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11.廃坑内

 山の中腹辺りに位置する、廃坑の入り口。

 中は光源が無ければ何も見えない程に暗く、日中にも関わらずその洞穴から這い出る暗闇に得体の知れぬ恐怖を感じる。

 アレクサンドラの指先が宙で踊ると、その軌跡が集まり、かなりの光量を持つ光球へと変化する。


「これ位明るければ見渡すには困らないだろう、だがそれでも足元には気を付けろよ?」

「分かりました」


 廃坑内を散策すると、ズリ山の中に多量に見られた白い石、

 その鉱床と思われる白い筋が壁に散見出来る。

 これで確定したわね、あの鉱石類は完全に砂利や土くれと同じ扱いになってるわ。

 何て勿体無い! 絶対に私が有効活用してあげるから、それまでもうちょっと待っててね。

 奥へと進むと、坑道の一部が積年によって鍾乳洞へ変化しつつある場所もあった。

 鍾乳洞……つまり鍾乳石よね。

 これも有効活用しないと。


 ……ん?

 ちょっと待てよ、鍾乳石もあるって事は――


「な、何だこの臭いは……!?」


 思慮の最中、アレクサンドラが不快そうに口と鼻を片手で覆う。


「この臭い……」


 凄く特徴的なその臭い、私はこの臭いの正体を知っている。

 卵の腐敗臭とも例えられる、その独特の臭い。

 そしてここが鉱山跡地と言われている事を加味し、判断すればその答えには自ずと辿り付く。


「これも、呪いによってこの地が汚染された結果なのか……?」

「アレクサンドラさん、一旦外に出ましょう」


 これがもし私の予想通りなら、命の危険もある。

 アレクサンドラに外に出るよう促すと、この悪臭は堪えたのか、二つ返事で賛同してくれた。



―――――――――――――――――――――――



 淀んだ悪臭漂う洞窟内を出ると、冷たく新鮮で清々しい空気が肺に満ちる。

 さて、ここまで来れば大丈夫だろう。

 ちょっとアレクサンドラに質問してみよう。


「アレクサンドラさん、ここには点検しに来たと聞きましたが、この鉱山が閉山する理由に関しては知ってたりしますか?」

「ああ、知っているぞ。金属や宝石の類を粗方掘り尽くしたのもあるが、一番の原因は呪いだな」

「呪い、ですか」

「そうだ。ここを掘り進めていた鉱夫達がある時突然苦しみだしたと聞いている、中には命を落とした者もいたそうだ」

「その、呪いとやらに掛かった人の症状とかって知ってたりしませんか?」

「症状? そうだな、詳しくは知らないが、急に意識を失ったと聞いている」


 意識を失う、ね。

 まぁそうでしょうね。


「……うん、大体分かりました」

「何がだ?」

「アレクサンドラさん、あの廃坑内には賊の類は潜んでなさそうです。あの奥は人間が住めるような場所にはなってないはずです」

「何故そう断言出来るんだ?」

「――あの臭いのお陰で呪いの正体、分かりました」

「何だと!?」

「まぁ、私からすれば呪いと呼ぶのも馬鹿馬鹿しいですけどね。幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってやつですね」


 この鉱山で働いていた人達を襲った呪いの正体。

 それは呪いなんかではなく、中毒の一種である。


 ――硫化水素中毒。


 火山性ガスの一種でもあり、温泉の湧く地にも噴出する。

 鉱山とは鉱石を求めて地下深くまで掘り進める場所であり、掘り進めている内に地熱で熱せられた熱水、つまり温泉が湧き出すのは良くある事である。

 恐らく、この鉱山も地下深くへ掘り進めている内に温泉を掘り当ててしまったのだろう。

 そして運の悪い事に、その温泉は硫化水素を含まない硫黄泉ではなく、

 硫化水素を含有した硫化水素泉だったのだろう。

 硫化水素は、空気より重い。

 それ故に、上に流れて行く事は無く、鉱山の地下へ地下へと滞留していく。

 しかも鉱山というのは閉鎖空間だ、風の流れも無く、空気は滞留し易い。

 有毒ガスが大量に蓄積される為の環境が整ってしまっているのだ。

 工員が中毒症状を起こすのは、必然と言えるだろう。


 でも、説明してもこの世界の人は理解出来なさそうだなぁ。

 魔法で解決出来ない事は呪いとか言い始める人々だし。

 それに、教えてやる義理もない。

 ここ、呪いとやらに蝕まれた土地だと思われてるんでしょう?

 ケチが付いてるなら、土地価格も安くなってるはず。

 訳有り商品に正規価格を付けた所で、売れる訳が無いからね。

 ここ一帯には、安い土地のままでいて貰いましょうか。

 私が購入する時の為にね。


 金を生み出す準備も出来たし、次の段階に行かないと。


「アレクサンドラさん、この土地を点検しに来たって言ってましたけど、わざわざ点検しに来るって事は誰かが保有してるって事ですよね? この鉱山跡地って、今は誰が保有してるんですか?」

「私の父だぞ。この鉱山跡、というよりこの一帯全ての土地を保有、管理してるのは私の父だな」

「え?」


 えっ?

 どうやって商談に持っていくかとか考えてたんだけど、交渉ルート確保!

 

「ロンバルディア地方の領主をしているんだ。それに、私の名前はアレクサンドラ・フォン・ロンバルディアだぞ? ファミリーネームで気付かなかったのか?」


 知らないわよ今代の勇者の正式名称なんて。

 私は最近までこの世界に存在すらしてなかったんだから知りようが無いでしょう。


「買い取りたいわね、この鉱山跡地。周辺一帯丸ごと」

「買い取るって、そんな金無いだろう?」

「いや、金というより金を作る当てはあるんです。現状だと一回限りだけど」


 材料もさっきこっそり手に入れたしね。

 仮にもこの世界で勇者と人々に語り継がれる存在だ、一端ならば話しても問題無いだろう。

 この勇者様、金に困ってか弱い少女を襲うような人じゃないのはもう分かったし、安全だろう。


「……問題なのは、これが売れるかなんですよね。アレクサンドラさんのお父様と商談をしてみたいんですけど、交渉の窓口になって貰う事ってお願い出来ますか?」

「それは別に構わないが……何を売る気なんだ?」

「――宝石です」


 一度しか使えないのだから、作る物はなるべく大きい方が良い。

 だが、大き過ぎると価格が天文学的な数値になりかねない。

 欲しくとも、価値が高過ぎて金が出せないという事態にもなり得る。


 まぁ、そうなったら適当な大きさに砕けば良いか。

 まずはこの土地の所有者に会わない事には何も始まらないわね。

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