108.ストルデン村
108は煩悩の数
ストルデン村へと到着し、蒸気機関車を停車させる。
今回も折角なので、作業員と線路を載せての来訪である。
線路敷設予定地である山脈横を見ると、以前と比べて大分開けている。
しかし、線路を走らせるという都合上、極端な蛇行は出来ない。
開けた山肌と山肌を繋ぐように橋が掛けてあり、なるべく水平に、なるべく真っ直ぐに蒸気機関車を走らせようという苦慮の痕跡が見て取れる。
だが流石に完璧に真っ直ぐに、というのは不可能。
やはり山岳地帯らしく、縫うように線路を敷設せねばならないのは確定のようだ。
場所によっては、高低差が生まれるのも覚悟せねばならないだろう。
坂道も一応登れるが、度が過ぎるようならアプト式を採用せねばならない箇所も出来るかもしれないなぁ。
アレはオキさんに教えてないから、やるなら教えないといけないし、手間だ。
線路敷設に関する指導はルークに任せ、私はルークが以前言っていた情報を頼りにストルデン村郊外へと向かう。
この村の近くにはファーロン山脈から流れ込む川が存在し、この川を辿って遡って行くとそこにワサビがあるという。
しばらく川の流れを辿っていくと、良く見知った葉の姿が。
間違いない。これ、ワサビの葉だ。
茎が千切れないように慎重に両手で掴み、引っこ抜く。
やはりこれはワサビのようだ。
流水で泥を洗い流し、少しだけ根を齧ってみる。
ほんの僅かに甘く、鼻にツンと通る風味。
うーん……やっぱりこれこそがワサビの醍醐味よね。
もう少し上を見ると、群生地帯が確認出来た。
だが、ここの村の事を考えて、採り過ぎないように配慮しつつ引き抜いていく。
ワサビは株分けで繁殖出来る、ならある程度の量を確保出来れば少しばかりこちらで消費しながらも数を増やせるはずだ。
必要なだけワサビの確保が出来たので、再び川を下ってストルデン村まで戻ってくる。
ルークは……どうやらまだ作業員に指示を出しているようだ。
「ミラ、勝手にプラプラと何処行ってたのよ?」
私の事を探していたのか、こちらに向けて駆け寄ってくるリューテシア。
その手には串に刺さった輪切りのパイナポーが握られている。
収穫出来るようになったとはいえ、そんなポコポコ食べてると無くなっちゃうわよ?
「ルークから以前、ここにワサビが生えてるって聞いたからね。ちょっと採ってきたのよ。株分け出来るから、少しあれば私達の拠点で増やせるしね」
「……ワサビって、何?」
「食べてみる?」
欠片程度の大きさに折ったワサビの根をリューテシアに差し出す。
胡散顔を浮かべながらも、ワサビを受け取り、口に入れるリューテシア。
途端に目を見開き、咳き込み始めるリューテシア。
「な、何よこれー!?」
「ワサビは食料品か否か、と言われれば間違いなく食料品だけど、薬味としての面が強いのよね。どう? そんな少量でもかなりキタでしょ?」
「ミラ貴女、私を騙したのね!?」
涙目で口直しとばかりに手にしていたパイナポーを齧りだすリューテシア。
「騙してないわよ。私は食べてみる? って聞いただけじゃない」
「こんな酷い食べ物だって知ってたら食べなかったわよ!」
ワサビは嫌いで甘い物好き、か。
「……おこちゃま舌ねぇ」
「おこちゃまで良いし! そんなのもう二度と食べないから!」
頬を膨らませながら、リューテシアは明後日の方向へ歩き出してしまう。
やれやれ、食べた感じだとこのワサビはかなりの上物なのに勿体無い。
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「ミラさん。このブロックはどうしましょうか?」
ストルデン村海岸。
ソルスチル街同様、何の見所も無い大海原が広がるこの場所には似つかわしくない、巨大なブロック。
大の大人が十人掛かりでやっとこさ運べるであろう巨大な質量を持ったその塊は、作業場から離れたこの海岸に数百もの数となって陳列されていた。
以前、私が製造を頼んでおいた物だ。
表面を軽く小突いてみると、その表面は岩かと思う程に硬い。
中もみっちりと詰まっているようで、文句無しの岩塊と呼べる代物となっていた。
「……ここからだと少し遠いか」
蒸気機関車の速度から逆算して、ソルスチル街とここストルデン村は距離にして100キロ以上は離れている。
そんなに長距離だと作るのにコストが掛かり過ぎるし、山を切り崩しても土台となる材料が足りない。
「ルーク、この現場の責任者……って、ルークで良いのよね?」
「……まぁ、そうなりますね」
