103.ソルスチル街、敷設開始
今回はルーク回です
ミラさんからこのソルスチル街の線路敷設作業に一枚噛むように命ぜられ、二週間程このソルスチル街に一人残り、作業指導を行う事となった。
僕はルドルフさんと共に作業員達に面通しをする事となり、ルドルフさんに案内され街の中央広場へとやっきた。
「――前から説明はしてたが、この男がこれから街道、引いては線路敷設に辺り指揮を取る事になったルークって奴だ」
「ご紹介に与りました、ルーク・ラインハルトです」
作業に関わる人員を流し見る。
作業員の数は、およそ100名程か。
いずれも肉体労働に携わる男の肉体を有しており、どの人物を見ても屈強な男という説明がしっくりくる図体をしている。
「ここまでの線路敷設に携わった知識を生かして、今後皆さんに線路敷設に関する技術指導をする事になりました。以後、お見知り置きを」
紹介の為に全員から見えるよう、という配慮からの高台の位置からではあるが、頭を深々と下げて作業員達に挨拶をする。
「私の上司からの受け売りですが、線路敷設は非常に繊細な作業が要求されます。なあなあな作業をされると、その路線の上を蒸気機関車は走る事が出来ません。かなりシビアな作業が要求されますが、皆さんの腕前なら成し遂げられると信じています。ですので、精確な作業を行う為の道具をこれから皆さんにお配りします」
ミラさんから受け取った水準器を、ルドルフさんを通じて作業員達に渡して貰い、各班のリーダーとなる人物へと配布する。
「これは、水準器という道具です。これを使えば、一目で水平が計れる便利な道具です。見方は簡単で――」
ガラス管内に気泡を封入した、計測器を実際の使い方を交えつつ全員に説明する。
この計測器は仕組みとしては単純な代物なので、ほんの数分の説明で全員が使い方を理解したようだ。
「これを使い、常に線路の水平を保ちつつ、線路を延長していく、というのが今後の作業内容となります。……ルドルフさん、もう今日から作業を始めても良いのでしょうか?」
「ああ、勿論構わない」
途中から小声でルドルフさんに確認し、許可を頂いたので早速作業に移る事とする。
「――では、作業を始めましょうか。それでは作業員の皆様方、宜しくお願いします!」
作業開始の合図と一緒に、今後この地で働く作業員達と円滑な関係を進められるよう。
ここに派遣される事をミラさんから指示された時から考えていた、その言葉を発する。
「今日はお近づきの印として、線路敷設作業に携わった全員に夕食を奢ります! ですので、気合入れて行きましょう!」
一瞬の静寂。
その後やや間を置いて、作業員達から歓喜と雄叫びが上がる!
「マジかよ兄ちゃん!? そんな金あるのかよ!?」
「ええ。お金の事なら気にしなくても結構です! それに、度が過ぎなければ酒も頼んでも構いませんよ!」
その発言を受け、更にヒートアップする作業員達。
どうやら、中々手応えのある掴みだったようですね。
「お、おいルーク! あんな事言って大丈夫なのか!?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ルドルフさんがやや不安そうな表情で食って掛かる。
資金なら、ミラさんが僕への給料という名目で充分過ぎる程に金貨を渡してくれている。
なので使い道が無く、死んだ金なら沢山あります。
通貨は死蔵していても何の意味も無い。
金とは、使ってこそ初めて金としての価値が生まれるのだから。
「では、僕も作業の指示を出してきますので――」
「おい兄ちゃん! この線路って奴は外にあるのを真似する感じで置けば良いのか!?」
「おっと。そういう事なので、ルドルフさん。ここで一旦失礼します」
発破を掛けたお陰で、作業員達にもやる気が満ちたようだ。
では、ミラさんの期待に答える為にも、僕自身も気合を入れましょうか。
―――――――――――――――――――――――
夕食を振舞うという約束は、僕の思ってた以上に強力な効果だったようだ。
