117.ミラちゃんの化学教室:魔法応用編~モーターと爆発
「さて。ここに磁石を使うとどんな事が出来るかという説明の為に作った模型があるわ」
「あっ。これ、この間ミラお姉ちゃんが作ってたやつですよね?」
作業部屋に移動し、以前ルナールとリサの面倒を見ながら作っていた模型を指し示す。
模型は外周部に磁石となった鉄が貼り付けてあり、その中心部分には銅線の表面を釉薬で皮膜処理、絶縁を施したエナメル線……いや、エナメルを使ってないからエナメル線もどきか。
電線で良いか。それが大量に巻き付けてある。
巻く作業が地味に眠気を誘って大変だった。
巻いた回数が磁力に関わるから半端な回数じゃ駄目だが、たかが模型にそこまで本気を出してどうするのかという葛藤。
しかし巻く単調作業に私は屈し、程々の回数で妥協する事にした。
結果、出来上がったのがこの模型である。
「ええ、そうよ。この外周部に付いてる金属が磁石よ」
「は、ハンドルが付いてますけど、回すんですか?」
「後でね。今はこっちよ」
模型の後ろ側に伸びた、二本の電線を手に取る。
「磁石を用いて磁力を扱えるようになると、モーターっていう物を作れるようになるのよ」
「モーター、ですか。それは一体どのような物なのですか?」
「動力源よ。考えとしては、蒸気機関と似たような物と考えてくれれば良いわ。ただ、蒸気機関と比べて非常にコンパクトになるのが最大の特徴ね」
魔石を用いて魔力を捻出し、電気を発生させる。
電線にその電気が通電し、磁界に従い、ハンドル部分がひとりでに回転を始める。
「おー! 何か良く分かんないけど回ってる!」
「電気と磁石は密接な関係にあるわ。簡単に説明すると、電気を通電させると、この模型のS極とN極が交互に入れ替わって、それが外側にある磁石と反応するの。磁石のS極とN極は引かれあうって説明したわよね? それをこの回転軸を中心にして発生するのよ。結果、この軸部分を中心にして回転運動を始めるのよ」
「……もしかして、コレがあれば蒸気機関は必要無いのでは?」
「んー、そういう訳にも行かないのよねぇ」
理由は簡単。
強力な磁石と電力が足りないのだ。
蒸気機関に匹敵するレベルの力強さを持ったモーターを作るとなると、それだけ強力な磁石も必要となる。
そしてそれだけ強力な磁石を作るとなれば、莫大な電力を使って鉄を磁石化させる必要がある。
更に、その困難を乗り越えてモーターを作ったとしても今度はそのモーターを動かすだけの電力が必要になる。
何処まで行っても電力問題が絡むのだ。
その困難を乗り越えるのは――この世界の人々に任せましょうか。
私はこうして切欠を作った、理論も教えた。
発展させるのは私の仕事じゃない。
何より、一から十まで付き合っていたら私の寿命が持たない。
「簡単に言うと、電気が足りないのよ。色んな意味でね」
「電気、ですか……」
「ま、モーターが実用レベルの出力を出せるかってのは貴方達、もしくは貴方達から科学の知識を受け取った子孫、後輩……その先々に任せれば良いわ」
少なくとも人間の寿命の範囲内程度でどうにかなるとは考えていない。
私が植えつけている知識という種が芽吹き、果実となる。
科学知識が欠如しているこの世界でそれを達成するには、数百年の年月が必要となるだろう。
それに付き合えるようなのは……リューテシア位なんじゃないかしら? エルフは長寿だって聞いたし。
「それでね。このモーターってのは電気を与えると回転するんだけどもう一つ面白い特性があってね。……リュカ、そのハンドルを回して貰えるかしら?」
「えっ、は、はい。こうで良いですか?」
リュカがハンドルを回転させ始めたのを確認し、私は手にした二本の電線を持ち皆の近くまで移動する。
先程皆に見せた電球を取り出し、この電球に電線を接触させた。
「――こういう特徴があるのよ」
「ん? 電球が光ってませんか?」
「ええ、そうよ。モーターのもう一つの特徴は、回転させると電力を生み出すっていう所ね。無論、この動作の何処にも魔力は絡んでいないわよ」
モーターの存在。
それは回転動力の発生源と電力の発生源が同時に存在するという意味でもあるのだ。
「電球、磁石、そしてモーター……これらを一度に説明したのは、この三つが全て関係しているからよ」
「電気っていうのが磁石を作って、モーターを回転させて、電球を光らせる……磁石を使ってモーターが作られて、モーターを回転させると逆に電気が生まれる……面倒臭いわね」
