12.ルシフル村
鉱山跡地を後にし、一度オリジナ村へと私達は進路を取る。
村へと帰省後、また少々遠出をするとアーニャへ言伝を残す。
余り好意に甘え続ける訳にもいかないので、さっさと自立する為の準備だと告げた所、二つ返事で了承してくれた。
というか、頭を撫でられて褒められた。
普通の事だと思うんですけど。
ルシフル村はオリジナ村と街道で接続されており、幸い村へと向かうのに馬車を使えるようだ。
馬車に乗る前にある準備をしておき、颯爽と馬車へと乗り込む。
それにしても良かった、本当に良かった。
徒歩なんて出来る限り避けたいのが私の本音よ。
文明の利器万歳、いや馬車は充分前時代的か。
うーん、もっと早い移動手段が欲しいわね。
そんな事を考えながら、馬車に揺られる。
――乗り心地は、最悪だ。乗らなきゃ良かった。
誰よもう歩かなくて済むなんてお気楽な考え浮かべてたのは。私か。
路面は申し訳程度の整備しかなされておらず、陥没や岩塊が唐突にあるのは当たり前。
何よりも恐ろしいのは、馬車にサスペンションが付いていない事だ。
揺れる、を通り越してかき混ぜるとでも言いたくなるような揺れだ。
しかし同乗しているアレクサンドラに訊ねた所、これが普通だそうだ。
この世界、魔法に傾倒し過ぎて科学方面があんまりにも疎か過ぎるんじゃないの?
レオパルド王国で培われた技術は一体全体何処へ消えたってのよ。
ここまで跡形も無く消えるって何かおかしくないかな?
技術の断絶具合に何らかの作為を感じずにはいられないわ。
馬車に乗り、テューレ川に架けられた木製の橋を渡り、目的地であるルシフル村に到着した時には既に日没を迎えようとしていた。
「こんな遅くに行っても迷惑になりそうだし、一晩ここで夜を明かしてからお伺いした方が良いかしら?」
「明日にするにしろしないにしろ、一度私の屋敷にまで来て貰えるか? この村には宿屋が無いんだ、泊まるなら屋敷の客室を貸そう」
「あら、それはわざわざ親切にどうも。何だか悪いわね、借りばっかり作って」
「気にするな、大した事はしてない」
オリジナ村の人達もそうだけど、この勇者にも借りを結構作っちゃってるなぁ。
でも、勇者かぁ……
都合が良いから甘えさせて貰ってるけど、この借りはかなり高く付きそうな気がする。そんな予感がする。
アレクサンドラに案内された場所は、三階建ての小ぢんまりとした屋敷であった。
流石に領主及び勇者の住む屋敷だけあり、周囲の家屋と比べて小奇麗な建物ではある。
ただ、それと同時に「こんなものなのか」という感想も湧く。
贅を尽くした噴水や、庭師の手入れが良く行き届いた見事なガーデニングなど、そういった物が一切無い。
土地を含めた総面積も、かなり小さい。
走りさえしれば外周を回るのに三分も掛からなそうである。
「ここがそうだ。領主とはいえ、税金などは粗方ファーレンハイトの連中が吸い上げて行くから、大した建物ではないがな」
「ふーん、大変なのね」
心にもない事だが、一応世辞として述べておく。
地方格差問題ってのは何処の世界でも一緒ね。
まぁ、こんな所を突っついた所で私の生活が潤う訳でもないし、スルーで良いや。
屋敷の中はかなり殺風景であり、調度品の類が全く見当たらない。
これが本当に領主の家か? と疑問が浮かんでしまう程だ。
「えらいサッパリした家なのね」
「壺やら絵画やら、そういう生きるのに必要ない物を買う位なら、この村の住人達に還元する。私の父はそういう人なんだ」
「へえ、随分立派な志なのね」
「ああ、自慢の父だ」
階段を上がり、三階にある一室へと向かう。
アレクサンドラが扉をノックし、扉を開けるとその奥には一人の人物がいた。
短く刈り上げた、群青色の髪に空色の瞳を持った、壮年の男性がこちらに気付く。
「おお、アレクサンドラか! おかえり」
「只今戻りました、父上」
