102.圧縮循環術式と魔石
「ミラ、これを見てくれる?」
リューテシアから一枚の羊皮紙を手渡される。
そこには、リューテシアの試行錯誤の後が感じられる術式が多数書き込まれていた。
この世界では、紙の価格は中々に高い。
なので、無駄にしないように余す事無くみっちりと書き込んだのだろう。
最終的に辿り付いたと思われる、完成形の術式をリューテシアが指差したので、それを確認する。
ふーん、どれどれ。
「あの首輪、魔力を圧縮して爆発させる術式があったでしょ? アレを応用して、空気を圧縮するようにしてみたの。元に戻す時は、その逆手順で動かしてあるわ」
……奴隷を拘束する目的で取り付けていた首輪にあった術式を利用したのか。
成る程、確かにこれならば空気を圧縮する事は可能だろう。
それに加え、圧縮した空気を外気で冷却する工夫も見られる。
「これなら、温度をある程度自由に操作出来る……と、思うんだけど。どう?」
「そうね……」
成る程、この一週間何をしていたのかと思ったが、どうやら以前課題として提示した冷凍庫の術式を考えていたのか。
これならば、冷却だけでなく逆手順で動かせば逆の加熱も出来そうである。
「ま、80点って所ね」
「むぐうっ」
だがまだ詰めが甘い。
無駄な魔力ロスとなる導通箇所が三箇所もある。
魔力も資源の一つなのだ、無駄は削らねば全体的な消費量が大きくなる。
「……でも、ここまで辿り付いたのは流石だと褒めてあげるわ。良くやったわね、リューテシア」
「……なんか、全然褒められてる気がしない」
「褒めてるってば」
私が作れば冷却機構なんていくらでも作れるけど、私だけが作ってても何の意味も無い。
私が作ってはい終わり、では知識がこの世界に定着しない。
「これを組み込んで冷凍庫まで辿り付く位なら、もう出来るでしょ?」
「当然!」
「ならこれで冷凍庫の課題はクリアで良いわね。ここまで自力で辿り付けたなら、そろそろ実験農場を本当の意味での箱庭農場に進化させる頃合ね」
「……って事は、また土いじりする訳ね……」
「否定はしないわよ」
この地下拠点も、かなり設備が整ってきた。
そして、私以外の三人も製造絡みの技術力が中々に高くなってきている。
今なら、もう一段階上の設備を目指せるはずだ。
となると、根っこからいじる必要性も出てくる箇所がある。
「――じゃ、私もやるけど。一番最初にしなきゃいけないのは魔石の製造ね」
リューテシアの羊皮紙は書き込む場所が見当たらないので、私は新しく羊皮紙を取り出して必要とする術式を紙面上に筆を走らせ書き上げる。
「コレを作るわ。ルークも上達次第では魔石製造に絡めるようになるかもしれないけど、今の所魔石を作れるのは私とリューテシアだけよ。この術式を仕込んだ魔石を、最低100個作るわよ」
「ひゃ、ひゃく!?」
「これが最低ラインよ。私も手伝うけど、付きっ切りとはいかないからリューテシアにも頑張って貰うからね」
私達四人なら、一生この地下に引き篭もってても衣食住に困らない環境。
そんな環境が出来れば、一生食っちゃ寝生活が出来るわね!
