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116.ミラちゃんの化学教室:魔法応用編~電球と磁石

「――良し、それなりに出来たわね」


 蒸気機関車の運用をリューテシア達に任せられるようになった事で、私一人で行動出来る時間が急激に増加した。

 しかしまだファーロン山脈の切り崩しも、防波堤の構築も終わってはいない。

 また時間跳躍で未来に飛んでも良いのだが、そろそろリューテシア達に化学の発展系を見せてみようかと思う。

 なので、貯蓄してある魔力を利用して色々小細工しながら、道具を製作していた。


「なあミラの姉ちゃん。石鹸、これで出来たと思うんだけど……」

「んー? どれどれ……」


 ルナールとリサに与えた課題、石鹸製作の出来栄えを確認する。

 リューテシア達の手をたかが石鹸製作の為に煩わせるのは少々勿体無い。

 かといって、現状石鹸は私達の重要な資金源となっている。製造を止める訳にもいかない。

 なので、以前通告した通り。働かざる者食うべからず、ルナールとリサの二人には私達の仕事を手伝って貰う事にしたのだ。

 この二人が石鹸製作を行えるようになれば、リューテシア達が多少なり楽になるだろう。


「――これなら大丈夫ね。後は、型に入れて固めるのよ」

「これに入れれば良いんだな?」


 ルナールとリサの二人は、完成した石鹸の元をせっせと型に流し込んで行く。

 二人の石鹸製作作業は作業部屋にて行って貰い、私はその横で再び道具を製作していく。


「あの……ミラお姉ちゃん。お姉ちゃんは何を作ってるんですか?」

「これ? これ等は近々全員にお披露目するから、その時を楽しみに待ってなさい」


 リューテシア達がソルスチル街から戻ってくるにはまだ時間が掛かる。

 その間、私は黙々と作業を続けるのであった。



―――――――――――――――――――――――



「――と、言う訳で。断熱圧縮と断熱膨張以来、化学教室パート3をお送りしたいと思います」

「またこのパターンか」


 大広間に全員集合したのを確認し、私は切り出す。

 リューテシアのツッコミを流しつつ、さっさと続ける。


「以前、ルナールとリサにも化学という物について簡単に説明したから、全員が化学という物をある程度理解してくれたと思うの。だから、今回は化学という現象を利用するとどんな事が出来るのか、それを色々見て貰おうかと思ってね」

「蒸気機関というのも、化学の力でしたよね?」

「ええ、そうね。ただ、アレは化学の一端でしかないわ。今回は違うアプローチを掛けていくわ」


 先ず手始めに、私は先日製作した道具の一つを取り出す。

 表面に使われている材料はガラス、そして鉄である。

 ガラスの中には空洞が存在しており、その空洞の中には一本の芯が取り付けられていた。


「これは……えっと、何でしょうか?」


 例えようの無い物体を見て、困惑するルーク。


「これは、電球っていう道具よ」


 バッテリーから魔力を少々拝借し、風属性魔法を使用しつつ製造した物だ。

 内部には竹から作った炭が取り付けてあり、球体内部は完全に密閉してある。

 そして大気中に存在する窒素なりアルゴンなり……不燃性のガスのみで内部を満たしてある。

 要は、電球の中に酸素が存在していなければ良いのだ。


「これに、電力を流すのよ。魔力じゃなくて、電力をね」

「でんりょく、ですか?」

「私は魔力量が乏しいから、ちょっと小細工するけどね」


 挙動を実際に全員に見て貰うべく、大広間の光源を一時的に消す。

 魔力を込めた魔石を使い、魔力を雷属性の魔法、即ち電力へと変換し電球へと通電させる。

 電気は電球内部へと伝わり、内部の炭素部分へと通電する。

 すると、炭素の芯が赤く熱せられ、発光を始める。

 電力量を多くするにつれて赤から白へと近付いていき、その光量も多くなっていく。


「――これはつまり、光を発する道具って事で良いの?」

「ええ、そうよ。現状、魔法に頼らずこれを作るのは少々難しいわ。だけど、魔法を使って良いなら今の貴方達にも作れるレベルの簡単な道具よ。要は、中から酸素といった燃焼を促す気体を排除し、不燃性の気体だけで満たせばこの電球を作れるのよ」


 電球への通電を止め、再び大広間に光を灯しながらリューテシアへ答える。


「ですがミラさん、光源が欲しいなら魔力で炎の玉なりを作り出せば簡単に作れますよ? わざわざこれを使う意味はあるのでしょうか?」

「そうね……確かに、魔法を使える人からすれば無用の長物かもしれないわね。でも、この電球に流すのは魔力じゃないの。電力なのよ。電力を何処かから引っ張ってくる事が出来れば、魔力に一切頼らずして光を生み出す事が出来るのよ」

「……結局、電力って何なの?」

「電気の力、と書いて電力と読むの。電気という力は、自然界の中でも落雷という形で見る事が出来るわね」

「雷を使って光らせるのですか?」

「んー……違うんだけど、ある意味正解ね」


 あんな爆発的な電力、電球なんかじゃ使えない。


「ま、電球という道具が今なら作れるという事を知ってくれれば良いわ。これだけ説明してると時間が長くなるわ、そろそろ次に行くわよ」


 電球の説明を切り上げ、私は小さな鉄の棒を取り出した。


「次に説明するのはコレよ」

「……鉄の棒?」

「ええ、そうね。鉄の棒よ、それで半分正解」

「半分? もう半分は何なのよ?」

「鉄の棒だけど、コレはただの鉄の棒じゃないのよ」


 そう、この鉄の棒にはある特性が備わっている。

 私は同様の鉄の棒をもう一つ取り出し、机の上に置く。

 机の上の鉄の棒に持っている鉄の棒をゆっくりと近付ける。

 一定の距離に近付いた途端、机の上に置いてある鉄の棒が突如半回転し、勢い良く手にしていた鉄の棒へと引っ付いた!

