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112.半人半魔の兄妹

新キャラ回

 ストルデン村にて滞在中のミラ一行。

 急にスイッチが切れ、リューテシアに半目で凝視されながらも馬耳東風の態度を貫き、布団の上で人生とは何か、という哲学に耽るミラ。

 ルークは作業員に指示を出しながら、山を切り出し、その土砂の一部をブロックへと加工、一部は土砂のまま防波堤まで運搬。

 時には自らも作業に参加しながら、黙々と線路を延ばし続けている。

 そしてリュカだが、彼は蒸気機関車の運転にも少しずつ慣れ、今は帰りの便が発車するまでの休憩時間となっていた。

 ファーロン山脈から吹き降ろす涼風をその身に受けるリュカ。

 リュカは人と魔族の混血故か、人間の特徴と魔族の特徴が入り混じった容姿をしている。

 その影響か、彼は人には無いイヌ科が持つような体毛を有しており、その体毛故に保温効果も高く、人より体温が高い。

 結果、リュカは他の人と比べて寒さに強く、暑さに弱いのだ。

 夏場のロンバルディア地方は、温暖な地域に住む人間にとっては涼しい、もしくは少々肌寒い程度の気温だが、リュカにとっては丁度良い環境となっている。

 涼を求め、蒸気機関車を背にして平原にあった手頃な石の上に座り込むリュカ。

 その全身で山から吹き抜ける風を一身に受ける。


「……ここの夏は、気持ち良くて好きだな……」


 一人ポツリと呟く。


「なあ、兄ちゃん。どうして兄ちゃんは人間と一緒なのにいじめられないんだ?」

「えっ?」


 突然脇から飛び出した声。

 声の主は、リュカのすぐ真横に陣取っていた。

 全身をスッポリと覆う薄汚れた外套に、目深に被ったフード。

 夏のロンバルディア地方は暑さと無縁とはいえ、明らかに異様な出で立ちであった。

 話し掛けられたのは初めてだが、見たのはこれが初めてではない。


「……き、君。僕の事、前からずっと見てたよね……?」

「うん。人と魔族が一緒にいるのも変だけど、そんな中に兄ちゃんもいるから、何で平気なんだろうって思ったんだ」


 人と魔族の溝は、非常に深い。

 自らとは異なり過ぎる出で立ち。翼を持つ者は独力で空を飛び回り、鈍重な肉体を持つ者は大の大男が十人束になっても敵わない程の力を易々と振るう。

 魔力に頼らずして火を口から吐き出し、その鋭利な牙で鉄鎧諸共骨身を砕く。

 そんな彼等を人は皆恐れ、拒絶し傷付けた。

 傷付け合いは殺し合いになり、血河は憎しみを導く呼び水となる。

 血で血を洗う歴史が、何百年と続いた今。人と魔族はその出自だけで殺し合う対象へとなってしまっていた。

 ましてや忌むべき相手とまぐわい、生まれた子となれば双方の種族から迫害され、針の(むしろ)となっているのも想像に容易い。


「……ここの人達は、皆、優しいから……」

「……それ、本当?」

「ぼ、僕の住んでる場所にいる人は、皆良い人ばっかりだよ?」


 リュカは、自分が感じた事を素直に目の前の人物に告げる。

 リュカは本心から、そう答えていた。

 人と魔族の混血児という、物扱いされ続けた自分を、初めて人として扱ってくれた女性。

 これ以上の出会いは、これからも二度と無いとリュカは感じていた。


「兄ちゃんのいる場所なら、俺みたいなのもいじめられないかな?」

「えっ? う、うん。た、多分……」

「なあ兄ちゃん。俺達も兄ちゃん達が住んでる場所に連れてってくれよ」


 リュカの足元に、縋り付くように引っ付く。

 まるで離れる様子を見せず、リュカはどうしたものかと慌てふためくのであった。



―――――――――――――――――――――――



「……リュカ。誰? その子?」


 リューテシアに寝床から叩き出され、強制的に起こされた私は寝台車両から降りてロンバルディアの夏の日差しを全身に受ける。

 伸びを一つし、こちらに向かってきたリュカの近くにいる人物に視線を向けながら、私はそう言った。


