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122.マッサージ再び

「癒されたい」


 完全にスイッチが切れた私は、心の叫びを声にして吐露する。


「温もりが欲しい」

「……温泉にでも入ってくれば? そのままゆでだこになってなさい」


 机に突っ伏した私を半目で睨みながら、冷たい言葉をリューテシアは投げ掛けてくる。

 そんな物理的な温もりが欲しい訳じゃない。


「――もう良い。本気出してやる」


 机から立ち上がり、作業部屋へと足を向ける。

 後ろからリューテシアが胡乱げな目で視線を突き刺してくるが、知った事か。

 この地下拠点には、癒し要素が温泉しかない。

 その温泉だって、癒しというより衛生面の方が強い。


 もう、良いでしょ?


 もうこの地下拠点は、衣食住という面で見れば充分に豊かになった。

 なら、そろそろ娯楽面を強化しても良いと思うのだ。

 善は急げ。日々の作業や蒸気機関車の運行はリューテシア達に任せ、私は作業部屋へと引き篭もり製作作業に没頭するのであった。


 

―――――――――――――――――――――――



「出来た」

「なっ……何これ分厚……ッ!?」


 活版印刷を行えるようになった為、同一の文章を量産するという事が非常に楽になった。

 足りない文字はリュカに頑張って貰った。

 結構頑張って貰った、本当に頑張った。

 マッサージに関する基本的な情報を紙に印字し、リューテシア達全員に行き渡るように量産する事計五冊分。

 各々に手渡していく。


「これが、マッサージに関する基本的な内容よ。後ろの方に行けば行く程より突っ込んだ専門的な内容になっていくわ」


 開幕からいきなり専門的な事ばかり説明すると投げてしまうのが目に見える。

 なので最初の方は子が親に肩たたきをしてあげる程度の親孝行レベルに毛が生えた程度の取っ付き易さ重視にしてある。

 眼精疲労、首・肩の凝り、腰の痛み、腕・足の筋肉疲労――

 各々区分けして、見易いように編纂した。


「最初の方は子供でも分かり易いようにしてあるから、ルナールやリサでも理解出来ると思うわよ?」

「すげー……俺、本なんて初めて見た……」


 紙をパラパラとめくるルナール。

 この世界は、一般的に出回っている紙が羊皮紙なせいか紙に対する敷居が異常に高い。

 そのせいで、本といった紙媒体が貴重な世の中になってしまっている。

 ましてや浮浪児生活を送っていたルナールとリサだ、見た事が無くても不思議ではない。


「五人分。キッチリ全員分用意したわ。これ、あげるからマッサージの勉強、してみない?」

「あんな拷問、する訳無いでしょ」


 断固拒否の姿勢を取るリューテシア。


「ああ、足つぼマッサージの事? アレ、マッサージの中でも特に痛いマッサージだからわざと選んだのよ?」

「んなっ!?」

「だってあの頃のリューテシアってば周りに迷惑掛ける悪い子だったからね。それに、リューテシアが健康的な生活を送ってれば痛くなんてなかったのに」

「あの時のリューテシアさんの悲鳴は、未だに耳に残ってますね」

「……もう忘れなさいよ」

「足つぼマッサージもその本の中で説明してあるから。何なら勉強がてらリューテシア、もう一回」

「絶対やだ!!」


 言い終わる前に否定されてしまった。


「――冒頭を流し見しただけですが……武術に通じる物が少なからずありますね」


 誰に言うでもなく、ルークがそう呟く。

 割と関係あるからね、マッサージと武術は。


「筋肉を押したり叩いたり、伸び縮みさせる事で、身体の疲労を取り除く――それがマッサージの基本よ。だから、マッサージの熟練者は必然的に人体の構造を頭で理解してるのよ」

「そうなのですか?」

「そうよ。筋肉の繊維がどこから始まってどういう向きで伸びているのか、どういう部分が疲労の蓄積が早いのか、何処の筋肉が疲れやすいのか……そういうのは骨格や筋繊維の流れを理解してないといけないからね。武術同様、身体の仕組みを知らなきゃ、効率の良いマッサージってのは出来ないのよ」

「……僕の習っていた剣術の知識も、多少役に立ちそうですね」

「剣も槍も拳も、要はどう身体を動かすか、に尽きるからね。だから実はマッサージってのは戦う者――兵士や傭兵やら……そういう人達の方が飲み込みが早かったりするのよね。そういう人達は戦う為に人体の構造を熟知しておく必要があるから、今まで培った戦いの知識の一部を応用できるからね」


 マッサージとは手技療法の一つだが、その括りの中には柔道整復という物も含まれる。

 こちらは脱臼なんかを治すものだが、脱臼の治し方などそれこそ筋肉と骨格を理解していなければ不可能だろう。

 適当に引っ張ったら筋肉が断裂してしまう。

 柔道整復には柔道、という武道に関する言葉が含まれている通り、柔術という武術とも密接な関係がある。

 なので、武術とマッサージは親戚みたいな物なのだ。


「――なのでルーク。マッサージ、やってみない? 主に私とか私とか私とか」

「……ミラさん、顔が近いです」


 そんなに近いかしら?