「ここに積んであるブロック塊、山を削った後の廃棄土砂だから不要な物なのよね?」
「そうですね、ミラさんに言われたのでこうして固めて置いてありますが……不要な物である事は変わりませんね」
「じゃ、このブロック全部私が貰うわ。良いわね?」
「それは構いませんが……」
何でそんな事を聞くんだろう? とでも言いたそうだったルークの表情が変わる。
私が何でこんな事を質問しているのか、目的に気付いたようだ。
「捨てられた物なら誰の物でも無い、誰の物でも無いなら私の物ー」
私はこの捨てられたブロック郡を片っ端からものぐさスイッチの亜空間内に放り込んでいく。
ワンタッチ即収納なので、全てのブロックを収納するのに十分も必要なかった。
全てのブロックを片付けた海岸は、元々の綺麗な海岸へと姿を取り戻していた。
廃棄物は海岸に残さず、ちゃんと持ち帰りましょう。
「じゃ、ブロックも回収したし。やるならもっとソルスチル街に近付いた場所から始めないとね」
「……今度は、何をなさるのですか?」
「んー? ちょっくら、このブロックを海に投げ捨てるのよ」
簡単に言うと、そういう事である。
ただ、捨てる場所をしっかりと計算した上でブロックを重ねていく、作業性を含むゴミ捨てである。
「海岸に街を作るなら、欲しいでしょうからね……防波堤、作るわよ」
作る、とは言っても私は作り方を教えるだけだ。
ブロックは、こんな量では全然足りない。
とはいえ、山の切り出しもまだまだ始まったばかりだ。
これから何百、何千という数のブロック塊を作り出せる事だろう。
全部回収して、全部海へ放り投げちゃいましょう。
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「あ、み、ミラさん。お帰りなさい」
ブロックも回収が済んだので客車に戻ると、リュカが椅子から立ち上がりながら出迎えてくれる。
「あらリュカ。良く眠れたかしら?」
「う、うん。大丈夫、です」
運転による疲れのせいか、リュカは一度蒸気機関車の運転を終えるとすぐに客車で寝てしまう。
慣れていないせいだと思うので、その内運転を続けていけばそう疲れる事も無くなってくるだろう。
「――ん?」
椅子に腰掛け、おもむろに視線を車窓の外へ投げると、妙な視線に気付く。
遠方の平原から、真っ直ぐにこちらを見詰めてくる小さな人影。
頭からフードを被っている為、性別までは見極める事が出来なかったが、体躯からして恐らく子供だろう。
この場所には似つかわしくない、蒸気機関車の姿に見惚けているのだろうか?
そんな事を考えながら、そのフードの子供の事を凝視していると、こちらの視線に気付いたのか、フードの子供は慌てて山林の中に姿を隠していった。
「……何? あの子供?」
「あ、あの子、またいるんですね」
「また?」
「う、うん。な、何だか良く分からないですけど、こっちをじっと見てくるんです」
リュカの口ぶりから、既にリュカは何度も見掛けているようだ。
「……見てくるだけ? 近付いて来たりとか、何かしらの危害を加えようとかそういう挙動はあった?」
「い、いえ。そんな事は無い、と思います」
……なら、問題無いか。
何かしら問題を起こそうという腹であるならば排除も考えたけど、そうでないなら放置しておこう。
「……一応、ルークとリューテシアにも伝えておくか。リュカも、あの子供が何らかのアクションを起こしたなら私に伝えて」
この蒸気機関車が部外者の目に晒されるのも、立ち入られるのも今更だ。
だが、ルドルフや作業員達は少なくともこの蒸気機関車に対し破壊行為を行う事だけは絶対しない事だけは確かだ。
蒸気機関車の移動速度や搬送能力は、既にソルスチル街にとって無くてはならない物になっているからだ。
しかしそれ以外の部外者であるならば、何らかの危害を加えようと考える輩が現れないとは限らない。
用心するに越したことは無いだろう。
「えっと、そ、それで。そろそろまた蒸気機関車を走らせるんですか?」
「ん? ……もう少し待ちましょうか。ソルスチル街とストルデン村のおおよその距離は分かったからね、もう少し滞在してもソルスチル街に夕方前に到着するはずだからね」
「か、帰りも、ぼ、僕が運転、するんです……よね?」
「勿論よ」
くぐもった声を上げながら顔を下に向けるリュカ。
慎重ではあるべきだけど、怯えなくても良いのに。
操作に慣れるまで、リュカは時間が掛かりそうだなぁ。
107という数字に思い入れはあっても、108には無い




