113.大浴場
もげろ
ストルデル村にて拾い上げた二人の浮浪児。
どう暮らしていたのかは知らないが、身体の汚れが酷すぎる為、直行で大浴場へと向かった。
既に三和土での舗装も終えた大浴場は、風呂桶の延長線上でしか無かった以前の浴槽とは大違いの広さと湯量を湛えていた。
天井には魔法による光源が設置され、足元は滑り辛いようにややザラ付いた三和土の床で塗り固められている。
地面をくり貫き三和土で固めた浴槽は広々としたスペースを保っており、一度に100人単位での入浴が可能な、大浴場の名に違わない収容人数を誇っている。
その浴槽には源泉から汲み上げた過剰な程の湯量を誇る温泉が流れ込んでおり、水で薄められ適温となった湯が文字通り溢れる程に満ちている。
壁面には身体を洗い流す為のシャワーがいくつも設置してあり、貯水槽と繋がった水と温泉の源泉と繋がった熱湯が配管内で合流している。
双方にバルブが取り付けてあり、これを緩めたり閉めたりする事で適切な温度に調節する事が可能だ。
無論、洗い流す設備があるのに洗う道具が無いのでは意味は無い。
当然のようにシャワーの横には石鹸も設置済みである。
使い方を教えるついでに、私達も入浴を済ませてしまおう。
ここにある設備と同様の代物が壁面を隔てて向こう側にも設置してある。
なので、男女問わず同時に入浴も可能となっている。
今までは入浴を順番待ちしていたが、大浴場が完成した事で好きなタイミングで好きな人数で入る事が出来るようになった。
「わー……」
着衣を脱ぎ、生まれたままの姿となった兄妹の妹の方であるリサが、初めて見る光景に息を飲む。
その後ろに続き、私とリューテシアも大浴場へと入室する。
「じゃ、使い方を説明するわよ。一番最初にそこの壁面にあるシャワーっていう水が出る場所で石鹸という泡が出る道具を使って身体を洗うの。そして泡を全部流したらそこの温泉に肩まで浸かって、温まったら上がる。それだけよ」
「せっけん? って何ですか?」
「私達が作ってる道具の一つよ。後々、貴方達二人にも作って貰う事になるから実際に使ってみると良いわ」
リサをシャワーの前に誘導し、身体を洗う為に持ち込んだタオルを取り出す。
尚、このタオルは手持ちの布の中で一番目が粗く、硬い物を持ってきた。
二人は恐ろしく汚れているので、このタオルでないと洗い切れないだろう。
シャワーの栓を緩め、水とお湯を混合し、丁度良い温度に調整する。
「じゃ、このお湯を頭からかぶって」
「水じゃない……あったかい……」
シャワーから降り注ぐお湯の雨を、目を閉じて頭の上から浴びているリサ。
気持ち良いらしく、頭の上の耳がピクピクと動いている。
髪に付着している大きな土汚れを大雑把に洗い流す。
「次、尻尾も洗うわよ」
人には無い、もっふもふの尻尾も同様にシャワーで洗い流す。
「で、しっかりと全身を濡らして大きな汚れを取り終わったらこのタオルに石鹸を擦り付けるのよ」
手にした石鹸をタオルに押し付けるようにして擦り付け、タオルを更に湿らせ、擦り取った石鹸を布同士摺り合わせ泡立たせて行く。
出来た泡を頭の上に乗せ、毛と毛の間にまでしっかりと泡が入り込むよう、頭皮の汚れをしっかりと落とせるよう力強く。
それでいて髪の毛を痛めぬように繊細な指使いで頭をしっかりと洗っていく。
髪の毛を洗い終えた後は尻尾だ。
同様に尻尾にも泡を乗せ、洗っていく。
半人半魔の尻尾は初めて触るが、恐らく動物のキツネなんかの尻尾と同じような物だろう。
尻尾がめっちゃモコモコしてるから石鹸の泡立ちが凄まじい。
完全に泡の塊だ。
一番の難所を終えた後、最後に人肌の部分を泡立てに使ったタオルで垢を擦り落としていく。
一体どれだけの年月の間汚れを蓄え続けたのか。
一時間近くもの時間を掛け、ようやく全身を洗い終えた。
最後に再びシャワーで全身の泡を流していく。
「――石鹸の使い方、それと石鹸の泡を使った身体の洗い方はこんな感じよ。身体を洗う時は目の粗いタオルを使って全身の垢を擦って取るのよ。分かったかしら?」
「えっと、そのタオルは何処にあるんですか?」
「後で新しいタオルをあげるわ。それを使って明日も入りなさい。身体を洗ったらそこの温泉に浸かって、身体が温まったら上がりなさい」
入り方の説明をしようと思ったが、既にリューテシアがお手本として浴槽に浸かってしまっている。
それを見たリサは、リューテシアに習うようにしてゆっくりと温泉へと浸かった。
