105.地下拠点、更なる発展へ
寝台車両内で一夜を明かした翌日。
私達はソルスチル街から更に郊外まで延びた路線を確認するべく、再び蒸気機関車の炉に火を投じた。
前方に点検車両を配置し、今日は線路の敷設が完了している位置まで走る予定だ。
折角走るのだから、もののついでなので今日は客車に線路敷設に当たる作業員達を同乗させる事にする。
貨物車両に敷設用の線路をたっぷりと積み込み、黒煙を撒き散らしながら車体を走らせる。
点検しながら走るので、相変わらず徐行の速度ではあるが、普通にこの線路の量を人力で運搬する事を考えれば、徐行とはいえ蒸気機関車に乗って全員で移動した方が圧倒的に早いはずだ。
ルークの事前の報告通り、約3キロ程度の道程をゆっくりと走り、そして終端へと辿り付いた。
点検車両も何ら異常を感知する事なく、ルークの敷設が完璧である事を事実として物語っていた。
「……問題無いみたいね」
「そうですね。一応、トロッコで毎日往復していた際には走行に違和感が無かったので大丈夫だとは踏んでいましたが」
「なら、この調子で敷設を続けるとして……どう? ここの作業員達は線路敷設のやり方は飲み込めたと思う?」
「……大方は。作業員曰く、家を建てる事に比べればよっぽど楽だとの事です」
そりゃねえ。
家を建てるのは線路敷設なんかより更に高度な技術が使われてる訳だし。
「この作業精度を保ち続けられるかね」
「それなら大丈夫だと思われます、ミラさんが渡してくれた水準器のお陰で水平が簡単に確認出来てますからね」
「そう、なら良いけど……所でルーク、この街に派遣しておいて悪いんだけどまた私達の拠点まで戻ってこれるかしら?」
「……余り長い間は問題が出るかもしれませんが、一時的になら」
「なら、お願いしても良いかしら? 今ちょっと地下拠点の水周りと実験農場の大幅な手入れをしようと思っててね。私達三人だと手が足りないのよ」
「今のままでも充分だと思うのですが、まだ手直しするような場所があるのですか?」
「まぁね。一応、次の改修が終われば水周りは最終形になる予定よ」
「分かりました。作業員の皆さんと相談して、一時的に離れる事を伝えておきましょう」
今後の予定をルークと突き詰めていると、貨物車に積載していた線路を降ろし終えた作業員達がルークに声を掛けてくる。
「ルークの兄ちゃん、線路、全部降ろし終わったぜ」
「ご苦労様です。では、引き続き同様の手順で敷設をお願いします」
「――って、おいおいルークの兄ちゃん。まさかこのちびっこがお前の上司なのか?」
背丈的に倍はあるであろう、屈強な大男が私を疑問視してくる。
「ええ、そうです。僕を救ってくれた命の恩人でもあり、蒸気機関車もこのミラさんの発明なんですよ」
「ルークの兄ちゃんがそう言うんだから嘘じゃ無いんだろうが……はー、人は見掛けに寄らないたあ良く言ったもんだ」
「線路敷設、ご苦労様です。走ってみて、良い仕事をしてらっしゃるのが良く分かりました。今後もその腕前を存分に振るって頂けるとこちらとしても助かります」
「実は、今ちょうどミラさんと話していまして。一時的にこの街を離れる事になりそうなのですが、僕抜きでも作業は続行出来そうですか?」
「ああ、それならやり方も下の連中含めて浸透してきたし、何とかなるだろうさ」
「助かります。ミラさん、問題無さそうです」
「そう。なら、ルークにはまた私達の拠点に戻ってもらうわよ」
「……そういや、普段ルークの兄ちゃんが暮らしてる場所ってどんな場所なんだ?」
「簡単に言うと、洞穴暮らしですね」
「洞穴暮らし!? 嘘だろおい! そんな生活環境で何であんな大金持ってるんだ?」
「洞穴暮らしは本当ですが、聖王都ですらお目に掛かれない程の快適な環境ですよ。少なくとも、並の貴族ではあの生活水準には追い付けないかと」
「……一体、どんな場所なんだ……? ちょっと見てみたくなったぜ」
ルークは作業員と更に二言三言言葉を交わし、話を切り上げた。