「え、えっと……その……」


 足元まで隠れる薄汚れた外套を羽織った、妙に着膨れしている人物。

 体格からして、子供だろう。

 その姿には、見覚えがあった。

 以前、こちらの方を凝視していたのを車内にて私は目撃している。あの時の子だろう。


「なあ、人間の姉ちゃん。姉ちゃんはこの兄ちゃんをいじめたりしてないんだろ?」

「……そうだけど、それがどうかしたの?」

「どうして姉ちゃんは、この兄ちゃんに優しくしてくれるんだ?」

「別段優しくしたつもりは無いんだけど……迫害する理由なんて無いじゃない」

「どうしてだ?」

「理由なんていくらでも言えるけど……ま、一番の理由はこの世界の人種問題にまるで興味が無いのが一番の理由ね」


 それ以上も以下も無い。

 人も魔族も知るか。

 私の役に立ってくれる、私を人として見てくれる。もしくは私を害しようとする。

 私の人々に対する考え方なんて何時だってそれだけだ。出自なんざ問題にならない。


「……なぁ、姉ちゃん。俺達も姉ちゃんの所に連れて行ってくれよ。お願いだよ」

「とりあえず、人と話すならフードは取りなさい」

「…………わかった」


 どうするべきか迷った様子を見せたが、意を決したかのように目の前の子供はフードを外す。

 取り去ったフードの下からは、頬が多少痩せこけているがルークと同等、もしくはそれ以上に整った顔立ちの美少年の顔が覗く。

 だがしかしそれ以上に目立つ身体のパーツがあった。

 多少薄汚れてはいたが、見事な銀色の髪の毛の中からリュカと同様にピョコリと覗く人の物ではない耳の存在。


「……ああ、成る程。貴方もリュカと同じで人間と魔族の混血なのね」


 この世界では、人と魔族の混血は嫌われている風潮がある。

 あのルドルフだって、最初は難色を示していた位だ。今では慣れたのかそうでもないけど。

 忌み子と疎まれ迫害される。どこの中世よ。

 首輪のような、奴隷として拘束されているような代物も見られない。

 身なりからいって、脱走奴隷の類ではなく、ただの浮浪児なのだろう。


「私の所に来たいって理由は、半人半魔だからいじめられる。って理由かしら?」

「……うん」


 図星なのか、俯きか細い声で返事をする。


「親とか親戚とかはいないの?」

「いない……父ちゃんも母ちゃんも死んじまった……」

「あっそう。タダ飯食わせる気は無いわよ、来るならちゃんと働いて貰うからね」

「ほ、本当に良いのか!? 姉ちゃん人間だけど良い人間だな!」


 驚き半分喜び半分といった様子で、顔を上げて目を輝かせる。


「あ、あの、み、ミラさん。ほ、本当に良いんですか?」

「リュカが私の所までわざわざ連れてきたのはリュカが見捨てておけなかったからでしょ?」

「う、その……は、はい……」


 同じ半人半魔、感じるモノがあったという事か。


「ちゃんと働いてくれるなら人だろうが魔族だろうが混血だろうがどうでも良いわよ。それに、人手だって何時かは増やさなきゃ駄目だと思ってたしね。遅いか早いかの違いよ」

「あ、ありがとうございます」


 私達四人では手に余る、百人単位での共同生活が出来る程の拠点の大きさも、元々その為だ。

 無闇に増やす気は無いが、活動規模が大きくなれば成る程人手も必要になってくる。


「な、なあ姉ちゃん!」

「……ミラよ」

「えっと、ミラの姉ちゃん! 実は俺、妹が一人いるんだ! その妹も一緒に連れて行きたいんだけど、良いかな……?」

「好きにしなさい。一人二人増えても大した差じゃないわよ。だけど、来るならちゃんと働いて貰うのが条件だけどね」

「あ、ありがとうミラの姉ちゃん! い、今連れて来るから!」


 そう言い残すと、獣耳の生えた少年は小躍りでもしそうな勢いで山林の中へと駆けて行った。

 ……リュカはどうもイヌ系の魔族の混血みたいだけど、あの子は何なのかしら?

 あの耳は、犬っぽくなかった。いや、それっぽくはあるか?