術師が交替でバラストとなる石片を配置。
それを後ろから水平に均し、その後枕木を配置。
最後に線路を固定していく……という見事な作業員達の連携により、初めての作業にも関わらず今日一日でこのソルスチル街を横断する陸橋上の線路敷設が完了してしまった。
作業を終え、片付けを済ませた辺りで本日の作業終了の合図を飛ばす。
「――皆さんお疲れ様でした! 慣れない作業にも関わらず、一日でここまで延ばせたのは見事という他ありません!」
「タダ飯食わせてくれるってんだ! 気合も入るさ!」
「タダ酒もなぁ! そうだろ兄ちゃん!?」
「勿論です! 今晩、作業に当たった全員の夕食代は僕が負担させて貰います!」
その一言を受け、作業員達は囃し立て、口笛を吹く者も現れる。
「――ルドルフさん。少しお願いしたい事が」
「酒盛りする場所だろ? 中央広場に店数件を回って席を並べて貰った。今日は晴れてるし、外でも問題ないだろ」
「ありがとうございます」
「気にすんな。ミラには世話になってるからな、これ位大した事無いさ。それより、本当に大丈夫なのか?」
「ええ、資金の方は大丈夫です」
手付かずで浮いている手持ちは、既に金貨500枚を突破している。
作業員達は肉体労働者故に相当量を食べるだろうが、それでも一晩で金貨500枚が溶けるとは到底思えない。
「ルドルフさんが中央広場に食事場所を手配してくれました! 食事にあり付きたい方は中央広場に来て下さい!」
僕は作業員達を中央広場に誘導しつつ、僕自身も中央広場へと移動した。
中央広場には、複数店舗が分担したであろう数百を超える座席とテーブルが並べられていた。
食事も、作業員達の空腹を紛らわせる為であろうオードブルが既にテーブルの上に添えられている。
一般的に出回っている手頃な価格帯の酒も用意されており、晩酌の準備は万端といった所か。
各々が席に着き、何名かは既にオードブルに手を付け始めている。
作業員達を待たせる訳にも行かないので、さっさと挨拶を済ませよう。
「――では。皆さん、お手元のジョッキをお持ち下さい。今日一日お疲れ様でした、若輩者ですが、今後も宜しくお願いします! 乾杯!」
『『乾杯!!!』』
その合図を皮切りに、一気に中央広場は大宴会会場と化す。
……ふぅ。
幼い頃に見た、父の見よう見真似ではありましたが。それなりにサマになったと多少の自負はある。
「――酒、か」
自らの手にした、ジョッキに注がれた酒の水面に視線を落とす。
そういえば、ミラさんと過ごしている内に僕も酒を飲める年齢になったのですね。
……父と酒を飲み交わす事は、もう出来ませんが。
ジョッキに注がれた、酒を一気に胃へと流し込む。
喉が焼けるようだ。一気に顔が熱くなってくる。
「おっ、兄ちゃん良い飲みっぷりじゃねえか! 酒は強いのかい?」
作業員の一人が、僕に声を掛けてくれた。
「……いえ、実は最近飲める年になったばかりで。今飲んだのが初めての酒ですよ」
「そうなのか! なら兄ちゃんもこれで大人の仲間入りって訳だな! 初めてにしちゃ良い勢いだったぜ!」
「ありがとうございます」
「こんな気前の良い奴が上司だってなら、喜んで働いてやるさ! 明日からも宜しくな、兄ちゃん!」
「本当、王都の連中と来たらしみったれた野郎ばっかで仕事に張り合いが出ねえよなぁ」
「それに比べたら、この街はまるで天国だぜ! 作業にケチ付けて値切ろうってコスい輩もいねえしな!」
「――僕の上司は、そんな心配とは無縁ですからね。そんな憂いはありませんよ」
ミラさんは、仕事を果たせばそれ相応の対価を必ず支払う人だ。
ここの人達の仕事内容を見て貰えば、必ずミラさんは評価するはずだ。
――――ミラさんのような人が、あの王族の中にいてくれたなら。
酔いが回ってきたせいか、そんな無為な考えが頭を過ぎる。
……こんな場で、辛気臭い事を考えてても仕方ないですね。
頭を切り替えて、酔った勢いに任せて僕は作業員達との食事を楽しむのであった。