「そうかしら? 簡単だと思うわよ」
「回転……要は、このモーターという物を作り、そのモーターをこれまた何らかの方法で回転させれば電気を作り出せるという事ですよね?」
「ええ、そうよ」
「そして回転させる手段というのは、今回はリュカくんの人力を使いましたが、他の手段でも良いのですよね?」
「ええ、大丈夫よ。モーターが回転するという結果に繋がれば、過程はどうでも良いのよ」
「それはつまり、以前使った水車や、今使っている蒸気機関でも良いという事ですね?」
ルークの辿り付いた答えに素直に頷く。
人間の手で回して得られる電力などたかが知れている。
蒸気機関のような巨大な動力を用いてこそ、工業用としての電力量に足るのだ。
「――さて。とりあえず電力絡みのお話はこれ位で良いかしらね。今日は長々と説明されて疲れたでしょうから、続きは明日にするわ」
「ちょっとミラ、まだ続くの?」
「もうちょっとだけ続くのよ」
流石にこれだけ説明を続ければ時間も経つ。
腹時計で夜の到来を感じつつ、私達は入浴し、食事を取った後に就寝。
明日の到来を待つのであった。
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「じゃ、最後に派手なのいっちゃいましょうか」
翌日。
日を改めた上で私達はエスカレーターにて地上へと移動する。
今回行う実験は非常に危険なので、この地下拠点から離れた平原にて行う。
地上に上がり、トロッコで少々離れ、平原へと移動する。
「――以前、私は水は水素原子と酸素原子っていう二種類の原子が組み合わさって出来ている物だと説明したわよね? 覚えてるかしら?」
「そういえば、そんな事を言ってたような気がするわね」
説明したのは結構前なのだが、リューテシアは物覚えが良いようだ。
「そして、原子が複数くっ付いた物を分子って言うの。つまり、水素原子と酸素原子がそれぞれ組み合わさって出来た分子が水っていう事なのよ」
「で、それがどうした訳?」
「――水ってのは、そこからまだ分割出来るのよ。水を更に分割すると、水素分子と酸素分子に分けられるわ。そして、この水素分子と酸素分子にはある特徴があるのよ」
目的地へと移動を終えたので、私は足を止めて全員の前に立つ。
「……ここに、術式を書き込んだガラス瓶があるわ。中に入ってるのはただの水よ。そして、この術式には水を水素と酸素に分離させる効力があるわ」
地下拠点の外、線路からも離れた平原に私はものぐさスイッチから取り出した使い古しのテーブルを置く。
その上に火を灯した火皿を置き、横に先程説明したガラス瓶を置いた。
使い古しのテーブルには既に簡単な導火線となる術式を書き込んであり、その術式はテーブルの脚部分を伝って接地部分にて途切れている。
「で、後はあのガラス瓶に魔力を流して水を分解するだけなんだけど……この棒で導火線を引きたいから誰かやってくれるかしら?」
「線を引くだけか? なら俺がやる!」
元気良くルナールが挙手したので、ルナールに木の棒を与えて導火線を引く役目を与える。
導火線は二本引くのだが、もう片方はルークが担当した。
地面に棒を擦り付け、魔力を流す導火線を延ばしていく。
延ばす、どんどん延ばしていく。
線を延ばしつつ全員で安全な位置まで移動する。
「――これだけ離れれば大丈夫ね」
「……ねえ、ミラ。何か私、凄く嫌な予感がするんだけど何をする気なの?」
「実験をする気なのよ。魔法を用いた化学実験をね。さ、これで準備が出来たわ。リューテシア、この魔法陣の導火線に魔力を流して頂戴、思いっきりやって良いわよ」
「思いっきりやっても良いの?」
「水を分解するのにかなり魔力を使うからね、リューテシアが全力でやれば魔力が足りないなんて事は無いでしょう」
リューテシアに頼んで、先程地面に引いた導線を用いて魔力を机の上のガラス瓶に流して貰う。
魔力を流した事で、導線を魔力の赤い光が走り抜けていく。
勢いを保ったままその光は地面を走り抜け、テーブルへと伝い、テーブル上のガラス瓶へと伝い、魔法陣が起動する。
――液体が気体に変化する時、その体積は数千倍にまで膨れ上がる。
当然、ガラス瓶の中に並々と注がれた水が気体へと変化したら、その体積に密閉されたガラス瓶は耐えられず破裂する。
魔力によって分解された大量の水素と酸素が外へ溢れ出すが、その隣には火種となる火皿が存在する。
直後、爆裂!