 私は単にあー肩が凝ったなぁー誰かに揉んで欲しいなぁー、とアピールしてるだけだ。


「そうですね。この本を貰えるというなら、少し勉強してみるのも良いかもしれませんね。僕も剣術を学ぶ剣士の端くれです、武術と関係がある項目だというなら、この知識も役に立つかもしれませんからね」


 五人に手渡したが、前向きなのはルークだけのようだ。

 むぅー。どうしてマッサージに興味が沸かないんだろうか。

 マッサージするといいよ~。

 もてるよ~。もてちゃうよ~。

 もてもて。ダヨ~。

 もう、ねぇ、スゴイ。それに。

 快適な健康的生活も、ねぇ、エンジョイできちゃう。できちゃう!

 それに引き換え、マッサージしないと、目はショポショポする。腕、上がらない。

 あ、僧帽筋。胸鎖乳突筋。三角筋。oh! みんな重い!

 あっ~、もう肩こりッ、最低ッ!!


「是非ともマッサージは勉強すると良いわ。そして私とかにすれば良いと思うわよ?」

「えっ? はぁ、まぁ……機会があれば」


 ルークが消極的な返答を述べる。

 もっと積極的に行かなくてどうするのよ!

 あの派手な散財をした頃のルークは何処行っちゃったの?

 あの頃のガツガツ行く肉食系な感じで攻める感じで私の肩の指圧とかしちゃって良いのよ?


「……はぁ。それ作って疲れたからもう今日は寝るわ、おやすみ」


 癒されたい。

 誰か、誰かマッサージをしてくれる人はいないのだろうか。

 


―――――――――――――――――――――――



 時間をぴょんぴょん、飛び石に飛び移るように渡り歩く。

 魔石への魔力充填やら時間跳躍やらで魔力を消費していった結果、私の持つ魔力貯蔵バッテリーが底を突いてしまった。

 ふむ。これで以前私達の拠点に襲撃を掛けて来た愚か者の魂は欠片も残さず消費し尽くせたようだ。

 さよなら。来世では道を誤らずに生きるのよ。


 魔力残量が無いのは困るので、空になったバッテリーと拠点中枢部に置いてある予備バッテリーを交換する。

 普段からマメにリューテシアとルークが魔力を貯蓄してくれており、幸いバッテリー残量は8割程度まで回復していた。

 フレイヤから抜き取った空のバッテリーを中枢部に再設置し、二人が溜めてくれたバッテリーをフレイヤへと装着する。

 フレイヤはものぐさスイッチ内へと格納し、何時でも展開出来るようにしておく。


「――あれ……? そんな場所に部屋があったんですか……?」


 私が中枢部から出てきたタイミングで、不思議そうにリサがこちらに質問してくる。

 入り口を魔法で隠蔽しつつ、リサへと説明する。


「ああ、そう言えばリサには説明してなかったわね。この奥には私達が暮らしてるこの場所を支える魔法の中枢部があるのよ」

「中枢部、ですか?」

「地下農場の温度管理もやってるし、換気口だってこの中枢部の魔力を使用して動いてるのよ」

「大切な場所なんですね」

「ええ、そうよ。だから今の所リューテシアとルーク、そして私以外は立ち入りを禁じてるのよ」

「リュカお兄ちゃんは駄目なの?」

「あの子は魔法が使えないからね。入る意味が無いのよ。入っても意味が無いなら、リュカに立ち入り許可を出す必要も無いでしょ」

「……私も魔法が使えるようになったら、そこに入っても良いですか?」

「……別に、何か面白いモノがある訳じゃないわよ」

「そうなんですか?」


 まぁ、この世界には定着してない術式とかはあるけど。


「それに、リサが魔法を使う資質があるかも分からないしね。調べてないし」

「あっ。それだったら、リューテシアお姉ちゃんにこの間見て貰いました」

「あら、そうなの?」

「はい! 私、使い方を覚えれば魔法は使える人だってリューテシアお姉ちゃんが言ってました! 今、リューテシアお姉ちゃんに習って少しずつ勉強してます!」

「へぇ。なら、ある程度使えるようになったらこの中に入れるのを考えても良いわよ」

「本当ですか!?」


 目を輝かせながらふわふわの尻尾をブンブンと千切れるんじゃないかという勢いで振るリサ。


「もしリサが魔力の扱いに慣れたなら、リューテシアやルークと同様、この中枢部に魔力供給が出来るようになるだろうしね」


 魔力に老若男女は関係無い。

 魔力は魔力だ。老人が出した魔力も年端も行かぬ少女が出した魔力も用途は変わらない。

 リサが魔力を捻出出来るようになるなら、バッテリーへの供給も捗るだろう。


「そうね――リューテシアに初心者卒業、って言わせたら中に入れてあげるわ。その時は、リサにこの中枢部への入室許可を出すわ」

「はい! 頑張ります!」


 そう意気込むと、リサは小走りで客室へと向かって行った。

 まだルナールとリサの個室は無いので、客間暮らしである。

 別にそれが何か問題があるという訳ではないのだが。

 リューテシアも忙しそうだし、何でもかんでもリューテシアに放り投げるのは少し考えないといけないかもしれないわね。


 ルナールとリサという新たな人手は増えたが、日々の作業量にゆとりが出来たかと言われると疑問符が浮かぶ。

 二人がもっと習熟すればリューテシア達の負担も軽くなるかもしれないが、それはまだまだ年月が必要だろう。

 そろそろ、この拠点にも人手を入れないといけないかなぁ。

 でも、無闇に人手を入れるのはセキュリティ面で問題がある。

 どうしたものか。そんな事を考えながら、私は回復したバッテリーを用いて再び時間を飛ぶのであった。

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