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109.防波堤と雑談

 ルーク指導の下、作業員達がファーロン山脈の山肌切り崩し作業を終えた夕方頃。

 ルークを含め、山へ向かっていた全員がその肌という肌を土埃で汚した状態で帰還した。

 全員を客車に乗せ、リュカの運転で蒸気機関車はソルスチル街へ向けて帰路を走る。

 ソルスチル街に到着後、作業員を客車から降ろし、私達は再びソルスチル街にて一夜を明かす。

 拠点に戻って作業をしても良いのだが、今回はこのソルスチル街にてすべき作業がある。


 一夜を明かした私達は、ソルスチル街から少しだけ蒸気機関車で郊外へ向けて走る。

 目視でソルスチル街の外壁が確認出来る、そう離れていない距離にて蒸気機関車を停止。

 そこから海岸へ向けて徒歩で移動する。


「……ここからで良いか」


 ものぐさスイッチから、私が先日拾ってきた土砂を魔法で固めたブロックを取り出す。

 始点となるポイントにその鈍重な自重をめり込ませ、鎮座する。


「リュカ、悪いんだけどこのブロックを自分の出せる限界の力で押してみてくれる?」

「え? は、はい」


 私の指示通り、歯を食いしばって自らの出せる渾身の力を以ってブロックを押すリュカ。

 その足元の土の削れ具合から、リュカは相当な力を出しているのだろう。

 しかしながら、リュカの足元が削れるばかりでブロックはその場からピクリとも動かなかった。


「あ、あの……すみません、僕じゃ動かせないです……」

「うん、ありがとうリュカ。私達の中でも一番力があるリュカですら動かせない、それが分かれば充分よ。ありがとうね」


 リュカに礼を言い、蒸気機関車へと戻らせる。


「リューテシア、このブロックの上まで私が登れるよう、緩やかな感じの道を作って貰える?」

「……ん、こんな感じ?」


 リューテシアが無詠唱で手早く足場を構築する。

 角度はそうキツい訳でもなく、私一人なら問題なく上まで登れる。


「ありがとう。じゃ、始めますか」

「所で、何をする気なの?」

「防波堤をね、作ろうと思って」


 そう、今回は防波堤……その基礎、土台を作ろうと考えている。

 海岸沿いの集落には必須といえるこの防波堤。

 今後、ソルスチル街が何百何千年と繁栄していく事を考えれば作らねばならないだろう。

 線路延長工事より優先する必要性もあるかもしれない。


「ぼうはてい、って何?」

「簡単に言うと、波の勢いを緩和する特殊な地形よ。嵐とかが来ると、海や川なんか荒れるでしょう? 水面が荒れると、こういう海や川に近い集落なんかは水害で手痛いダメージを負うの。そうならない為に、嵐が来てもその勢いを殺せる防波堤は今後必須になってくるわ」

