123.鉄道網発展、ソルスチル街の更なる躍進
「ミラさん。一応問題は無いとは思いますが、一応確認をお願いしたいのですが」
「あらルーク。わざわざ何かしら?」
リューテシアに白い目で見られる、という一点を除けば悠々自適な快適地下生活を謳歌している最中にルークが現れる。
その口振りからして、ほぼ決定稿と思われる案件をルークが提示する。
「実は、ルシフル村とオリジナ村を接続する線路がほぼ完成まで進んだので。その最終確認をミラさんに聞こうと思いまして」
「あら。勇者様には勝手に線路延ばせば? とは言ったけど、本当に延ばしてしかもほぼ完成しちゃってたのね」
ここ最近、蒸気機関車の運行はリューテシア達に一任しており、私は地下拠点から外に出る事が無かったので気付かなかった。
何年引き篭もってたんだ、と思われるかもしれないが。
かなりの時間を時間跳躍で飛び去ってきたので、精々篭っていた時間は私観点では数週間程度である。
「ミラさんにとって不都合があるのなら、既存の線路に接続するのはやめようと思うのですが」
「――ま、話は現場を見てからにしましょう。久し振りに外の日を浴びたいしね」
「今日は、曇り空ですが」
あっそ。
「……オリジナ村まで行くだけなら、蒸気機関車をわざわざ使う必要は無いわね。ルーク、トロッコの運転お願いね」
「分かりました」
エスカレーターにて地上まで移動し、トロッコに乗ってオリジナ村まで移動する。
成る程、確かにオリジナ村の郊外に線路が真っ直ぐと延びていた。
この路線がアレクサンドラの故郷だというルシフル村まで続いているのだろう。
「以前作った、分岐器を使えば既存の線路と接続出来ますが。問題は無いでしょうか?」
一応、確認しておく。
元々、この路線と接続する前提で延ばしていたのだろう。
普段私達が利用している路線と丁度交差出来るように線路は延びていた。
高さも私達の路線と同じであり、接続した際に歪みとなるような事は無さそうだ。
「――ま、特に問題は無いわね。但し、この辺りはスピードの乗る区間だから、ポイントの切り替えミスだけは絶対にしないようにね。大事故の元になるから」
「分かりました。注意しておきます」
「ルシフル村と線路は繋がるみたいだけど、現状私達はルシフル村に行くような用事が無いわ。だから蒸気機関車を使って行くかどうかの判断は貴方達に一任するわ。だけど、この新造路線を走るならちゃんと点検車両を走らせて問題無い事は確認しておいてね」
「ええ、勿論です」
確認は済んだ。
分岐器を用いて線路を既存線路と結合する事で、蒸気機関車はルシフル村にも向かえるようになった。
線路を引き始めた当初、途中で路線が枝分かれする可能性を考慮し、オリジナ村からやや離れた位置から線路をカーブさせておいたのが生きた結果である。
こういうインフラは百年先を見越して敷設する物だからね、こういう事態を見越しておくのが当然の考え方だ。
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「――ねぇ。なんかこの街、人増えてないかしら?」
気のせいでは絶対無い、明らかに以前と比べて人が増えている。
外壁が更に延長され、街の規模が以前と比べて更に大きくなっていた。
「実は、本道はまだなのですが仮設通路が完成しまして。その結果、ファーレンハイト領内から少しずつ流民や辺境の住人がソルスチル街に集まるようになったようです。その結果、街が拡充され、今に至るという訳です」
「へぇ、なら一応この道を使えばファーレンハイトまで行ける訳ね」
「馬車が通れるような広さではないので、徒歩前提になりますけどね。それでも、行く行くは蒸気機関車が走る道なので起伏の無い平坦な道です。既存のファーロン山脈を越える街道を歩くより余程負担は少ないですよ、ファーレンハイト側の入り口からストルデン村まで抜けるのに野宿を挟む必要がありませんからね」
「――で。道が開通したのと人が増えた理由はどう繋がるのかしら?」
「現状、作業員の手がとても足りていない状態です。それに加え山の切り崩しに防波堤の建造、線路の敷設も加わった結果、このソルスチル街は仕事に当分困らない状態になっています。人数が増えるとここに護衛役である傭兵まで加わるのですからね。仕事を求めた人々が集まるのも当然の話です」
ルークの説明は、ごもっともである。
一体どれだけの巨額をルドルフは突っ込んでいるのだろうか?
私を通じて石鹸販売による利益を享受しているとはいえ、資金が持つのだろうか?