線路の移動はその重量もあり、移動させるのにそれなりの時間を食っていたが、今回ついでの作業で大量の線路を現状の終端部分まで運べたので一時的にブーストが掛けられそうだ。
「――それで、今から戻るのですか?」
「ええ、そうよ。作業は早い内から始めた方が良いからね」
今回はかなりいじる箇所が多い。
各種蒸気機関と貯水槽を全て配管で連結させる予定なので、単純に作業箇所が多い。
早速、戻って作業を始めるとしよう。
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「――以上が、今回予定している水回りの作業内容よ。作業期間は最低、半年は見ないと駄目でしょうね」
「……半年、ですか」
今回行う作業は、この地下拠点の最上部に設置された貯水槽設置予定地へとまず貯水槽本体を設置する。
その後、貯水槽から水を必要とするフロアまで位置エネルギーを利用して配水する為のルートを構築。
それが終わったら、最後に蒸気機関から排出される水蒸気を上まで搬送した後冷却、貯水槽へと溜められるようにして完成となる。
貯水槽は今後整備点検をする際でも稼動を停止させなくても済むように、複数個所をローテーションで使用出来るようにするのでその分作る貯水槽の数も増える。
また、それと平行して実験農場を本当の意味での箱庭農場化する計画もある。
貯水槽から延ばす配水管はこの農場にもくまなく配管するので、こちらも平行して作業する必要がある。
魔石の製造もあるし、スケジュールはかなり濃密な物となっている。
「なら、丁度良いですね。この半年、ソルスチル街の作業員達が線路の敷設をストルデン村まで延ばし終えるのが先か、僕達が拠点の再整備の作業を終えるのが先か……競争と行きましょうか」
「ああ、それと。かなり大規模な改修作業になるから、その分報酬も弾むわよ」
今回は魔石製造も絡み、長期間の作業内容となるのでその分破格の報酬を用意した。
頑張ってる人には相応の報酬を、ギブアンドテイクは大切よね。
「今日からスタートして、キッカリ半年後。それまでに終わらせられたら全員に金貨5000枚を支払うわ」
「ふぇっ!?」
「き、金貨5000枚って……それだけで奴隷だった頃の私の借金完済出来る額じゃない……」
「んで、そこから一週間遅れる事に報酬から金貨100枚を引いていくわ。だから、金貨5000枚は最高報酬って事ね」
「……仮に作業に倍の一年を要したとしても、それでも半額以上残るのですか……相当な額ですね……」
「……そんなに貰っても、大金過ぎてイマイチ使い道が見当たらないけどね……」
「そ、そうですよね……」
うーん。
金はあればあっただけ困らないと思うのだけれど。
この子達、全然散財しないから私が渡しても溜まる一方なのよね。
……ルークは最近、ビックリな使い方をしてきたけど。
「それじゃ、作業を始めて頂戴。最初は、貯水槽の製造をお願いね。今回は四つ作るわよ」
作業内容を伝え、早速溶鉱炉及び作業場にて各々が作業を開始する。
私は、これからするべき作業内容を箇条書きにして羊皮紙に書き出していく。
作業工程を書き終え、羊皮紙を壁面へと貼り付ける。
半年。
そんな長い期間、馬鹿正直に待っていられない。
魔石を作るのを手伝う事はリューテシアと約束したので、今後の私の予定はこうだ。
配管絡みは全て三人に任せ、私は魔石製造に一日だけ専念。
一日魔石を製造したら、時間跳躍を利用して一週間後へと飛ぶ。
飛んだ一週間後で再び魔石製造を行う。
こうすれば、私の体感時間で半年は約三週間程度となる。
私じゃなくても出来る作業は、どんどん下へと投げる。
私は楽が出来て、三人には知識が蓄積されていく。
拠点も更に快適になって、皆幸せ。
「さて。じゃあ私も魔石を作りましょうか」
箱庭農場を本格的に稼動させるのに必要な要素。
その一つである気温操作に必要な魔石を作るべく、私は淡々と宝石に術式を刻んでいくのであった。