「リューテシア貴女……全く手伝う素振り見せなかったわね」
「だって、ミラの手捌きが早いから私が手伝っても邪魔になるだけだなって思ったのよ。だから先に入らせて貰ったわよ」
「お先に失礼、とか何も無く完全に無言で入って行ったわよね」
「何よ、風呂に入るのにミラに許可取らないといけない訳?」
「……もういいや。私も入ろう」
手早く身体を洗い流し、私も浴槽に入る。
未来を考え広い浴槽にしたが、やはり私達三人では空白が目立つ。
「……リサって言ったわね。充分身体は温まったかしら?」
「はい……すっごく気持ちいいです……」
上気した顔で、心底リラックスした口調で湯浴みを堪能しているリサ。
天然の温泉というのもまぁ、この世界に無くはないのだろうが恐らく珍しい物だろう。
となればこの世界の人々の大半は温泉を利用した事が無いはずだ。
リサも初めての経験なのだろう。
「後は風呂から上がって身体を拭くだけよ。水気をしっかり取らないと風邪引くからね」
「分かりました」
リサは浴槽からゆっくりと上がる。
「んむっ」
「きゃっ!?」
そして、水浴びを終えた犬猫のように全身を震わせ、身体に付いた水を吹き飛ばす!
髪や尻尾に付いた大量の飛沫が私とリューテシアに襲い掛かった!
「……リサ。それをするなとは言わないけどやるなら飛沫が私達に掛からない遠くでやって頂戴」
「あっ! ……ごめんなさい」
しゅん、とその場で項垂れるリサ。
リューテシアは人間とあまり変わらない体付きだから油断してた。
いや、めっちゃ違う。私より更に女性らしい曲線を描いているし、出る所は出て締まる所は締まっている女性にとって理想的な体付きをしている。
一方私は遺伝子構造の問題か、この世界に辿り付いてから数年、人間年齢で言うならとっくに第二次成長期を迎えているはずなのに一行に体付きに変化が現れない。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
私とは明らかに違う肉体を持つのだ、当然私とは違う行動を取ってもなんら不思議ではない。今後は気を付けないと。
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ここまで汚れた外套は流石にもう洗っても綺麗にはならないだろう。
この外套は捨てて、新しい外套を与えるとしよう。
二人に了承を取り、二人が着ていた外套及び衣服を破棄する。
二人の体格は子供なので、今手持ちの服ではサイズが合わない。
今は一時的に大人サイズの服を着て貰うとして。
「ちょっとその状態で待ってて。何ならそこの三人と適当に話して待ってて」
作業部屋に入り、手持ちの大人サイズの服に手早く線を引き、裁ち鋏を走らせる。
裁縫糸を的確に縫い付け、糸が解れないか力を入れて確認。
良し、これなら問題無し。
「お待たせ。二人のサイズに合わせて仕立て直したよ」
「えっ? ちょっ、ミラもしかして今の今まで服を仕立て直してたの?」
「ええそうよ」
「……貴女、何でも出来るのね」
「まぁね」
出来る人の知識を拝借している訳だからね。
やれなきゃこの知識の元となった人物に失礼だろうし。
「じゃ、二人共この服に着替えて。サイズは合うはずよ」
ボロボロだった服のサイズを元に気持ち大きめに仕立てた。
二人共栄養失調気味だから、キチンとした栄養を取れば体格も元通りになり、成長もするはず。
それを考慮しゆとりを持たせた。
「今はその一枚だけだけど、ルドルフさんに頼んで子供サイズの服も頼んでおくわ。じゃ、ここの案内をしようかと思うけど……その前に、二人共魔法は使えるかしら?」
「魔法……?」
「いや、俺達は魔法なんて使えないぞ」
「んー、なら仕方ないか。ほんの少量で良いから二人の血を貰えるかしら?」
二人に少々痛いのを我慢して貰い、細い針を腕に突き刺し、傷を最小限に抑えながら血を採取する。
その血に含まれた魔力を解析し、中枢部にその魔力情報を入力する。
これで二人も私達同様、この地下施設の防衛術式の対象範囲外となった。
こうしておかないとこの二人が良くて拘束、悪けりゃ死亡してしまうからね。
作業を終えた後、二人に拠点内を案内する。
既に通過した入り口である駅、様々な部屋と繋がっている大広間、大浴場やトイレといった衛生、箱庭農場や作業部屋といった生産、客間や寝室といった普段くつろぐ場所。
二人にはまだ個室を与えられていないが、今後しばらく過ごす分には客間の寝床を与えば良いだろう。