まだ現状、このソルスチル街は足掛かりとなる拠点にはなっていても益を生み出す状態にはなっていないと思うのだが。
「――益、か。そろそろ、必要かもね。ルーク、朗報よ」
「朗報? 何がですか?」
「この街には更にもう一つ仕事をして貰う事になりそうよ」
新たな仕事内容の出現を笑顔でルークに告げた所、ルークは引き攣った笑顔を浮かべながら乾いた笑い声を漏らした。
防波堤建造に必要な材料、それはこの街の住人に自給自足で補って貰いましょうか。
「以前、ルーク達にもやって貰ったから分かると思うけど……このソルスチル街で、大量のにがりを製造して貰うわ。当面の目標は、あの防波堤の表面を三和土で保護出来るだけの量ね」
「――それはまた。一年二年は余裕で掛かりそうな大仕事ですね」
「それと、にがり製造の際に大量の塩が出るのも分かるわよね? 塩は使い道が無いから、ルドルフを通じて販売すれば良いと思うわ。塩、安い物じゃないんでしょ? ちょっとした小銭にはなると思うわよ?」
「そうですね……今度ルドルフさんと会った際に交渉しておきます」
一応、このソルスチル街で塩を消費してしまうのも手ではある。
海岸に位置している為、魚を新鮮な状態で仕入れる事が出来るからだ。
大量の塩があるなら、塩蔵して保存食をここで作れる。
そうなればここの住人達は選り好みさえしなければ飢える事も無くなるだろう。
漁の結果が不調でさえなければ。
「ですが、その場合はにがりの製造法をバラしてしまう事になりますが良いのですか?」
「良いの良いの。にがりの製造法なんて秘匿するような大した技術じゃないし。そもそも作り方だって簡単なんだから、私が教えなくてもその内誰かが閃いて同じ事をするわよ」
って言うか、私からすれば蒸気機関の技術だって隠すような代物じゃないんだけどね。
「分かりました。では今度、私からこの街の住人ににがりの製造法を説明しておきます」
「頼んだわよ」
ルークに今後追加されるお仕事を押し付……お願いしつつ。
面倒な事を全て丸投げするのであった。
面倒臭いのは、嫌よ。
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ルークからの報告を受け、防波堤の建造がほぼ完了した事を知った私は再びソルスチル街郊外へと足を運んだ。
実際に防波堤の出来を確認していく。
これは、自然の脅威と戦う防壁だ。一切の妥協は許されない。
この世界で許される限界ギリギリの技術を総動員し、現状の最高を作り上げる。
「――良し。これなら防波堤として実用に耐えるわね。後は仕上げよ」
波風の被害が一番大きい、沖合いが被害を受け易い。
なので今回の作業はこの沖合いを始端にし、海岸を終端とする。
「この表面を三和土で覆って、海水や雨風に対しての防御力を上げるわ。中身は出来たけど、波風の力は強力よ。土を固めただけじゃ、風雨の風化の力には対抗出来ないわ」
ファーロン山脈から引き続き切り出されてくる大量の土を利用して、製造した三和土を作業員にお願いして運んで貰った。
作り方も作業員に伝授したので、これからは彼等だけでこの三和土を製造出来るようになった。
にがりも土も、まだまだうんざりする程出てくるから惜しみなく使える。
「この泥みたいなヤツで、本当に波風に耐えられるのか?」
「地盤は出来てるからね。この三和土は防御力というより、防御力の高い地盤に耐久力を与える為の物と考えてくれれば良いわ」
塗り方も陸にいる段階で作業員に説明した。
流石元々土木作業で食い扶持を得ていた人々だ、使い方を教えた所、マスターするのに一日も必要無かった。
作業工程はもう把握しているので、防波堤の終端に到着した時点で作業員達は一斉に散開、作業を開始した。
「不意に高波が来るかもしれないから、波に攫われないように注意してね。今日は凪みたいだけど、毎日こんな穏やかな気候だとは限らないからね」
「確かに、こういう日なら心配は無いが海の天気は変わり易いって言うしな。急に嵐が来ないとも限らねぇし、空には注意しながら作業しねえといけねえな」
乾くのには、時間が掛かる。
何も遮る物が無い沖合いだから、日差しや風が直接当たって乾燥し易いようにも思えるが、ここは海だ。
そういう天気の時は海水が蒸発して湿気を帯びるので、結局乾燥速度は地上と大差無いだろう。
乾くまで三和土を塗った地面は踏まないように注意し、私は早々に防波堤を後にする。
ここから先は作業員達でも出来る事だ、もう私がここでするべき仕事は無い。
「では、後は任せました。ここは沖合いなので、波風と天候には要注意でお願いします」
「おう、言われるまでもねえよ。雨天は休日にすりゃ事故も無いだろうさ」
二言三言、作業員の監督者と応対し、今後を任せて私は一人、徒歩で防波堤を歩いて帰るのであった。
……当たり前なんだけど、徒歩だとめっちゃ長い。
うー、トロッコが欲しい。無理だろうなぁ。
こんな場所に普通に線路置いたらあっという間に錆びてボロボロになってしまうだろうしなぁ。
次回、一気に時間を跳びます