微笑を浮かべ、アレクサンドラを迎える。
父親か。成る程、身体の特徴が良く似ている。
アレクサンドラは父親譲りの血なのだろう、その性質が髪や目に表れている。
「所で、そこの少女は誰だね?」
「お初にお目に掛かります、私はミラと申します。実はこの度、この村の領主である貴方様と少し商談をしたく馳せ参じました」
「商談? おいおい、冗談だろう?」
「父上、この少女は先日私が行ってきた鉱山跡地の所有権を売って欲しいそうだ」
「金になる物なら、あります。ちょっと待ってて下さい」
一度、アレクサンドラに案内された領主の部屋から出て、扉を閉める。
懐から携帯端末、ものぐさスイッチを取り出し、画面でタッチ操作を行い、今回交渉の切り札となるその代物を取り出す。
このものぐさスイッチの機能の一つに、所有物の出し入れ機能がある。
私が所持している道具を亜空間内に自由に搬入、及び排出する機能である。
この機能を使い、ある道具の機能で事前に作って置いたその宝石を取り出す。
再び扉を開け、その宝石を領主の机の上に置く。
「金を作る当てってのは、これよ」
「!?」
アレクサンドラとその父である領主、その双方が分かり易い位に目を見開く。
これを作る材料は、鉱山跡地のズリ山で沢山手に入れられたからね。
「これは――金剛石!? しかもこれ程巨大な――」
「確かにこれは……鉱山跡地程度、余裕でお釣りが来るな……しかしミラ、一体何処でこんな物を」
二人が驚愕するのも無理は無い。
何せ私の頭位の大きさがあるダイヤモンドなのだから。
私の世界じゃ、こんなものにそこまで大層な価値なんて付かないけれど。
こっちの世界じゃ流石にそうも行かないわよねぇ。
「……実は、私が天涯孤独になる前、病床の母が私に遺してくれた物なんです。困った時があったら、これを売って金にしろと」
嘘である。
私に両親なんていーません。
「実は勇者様に鉱山跡地に連れて行って欲しいと言ったのも、元々鉱夫だった父の働いていた鉱山というのがどんな場所かと、一度で良いから見てみたくて」
まぁこれも嘘なんだけどね。
「うーむ……だが、これに対し払える程の金貨を私は持っていないぞ」
「あの鉱山跡地とその一帯、土地丸ごとの所有権分を差し引いてもですか?」
「それでも……無理だな。地方領主にしか過ぎない私に、この金剛石に値段を付け、その対価を払うのは無理がある」
やっぱ調子にのってデカくし過ぎたかしら?
でも一回しか使えないんだし、限界ギリギリまでその効力の恩恵には与りたかったしなぁ。
「少々遠出になるが、ファーレンハイトで売ってきてはどうだね? あそこには顔馴染みの貴族がいるんだ、そこへの伝手は用意しよう」
「そうして貰えるなら助かります」
領主は作業机の引き出しから1枚の羊皮紙を取り出し、
そこにペンを走らせ、紙へと捺印する。
「これを持っていけば、門前払いはされないはずだ」
「しかし凄いな。クロノキア鉱山ですらこんな金剛石が産出した事は無いぞ?」
ん?
クロノキア鉱山って今でも残ってるんだ。
まぁあそこって不気味な位金銀宝石が産出してたからね、破棄される訳無いか。
でもどうせ誰かが所有権握ってるだろうし、興味は無いかな。
「売りに行くにしても、今日はもう遅い。父上、客間を使わせて貰って良いか?」
「ああ構わんよ」
アレクサンドラの好意に甘え、今日はこの屋敷内で一泊する事になる。
有り難いなぁ、そしてそれと同時に重くも感じる。
この借り、返すの絶対辛いんだろうなぁ。
布団に潜り込み、そんな事を考えているとすぐに瞼が重くなる。
鉱山跡地への行軍に加え、まどろみも吹き飛ぶトンデモ馬車のお陰で疲れが溜まってるんだろう。
私の意識は、そこで睡魔によって途切れた。
という訳で、2時間置きの連続更新は一旦ここで終了となります。
次からは書き溜めが尽きるまで、毎日1話更新を行っていきます。




