104.星空を見上げて
今日は一日、このソルスチル街に滞在する。
先に伸びた線路も確認したいし、リューテシアとルークも蒸気機関車の運転で疲れている。
既に到着した時点で日が傾いていたし、何より、少しこの街を見て置きたい。
陸橋の中央部に蒸気機関車を停車させ、私達は客車内にて就寝する事にした。
ルークも今日はこの客車内にて寝るらしく、既にリュカと同じく入浴も済ませ、床に入っている。
「――あの何にも無い海岸が、随分立派になっちゃって」
私は、客車に取り付けられた梯子を登り、一人客車の天井部分に腰掛けていた。
陸橋はこのソルスチル街の中央を真横に突っ切る形で配置されおり、その中央に蒸気機関車を泊めた事で、360度全方位がこの屋根の上から見下ろせる。
眼下に望むは、作業員百数名が暮らす新興集落。
家屋の数も順調に増えてきており、どこぞの酒場で酒でも浴びてきたか、赤ら顔の一団が気持ち良さそうに歌声を上げながら中央の道を千鳥足で歩いている。
多少人の往来はあるが、夜だけあって基本的に静かだ。
外壁の上にはかがり火が焚かれ、数名が周囲から魔物が接近したりしていないか、歩哨に当たっている。
屋根に背を預け、その場に寝転び身体を伸ばす。
空には無数の星々の輝きが広がっており、覆い隠す雲一つ無い、正に満天の星空であった。
……この景色も、あの世界では到底見る事が出来なかった景色、なのよね。
「――こんな所にいたのね」
声のした方向を寝たままの状態で視線を向けて確認すると、梯子を登ってきたリューテシアと目が合った。
「冬じゃなくても、外は冷えるわよ? 風邪引くよ?」
「ん……なんか、外を見たくなってね」
「外かぁ」
私同様、屋根の上に登って来たリューテシアは、私の真横に陣取る。
一通り街を流し見た後、リューテシアも私同様屋根の上に転がる。
「……綺麗な空だね」
「ええ、そうね」
「こうして空を見てると、お姉ちゃんの事を思い出すなぁ……お姉ちゃん、星を見るのが好きな人で、晴れてる夜はしょっちゅう木の枝の上に寝転んで眺めてて……落ちる訳無いんだろうけど、それでも私が小さい頃はヒヤヒヤしながら見てたっけ」
「……そういえば、リューテシアには姉がいたのよね」
「うん。種族的に、エルフってそんなに力がある種族じゃないんだけど、お姉ちゃんは凄く剣の腕が立って、そんじょそこらの魔物なんか簡単に蹴散らす、大人顔負けの人だったんだ」
「自慢の姉、ってヤツかしら?」
「うん、私なんかには勿体無い、立派なお姉ちゃんだよ」
「勿体無い、か。別に、そんな事は無いと思うけどな」
剣の腕前はともかく、リューテシアの魔法の扱いに関しては私自身、素直に驚いている。
地形を変える程の出力に、魔石を製造出来る精度。
私には到底出来ない、彼女に与えられた実力。
「リューテシアは、この世界の魔法使いとしては相当な上位レベルなのは間違いないわ。そりゃ、勇者やら魔王やらみたいな規格外とは比べられないけど、貴方のその魔法の才は誇っても良いと思うわよ」
「……そうかな?」
「ええ。私が保証するわ」
リューテシアは、とんだ拾いモノだった。
ここまで急速に環境を整え発展出来たのも、半分以上はリューテシアという存在があったのが大きい。
金貨5000枚、だったか。
全く、とんでもない額ね。これなら金貨一万枚でも格安よ。
あの奴隷商、見る目が無いわね。節穴レベルよ。
「……ねぇ、ミラ。折角だから、前々から聞こうと思った事があるんだけど……良いかな?」
リューテシアは身体を起こし、こちらの顔を覗き込む体勢で訪ねてくる。
「……答えられる事なら」
「まぁ、ミラが答えたくないならそれで良いけど、ね……」
一呼吸間を置き、リューテシアは訪ねる。
「ミラって、一体何者なの?」
「……何者、ねぇ。見ての通り、人間だけど?」
遺伝子上の分類では、そうなっている。
生まれはとても正常とは言えないけれど。
「そうじゃなくて……うーん……ミラってさ、見た事も聞いた事も無いような知識や技術を息をするようにポンポン吐き出すし、一体何所を見ているのか分からない位遠くを見てるようにも思えるし……人間の事はそんなに知らないけど、それでも貴女がその年の子供と比べて明らかに異端なのは分かるわ。あ、異端って言っても馬鹿にしてる訳じゃないよ?」
最後にそう補足しつつ、リューテシアは続ける。
「ミラは一体、何処で生まれ育ったの? 一体どんな場所なら、それだけの知識をその年で身に付けられるの?」
「…………」
知識を身に付ける、か。
とは言ってもねぇ。この知識は、私が努力して身に付けたモノなんかじゃない。
脳内情報として、外部端末からインストールされたモノにしか過ぎない。
「――信じるかどうかは貴女の自由だけど。私は、ここではないもう一つの世界から来たのよ」
「……もう一つの世界?」
「その世界では、この世界なんかより遥かに文明が発達していて、この世界からすれば夢物語としか思えないような無数の出来事が現実の日常風景として世界に溶け込んでいるの。リューテシア、貴方達に私が教えている事柄は、そんな私の世界の『当たり前』の一端でしかないの。だから、私の教えてる事柄は私が努力して辿り付いた事なんかじゃない、先人の受け売りってヤツなのよ」
あの世界は、この世界なんかより遥かに清潔で、安全で、安心に包まれていた。
だが、同時に不自由で、不健全で、退屈な世界でもあった。
「ま、今言った事は全部嘘かもしれないけどね」
「……私は、信じるよ」
そう言うと、リューテシアは私の手を取り、引っ張りあげるように私の身体を起こし、私に向き直る。
「だって、信じなきゃ始まらないじゃない。私達、友達でしょ?」
友達。
友達……なんだよね?
「……友達なら、信じるモノなの?」
「そりゃーそうでしょ。友達が言ってる事が全部嘘か本当かなんてイチイチ気にしてたら気が持たないじゃない」
カラカラと笑いながら、リューテシアは言ってのける。
――信じる、か。
あの世界では、私は誰一人として信じる事は出来なかった。
この世界では――誰かを、信じても良いのだろうか?
「……それから、友達が体調を崩すような事をしてるのも友達として見過ごせないわね。もう底冷えしてきたし、車内に戻って寝るわよ」
「……そうね、分かったわ」
リューテシアに手を引かれ、屋根の上に立ち上がる。
その手はやはり温かく、私の汚れた手を気にせず、優しく包み込んでくれた。
しんみり
吐き出してスッキリしたので削除




