121.謎の天才魔法ファッションデザイナー
誰だお前は!?
「ねえミラ。ちょっとこっち来てくれる?」
普段通りの日常、と呼べる日々が流れていたとある日。
リューテシアに呼ばれた私は大広間へと連れ出される。
「何よ、どうしたの?」
「何か見た事が無い人がいるんだけど」
見た事が無い人?
リューテシアに腕を引かれ、その現場へと連れられる。
その人物は、エスカレーターが設置されている小部屋の中に倒れていた。
身なりは、どうやら旅人のように見える。
年季の入った外套を着込んでおり、髪は茶色い短髪。
手入れは然程されていないようでありボサボサだが、洗っていない訳ではないようで、不潔感は無かった。
うつ伏せで倒れている為、顔は確認出来ないが、恐らく男性であろう。
「ミラの知り合い?」
「……こんな男、知らないわよ」
倒れている人物は男のようであり、不思議な事に旅人であるにも関わらず武器の類を持っていなかった。
この小部屋は元々不特定多数の人物が訪れる事を考慮して設計しているので、地下拠点の防衛術式の圏外となっている。
なので、防衛術式に引っ掛かって男が倒れたという可能性は無い。
「は、腹が……」
男が、小さく呻く。
「腹が……減って……」
そこまで口にして、男は完全に力尽きたようだ。
ピクリとも動かない。
「……どうしよう、ミラ……」
「こんな所で寝られたら邪魔で仕方ないわ。腹減って行き倒れって所でしょ? 軽く何か飯を食わせてやりましょう」
何か悪い事をした訳でもない、ただの行き倒れを無視する程薄情になったつもりもない。
ただ、警戒だけはしておこう。
ものぐさスイッチの操作を行い、地下拠点の中枢部を遠隔操作。
もしこの男が不穏な動きをしたら、魂魄簒奪術式をフルパワーで稼動させてやる。
―――――――――――――――――――――――
「いやー! まさかこんなにキュートなレディに救われた挙句食事まで頂けるとは!」
最初はリューテシアに頼んで食事を用意して貰っていたが。
男の食う量が余りにも多かったので途中からものぐさスイッチ内に格納していた調理済みの食料を放出した。
しかし良く食うわね。一体どれだけ空腹だったのかしら?
「――で。誰よアンタ」
「んー! そうだね、ミーの事は謎の天才魔法ファッションデザイナー……だと長いからジョニーとでも呼んでくれれば良いサ!」
ジョニー(仮)と自称する男は、手にしていた皿のスパゲティを平らげつつ自己紹介を済ませた。
「……ふぁっしょん、でざいなー? って何?」
「簡単に言えば服の原案を出す人ね」
「ミーはミー自身で裁縫まで手掛けるけどね」
ふーん。
じゃあ貴方は一から十まで最後までやっちゃうのか。
「ま、何でも良いわ。食った分は働――」
「ムムッ!? ミーのブレインに栄養が回ったお陰でインスピレーションが沸いてキタ━━━(゜∀゜)━━━!!!」
両手の親指と人差し指を立て、それを組み合わせて長方形のフレームのようなものを作り、その枠内に私達を収めるジョニー(仮)。
「ケミカルでサイエンティスト! ミステリアスなクールビューティー! これだァ!」
食器を横へと避けてスペースを作り、懐から取り出した羊皮紙に凄まじい速度でペンを走らせる。
何これ……衣装?
「思い立ったがラッキーデー! ルェ~ッツ、メイキィーング!!」
ジョニー(仮)が巻き舌気味に叫びつつ、頭上高く掲げた指を打ち鳴らす。
それを合図にジョニーの周りに見覚えのある道具が多数出現する。
裁ち鋏、生地、色とりどりの裁縫糸に強く輝く魔力の込められた裁縫針。
それに――電子制御のミシン!?