世間がそれを許すかは別問題だけどね。
―――――――――――――――――――――――
「それじゃあリューテシア。後々全員でやる事になるとは思うけど、一番最初にこの位置に貯水槽を作ろうと思うのよ」
私達は今、実験農場からやや上の位置へと移動していた。
目的は、本格的な貯水槽の設置である。
本来の目的だけを考えるならもう少し下でも良いのだが、後々を考えるなら少し高めの位置に設置しておきたい。
これから更に地下拠点が発展していく可能性もある訳だし、拡張性を残す為の選択だ。
「貯水槽って、池みたいなモノよね?」
「まぁ、そのイメージで良いわ」
蒸気機関の数が結構増えてきたのと、常時稼動している蒸気機関もあるので、水蒸気の排出量がかなり多くなってきているのだ。
以前、川から直接水を確保する給水ルートを構築したので、水の供給量は問題ない。
そして水の排出だが、これはそもそも水蒸気として大気中に帰るので排出も現状問題ない。
だが、折角蒸気機関稼動の際に大量の熱を加え、水蒸気という一切混じりっ気の無い水へと変化しているのだ。
これをただそのまま水蒸気として外部へ捨てているのは少々勿体無いと思っていたのだ。
なので、配管をいじり、水蒸気排出パイプを全てこの貯水槽位置へ接続、冷却し水へと還元した後、ここに溜めておこうと考えている。
三和土という水に非常に強い建材も手に入れたし、鉄だって使える。
今ならばかなり水準の高い貯水槽が作れるはずだ。
「ほら、蒸気機関で現状、凄い量の水蒸気を排出してるじゃない? ただ捨てるのは勿体無いし、冷やして水に還元した後、飲み水として使えるようにしちゃおうかなって」
「……こんな高い位置にわざわざ作る意味は?」
「水は高い所から低い所に流れるでしょ? 貯水槽は全施設に水を供給する事を考えて、一番高い位置にあるのが一番効率が良いのよ」
上から下へ流す分には、一切外的エネルギーを要求されないからね。
水の移動は全て位置エネルギーで賄うのが最も効率的だ。
「この貯水槽は蒸気機関や全施設と連動する箇所だから、かなり大掛かりな整備になると思うわ。時間も掛かるし、配管も多少複雑化するわ。でも、これが終われば色んな箇所が楽になるわよ」
「色んな箇所って、具体的にどの辺りよ?」
「そうね。一番大きいのは……蒸気機関車の炭水車への水供給、それと農場への水遣りが劇的に変わるわね」
「あー、言われてみれば炭水車に水をいれるのって地味に大変だったよね」
この二つの作業は、水絡みの作業の中でもかなり時間が掛かる要素だ。
これを短縮出来れば、その分他の作業に時間を回せる。
「だから、この辺りの区画拡張お願いね」
「はいはい、分かったわよ」
文句を言いつつも、リューテシアは貯水槽予定地に空間を作り上げる。
今はまだ、準備段階だ。
本番は、ルークが戻ってきて再び四人体制に戻ってからだ。
―――――――――――――――――――――――
二週間後。
再び私達は蒸気機関車に乗ってソルスチル街へと舵を切る。
「おっ。線路が延びてる」
客車の窓から頭を出しながら外の景色を見ると、一目で線路の先が出来ているのが分かった。
途中からカーブした路線が、ソルスチル街の外壁に向けて延びている。
だが、まだテストが終わっていないので一旦普段の停車位置にて蒸気機関車の足を止める。
蒸気機関車前方に点検車両を配置し、運転をリューテシアと交代する。
リューテシアに点検車両に乗って貰い、私は蒸気機関車を徐行の速度でゆっくりと前進させていく。
蒸気機関車の来訪に気付いた誰かが門を操作したようで、普段は閉鎖されている門は私達を出迎えるように両翼を開いた。
蒸気機関車から身を乗り出し、線路が続いているギリギリまでは点検車両を押していく。
線路は、どうやら既にソルスチル街を通過して更にその先まで伸びているようだ。
なら、街の外に出るまでは走るか。
一応、線路に不備がある可能性を考慮し、事故が起きたとしても被害を最小限にする為に蒸気機関車は常に徐行で動かす。
陸橋に蒸気機関車の全重量を預ける。崩壊する様子は見られない。
異常な振動も感じない。ゆっくりと線路上を走らせ、やがて点検車両はもう一方の外壁を潜り、外までその車体を蒸気機関車は押し出した。
その位置で停止し、運転席から飛び降り、リューテシアの乗る点検車両へと向かう。
