111.温泉大騒動
翌日、ルークを中継してストルデン村にて山を切り崩している作業員達に、今後大量の土砂が必要になるので一箇所にまとめるように指示を出して貰う。
何しろ防波堤の基礎部分に使うブロック塊もまだ足りていない、そのブロック塊を作るのにも大量の土砂を使用しているのだ。
山を切り崩しているので必要な素材はほぼ無尽蔵に手に入るが、運搬の手間は掛かる。
土砂の運搬は効率的に、円滑に行わなきゃね。
さて、現状私がやる事が無くなってしまった。
一度私達は地下拠点へと引き上げ、再び石鹸製作の指示を出す。
が、石鹸製作だって別段私がやる必要は無い。
さて、また私の出番が来るまで時間跳躍しますか。
再び私は三人に未来へ飛ぶ事を伝え、一週間区切りで未来へと跳んで行く。
跳び続ける都度季節は流れ、やがて冬を迎え、春となり。
月日は流れ、日々は過ぎていく。
穏やかな日常だったが、慌てた様子のリューテシアが時間跳躍をした私の前に現れる。
「み、ミラ! 大変! 温泉が、温泉が!」
「温泉?」
「いいからこっち来て!」
リューテシアに片腕を掴まれ、強引に引っ張られていく。
連れて来られた先は、普段水没している坑道の奥へと進む道……だった場所だ。
「えっ……」
だが、以前見た時と様子が違う。
坑道らしく傾斜した道は以前のままだが、前はもっと水面が奥にあったはずだ。
だが、今は大広間にその水面が迫ろうかという距離まで切迫している。
「なんで、温泉が増えてるの?」
「私が聞きたいわよ! ねえミラ、これだとこの場所水没するんじゃないの!?」
温泉の湯量が増える。
成る程、それは温泉を利用している者からすればとても有難い事なのだろう。
この場所のように、出湯量が増えると水没の危険性がある地下拠点でさえ無ければ。
何で増えた?
地震? 落盤? 流入する水量が増えた?
色々原因は思い付くが、そんな事は瑣末な事だ。
今重要なのは、温泉の量が増えてしまい、私達が暮らすこの地下拠点が水没しかねないという危険が迫っているという事。
リューテシアにルークとリュカを呼んで貰い、大広間にて対策を講じる。
「リューテシアから聞いて確認したけど、温泉の湯量が増えて溢れそうになっています」
「ええ。僕もリューテシアさんから聞きました」
「ぼ、僕も……最初に気付いたんですけど、ミラさんがいなくて……」
「どうして湯量が増えてるのかとか、そんな問題は今どうでも良いわ。私を含めて全員総出でこれから緊急工事開始よ、ルーク。ちょっとひとっ走りしてオリジナ村のルドルフさんかアーニャさんに伝言を頼むわ。私達の寝床に重大なトラブルが発生したので、今後問題が解決するまで全ての作業を中断、もしくは遅延。蒸気機関車の運行ペースを落として、石鹸の製造を一時中断すると伝えておいて」
「わかりました。今すぐ伝えてきます、今から大急ぎで行けば日没前に戻ってこれるはずですので」
ルークを使いとして走らせ、今後私達の業務が停滞する事を伝えて貰う。
「それで、どうする訳?」
「どうするって言っても、単純な話よ。現状で温泉の排水が追い付いてないなら、排水量を上げるしかないじゃない」
つまり、現状の排水に使っている蒸気機関では力不足だという事。
ならば出力を上げるしかない、つまり蒸気機関の大型化だ。
「もっと巨大な蒸気機関を緊急で製造するわよ。兎に角出力重視、それ以外は二の次で良いわ。作業開始!」
合図を飛ばし、急ピッチで新たなる蒸気機関の製造に着手する。
途中、ルークも合流し、私達は新たなる温泉汲み上げ用蒸気機関を製造するのであった。
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「――よし、これで完成ね」
「……作ってる最中何度も思ったけど、これ私達が作った中でも一番大きい蒸気機関じゃない?」
リューテシアが頭上スレスレまで延びた配管を見ながら半ば呆れた口調で呟く。
農場の半分程のスペースを新たに建造、そのスペースを目一杯に使って設置した排水兼温泉汲み上げ特化の蒸気機関。
ギア比によって排水速度を調整出来るようにもしてある。
配管にもミスが無い事を確認し、蒸気機関を稼動させる。
微妙に響く地面の揺れと共に、配管が熱を帯び、重い水音が配管内に響く。
「リュカー! 排水出来てるかしらー!?」
「だ、大丈夫でーす! ちょっとずつだけど、減ってます!」
……良かった。最大出力で排水をすれば、どうやら出水速度を追い抜いてくれるようだ。
このまま温泉を枯渇するまで吸い上げても良いが、温泉はあっても無くても良い。
どうせ何時でも干上がらせられるなら、温泉は利用する方向で残しておこう。
ふー。いやー、流石に冷や汗掻いたわね。
以前この拠点を襲われた時よりも焦ったかもしれない。
この地下拠点を失ったら、また一から作り直しだもの。
流石にそれはご勘弁願いたいわね。