 私が魔族という種に対する知識に乏しいのもあって、予想が付かない。

 この世界を去った後の事に関しては無知だから、魔族絡みは本当駄目ね。



―――――――――――――――――――――――



 ファーロン山脈での仕事を終えたルークが合流した夕暮れ時。

 リューテシアも交え、この村で二人の子供を拾った事を伝えた。

 尚、作業員の目もあるので、外套も着せたまま、フードも被せたままである。

 獣耳の少年が連れてきた妹と呼ぶ人物は、少年同様に余り食生活が良くない為か、肌も荒れており血色も良いとは言えなかった。

 二人に配慮し、作業員が乗る客車ではなく私達が普段乗っている寝台車両へと乗せて拠点まで移動する事にした。

 ソルスチル街にて作業員を全員降ろした後、私達は住処である地下拠点へと向かう。

 ……おっと、そうだ。


「――正面入り口、対侵入者用防衛術式、解除(アンロック)


 蒸気機関車が地下へのスロープ状に延びた通路に進入する前に、音声認識でものぐさスイッチを通じて遠隔操作、地下拠点の中枢部へアクセスし一時的に正面の術式をカットする。

 この二人は、現状部外者だ。

 前もって操作を行っておかねば、防衛術式に引っ掛かって排除されてしまう。

 イチイチ解除する訳にも行かないし、後でこの二人の魔力を認証しておかないと。

 そうこう考えている内に、蒸気機関車は地下拠点の駅にて停車する。

 ものぐさスイッチから指示を飛ばし、正面入り口の防衛機構を復旧させる。

 二人の兄妹に寝台車両から降りて付いてくるように指示する。

 他の三人は大広間にて待っており、三人に背を向けて私は二人へ向き直る。


「――長旅お疲れ様。ここには私達しかいないから、もう外套を取って良いわよ」


 そう言って二人に外套を取らせると、双方からやたらと毛深い物体が外套の下から現れる。

 腹部にあったそれは、外套を取った途端、まるで閉所に閉じ込められていた者が広々とした場所に出て背を思い切り伸ばすかのように伸び、ピンと伸びる。

 元々あったであろう腰の付け根辺りに収まり、その毛の塊は二人の背後でゆらゆらと揺れていた。

 ……あ。これ、二人の尻尾なのか。

 着膨れだと思っていたが、後ろから股の間を通して腹部に抱えるようにして尻尾を隠していたのか。

 確かにこれなら、外套を常に着て尻尾を抱え、頭部をフードで隠していれば人間に見えなくも無い。

 そしてその犬猫より更に太く毛深い、特徴的な尻尾を見て可能性が一つに絞り切れた。

 ……この二人、狐の系統の混血なのか。

 そういえばこの世界に来た頃、コボルトとかいう魔物とも戦ったわね。

 リュカやこの二人は、アレの近縁系の魔族との混血、といった所か。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね。私はもう名乗ったけど、名前はミラって言うわ。それからそこの優男がルーク、毛深いのがリュカ、安眠妨害鬼女がリューテシアよ」

「誰が鬼女よ! それにミラのは安眠じゃなくて惰眠って言うのよ!」

「ほらほら怒鳴らない。そこの妹がビビッてるわよ」


 リューテシアの怒鳴り声に驚いたのか、狐耳の兄の背後に逃げるように隠れる。

 外套を取った事で全身を確認出来るようになったが、身体が一回り小さい以外は瓜二つと言っても良い程に似通った風貌の兄妹だ。

 髪の色だけでなく質感まで同じだ。


「で、二人の名前は?」

「俺は、ルナールって言うんだ。それと、こっちの妹がリサって名前だよ」

「こ、こんにちわ……」


 兄の背後から、蚊の鳴くような声で挨拶をする妹。


「ルナールとリサね、了解。私達の場所でなら、もうその尻尾も耳も隠す必要無いから、ありのままの姿で楽にして過ごしてなさい」


 混血だ混ざりモノだと文句を垂れる輩はこの場所にはいないのだから。


「でもその前に……二人共風呂に入りなさい!」


 野暮らしで野生同様の生活を送っていた二人は、土汚れ、獣臭さ等で不潔感満々であった。

 全部洗い流さなきゃ、とてもここでは生活させられない。


「風呂……って何だ?」

「水浴びの事よ」

「それだったら、この間やったぞ」

「この間って何時よ」

「んーと……三日位前に」

「それは風呂に入ったとは言いません。ここで暮らすなら、毎日入りなさい」


 病気防止の為にも入浴は必須項目だ。

 誰かが風邪を引いたら伝播蔓延してしまう。

 私達は二人を連れ、大浴場へと直行するのであった。

キツネってイヌっぽいなと思ったらイヌ科なのか……


所でタキオンドラゴンは何科ですか?


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