「どう、リューテシア。何か異常はあった?」
「別に何も無いわよ。いたって静かだったわ」
警報音も鳴らず、無事ここまでは走り抜けられた。
ふむ、ルークはどうやらキッチリと仕事を果たしてくれたようだ。
「――お疲れ様です、ミラさん。リューテシアさん」
点検車両へ、この街に滞在していたルークが乗り込んでくる。
「お疲れ様、ルーク。線路の敷設は上々みたいね」
「ええ。一応、この街から出て3キロ先までは敷設が完了しています」
「へえ、中々進んだじゃない」
「作業員の皆さんが頑張ってくれましたからね。……それとミラさん、これがこの街に滞在していた際に僕が使った金額、その領収書です」
ルークが、数枚の紙切れを手渡してくる。
それに目を通していく。
……ふむ。どうやらこの二週間は食料しか購入していないようだ。
「これ位なら問題無いわね。全額私が支払っておくわ」
「ありがとうございます」
「……ん? その紙は何よ?」
ルークが手にしている、謎の一枚を見付けた私はそれに対し質問する。
「これも、領収書なのですが……これは、最悪自分で払うので見るだけ見て貰えればと」
「んー?」
ルークは意味深な前置きを添えた上で、手にしていた最後の領収書をこちらに手渡してくる。
それを受け取り、内容を確認する。
「…………ん……?」
見間違い、じゃない。
確かにそう書いてある。
「――ねえ、ルーク。金貨300枚って貴方、一体何に使ったの……?」
「ハァ!?」
私の口にした信じられない金額を聞いたリューテシアが驚きの声を上げる。
横から私の持つ領収書に目線を落とし、絶句した様子でリューテシアはルークの顔を見る。
「実は初日に、この街で暮らしている作業員達全員に夕食を奢りまして。その一枚がその時の領収書という訳です」
むむむ。
ルークってば、私が給料を払っていてもあんまり使う様子が無いから、倹約家タイプなのかなって思ってたけど。
まさかこんな使い方をしてくるとは。
「でもお陰で、作業員の方々も気持ち良く作業をしてくれましたよ。それに、この先にあるストルデン村まで残り半年以内に路線の敷設が終わったならもう一度夕食を全員に奢る約束もしましたので、もし達成されたらその時も同じ位の出費が出るかと」
「むむむむむ……」
そうか。
ルーク、貴方新参者がデカい面しやがってって作業員に思われない為にこの散財をしたのね。
確かに、この一回と先にあるかもしれないもう一回分、約金貨600枚。
今までルークに渡してきた額を考えると、それ位は残っているはずだ。
「こ、これを経費として認める訳には……」
き、金貨300枚は流石にデカい。
安めの奴隷なら一人二人買える程の額である。
ルークがこの街に馴染む為の布石として投じた金なのは分かるが、この額は――
「それと、ミラさんにもう一つ報告したい事が」
そう言うと、ルークが懐からキラリと輝く一つの欠片を私に手渡してくる。
何だろうと思い、その欠片に目線を向ける。
「って……これ、魔石じゃない」
「ええ。リューテシアさんと比べて大分遅れましたが……やっと納得行く物が作れましたよ」
中の術式を確認するが、確かにしっかりと刻み込まれている。
「――ミラさん。リューテシアさんには負けはしましたが確か以前、魔石を作れれば金貨1000枚を払う……そう言ってましたよね?」
むぅ。
ルークめ、そこまで計算に入れてたか。
そこまでされちゃ、降参ね。
「分かったわよ。この領収書の額は貴方に払う金貨1000枚から引いておくわ」
「では、それを引いた700枚は頂けるという事で良いのですね?」
「約束したからね。それと、次に奢る際の支払いは自分でしなさいよ? 流石にその額は面倒見切れないわよ」
「ええ、元より覚悟してましたので」
ものぐさスイッチから金貨100枚が入った麻袋を7つ取り出し、ルークに手渡す。
「なんか、ルークの金の使い方って独特ね」
自らの私欲にはあまり使わず、部下に対しては無計画とすら思える程に派手に散財する。
その使い方は――
「――なんか、使い方が貴族っぽいわね」
「ははは、ご冗談を。貴族なら、私服を肥やす為に金を使いますよ」
ルークはそう笑い飛ばす。
ま、この世界の腐った貴族ならそうかもしれない。
だが、ルークの金の使い方は正しい意味での貴族、上に立つ者の使い方であった。