 目の前の五人の顔が面白いように変わる。


「えっ!? 今、何が起きたの!?」

「魔法は、使ってないですね……」

「何かすげー!」

「これは、磁石っていう道具ね」


 一番安価で磁力も強力な磁石といえばフェライト磁石だが、残念ながらフェライト磁石は作業手順が少々複雑で、魔法を使用しても製造が難しい。

 なので、通常の鉄を磁石化させる方法を取った。


「磁力っていう目に見えない力が宿ったのがこの鉄の棒って訳よ。磁力を宿す方法としては、強力な磁石に付着させる方法が一番簡単ね」

「磁石を作るのに、磁石を使うのですか? では、その磁石は一体何処から来たのですか?」

「磁石が無いと磁石が作れないって、一体どうなってんのよ……?」

「良い所に気付いたわね。実は、強力な磁力ってのは電力があれば生み出せるのよ」

「また電力か……」

「そう、電力よ。エナメル線といった皮膜処理がされた金属線を鉄の棒に巻き付けてコイルという物を製作するの。そして、このコイルに電気を流すと、巻き付けた鉄の棒が磁力を宿すようになるのよ。そして、その磁力は流す電力が大きくなればなる程強力になるわ。電気を使って磁石を作るから、これを電磁石と呼ぶわ」


 今回、説明するのはある意味電気の説明とも言えるだろう。

 磁石と電気は密接な関係にあり、どちらかを話すのにどちらかを切り捨てる事は出来ないのだ。


「そんな感じで出来たこの磁石、コレにはちょっと面白い特徴があってね。旅なんかにも役に立つのよ」

「コレが?」

「旅にですか? 一体どうやって使うのですか?」

「こうするのよ」


 水を張った手桶を用意し、その水面に水に浮く木片を浮かべる。

 その上に、先程の磁石を置く。

 磁石は水面を滑るように回転し、やがて回転を止める。


「今、この方向を向いたわよね。この位置を良く覚えておきなさい」


 磁石が向いた方向に目印を置き、再び磁石を水面上で回転させる。

 位置を変えた磁石は再び水面上でひとりでに回転し、先程目印を置いた方向を向いて再度ピタリと停止した。


「――んん?」


 怪訝な表情を浮かべ、唸るルーク。


「磁石には、N極とS極っていうのが存在してね。こういう風に水面に浮かべると、磁石は必ずN極が北を、S極が南を向くようになってるのよ」

「必ずですか!?」

「ええ、必ずよ」

「何でそんな事になってるの?」

「という事は……星の位置を見なくとも方角を確認出来るという事ですよね!?」

「ええ、そうよ」

「ミラさん! 何故か淡々と言ってますけどこれは世界の常識をひっくり返しかねない大発見ですよ!?」


 冷静なルークにしては珍しく目の色を変えて語気を強める。

 コレも、レオパルドが亡国になる前に存在していたんだけどね。


「まぁ、私からすれば常識だからね。今更こんなので驚きはしないわよ」

「……だけど、どうしてこの磁石ってのは必ず南北を向くようになってるの?」

「それはこの世界――私達が暮らしてるこの星が、一個の巨大な磁石となっているというのがミソよ」

「この世界が、磁石?」

「ええ、そうよ。さっき、私が取り出した磁石と磁石を近付けた時、即座にくっ付くんじゃなくて一度磁石が半回転してくっ付いたの、覚えてるかしら?」


 思い出させる為に、再び机の上に磁石を取り出す。

 わざとN極同士を近付けてやると、再び磁石は半回転した後に磁石同士で引っ付いた。


「磁石のN極とS極は、まるで男女が惹かれあうようにくっ付くの。逆に、同じ極同士は反発するのよ。リューテシア、試しに磁石を持って近付けてごらんなさい」


 リューテシアに磁石を手渡すと、私がやったのと同じように、見よう見真似で磁石同士を近付ける。


「えっ……何これ、何かふわふわした感じの抵抗が……」

「それが、同じ極同士を近付けた際に発生する反発力よ。その力が、さっき磁石を勝手に回転させた力の正体よ。今度は片方の磁石を引っくり返して近付けてみなさい」

「……何か、引き寄せられる感じがあるわね」

「それが、S極とN極を近付けた際に発生する引力よ。この磁石同士を近付けた際に発生する現象が、この小さな磁石と、巨大な磁石であるこの星の間にも発生してるのよ」


 磁力がある限り、例え百回、千回繰り返そうが必ず磁石は南北を向く。


「水が高きから低きへ流れるのと同じように、磁石は必ずN極が北を、S極が南を向くのよ。これはそう法則で決まってるから必然の事象なのよ」

「……磁石とは、凄い物なのですね……」

「ええ、磁石は凄いわよ。だって、この現象は磁石の使い方の一つでしか無いんだもの」

「ま、まだ他に使い道があるんですか?」

「どっちかと言うと、こっちの方が本命なんだけどね……ちょっと作業部屋に移動するわよ。少し大掛かりな仕組みになっちゃったから、続きはあっちで話すわ」


 磁石が作れるようになったので、試作として作ったその道具を説明するべく私達は大広間から作業部屋へと移動するのであった。

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