄道網によってこのロンバルディア地方にある村と村が、確かなネットワークで接続され、連携出来るようになっていた。

 遠く離れた村同士の交流が容易く行えるのは、この人手の少ない厳冬の地では大きなメリットとなるだろう。


 私達の住む地下拠点。

 そこから波及した技術は、確実にロンバルディアの地の生活水準を底上げしつつあるのであった。

蒸気機関車にのって車窓を眺めつつ各村の特色を駄弁りつつ進行する旅……

何で旅番組になってんだ

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