「ふーん……」


 リューテシアとそんな会話を続けながら、ものぐさスイッチ内に収納したブロックを次から次へと取り出し地面へ並べていく。

 砂浜をブロックが横断し、真っ直ぐに海へと進む。

 やがて海面へとブロックが着水し、水深が深くなるにつれてブロックが海面へ没して行く。

 足元が多少濡れるのは気にせず更に進む。

 ある程度進んだら、今度はブロックを二段にして進む。

 再び水面から濡れない位置まで移動したが、当然ながら沖合いに出るにつれてどんどん水深は深くなっていく。

 二段、三段、四段……と、積み上げるブロックの数は増えていく。


「……ねえ、ミラ。これ、一体何所まで続くの?」

「ソルスチル街を余裕を持って囲える位のゆとりを保ちながらだから……おおよそ10キロ以上ね」

「……またミラが規格外な数字ばっかり言ってる……」


 これでも控えめな算出なのだが。


「今日は多分、この作業だけで私の一日が終わっちゃうだろうし。リューテシアも特にやる事が無いなら客車で休んでても良いわよ」

「……んー……ねえ、ミラ。今貴女がやってるその作業って、もしかして暇?」

「ええ、暇ね」


 派手に水飛沫を上げて海水を引っかぶるのも嫌なので、静かにブロックを水面に落とし沈めていく。

 物凄く地味で、頭を使わない淡々とした流れ作業だ。

 やってる私としては、とてつもなく暇である。

 土台となるブロックを沈めているだけなのだから当然ではあるが。


「……なら、一緒に付いて行って良い? 色々ミラに聞きたい事があるし」

「答えられる事なら答えるわよ」


 まだまだブロックは沢山ある。

 現状の手持ちブロックを全て水没させたら、今日はもう帰る気ではあるが。

 しばらくは時間が掛かりそうだ。

 ならば、リューテシアの質問に答えるのは丁度良い暇つぶしになるだろう。



―――――――――――――――――――――――



「――ミラの世界って、魔物はいるの?」

「魔物も、魔族もいないわ。完全に人間だけの世界よ。人間同士の争いもほぼ無いし、平和っちゃ平和だったわね」

「争いが無い……? そんな事が、可能なの?」

「ええ、可能だったのよ。それが嫌だから、この世界に身を投じたってのもあるんだけどね」


 私の世界にいた天才、アドリア・ジラーニイ。

 彼はその神をも恐れぬ暴挙と天才的な知能により、目に見えぬ魂という存在にすら手を掛けた。


 魂の情報解析。


 これを成した事により、世界は更にこの男を称えた。

 肉体から肉体への魂の移動、魂に刻まれた知識情報の解析、電子データ化。

 逆に電子データを用いての魂への知識情報のアウトプット。

 魂を書き換え、記憶や知識といったものを作り出す事すら可能にした。


 魂を己が遺伝子を元に複製させた新たなる肉体へと移し変え、人間には到底不可能とされた何千年もの月日を生き長らえる事を可能にし。

 その間蓄積させた知識は解析され、電子データ化されデータベースに保管。

 偉人や天才と呼ばれる者達の知識を保管し、魂を改竄する事でその英知の再現を可能にした。

 それはある意味で、死者蘇生の法と言っても過言では無いだろう。


 寿命という、神へ祈ってもどうにもならない問題を解決した事で、あの男への賞賛絶賛は臨界点を越え、一種の宗教へと至るまでになった。

 天理を覆し、成せぬ事を次々と実現するあの男こそ、現代の現人神であると。

 何の益ももたらさぬ既存の宗教は一気に廃され、世界の思想はあの男の理想に追従するようになっていった。

 祈りが何かを成したか、祈りが何かを変えたのか?

 祈った所で奇跡は起こらない、ならば自身が奇跡を起こし、神となろう。

 その狂人としか思えぬ妄言を、アドリア・ジラーニイという男は私の世界で実現させつつあった。


「……何が何だがサッパリだわ」

「ま、言った所で分からないわよね」


 あの世界は、行き着く所まで行き着いてしまった。

 発展途上の世界であるこの世界からすれば、最早神話と言っても良いレベルの突拍子も無い話ばかりだ。

 リューテシアが理解出来ないのも当然だろう。


「全ての生命は、肉体という器に魂という己を宿して生きている。肉体は器でしかないから、例え器である肉体が破損しようとも、魂が無事なら自己を保つ事は出来るわ。その手段が用意出来れば、だけどね」

「その手段を用意出来なかった時が、死ぬって事なの?」

「そうなるわね。死んで器から零れ落ちた魂は削られ風化し、やがて完全にその姿を魔力へと変える……何らかの理由によって魂の状態を保ち続ける事もあるけど、そういうのが俗に言う幽霊って呼ばれる存在の正体だったりするわ」

「何らかの理由って?」

「外的要因もあるのだろうけれど、大抵の場合は強い感情ね。強い感情は自身の魔力を膨大に増幅させる事が出来るの。その魔力が魂を保護する皮膜のような状態になった結果、風化から免れて現存する事が出来るらしいけど……」

「けど?」

「……流石にリューテシアは湧点(ゆうてん)流点(るてん)は知らないわよね」

「何それ?」


 やっぱり知らないか。


「考えた事無い? 死者の魂が削れて魔力となり、魔力が凝縮して胎児に宿り魂となる。これだけなら、世界中に存在する魔力は循環してるだけ。だけど、人間ってのは感情を持つ生き物よ。強い感情は魔力を増幅させる。つまり、世界に存在する魔力総量は人々が感情を発露する都度増えていってるのよ」


 感情による魔力の増大は、精神というあやふやな存在故か質量保存の法則など何処吹く風である。

 1からは1へしか変化しないという事も無く、1から10にも100にも変化する。

 それでいて0にはならないのだから、魔力というのは原則的に増え続けるしか無いのだ。


「まあ、魔力を魔法で物質化してしまえばその物質は物質らしく世界の法則通りになるんだけど……これは置いておいて。強い感情が魔力を増大させてしまうなら、誰かが怒ったり悲しんだり喜んだりする度にこの世界の魔力総量は増えていくのよ? だったら、世界が魔力で溢れ返ると思わない?」