「……結局、何で急に温泉の量が増えたの?」
「分かんないわね。そもそも、急にだったのかしらね?」
だって、ここは温泉を汲み上げる為に配管を延ばした後はロクに見に来なかったもの。
急激に増えた可能性もあるが、そもそも最初に使っていた蒸気機関では元々排水速度が追い付いていなかったのかもしれない。
そこから緩やかに水量が増えていって、気付いたら……だって有り得る。
真相は、温泉の中である。
「……しかし、ただ捨てるのも勿体無いわね……」
今までは汲み上げた温泉は全て大浴場に流した後、排水溝へと向かっていたが、今汲み上げている量は大浴場で消費して尚余りある湯量だ。
余りにも多過ぎて半分以上が排水溝直行である。
排水溝の排水量、その限度を越えてしまいそうだ。
「なら、ちょっと配管をいじるしか無いわね。水没の危機は免れたけど、引き続きこの拠点に手を入れるわよ」
こんな湯量は流石に温泉だけでは使い切れない。
だから結局、最終的には捨てるしか無いだろう。
だがどうせ捨てるなら、役に立つ捨て方をしたいものだ。
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更に拠点に手を加える事数ヶ月。
私達は配水管を伸ばしに延ばし、私達が一番最初に住み着いた坑道の入り口、その地へと立っていた。
以前、仮の住まいとして作った竹と土で作った部屋は未だ壊れず残り続けており、以前補修した水場は幸いまだ壊れずに延々と水を汲み上げ続けていた。
「……そういえば、この場所で私達は生活を始めたのよね」
「そうね。あの頃から比べればそれなりに暮らし易くなったわね」
「ミラ、これでもそれなりなの?」
「ええ、それなりよ」
技術的に追い付いていないせいで作れない、あれば便利という代物は大量にある。
日々の生活には困らなくなったが、不自由といえばまだ不自由だ。
「……この場所で暮らしていく分には、もう僕が昔住んでいた家より余程便利になっているのですが……ハッキリ言って、ここまで快適に暮らせる空間は王族ですら所持しているか怪しいですよ?」
「あら、そうなの? だとしたら、この世界の王族は随分質素な生活をしているのね」
ルークから上流階級の生活事情を聞きつつ、全ての準備が整った事を確認する。
リュカにひとっ走りして貰い、地下拠点で閉めてあるバルブを開いて貰う。
排出された豊富な温泉が配管を駆け巡り、この高所まで駆け上がってくる。
そこから配管を伝い、崖を沿うように設置された配管を通じ、温泉は私達が出入りしている地下拠点の入り口真上まで辿り付く。
そこで一気に噴出、拡散。
言うなれば、それは温泉の滝とでも例えるべきか。
熱水と呼べる温度を保ったまま、地面に、線路上に、温泉が降り注いでいく。
温泉が非常に高温なので、その温泉の滝が降り注ぐ場所からは大量の湯気が空高く立ち昇っていた。
「――よし。問題無さそうね」
「これは、入り口に温泉を降らせているのですか?」
「こんな事して何の意味が……あっ」
そこまで口にして、リューテシアも気付いたようだ。
「……ねえ、ミラ。もしかしてこれ、除雪しない為にやってるの?」
「ご名答よ。冬場だと雪が邪魔で作業し辛いからね」
そう、リューテシアの言う通りこれは除雪の手間を省く為の作業だ。
どうせ捨てるなら役立つ捨て方をしようと考えた結果、辿り付いたのが温泉の熱量を使って雪を溶かしてしまおうという考えだ。
なので流す位置も計算し、普段換気口として稼動している通風孔の周囲もこの温泉融雪機構の範囲内に収めてある。
要は、消雪パイプを作ったのだ。
だが、この方法で常に温泉を捨てる訳にも行かない。
普段は蒸気機関車が出入りしているので、常に出しっ放しでは蒸気機関車が毎回温泉で濡れてしまう。
温泉は余計な不純物が多数混じっているので、錆や汚れの原因となってしまう。
それに、高所から温泉を流し続けて地面に落下し続けるとその落下地点はどんどん窪んでいってしまう。
落水石をも穿つ。何年も降り注ぎ続ければ大地に大穴を開けてしまうだろう。
線路敷設がされている場所にも降り注ぐのだから、そんな地面に穴が開いてしまっては困る。
なので、これは除雪が必要な冬の間だけ、必要な時に稼動させる事にする。
バルブを捻って湯を出して、頃合を見てバルブを再び閉めるだけだ。
少なくとも、今までのように黙々とシャベルで雪を除けるより遥かに高速、低労力で雪の問題を解決出来るようになった訳だ。
消雪パイプへの送湯操作は地下拠点のバルブで操作出来るようになっており、普段は温泉を排水同様川へ捨てて、冬季は一時的に入り口周辺へ捨てられるようにした。
こうすれば撒いた温泉が地面をボロボロにしてしまう危険性も無くなる訳だ。
高所から全体の動作も確認出来たし、戻るとしよう。
とんだ温泉騒動だったが、こうして今回の騒ぎの幕は下りたのであった。