空高く巻き上がる火柱! 吹き抜ける爆風!
鼓膜に轟く爆音! 吹き飛ぶ火皿とテーブル!
その衝撃は地面を伝い、私達がいる数キロ離れた場所にまで振動となって現れた。
それは、一瞬の出来事で。
爆炎が収まり。直後、再び私達がいる平原は静寂に包まれた。
絶句する一同。
硬直した表情のまま、しばしその場から動けずにいた。
「な、な、なによ、あれ――!?」
目を点にしたまま、リューテシアは私へと説明を要求する。
「どう? 化学実験のトリに相応しいでしょ?」
「そうじゃなくて! 何なのよ今の爆発は!!? こんな爆発が起きるなんて聞いてないわよ!?」
「言ってないからね。安全な距離は取ったし、ちょっとしたサプライズよ」
「こんな心臓に悪いサプライズなんていらないわよ!?」
「ちょ、ちょっと怖かった……」
「……何故こんなに距離を離すのかと思いましたが……納得しました……」
「耳がキンキンするぞ! 何だよ今の!?」
先程の爆発からのフリーズから回復しつつある一同が、各々違った反応を示す。
「水を分解すると、水素と酸素という物質に変化するわ。そして、水は燃えないけど、水素って気体は可燃性なのよ。この水素と酸素が混ざり合った混合気体に火が付くと、一気に燃焼して再び水に変化するの。ま、燃焼速度が速過ぎて、燃焼と言うより爆発と言った方がしっくり来るだろうけどね」
先程起きた現象について、全員に分かり易く説明する。
「術式さえ知ってれば、リューテシアとルークでも割と簡単に扱えるでしょうけど……見ての通り、取り扱いには要注意よ。間違っても室内なんかでやったら駄目だからね、密閉空間だと爆発の破壊力が跳ね上がるからこんなもんじゃ済まないわよ」
「何処で使えってのよこんなの! 魔物を倒すにしてもこんな爆発力はやり過ぎよ!?」
「確かに……この破壊力は過剰すぎますね……生物相手に使う破壊力ではありませんね」
使い道はあると思うんだけどなぁ。
今、丁度ファーロン山脈を切り崩してるじゃない?
魔力は使うけど、お手軽水素爆弾――本来の意味じゃなくて、純粋な水素を使った爆弾になってくれる。
硬い山を破壊するのに使えると思うわよ。
汚い意味での水素爆弾ではなく、ただの水素爆発なので爆発後に残るのはただの水だ、自然に及ぼす環境被害も軽微である。
「す、凄い……! ミラお姉ちゃん! さっきの凄く楽しかった!」
驚きの反応を見せていた他の面々と違い、唯一目を輝かせて喜ぶリサ。
ん? 楽しかった?
「ミラお姉ちゃん! 今のどうやるんですか!? 今度やってみたいんで教えて下さい!」
「えっ? う、うん。教えて欲しいなら教えてあげるわよ?」
普段は割と物静かな立ち振る舞いをしていたリサが、鼻息を荒くしながら、爛々と輝く目を見開きながら私に詰め寄ってくる。
良く分からないが、最後の水素爆発実験はリサのお気に召したようだ。
変なのに興味を示すのね、この子。
こうして、リサの意外な面を垣間見た私は、一同を引き連れトロッコに乗り、帰路へと付くのであった。
爆発に興味津々なお年頃
乙女ってのはそんな物である(大混乱)