「ちょっと!? アンタ一体何処からそんな物――」
「この二人から導き出される四則演算のアンサー! その答えはコイツだァ! チェケラァゥ!!」
早過ぎて眼が追い付かず、まるでスローにすら見える凄まじい腕の動きに晒された布が、糸が舞い。
文字通り瞬く間にジョニー(仮)は何やら衣服らしき物を二着仕立て上げ、私とリューテシアに押し付けてきた。
「クールビューティーなロリっ娘とナイスバディのエルフのレディ、ユー達に合う服装はズバリコイツだ……そんな村娘Aみたいな服なんかキャストオフして、この服で真のビューティーを追求すると良い……アデュー!」
そう言い残し、ジョニー(仮)は編集失敗の動画の如くその場から切り取ったかのように消え失せた。
その直後、中枢部と連動しているものぐさスイッチから警告音が鳴る。
画面を確認すると、第三者による転移魔法術式の感知、と表示されていた。
「な、何? 一体何なの?」
「リューテシア、とりあえずこの服持ったまま中枢部に移動するわよ! 最優先で!」
転移魔法の感知という事は、ジョニー(仮)は何処かへと転移で移動……恐らく逃亡したのだろう。
とんだトラブルが飛び込んできたものだ。
今後どうするかを考えるにしても、今現在私が築き上げた中で一番の堅牢さを誇る中枢部に移動してからだ。
―――――――――――――――――――――――
中枢部の術式を操作し、地下拠点の全フロアをスキャニング。
及び周囲の魔力反応を最大精度で確認。
しかしながら、ジョニー(仮)の反応は見られず、その結果が完全に逃亡した事を物語っていた。
「――ねぇ、ミラ。結局、何だったのアイツ」
「私が聞きたいわよ」
正体不明、意味不明のジョニー(仮)という男は、嵐のように私達の拠点から去っていったのであった。
去った後に残ったのは、私達用と言って押し付けてきたこの服だけであった。
「……これ、着ろって事なの?」
「待ちなさい。あんな正体不明の男が手渡した服を何も考えず着るなんて馬鹿のする事よ」
何か呪いの類が仕込まれているとも限らない。
いや、むしろそう考える方が自然である。
「その服私に貸しなさい。妙な仕掛けが無いか確認するわ」
リューテシアからジョニー(仮)が押し付けた服装を確認する。
「ハァッ!? ちょっ、この服ミスリル銀糸にオリハルコン鋼糸が使ってあるんだけど!? 何処でこんなモン手に入れたのよ!?」
その衣服に使われている常識外れの素材に思わず目玉が飛び出そうになる。
「……付与魔法も仕込んであるわね。……うわ……どうなってんのよこの服……」
何もかもが規格外な設計となっているこの衣服を確認すれば確認する程頭が痛くなってくる。
これだけの代物をあんな短時間で作り上げた挙句、こっちに丸投げしてきたあの男の魂胆がまるで測れない。
「――とりあえず、確認した感じだと敵意のある術式は一切組み込まれてないわね」
偽装の痕跡も見られない。
使われている常識外れの素材と規格外の術式も、全て私が知っている既知のモノだけであった。
「それでミラ。この服って一体何なの?」
「……間違いなく言えるのは、これは最強の防具ね」
「防具? こんなヒラッヒラの布が?」
使われている素材や組み込まれた術式を知らないリューテシアが不思議そうに私が預かった服を見ている。
「――この服に仕込まれた術式を確認したら貴方だって色々ツッコミたくもなるわよ」
「えっと…………!!!?!?!?」
リューテシアが声にならない声を上げる。
素材も術式も私は全て知っているが、私の知っている事がこの世界にとって常識的なモノではない事は既に分かっている。
「何よこれ!!?」
「着用者の体格に併せて自動伸縮が掛かる術式、それと汚れが自動で洗浄される洗浄術式。それとこの世界の基準で言うなら上級魔法までの効力を着用者の任意でシャットアウト、禁術クラスまでなら軽減させる防御術式ね」
「付与魔法の内容を聞いてるんじゃないわよ!? 何でこんな化け物じみた代物がこんな場所にあるのよ!? これ着て何処かに戦争でも仕掛けに行けって訳!?」
「……ま、私自ら確認して害意が無いのは確定した訳だし。押し付けられたんだし着てみれば良いんじゃないかしら。下手なフルプレート着込むよりよっぽど堅牢な防御力よこの服」
こんな代物をどうして作れたかとか、あの男は何者なのかとか。
そういう答えの出ない疑問を全部ブン投げてはいるが。
情報が少なすぎて考えても答えは出ないので、考えない事にした。
無駄な考え休むに似たり。
意味の無い事はしないようにしましょう。
―――――――――――――――――――――――
「――こう、で良いのよねミラ?」
自室で着替えたリューテシアが、ジョニー(仮)の作って押し付けて来た衣装を身に纏いやってくる。
頭部には飛んでくる火花や危険な薬品の飛沫から完璧に目を保護するゴーグルが掛けられており。
ふくらはぎの辺りまで身を包める長さの薄手の白衣に腕を通し、その中には赤のタートルネックの服に、ピッタリとした紺色のスキニージーンズといった出で立ち。
着用者の体格に合わせる術式のせいか、リューテシアの豊満な胸部が更に強調されるようにクッキリと浮き出ていた。
尚、私に押し付けられた服もどうやらリューテシアと全く同じ服装のようだ。
自動伸縮のお陰で、見事なまでに胸元はまっ平らではあるが、それ以外はリューテシアと同様である。
「ええ、そうみたいね」
「着てみると結構動き易いわねコレ。普段着てる服よりよっぽど良いよ」
軽くその場で飛んだり、しゃがみ込んだりして着心地を試しているリューテシア。
確かに、動き易くはある。
ただ服のデザインがいささか私がいた世界の基準に寄っているせいで、この世界の視点だと浮いている気がしなくもない。
「ミラさん。ただいま戻りました――おや、イメチェンですか?」
「……まぁ、そんな所よ」
説明するのも面倒臭いので、リューテシアにも言い含めてただのイメチェンだという事で通しておいた。
正体不明、意味不明のジョニー(仮)の残したトンデモ衣装は、こうして私達の普段着となるのであった。
布石。




