110.防波堤建造開始
「ルーク。悪いんだけど、貴方からお願いして私が昨日作ってた防波堤に地属性魔法を使える作業員を割り振って欲しいんだけど」
「? 構いませんが……ぼうはてい、とは何ですか?」
手持ちのブロック全てを海原に投下し終えた翌日。
防波堤建造に着手するべく、作業員の融通をルークにお願いする。
……この世界に、防波堤は無い。
というか、治水絡みの知識がすっこ抜けている。
家は普通に建てているので土建の知識が無い訳ではないのだが。
ま、良いか。
建築系の技術が伴っているなら、防波堤を作る事は出来るでしょ。
無論、無い物を一から作れというのは無理があるが。
なので、一だけ作って残りの九をやって貰おうと考えている。
よって、今回の作業にはリューテシアに御同伴願った。
日を改め、リューテシアと共に防波堤の基礎を仮組みした海岸へと作業員と共に移動。
海岸にてこれから行う作業を説明する。
『作業員の皆様、この度は貴重な手を私共の為に裂いて頂きありがとうございます』
大声を出すのは疲れるので、以前ルークに手渡した物と同じ、魔石による擬似拡声器を用いて作業員に説明する。
尚、魔力はリューテシアに融通して貰っている。
「ルークの兄ちゃんの頼みだからな!」
「そうそう。ちゃんと給金も出るってんだから俺達からすりゃどうって事ねえさ!」
「それに、ルークの兄ちゃんが話してたぜ? アンタがミラっていう娘っ子だろ? 年は若ぇが、約束や契約、金払いはキッチリしてるって褒めてたぜ?」
……随分ルークへの信頼が厚いのね。
オリジナ村との応対にルークを向かわせる事が多かったが、このソルスチル街でもルークを中継した方が良さそうね。
『褒め言葉として受け取っておくわ。今回、皆様に建造をお願いしたいのは防波堤という物です。防波堤は簡単に言うと、嵐の時とかに発生する水害を防御する柵みたいな物だと考えてくれれば良いわ』
そう伝えた所、作業員達に小さなどよめきが起こる。
「おいおい嬢ちゃん。嵐や大波は天災だろ? そんな物が防げる訳ねえだろ?」
『防げるわ。それに完全封殺が駄目でも、威力は大きく減らせるから海岸沿いの集落を守るなら是非とも作っておきたいのよ』
ソルスチル街は私達が時間を割き、ルドルフが資金を投じて発展させた集落なのだ。
折角作ったのに、不意の大波で全部ご破算、なんてのはご勘弁願いたい。
『作る理由は、ソルスチル街に住む作業員の皆様の命と資産を守る為です。ソルスチル街は海岸沿いに作られた街なので、一番怖いのは魔物の襲撃より津波の襲来です。魔物は強い傭兵がいれば撃退出来ますが、津波は傭兵がいくらいても防ぎようがありませんからね』
「そりゃそうだが、海のシケなんて精霊様のお怒りだろう? そんなのを人間である俺達がどうにか出来る訳無いだろう?」
『出来ます。今まで出来なかったのは、手段が見付けられなかったからに過ぎません。ですが手段があるのに手を講じないのは、馬鹿のやる事ですからね』
護岸工事にすら耐える三和土を作れるようになった今なら、非常に強度の高い防波堤を作れる。
地属性の魔法を扱える作業員もいる。
防波堤に必要な材料は、土や石といった、山を切り崩す作業を行っている現状、文字通り山ほど手に入る物ばかり。
ファーロン山脈を切り崩している今、平行して行うのが最も効率的なのだ。
『無論、完全に波の勢いを殺すのは不可能です。ですが、この防波堤があるのと無いのでは被害が天地の差になるんです。ご協力をお願いします』
「……それで、俺達は一体何をすりゃ良いんだ?」
『リューテシア、お願いね』
はいはい、分かったわよ。と、二つ返事でリューテシアは了承する。
作業員を引き連れ、先日積み上げたブロック塊の前まで移動する。
全員が揃った事を確認し、リューテシアは地属性の魔法を発動し、一つ目のブロック塊を丸ごと覆い隠すように土で固めた。
『――今、リューテシアが行った作業が皆様に今後やって貰いたいと考えている作業です。これを手本にしながら、同様の手順で先まで土砂で固めていって欲しいんです』
「……この形に、か」
リューテシアに作業員達への説明として作って貰った防波堤は、台形の形を取っていた。
台形である理由は、物の形状として台形という形は非常に安定していて強度も高いからである。
『これだけでもまぁ、防波堤として役割を果たせるんですが。更に効力を高める為にコレを大量に作って欲しいんです』
リューテシアに目線で合図を出し、リューテシアは一つのブロック塊を生成した。
三本足に突起が突いたような、巨大なブロック。
『テトラポット、と私は呼んでいます。この消波ブロックを外洋側に大量に積み上げて欲しいんです』
内湾には必要無いので、外洋側にこのテトラポットを大量に積む。
巨大な波が起こるのは何時だって外洋側だ。
なので徹底的に外洋側からの波を防御する。
『これを生成し積み上げる。これを、末端部分まで延ばし終わればそれで防波堤は完成となります』
無論、最終的に表面を更に三和土で固める必要性はあるが。
それは最後の仕上げだ。
「……何か、海の中まで突き進んでこのブロックが置いてあるのが見えるんだが」