「わー……ふかふか……」
「すっげえ広いなぁ……」
呆けた表情を浮かべるルナール、ベッドに飛び乗るリサ。
兄妹とはいえ、反応は両者共に違う。当然だが。
「ここは本来、来客者に開放する部屋だけど。二人には個室が無いからここで暮らしてなさい」
「……また、私に作れってんでしょ」
「ん? 別に」
「えっ?」
「二人にお願いされるようなら作ってあげなさい。作る対価を要求しても良いわよ、骨を折るのはリューテシアなんだから。私としてはこれ以上個室を私主導で作る意味を感じないからね。ただ、作るスペースだけは指定させて貰うわよ」
今後新たな施設を作る際に競合してしまうと二度手間だし。
「二人にはまだ魔石は与えないから、魔法で閉鎖されている区画には入れないわ。作業部屋に入る際には必ず誰かと一緒に同行する事。それと中枢部はそもそも立ち入り自体を禁じるわ。あそこ、色々術式が組み込んである場所だから魔法を知らない人が入ると危険だからね」
「わかったぜ!」
「分かりました」
歯を見せながら笑顔でサムズアップするルナール。
ベッドの上で小さく頷くリサ。
「じゃ、もう食事にしましょうか」
いい加減空きっ腹が限界だ。
私達は何時も通りの食事だが、二人には肉に新鮮な野菜、ここの農場で採れたての果物等を食べさせる。
たんぱく質にビタミン、食物繊維等をキッチリ摂取して体調を整えて貰う為だ。
体力が無ければ労働は出来ないからね。
二人共食事を一口食べた途端、無言で夢中になって食事を頬張り始める。
あの様子だと、ロクな食事を取ってない事は明白だったしね。
「食事が終わったら、二人はもう寝床で寝てて良いわよ。明日になったらこっちから起こしに行くから、夜更かしせずにさっさと寝るのよ」
食事を終えた後、二人を寝床へ追い立てる。
「……ま、いずれは必要だろうから拾った判断は間違いじゃないけど。育つまでは時間が掛かるだろうなぁ」
その間、世話係を誰にするか。
「……ねえリュカ。あの二人の世話係になってくれない?」
「えっ!? ぼ、僕ですか!?」
「あのルナールって子が、接触を図ってきたのはリュカだったでしょ? 同じ混血同士なのかは知らないけど、混血だって知られたら迫害されるっていうこの世界の常識を踏まえて尚、踏み入ろうと話し掛けてきた。その時点で私達よりリュカの方が二人にとって安心して話せる相手だと思うのよね」
「――世情というのは厄介ですからね。同胞の方が気を許せるというのもあるのでしょう」
「そう……なのかな……」
「嫌ならそれでも良いけど、どうする?」
「……うん、分かりました。やってみます」
「そう、ならお願いね。ただしばらくはあの二人の体力を回復させたいから、最低一週間はここで休息させてあげて。どうせルドルフさんから受けた資材搬送は終わったばかりだし、一週間なら問題無いはずよ。リュカだけじゃなくて、ルークとリューテシアも何か聞かれたら答えられる範囲で答えてあげてね」
「勿論です」
「言われなくても」
「じゃ、とりあえず明日起こすのはリュカにやって貰おうかしらね。はい、これ」
「……これ、何ですか?」
「ホイッスルよ。便利だから、二人にもあげるわね」
暇潰しで製作した警笛、ホイッスルを手渡す。
リュカは大人しいので、あの二人を起こそうとするが大きな声も出せず、手間取る姿が何となく予想出来てしまう。
まぁそうならなくても、あれば便利なので持っていて損は無いだろう。
「紐でも付けて首に掛けておくと良いわ。それを咥えて思いっ切り息を吹くと手軽に大きな音を出せるわ。笛位この世界にもあるでしょう?」
「確かにありますが、こんなに小さい笛は無いですね」
「警笛は楽器としての機能を全部排除して、小さなサイズで大きな音を出す事に特化してるからね。何らかの作業をする時に合図として使うと良いわよ」
「魔力も使わずに手軽に合図を出せるのですね。……ミラさん、宜しければこれをもう少々頂けないでしょうか?」
「……作業員に配布するのかしら?」
「流石に分かりますか」
「分かるわよ。そうね、これを作るのに使った木型がまだ作業部屋に置いてあるから、リュカにでも作って貰いなさい。鋳造でならいっぺんに何十個も作れるわよ」
「リュカくん、お願いしても良いか?」
「えっ、あ、うん。大丈夫だよ」
孤児で混血というこの世界では厳しい重荷を背負ったルナールとリサ。
二人を拾い上げた激動の一日は、こうして終了するのであった。
散りて爆ぜよ