「確かに、そうよね……」

「でも現実には、この世界は魔力で溢れ返ったりなんかしていない。その原因が、さっき言った湧点(ゆうてん)流点(るてん)って訳」


 世界には、湧点(ゆうてん)流点(るてん)と呼ばれる魔力の流入地点、流出地点が存在する。

 私のいた世界にも存在し、この世界も当然存在する。

 この世界でも、私の世界でもない何処か別の空間。

 その空間からこの世界へ魔力が流れ込んでくる場所が湧点(ゆうてん)、世界から流れ出ていってる場所が流点(るてん)、と私の世界では呼称している。


「で、最初の話に戻すけど。この湧点(ゆうてん)流点(るてん)って場所があるから、世界が魔力まみれにならずに済んでるって訳よ。そして、それがあるからこそ生身の魂は例え風化から逃れても、やがてこの流点(るてん)に飲み込まれて世界から消えるって訳」

「その、湧点(ゆうてん)流点(るてん)って場所は一体何所に繋がってるの?」

「……そこまでは、まだ解析が進んでないから断言は出来ないんだけど……その場所を、私の世界ではこう呼んでいたわ」


 思念滞留域(しねんたいりゅういき)、と。


「恐らく、その思念滞留域は増え続ける魔力を調整して世界が破綻しないよう制御する場所だと考えられるわ」


 一応、物質に変換してしまえば魔力としては消滅する。

 だが、その方法で魔力を消していてはやがて思念滞留域は物質で溢れかえってしまう。

 何しろ、人の欲望というのは無限大だ。

 際限無く溢れ続ける欲望は魔力へと変質し、世界へと噴出し続ける。

 この世界に一体何億、何十億の人が存在している? その全てが発する感情の総量となれば、正に天文学的数値だ。


「魔力を管理する場所、ねぇ……もしそんな場所が存在してるなら、そこに住んでるのは神様とかなのかしら?」

「神様、ね。さてどうかしらね。世界中の魔力を集めた場所なら、正気でいられるか怪しいものね」

「? 何で?」

「魔力ってのは魔法に使う燃料であると同時に、精神を冒す毒でもあるのよ」


 例えば、何者かの言い争いが発生したとする。

 その両者が罵倒し怒り、周囲に不快な言葉を放ち続ける。

 そんな空間に自分が放り込まれたらどうなるか?

 矛先が自分に向かわないとしても、そんな空間に長々と居続けたら自分も不快な気分になるだろう。

 これは、言い争いによって発生した不の魔力が自身の精神に悪影響を及ぼしている結果である。

 人の強い感情というのは、良くも悪くも周囲の人々に影響を与える。

 短時間ならこの程度で済むが、長時間そういった魔力に満ちた空間に居座れば、修復不可能なレベルまで自らの精神が犯される事になる。


「度を過ぎなければ問題無いけれど、自らの精神がとても耐えられないような膨大な魔力を無理に扱えば肉体は無事でも精神が無事じゃ済まないわ」


 天才には変人が多いというけれど。

 この世界に名を残す偉大な魔法使いなんかが変人だったのは、元々そうだったのではなく無茶をして魔力を取り込み続けた結果、精神が変質してしまったのかもしれないわね。


「……私も気を付けないと」

「魔法を使い続けると頭が疲れてきたり、全身が鉛みたいに重く感じたりするでしょう? そのレベルになったら疲れが取れるまで魔法を使わない、そう気を付けてれば精神を病んだりしないわよ。そこで踏み止まらず、無茶を貫いたなら知らないけどね」


 ……一応、魔力にも気体、液体、固体という状態が存在している。

 魔力という気体を固体に変換すれば、非常に少スペースで魔力を保管出来る。

 それに、固体にしておけばそれに不用意に触らない限り精神汚染も防げる。

 思念滞留域(しねんたいりゅういき)という場所が世界のバランサーとして魔力を蓄え続けているなら、恐らくその空間は大量の魔力の結晶――賢者の石で溢れかえっているはず。


 ――やはり、あの時私が見た場所は――


「……ん、これで最後みたいね」


 リューテシアと話しながら淡々と土台を設置し続けたが、遂に手持ちのブロックが尽きた。

 既に日は傾き、私達が立つブロックは完全に沖合いの位置になっていた。海岸が遠い。

 防波堤の建設、その第一段階はこうしてのんびりとした空気と共に終わりを告げるのであった。

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