『勿論、海の中まで行きますよ』
「こんな距離を魔力便りで作ってたら魔力が足りねぇよ」
『皆様にリューテシア程の無茶を要求する気はありません。魔力で一から土を作ろうとするから魔力が足りないんです。今、ファーロン山脈では線路敷設の為に大量の土砂を運び出しています、それをこの防波堤建造に利用すれば魔力の消費は抑えられます』
「となると、ファーロン山脈からここまで土砂を運ばねぇと駄目だな」
「だな。って、そうなるとトロッコの数が全然足りねぇぞ」
「いや待て、ルドルフの奴から譲り受けたトロッコを使う必要は無いんだ。あの手回しで走るトロッコを使わなくても、車輪だけ付いたトロッコに土を乗せてこの線路で運べば良いんだ」
「なら、俺が肉体強化の魔法を使って運べば良いな」
「線路が一本しかねえのが不便だな、一本しか無いとトロッコの行きと帰りが同時に走れねぇ」
「なら、仮設で良いからもう一本作っちまうか? この距離をこの精度で覆うだけの土を用意するとなると何千回往復するか分からねぇ。線路をもう一本作った方が最終的に早くなると思うぞ」
『……基本は伝えました。後は、皆様にお任せします。何か分からない事や質問があれば、その都度お答えします』
作業員達の手の中で話が回転し始めたのを見て、私は説明を切り上げる。
彼らは、ド素人じゃないのだ。基本を伝えれば後は彼等なりにやり方を工夫して結果を出してくれる。
口元から魔石を降ろし、一息付く。
「お疲れ様、リューテシア」
「これ位なら大した事無いわよ。あの距離を一人でやれって言ったらミラの事ひっ叩いてたかもしれないけど」
「それは怖いわね」
無論、リューテシアなりの軽口、冗談ではあるのだろうが。
これで、防波堤の建造も私達の手から離れて彼等作業員の手で作り上げられていくだろう。
勿論、完成には年単位を見なければならないだろうけどね。
―――――――――――――――――――――――
「皆さん、お疲れ様でした。これ、良ければ食べて下さい」
防波堤がゆっくりと姿を延ばしていき、作業の終わる日暮れ時。
蒸気機関車の客車内にて、私は作業員達を労うべくちょっとした差し入れを振舞う。
尚、好い加減蒸気機関車の運転に慣れたようなので、ソルスチル街までの運行はリューテシアに一任して私は客車に乗り込んでいる。
「……何だ? こりゃ?」
「お、おい! これって、パイナップルってやつじゃないのか!?」
振舞った差し入れの正体を知っていた作業員の一人が、驚愕の声を上げる。
「ええ、そうですね」
「何だ? パイナップルって?」
「ラーディシオン領に近い、ファーレンハイト領の中でも比較的暑い地域にしか生えてない、南国の果物だよ。青果だから痛み易いし、距離もあるから産地直送で運んでも聖王都で食うのがギリギリだ、それより長距離を運ぶと間違いなく腐っちまう。間違ってもこんな雪国の中で食える代物じゃねえぞ!?」
「……腐ってねえよな?」
「嫌ですね。防波堤建造に勤しんでくれている皆様に腐った代物を振舞うなんて無礼を働く訳無いじゃないですか」
パイナポーの切り身の一つを楊枝で刺し、腐っていない証拠に私自らが食べる。
口内に強い酸味と甘みが広がっていく。
「昨日、収穫したばかりですよコレは」
「昨日って、こんな寒い地方の何処にパイナップルを育てられる場所があるんだ!?」
「私達の住んでる場所です。間違いなくここ、ロンバルディア地方にて産出した果物です。実験として収穫したので今はまだこの果物だけですが、後々他の果物も収穫出来るようになると思いますよ?」
箱庭農場はもう完成したと言っても良い。
甘党のリューテシアさんがフライング気味に農場にフルーツ関連の種や苗を既に植え付けている。
温度管理も既に行っており、水遣りも貯水槽から引いてきた配水管のお陰で耕作地全面にお手軽に散水出来る。
「……ミラの嬢ちゃん、ルークの兄ちゃんの上司だったよな?」
「上司のつもりは無いですけどね」
「この蒸気機関車とかいうとんでもねえ代物といい、このパイナップルといい……何でも出来んだな。その年でとはたまげたよ、まるで神の御使いみてえだ」
「……私は、神なんかじゃないですよ。私がやってる事だって、全部人間の手で出来る事なんですから」
私は先人の知識の軌跡をなぞっているだけに過ぎない。
でも、それでこの地が富んで、技術が発展してくれるなら私は大いに歓迎だ。
「……本当にパイナップルだ……しかも俺が前に食ったのよりうめぇ……」
「パイナップルってのは結構酸味が強いんだな、だがそれと同じ位甘いな」
「今日一日の疲れがこの甘さで吹き飛ぶぜ……」
作業員の数が多いので、それなりに用意したパイナポーはあっという間に完食されてしまった。
どうやら私達の拠点で育てたパイナポーは作業員達にも好評のようだ。
確かにラーディシオン領の温暖な地域まで行けば食べられるが、ここで食べるというのは難しいだろう。
私のような抜け道を持っている人なら別だろうが。
……こんなに好評なら、地下農場で育てた作物を売るのも良いかもしれないわね。
そんな事を考えながら、私達はソルスチル街への帰路を走り抜けるのであった。




